横須賀にて
恵良は、殆ど眠れずに朝を迎えた。起床しても食欲は出ないし、鏡を見ると少しだけ目にくまができている。実際、朝食は殆ど食べることができず、管制室で行われる朝のミーティングへ足を運ぶときには少々足元がふらついていた。
恵良が管制室に入ると、そこには賢一人が立っているだけだった。恵良は目をパチクリとさせて中へと入る。
「おはようございます、恵良さん」
「おはようございます、賢さん」
恵良が慌てて賢に敬礼をする。そのあと、彼女は彼の隣に立ち辺りを見回した。
「隊長は……どこにいらっしゃるんですか?」
「まだ来ていませんね。どうしたんでしょうか?」
賢が恵良の顔を見る。すると、彼が彼女の顔をまじまじと見始めた。それに恵良は困惑する。
「あのぉ……、私の顔に何かついていますか?」
「あ、いいえ、少し目にくまができていたので、気になりまして……。ごめんなさい」
賢が頭を下げると、恵良は申し訳なさそうに彼を見た。
「そんな……、謝らないでください。……昨日は殆ど眠れなかったんです。だからかと」
恵良の言葉に、賢が頭を上げる。
「勇気君のことを、心配していたんですか?」
恵良は無言で頷いた。途端に表情が暗くなる。俯きがちになっている彼女に、賢は彼女の肩に手をポンと乗せた。呆気に取られて此方を見ている彼女に、彼は優しく語り掛ける。
「きっと勇気君は大丈夫ですよ。怪我こそしていますが、彼は頑張り屋さんですからきっと病院で目をしっかりと開けて待っているでしょう。今頃、恵良さんが勇気君のことを考えているように、彼も恵良さんのことを考えているんじゃないんですか?」
賢の言葉に、恵良は頷いた。そして最後の言葉に過剰に反応して、頬を少し赤く染めて再び俯いてしまった。
すると、管制室のドアが開き、そこから雪音が登場した。二人は姿勢を正し、敬礼をして彼女を迎える。
「遅れてすまん。シャワーを浴びてた」
雪音は、開口一番二人に詫びを入れた。彼女は二人の前へと歩き出す。
「気を取り直して、ミーティングを始めようか。諸君、おはよう」
雪音が挨拶をすると、二人は大きな声で挨拶を返した。彼女が話を続ける。
「昨日も話したが、我々は本日、横須賀の部隊とともにここを出発する。出発時刻は正午を予定している」
二人が頷く。
「それに伴う話だが、今日はシミュレータは使わないでくれ。訓練はしてもいいが、疲れているだろうから軽めにしておけ」
「分かりました」
賢が返事をする。雪音は頷くと、恵良の方を見た。恵良はハッとした表情で彼女と向かい合う。
「それと、我々、特に恵良が心配していた、勇気の件についてだが……」
恵良の心臓が、ビクリと跳ね上がる。賢も雪音を固唾を呑んで見守っている。
すると、雪音が嬉しそうに笑った。
「負傷していたので手術を行ったが、成功して一命を取り留めたそうだ。あいつは無事だよ。本当によかった」
その報告を聞いた瞬間、恵良の緊張の糸は切れ、その場に頽れて嬉しさで咽び泣き始めた。しかし、顔は笑っている。一晩中心配していたことが解決して、彼女の心は安らいでいた――その結果、立つことができないでいるが――。隣にいた賢がすぐに彼女を介抱する。
「良かった……勇気が生きてて、本当によかった……!」
できることなら、すぐに勇気と会いたい。会って『ナンバーズ』の討伐を共に喜び合いたい――恵良は頭の中で考えていた。
しかし、雪音の表情はすぐに真面目なものに戻った。
「しかしだな。一つ悪いニュースがある」
雪音の言葉に、恵良は泣き顔を上げた。同時に賢も雪音を見る。声を出せない恵良に代わって、賢が尋ねる。
「……悪いニュース、とは?」
「討伐部隊のパイロット全員の事情聴取が終わるまで、勇気とは面会謝絶だそうだ」
「……どうして」
恵良が、怒っているようにも聞こえる声で雪音に尋ねた。賢が彼女を立たせる。
「事情聴取のための口裏を合わせさせないようにするためだろう。ここの専属医だからという理由で、澄佳も勇気を診させてもらえないんだそうだ。まったく、なんのための専属医なんだか」
雪音が呆れ気味にため息をつく。二人は腑に落ちないと感じつつも頷いた。
「分かりました……。ですが、その聴取は誰がするんでしょうか?」
「おそらく、防衛省のお偉いさんだろう」
雪音の答えに、恵良が頷く。その顔は沈鬱としていた。
「大丈夫だ。たとえ勇気が施設の人間だったとしても、事情聴取ではぞんざいには扱われないだろう。ましてや怪我人だ」
「……はい」
恵良は、勇気が事情聴取の時に、軍で受けたような仕打ちをされないか心配になっていた。勇気や咲宮の言葉が本当であれば、そのような可能性が捨てきれないからだ。心配していると、彼女の声は自然と萎んでいった。
「それと、聞きたくないだろうが、もう一つネガティブなことを話そうと思う。これは私の想像だが――」
雪音の口調は相変わらず暗いままだ。恵良は、もうネガティブな話は聞きたくないとばかりに唇を噛んで俯く。
「先の戦いで、『ナンバーズ』に所属していたサキミヤという男が勇気に倒された。奴らが情に厚ければおそらく、殺された仲間の復讐に向かう可能性が高い。これから奴らと戦うときには、そのことに十分に気を付けてくれ」
雪音の言葉に、恵良はこれが人が死ぬ戦争というに気付かされた。
勇気は人を殺した。彼はそれを意識していないだろうが――彼もサキミヤという男に殺されかけたが――、それは紛れもない事実である。戦争だから、攻めてきた者を自分を守るために殺すということは仕方のないことかもしれない。殺さなければ、殺されるのだから。しかし、彼はそれを受け入れることができるのだろうか――恵良は思案した。
「……恵良、どうした?」
俯いたまま顔を上げない恵良に、雪音は訝しんで呼びかけた。彼女は呼びかけられると、素っ頓狂な声を上げて顔を上げた。
「す、すみません!」
「……悩みがあるんだったら、いつでもここに来い。聞いてやるから」
「……はい」
恵良が俯きながら言う。しかし、雪音は微笑を作って彼女を見ていた。
すると、いやな空気を吹き飛ばすように雪音が咳払いをした。二人は彼女に注目する。
「これでミーティングは終了。正午ごろにまたここに集合してくれ」
雪音が終了を告げると、二人は敬礼をして、了解、と大声で返事をした。賢はいち早く管制室を出たが、恵良は出る直前に雪音に呼び止められた。彼女がキョトンとした顔で雪音の方を見る。
「……なんでしょうか?」
「さっき、何を考えていた?」
雪音に尋ねられた恵良は、俯きがちになって雪音の方へと近づいた。
「……勇気が、サキミヤという男を倒しましたよね?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「今の勇気はそれを考えているかは分かりませんが、それに気づいたとき、勇気はどうなっちゃうんでしょうか。勇気と同じ施設で育った、勇気と同じように酷い仕打ちを受けた、勇気と境遇が同じな人を……殺して――」
雪音は椅子に座って恵良の話を聴いている。
「つまり……何が言いたいんだ?」
それを訊かれると、恵良は困り果てた顔になった。
「私にもよく解りませんが……、軍人とはいえ、それが職務だとはいえ、人を殺した時の気持ちって、どう感じるのか――って。罪悪感とかを感じるのかとか、よく解らなくて……。勇気が、もしかしたら、壊れちゃうんじゃないかって――!」
最後の方の言葉は叫ぶように口に出され、少し震えていた。恵良は言いたいことを全て言うと、頭を抱えて蹲ってしまった。まるで彼女が咲宮を殺したかのように、狼狽して動揺している。息は荒くなり、身体が震え始める。
そこへ雪音が歩み寄り、蹲っている恵良と同じ目線になって彼女の頭に手をポンとやった。泣きそうな顔で、恵良が頭を上げて雪音を見る。雪音は真面目な表情で、動揺している恵良を見ている。
「……お前は、本当に優しいな」
「え……?」
真面目な表情になっていたかと思うと、雪音は恵良に対してすぐに柔和な微笑を浮かべていた。彼女の手が、恵良の頭から離れる。
そして雪音は、恵良の背中に腕を回し、彼女の右の肩に自分の顎を乗せた。恵良は驚きのあまりパニックになった――自分が隊長に抱擁されるということなど、思ってもいなかったのだから。
「――隊長!?」
「お前が壊れそうになってどうする?」
恵良は雪音の言葉に呆然となった。雪音は目をつぶり、恵良の背中をさすっている。
「あいつは強い奴だ。ちょっとやそっとじゃ折れない。それに、もし壊れそうになっても我々がいる。特に、お前はあいつにとっての大きな支えだ。お前の気持ちをあいつに伝えれば、壊れることもなかろう」
恵良は目をパチクリとさせながら、雪音の言った言葉の意味を噛み砕いている。さらに雪音は彼女に対して言葉を続ける。
「私の気持ちを正直に言わせてもらうと、お前は父親に認められなくても十分に存在意義を持っていると思う。こうして勇気や私たちにとって必要不可欠なんだから」
雪音は恵良の背中をさすり続けながら、言葉を続けた。恵良は相変わらず、茫然としたままである。
しかし、ようやく雪音の言葉の意味を飲み込んだところで、恵良の目から涙が溢れ始めた。彼女は顔をくしゃくしゃにしてしゃくりあげながら、自身の心が温かくなるのを感じていた。そして彼女もまた、雪音の背中に腕を回し始めた。雪音よりも強く力を込める。
「……隊長、私、私――本当に勇気の力に、なれてるんでしょうか……?」
「ああ、他の誰よりもな」
雪音が返事をすると、恵良は声をあげて泣き始めた。彼女の不安は、完全ではないものの取り払われた。泣きじゃくる恵良を雪音は拒むことなく受け止めていた。
「やっぱり泣き虫じゃないか」
「そんなこと――っ、ないですっ!」
恵良はしゃくりあげながら、顔を真っ赤にして反論したが、雪音は子供をあやすように彼女の背中をさすり続けて笑っていた。恵良は少し恥ずかしがりながらも、身体に溜まっていた重苦しいものがボロボロと落ちていくように感じていた。
――勇気、待っててね。
正午を過ぎたころ、雪音・恵良・賢の三人は《オーシャン》の管制室に集まっていた。艦の発進は予定通り行われ、午後二時頃には横須賀に到着する予定だと、雪音は二人に告げた。それを告げると彼女は、椅子に座り猛烈な勢いでキーボードをを叩き、艦の調子を確認した。
雪音が確認したところ、全てグリーンであった。ともに飛び立つ横須賀の《鷲羽》の艦長も、いつでも発進できると彼女に通信を返した。
発進に備え、滑走路にはゴミ一つ落ちていない。それを確認して雪音が発進させようとすると、無線に通信が入った。
「こちら討伐部隊です。どうぞ」
『猿ヶ森基地の金森新だ。どうぞ』
無線を飛ばしたのは新であった。三人が無線に注目する。
「どうしましたか?」
『貴方達にもう一度礼を申し上げたい。討伐部隊がいなければ、メガフロートは落とされ、国会議員たちも皆殺しだっただろう。貴方達の尽力のお蔭で、このメガフロートと人命は守られたようなものだ。灰田殿にも私たちから礼があったと伝えてくれ。彼には本当に世話になった。本当にありがとう』
「いいえ。討伐部隊は奴らを討伐するのが責務です。それくらいは礼には及びません。それに、昨日の会議で、貴方からはたくさん礼を頂いた。それだけで我々は嬉しいです。それに――」
雪音の表情は真面目なままであった。しかし、一旦言葉を切ると、彼女は微笑した。
「灰田のことを気にして頂いて、我々は嬉しいです。伝えておきますよ」
『そうか。邪魔をしたな。引き続き、任務に尽力してくれ』
そう言われ、新からの通信が切れた。新が勇気に感謝していることを知った三人の顔からは、自然と笑みが零れていた。彼も他人から必要とされていることを、初めて実感することができた。
「……よし。行こうか」
そう言って雪音は、操縦桿を弄り《オーシャン》を発進させた。討伐部隊を乗せた水色の艦と横須賀の《鷲羽》は、晴れ渡った大空へと飛び立った。
午後二時を少し過ぎたころ、昨日任務を終えて横須賀に戻ってそこで一夜を過ごした礼人と雪次は、SWの格納庫にいた。そこは整備員やエンジニアたちでごった返しており、彼らは自分たちのSWの整備の具合を確認するためにここに出向いている。雪次はいつも通りの凛々しい顔で前を向いているが、礼人は機嫌が悪いのかポケットに手を突っ込み、唇を尖らせて俯き加減である。目つきも悪い。
そんな礼人を横目で見て、雪次はため息をついた。
「もう気にするな。俺たちの任務は終わったんだ。『ナンバーズ』を撃退して任務は事実上の成功。今は悔しいだろうが、割り切ろうじゃないか」
礼人は雪次の言葉を聞いて彼の方を向くが、まだ納得していないと顔で訴えかけている。雪次は眉間にしわを寄せた。
「そんな顔するな。辛気臭くなる」
「だってよお……、あと一歩のところだったのに取り逃がしちまったんだぜ? 勇気は面会謝絶だしよぉ……」
「……そうだな。面会謝絶の件は、俺にも何故そうなったのか分からん。だが兎に角、もう取り逃がしたことは気にするな」
礼人は雪次に窘められ、ため息混じりに適当に返事をした。二人が《キルスウィッチ》と《陰陽》が格納されたところに漸くたどり着こうとしていた。礼人が雪次を追い抜き、足早に進む。
すると、背を丸めて歩いていた礼人に、何者かが激突した。それと同時に、金属音とともに工具が周囲に巻き散らかされた。礼人は上擦った悲鳴を上げて尻餅をつき、ぶつかった方は礼人よりも大きな声を上げて尻餅をついた。
「痛てて……」
礼人が尻をさすりながら前を向くと、彼の視界に、オイルで黒くドロドロに汚れた作業服を着ている女性が目をギュッとつぶりながら痛そうに尻をさすっていたのが目に入った。
肩まででまとめられている女性にしては短い髪、健康的に日焼けした小麦色の肌で、容姿は整っている。顔は汗にまみれ、作業服はオイルのような液体でドロドロに汚れている。雪音よりは背は高くスタイルもよいが、それでも中学生か高校生の見た目である。
彼女が目を開けると、目の前の礼人に気付いたのか、これまたオイルまみれの所々黒いしみが付いている軍手を履いた手で口を覆い、短く悲鳴を上げて立ち上がった。
「す、すすすすみません! お怪我ありませんでしたかぁっ!?」
作業服姿の女性は半ば発狂しているかのように礼人に振る舞った。工具を落とし、軍人にぶつかって転倒させたことで気が動転している。彼女は礼人を立たせようと手を差し伸べた。
しかし、オイルまみれの軍手を履いた手で触ろうとした作業服姿の女性に介抱される前に、礼人は彼女を制止して自身で立ち上がった。彼は尻についたホコリを手で払い、女性の方を見る。その光景を見ていた雪次は、ただ黙ってその後の成り行きを見ている。
「俺は大丈夫だ。それよりも、お前の方は大丈夫なのか? 工具、かなり落としてるけど」
礼人が散乱した工具を指さす。彼がそれらの中の一本のスパナを拾い上げようとするが、女性はそれらを早送り再生されているかのような動きで拾い上げては箱にしまった。礼人がそれを見て苦笑する。
「手伝おうと思ったが、そんな暇はなかったな」
「とんでもないッス! 討伐部隊の方にこんなことやらせちゃ、上に怒られますから……」
礼人は女性の語尾が気になったが、彼女の顔を見た途端そんな些末なことは頭から吹き飛んだ。
「お前……口の周り真っ黒だぞ」
礼人は笑いをこらえながら女性を見ていた。彼女の口の周りは、先程オイルまみれの軍手が触れたせいで髭を生やしているように黒くなっている。彼女が気づいて大慌てで口元をゴシゴシと拭ったが、汚れは取れるどころか伸びてしまい、口の周り全体だけでなく鼻の頭まで広がった。それで礼人は吹きだしてしまい、遠目で見ていた雪次も顔をそむけた。女性は顔を真っ赤にして俯いた。
「……討伐部隊を知ってるのか? 俺が討伐部隊の隊員だってことも?」
「は、はい! 勿論ッス! あそこの二機の整備を担当していますから!」
背筋を伸ばして――と言うよりも、緊張でガチガチになっていてと形容した方が近い――ハキハキと答える女性に、礼人と追いついてきた雪次は頷いた。礼人はさらに尋ねる。
「そうなのか。んで、お前、名前は?」
「あっ、申し遅れました! 私、株式会社フォローから参りました、黄瀬舞香と申します! 討伐部隊のお二方のSWの整備は、株式会社フォローが担当させていただきます! ……っていっても、私は下っ端の中の下っ端ッスけど」
「黄瀬舞香、か。覚えとく。俺の名前は烏羽礼人、よろしくな!」
先ほどまで不貞腐れていたような表情をしていた礼人が、一気に明るくなった。それに苦笑しながら、礼人の横に並んだ雪次が口を開く。
「俺も討伐部隊の隊員だ。星雪次という。俺たちの機体をよろしく頼む」
「よろしくお願いしますッス! っていっても、討伐部隊のお二方がご到着なされたときから整備してたんスけど……」
舞香と名乗った女性が小さく頭を下げる。
すると礼人はそこを通り過ぎる瞬間、舞香の頭の上に右手をポンと置き、荒っぽく頭を撫でた。彼女は仰天して礼人の後ろ姿を食い入るように見つめる。
「ら……礼人さん!?」
「整備、頑張れよ」
礼人は一言残して、雪次とともにその場を去った。舞香は彼を狐につままれたような表情で見つめているだけであった。
二人が、討伐部隊のSW格納庫に到着した。どれくらい整備が終わっているかを確かめるためである。
礼人の《キルスウィッチ》の整備は、外装はほとんど終わっていた。金属光沢を放つ黄緑色の機体には、細かい傷が幾つもついている。
《陰陽》に関しては、外装は殆どダメージを負っていないので、あとは雪次が搭乗して確かめるのみである。
「意外と早く終わりそうだなぁ」
「そうだな」
二人は自身の機体を見上げながら会話した。
すると、格納庫の外で轟音が鳴り響いた。何事かと思い二人が外に出ると、そこには着陸した討伐部隊の旗艦である《オーシャン》と横須賀の第1部隊の《鷲羽》が鎮座していた。漸く帰ってきたかと、二人は自然と笑顔になった。
まず、《鷲羽》から横須賀基地の第1部隊が降りてきた。そして、《オーシャン》の搭乗口を取り囲むようにしてアサルトライフルを持った兵士たちが配置された。その光景を見た二人は怪訝な表情でそれを見ている。
そして、搭乗口から三人が雪音・賢・恵良の順に出てきた。すると三人はすぐに取り囲まれ、第1部隊隊長と思しき人物の主導の下、本部へと連行された。何が起こっているか分からない二人はすぐに集団を追いかける。
「おい! どういうことだ」
礼人が大声を張り上げて集団の進行を止める。すると、第1部隊の隊長と思しき男が彼らの前に立ちふさがった。
「今からこの三人と病院にいる残りの一人には、『ナンバーズ』の新型とそのパイロットについての事情聴取を行う。貴様らには関係ない」
男の見下したような態度に、礼人は彼を歯を食いしばりながら睨みつけた。
「やめろ、礼人。私たちは無事に帰ってくる」
そこで、集団の中で歩いている雪音が礼人を諭した。彼は舌打ちをして、男から引き下がった。男が踵を返して集団と合流するところを、二人はただ見ていることしかできなかった。
事情聴取は、横須賀基地の本部の中にある取調室で行われた――兵士たちが何らかの罪を犯した際に放り込まれ、取り調べを受ける部屋である。その中で、雪音・賢・恵良の三人はそれぞれ個別に呼び出され、第1部隊の人間と霞が関から飛び出してきた役人に囲まれて事情聴取を受けることになった。
三人は、自らが見聞きしたことと雪音が本部に送信した録音データを基にして、新型のSWとそれに搭乗していたパイロットについて、そして彼の発言内容について尋問された。幸い、三人ともあらぬ疑いはかけられることはなく、一人二〇分程度で聴取は終了した。
討伐部隊が勇気以外揃ったのは、午後四時を過ぎてからであった。討伐部隊の者たちは既に《オーシャン》に戻っており、管制室に集まっている。
「皆、御苦労だった。我々の任務は成功だ」
雪音は笑みを浮かべて話した。だが、皆は素直に喜ぶことができなかった。雪音もそれを察し、真面目な表情に戻す。
「……勇気がいないが、皆我慢してくれ。もう少しの辛抱だ。あいつはきっと無事に帰ってくる」
「おい、それってよ、あいつの怪我が相当ひどいってことじゃ――」
「そうじゃない。虐められずに帰ってくる、って意味だ」
その言葉に恵良は俯き、礼人と雪次はポカンとした表情になった。雪音が話を続ける。
「お前たち二人は聞いていなかったから分からなかっただろうが、勇気は『とある施設』の出身だ。そしてそこの出身の奴は、何故か見下されて酷い目に遭うらしい。あいつが戦ったサキミヤというパイロットもそこの出だそうだ」
「……あいつに、そんなことが」
「ああ。自分が見下される存在だと思った途端、コクピットの中で発狂しかけてたよ」
礼人は、怒りで顔を歪めた。雪音は、どこか悲し気な表情をしている。
「兎に角、ご苦労だった。今日は十分に休んで、明日に備えてくれ。それと、ここには三ヶ月ほど滞在する予定だ。SWの整備や勇気の回復が早まったら、その限りではないけどな」
礼人・賢・雪次は敬礼をし、了解、と大声で返事をして管制室を出た。しかし、恵良は敬礼と返事こそしたものの管制室からは出ず、その場に残った。
「……まだ不安か?」
雪音が優しく問いかける。恵良は素直に頷いた。
「あの事情聴取の時の態度……私や隊長にさえも高圧的だったのに、勇気に事情聴取するとなったら……」
「大丈夫だ。高圧的に接することはあっても、暴力まではないだろう。私はそう信じているが……」
雪音はそう言って、頭を振った。彼女も、勇気に関するネガティブな話はもう思い出したくないのだろう。
「私は少し飲み物を買ってくる」
雪音はそう言って管制室を出た。彼女の後ろ姿を見届けた恵良は、独り管制室の中で立ち尽くしてしまった。
「大丈夫だよね、きっと――」
恵良が呟く。その言葉は、誰にも聞こえていない。