ゴルゴロス
《ペニーウェイト》の撃墜直後まで、時間は遡る。
高度一万メートルを超えるとある空域に、それは浮かんでいた。
一隻の漆黒の航空艦。船体の側部には、白い文字で《Gorgoroth》と記されている。その航空艦は、レーダにも衛星にも見つからず、上空を悠々と飛んでいる。
その管制室の中に、奴らはいた。
一面黒一色の管制室。モニタに映っている映像と発光しているボタンが光源となっている。モニタやボタンの配置は《鷲羽》と一致している。一つだけ違うのは、管制室の中央に一つの円形のテーブルが置かれており、その横には六人分の椅子が設置されていることである。
その椅子に、一人の壮年の男性と一人の少女が座っている。
男は白髪交じりの黒髪で、黒い瞳と顔に刻まれている皺は陰鬱な様子を湛えている。黒一色の隊服らしき服装――長袖のシャツと長ズボンで、革靴を履いている――で、腕を組みながら座っている。
少女は見かけは小学校高学年にしか見えないほど幼く、それでも髪は金色に染められている――中途半端に染まっているのか、髪の根元は若干黒い――。彼女も黒一色の隊服らしき服装――長袖のシャツと膝が隠れるほどのスカート、黒く小さい靴を履いている――に身を包んでおり、テーブルに肘を付きながらしゃくり上げて泣いている。綺麗な黒い瞳を持つ目から、涙が溢れ出ている。
「雷鼓が……死んじゃったよぉ」
彼女は咲宮の名前を呼びながら泣いていた。彼女の向かいに座っている壮年の男も、深くため息をつく。
「奴は死んだが、泣いていても仕方がない。あいつがどう出るか……我々はそれまで動けないんだぞ」
「だって、だって……」
壮年の男が冷静に少女を諭すが、彼女は泣いてばかりで聞く耳を持たない。
すると、管制室のドアが開いた。そこから、若い女性が出てきた。容姿は端麗で、胸まで伸びた髪、黒い瞳は壮年の男と同じように憂鬱な様子である。彼女もまた、黒一色の隊服――少女と同じ、黒いシャツと膝が隠れるほどのスカートである――らしき服装に身を包んでいる。地味ではあるが、身体のラインはくっきりと強調されている。
「私たちの方は失敗。咲宮君も亡くなってしまった。今回の作戦は失敗ね」
「ああ、そうだな」
壮年の男が淡々と答えると、女は少女の横に座った。彼女は少女の背中を擦って慰める。
そんな中、男が女の方を向く。
「あいつはどうしてる?」
「黙とうする、って言ってコクピットから出てこないの。もうじき終わるだろうけど」
「……殊勝なやつだ」
男が肩をすくめて言う。彼らはあと一人の男の指示を待っていた。
すると、管制室のドアが再び開き、そこから一人の男が入ってきた。彼を見た途端全員が起立し、少女は彼に駆け寄って抱き着いた。
「雷鼓が……雷鼓が死んじゃったよぉぉ!」
少女は男の腰の部分に腕を回して抱き着きながら啼泣した。男はそんな彼女を撫でながら、自分の娘であるかのように慰める。
「そうだね、咲宮君は亡くなった。これは作戦を立てた僕の責任だ。悲しいだろうけど、前を向いて進むしかない。僕も頑張るから」
若い男の声。それに少女が反応し、男の顔を見た。
黒い隊服らしき服装は共通で、男は縁無しの眼鏡をかけ、精悍な顔つきをしている。黒い髪は短くまとまっており、彼は彼女に対して柔和な笑みを浮かべていた。
その男は、七海空哉その人であった。
彼女は七海の身体から離れる。
「咲宮君が死んでしまった。どうやら、僕たちは咲宮君の仇を取らなければならないようだ」
三人が頷く。
「目には目を、歯には歯を……殺しには殺しを、だ」
七海が今までの彼からは考えられないような低い声で言いほくそ笑む。少女が拳を強く握った。
「これで……パパとママを殺した奴らを皆殺しにできるんだね?」
「ああ、そうさ」
女子の目は、怒りと憎しみに満ちていた。彼女もまた、咲宮と同じように日本に対する復讐で動いているようだ。
「んで、これからどうするんだ?」
壮年の男が七海に尋ねる。
「僕のプランでは……白金の社長が海外へ飛び立つ際に落とす、ってことになってる」
「でも……そんなに都合よくいくの?」
女が七海に疑問を呈する。しかし彼は気にせずに話し続ける。
「大丈夫だよ、僕たちがいつも通りの力を出せば、日本は簡単に落ちる。無能しかいないからね」
「だが、有能が現れた」
「……討伐部隊のこと?」
七海が微笑みながら、壮年の男の方を向く。
「あれは僕でも想定外だった。まさか性能差を覆してくるとはね。あの赤い機体と白い機体に乗っているパイロット、実に優秀だ。無論、指示を出している隊長さんもね」
七海は大きな身振り手振りを交えて男に説明する。男は困った顔をして頷いた。
再び、七海は全員を見渡すように顔を向ける。その表情は先程のようなヘラヘラとした顔ではなく、凛とした真面目な表情だった。三人の姿勢が無意識によくなる。
「さて、分かっているとは思うが、僕たちは負けた。だが、これからは勝つ。いいかい?」
三人が頷く。よろしい、と、七海は口角を上げた。
「さあ、始めようじゃないか。僕らの『革命』を」




