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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
戦いの始まり
29/72

血染めの結末

 空気や海面すら揺らす轟音と、ほぼ白色に近い爆炎が上がり、二機のSWが吹き飛ばされた。

 勇気の《ライオット》は爆心地からやや離れていたが、爆発の衝撃で右腕と展開していたビームソードが炎に呑まれて四散した。吹き飛ばされた衝撃で、左肩に刺さっていたビームソードも吹き飛んで水没した。更に、機体全体にも衝撃とダメージが入り、外装に破片が突き刺さっており、頭部の一部は赤熱して溶解し、コクピットのハッチの部分がひしゃげて開かなくなってしまった。武装を扱える腕がなくなってしまったので、彼は事実上の戦闘不能状態になってしまった。

 咲宮の《ペニーウェイト》は、傍から見れば焼け爛れた鉄屑そのものかと思えるほど変質していた。爆心地に近かったので、《ペニーウェイト》は爆発に飲み込まれたのだ。

 薄い装甲は殆ど吹き飛ぶか熱で溶解しており、一部の配線が発火している。背部のブースタからはもうもうと煙を上げ、バチバチとショートしているような様子を見せている。それでもなお、宙に浮けるだけの推力は保っている。《ペニーウェイト》もまた、武装を扱える腕が吹き飛んでしまったので、戦闘不能状態に陥った。

 二機は吹き飛ばされた後、空中で静止し、そのまま動かなくなった。

 ブースタがホバリングしている音のみが、周りに不気味に響くのみであった。



 その光景を《オーシャン》の管制室の中で見ていた雪音・恵良・賢は絶句し、暫くの間動きを止めていた。

 爆心地の光が消え、もはや原形を留めていない二機を見つけると、雪音は焦燥しきった表情でキーボードを叩いて勇気と連絡を取ろうとした。彼女の後ろで、賢は唇を真一文字にして状況を見守っており、恵良は信じられないという風に目を見開き口をパクパクとさせて二機を見つめていることしかできていない。

「……繋がった! 敵は相当ひどいダメージを食らってるから、おそらく通信機能が死んだんだろう」

 雪音は自然と笑みを浮かべていた。なんとかして勇気と連絡を取ろうとした甲斐があったと感じていた。

「勇気、聞こえるか? 聞こえたら返事をしろ」

 雪音が勇気に向かって大声で呼びかける。しかし、何度呼びかけても、彼が反応する気配はない。コクピットの中でアラームが響き渡っていることのみが確認できた。

 いよいよ恵良が焦り始めた。我に返った彼女は、椅子から勢いよく立ち上がり、雪音が使っていたマイクに顔を寄せた。彼女の顔は、今にも泣きそうになっている。

「勇気、勇気! 返事をしてっ。お願い……っ」

「落ち着け、恵良! あいつはきっと――」

 すると、無線から勇気の湿った咳が聞こえてきた。それが聞こえた雪音は、恵良を制止してマイクに向かう。

「勇気、聞こえるか? 無事か?」



 《ライオット》のコクピットの中では、凄惨なことが起こっていた。機体が大破したことを告げるアラームがけたたましく鳴り響き、シートには口から血を吐いている勇気がぐったりと座っている。さらに彼は額からも血を流している。どれだけ爆発の威力が凄まじかったのかがよく解る。

 勇気は目をつぶり、血を吐きながら眠るようにシートに張り付いている。アラームも相まって、まともに無線を聞き取ることができていない。呼吸も次第に浅くなっていく。鉄の味がする何かが喉の奥からせりあがってくる感触に不快感を覚えながらも、彼はそこからピクリとも動かない。

――痛い。気持ち悪い。それに……眠い。

 勇気の意識は途切れかけていた。それでもなんとか自我を保とうと、必死に自らの痛みと格闘している。

 すると、誰かが無線で喚き散らしている声が聞こえてきた。彼はやっと目を少し開け、無線の方へと頸を動かした。それによって、彼は血を吐きながら咳き込んだ。赤い液体が、フルフェイスのヘルメットにベッタリと貼りつく。

『勇気、聞こえるか? 無事か?』

 今度は、雪音が勇気に向かって必死に呼びかけている声が、彼にははっきりと聞こえた。彼の目がはっきりと開く。

「隊長……自分は……無事、です――」

『嘘をつくなっ! すぐに賢を向かわせる。死ぬなよ、絶対にな!』

 無線は繋がったままだ。勇気は、分かりました、と一言呟き、無線を見上げ続けた。

『勇気……聞こえる?』

 泣きそうになっている恵良の声が、無線に飛んできた。勇気はそれを虚ろな顔で見る。

「恵……良?」

『うん! ……勇気、怪我してるの?』

「ごめん……恵良。俺……、無事じゃないみたいだ。息をすると、胸がすごく痛い……」

 そう言うと、勇気は再び咳き込んだ。それを聞いた恵良がさらに焦る。

『嫌……っ。やだよ、勇気が死ぬのなんて――』

「……大丈夫だよ、恵良。俺は生きて戻ってくる。約束しただろ……?」

 勇気が笑みを作る。彼の言葉の後、恵良が泣きじゃくる声が聞こえてきた。とうとう堪えきれずに、彼女は泣きだした。

「恵良……泣かないで。無事じゃなかったことは、後で謝るから……」

 勇気の慰めは、恵良の耳には届かなかった。彼女は管制室の中で、頽れて泣きじゃくっている。

 すると、《オーシャン》からの通信が切れ、賢の《ダーケスト》からの通信に切り替わった。賢は迅速な対応で、半壊した乗機を操って勇気のもとまで来たのだ。

『勇気君!』



 賢は、そこで目を覆いたくなるような光景を見た。《ライオット》の損傷はひどく、賢はもはやSWの様相を呈していないものを見ているような感じを覚えた。

 それでも賢は落ち着こうと、勇気に通信を入れた。

「勇気君!」

 少し時間を置いて、賢の通信に勇気が返した。

『……賢さん』

 賢は落ち着いて、《ライオット》の脇腹あたりを掴んで固定した。

「ブースタを切ってください。これから僕が勇気君をメガフロートまで運びます。勇気君は楽にしていていいです。行きましょう!」

『……分かりました』

 勇気からか細い返事が聞こえてきた後、《ライオット》の全てのブースタが切られ、全重量が《ダーケスト》にのしかかった。それでもそれは、《ライオット》を楽々と支えて颯爽とメガフロートへと向かっていく。



 すでにメガフロート上では、ドクターヘリが待機していた――雪音が呼び寄せたのである――。そこからは既に担架が用意され、搬送する準備が整っている。

 《ライオット》の大破した残骸とともに、勇気はメガフロートに運び出された。雪音と恵良は、《オーシャン》の外に出てきてその様子を見守っている。

 しかしその後、勇気をその中から出すことに非常に難儀した。ハッチがひしゃげて、開かなくなっているのだから。それでも討伐部隊のメンバーは諦めず、雪音は《オーシャン》に残っていた整備員たちを呼び集め、様々な工具を持ってこさせてハッチを開けようと試みた。すると、彼らの努力のおかげで、全壊していたハッチは一〇分でこじ開けられた。それを見た恵良は思わず拍手と礼で彼らを称えた。

 今度はドクターヘリの乗員が、コクピットの中から勇気を運び出した。恵良が勇気の姿を一目見ようと担架に乗せられた彼を追いかけようとしたが、雪音に止められた。

 ヘリが、メガフロートを飛び立つ。雪音と恵良の二人は、それを敬礼して見送ることしかできなかった。恵良の目には、涙が浮かんでいる。

「勇気――」

 ヘリが豆粒ほどの大きさになって見えるようになったところで、雪音は敬礼を解いて艦へと向かった。

「恵良、行くぞ」

「分かりました……」

 恵良の声はか細かった。

 恵良が雪音にトボトボとついていく様子を見て、彼女はため息をついた。

「隊長……?」

「大丈夫だ、恵良。あいつはまだ生きてる。我々が信じないで、誰が信じるんだ?」

 恵良は雪音の言葉にハッとした。と同時に、彼女は目に浮かんでいた涙を袖でゴシゴシと拭き始める。

「はい。きっと、勇気は大丈夫ですよね。そうですよね」

 雪音が口角を上げて頷く。それでいい、と恵良に言った後、彼女は恵良とともに艦に戻った。



 

 あっさりと回収されていく敵を、咲宮は《ペニーウェイト》のコクピットの中で見ていた、否、見ていることしかできなかった。

 彼の機体は爆風と爆炎に直撃し、殆ど装甲が吹き飛ばされ、機能らしい機能といえばこうやってブースタを使って浮遊すること位しかなかった。さらに、その影響で、コクピットの中も爆風に曝され、繋がれているケーブルは勿論、彼の顔の皮膚は焼け爛れ、内臓まで焼かれている。声は勿論出すことができない。呼吸をするだけで、焼けつくような痛みが彼を襲う。幸か不幸か、目だけは動くので、視覚の機能は失われていない。

 それだけではなかった。爆風に乗ってきた機体の破片が彼の身体に突き刺さっていた。ケーブルの一部はズタズタに引き裂かれ、身体の至る所にそれらが突き刺さって、シートの下には血だまりができていた。

 彼は残された意識の中で、自分自身を嘲笑っていた――両親は心中で二人とも死に、残された自分は施設に入れられ、心底嫌だった施設から出て独り立ちしようと思ったところで『現実』を叩きこまれ、挙句自分を変えようと、自分を虐げた日本に復讐を果たそうと思い武装集団に入ったらこのざまである。

――俺の命……クソみてえに軽いな。まあ、だから《ペニーウェイト》なんだけど。

 もはや、咲宮の中には何も残っていなかった。復讐心でさえ、無下に散った。

――《ペニーウェイト》、なんて、なんでカッコつけた名前付けちまったんだろうな、俺。

 彼は、自機の名前の由来を思い出していた。

 彼は『ナンバーズ』に入った時、既に自身に悲観的になっていた。自分の命は塵のように軽いと感じていた。そこで付けたのが、重さの単位である『ペニーウェイト(約1.5552g)』であった――数ある単位の中で、彼がこれを選んだ理由は、ただ単に彼がカッコいいと思ったからである――。

 それを思い出し、彼はそのような重さの物体のように容易く吹き飛ばされたことを実感していた。しかし、もはや彼にはなんの未練もなかった。



 ゆっくりと咲宮の瞼が閉じられる。完全に閉じられた後、コクピットの中は完全な静寂に包まれた。

 すると、それに呼応するように、配線に着いた火がジェネレータに引火した。忽ちジェネレータは火に包まれる。



 《ペニーウェイト》が、炎を上げて大爆発した。白い光の柱を作りながら、暴風と轟音を海上でまき散らす。『5』が爆発した時とは比べ物にならないほどの爆発で、メガフロートに波が押し寄せる。



 《ペニーウェイト》――初めて襲撃してきた『ナンバーズ』の有人機――の討伐が、完了した。



 《ペニーウェイト》が爆発炎上した直後にも拘わらず、三宅島上空では熾烈な争いが未だに繰り広げられていた。

 礼人が操縦する《キルスウィッチ》は横須賀の第2部隊とともに『2』を本土に上陸させないように対処しようとしているが、その第2部隊は壊滅状態に陥っていた。まともに動くことができるSWが隊長機の《剱》のみになり、他のSWは皆四肢と頭部を潰されて戦闘不能状態になっている。

 《キルスウィッチ》の方はというと、大きな損傷はないが、中のパイロットは既に疲弊していた。『2』の動向に全神経を集中させていたので、肉体的にも精神的にも参りかけていた。しかし、礼人はその都度自分を鼓舞するように叫び、火器を乱射し続けた。そのおかげか、『2』はその位置から一切本土には近づけてはおらず、敵の装甲は少しづつ削られているようになくなっている。

 雪次が操縦する《陰陽》は横須賀の第3部隊とともに『4』と争っている。そこでもやはり横須賀の部隊は役に立たず、まともに動いているのは《剱》のみになっていた。

 《陰陽》にも大きな損傷はなく、二本のビームソードと圧倒的な出力を用いて『4』と渡り合っている。しかし、敵も一筋縄ではいかず、彼の攻撃を巧みにいなしては防衛ラインを突破しようとしてくる。それが延々と続いていた。

 すると、膠着していた戦闘に変化が表れた。しかし、討伐部隊にとってはよろしくない変化であった。

 『2』が放ったビームライフルの光弾が、《キルスウィッチ》が左手でグリップしていた火器に命中したのだ。誘爆を防ぐため、《キルスウィッチ》はこれを放棄、灼けて使い物にならなくなった火器は水没した。礼人は舌打ちをし、残り一つの銃を左手に持ち替えて乱射し始めた。

「畜生がぁ!」

 礼人が吠える。針のような光弾が散らばり、『2』を襲う。しかし敵はスラスタを巧みに操り、ヒョイヒョイとそれらを躱していく。

 その後、突然《剱》が敵に襲い掛かった。ビームソードを展開し、相手に接近戦を挑もうとする。一瞬の隙を突いて相手を切り伏せようという算段だ。

 しかし、相手はそれを読んでいたかのように《剱》の横薙ぎをバックステップで避け、すぐにビームライフルをマウントしビームソードを展開。《剱》の後ろに回り込み、四肢を切断した後頭部を突いて機能を奪った。これで第2部隊は全滅してしまった。

「くそっ!」

 礼人はこれを見て毒づいた。勝手に飛び出した第2部隊の隊長に対してのものだが、同時にその状況を見ていることしかできなかった自分に対してのものでもあった。歯をギリギリと言わせながら、達磨のような格好になった《剱》とこちらを振り返った敵を睨みつける。

 すぐに『2』はブースタを吹かし、異常な速度で《キルスウィッチ》の横を通り抜けようとした。しかし、それを礼人が許す筈もない。

 礼人は銃を、ちょうど通り抜けようとした『2』のコクピットに突き立てた。彼が目をカッと見開く。

「そこだぁ!」

 銃の引鉄が引かれた。莫大な熱量をもった無数の光弾が敵を襲い始める。

 『2』はそれを後退しながら避けるも、左右の肩部に何発かの光弾が直撃した。橙色の針が装甲を焼き焦がす。その光景を見た礼人は、笑い声の混じった雄たけびを上げた。

 すると、『2』が背を向けた。それと同時に、《陰陽》と切り結んでいた『4』もそれを吹き飛ばした後に背を向ける。

「……何だ?」

 雪次が訝しんでいると、『ナンバーズ』の二機が全速力で戦線を離脱した。日本軍のSWとは比べ物にならないほどの速さで上空に向かっていく。二人が呆然としながらその光景を見つめていると、レーダから『ナンバーズ』の二機の反応が消えた。

 少し経って、礼人は我に返った。コクピットを乱暴に叩く。

「畜生! あと少しの所で――」

 激昂している礼人に向かって、雪次が通信を入れた。

「礼人」

「あ!? んだよ?」

「……奴ら、撤退したな」

 安心したような声で言う雪次に向かって、礼人は不快感を露わにする。

「何安心してんだよ。逃げられたんだぞ!」

『ああ、逃げられたな。だが、少し気になる点がある』

 礼人は雪次の言葉を聞いてため息をつく。

「何だよ?」

『奴ら、逃げざるをえなかったんじゃないか?』

「……どういうことだ」

 雪次の思わせぶりな発言に、礼人が思わず耳を傾ける。

 当の雪次は、笑みを浮かべていた。

「猿ヶ森で『ナンバーズ』が負けた、とか」

 すると、礼人・雪次と生き残った第3部隊の隊長のもとに、横須賀の本部から通信が入った。女性のオペレータが興奮気味に話しかける。

『日本国軍所有の猿ヶ森メガフロートで討伐部隊と横須賀第1部隊・千歳第2部隊が『ナンバーズ』と交戦、『5』と新型のSWを撃墜したそうです!』

 その報告に、礼人と雪次は茫然とした。しばらくした後、礼人がオペレータに訊き返す。

「まさか……本当にやりやがったのか?」

『はい! しっかりと水城少佐が撃墜を確認したそうです!』

 オペレータの女性が興奮しているのを尻目に、雪次が慎重な姿勢で尋ねる。

「待ってくれ。その――新型というのは?」

『詳しい情報はまだ入ってきておりませんが……灰田勇気、という討伐部隊の隊員が撃墜したそうです』

「勇気が……」

 雪次が呟くと、オペレータが神妙な口調で話を続け始めた。

『ですが、その灰田という隊員はその戦闘で負傷して、ドクターヘリでこちらまで運ばれてくるそうです』

「何だって!?」

「何だと!?」

 二人が同時に驚きの声を上げる。礼人が驚愕した顔で無線を見る。

「おい……。あいつは大丈夫なのか? 無事なのかよ!?」

『詳しいことがまだ分かっておりません。申し訳ございません……』

「ドクターヘリで搬送、か……。ひどい怪我かもしれんな」

 雪次のネガティブな発言に、礼人が反応した。彼は柄にもなく泣きそうな顔になっている。

「おい、そんな縁起の悪いこと言うなって!」

『すまん……。それよりも、俺たちにも報告すべきことがあるだろ』

 雪次の言葉に、オペレータが反応した。

『報告する内容を仰ってください』

「ああ。我々討伐部隊の烏羽礼人と星雪次、および横須賀第2・第3部隊は三宅島上空で『ナンバーズ』の『2』と『4』を確認、交戦したが、第2部隊は全機戦闘不能、第3部隊も《剱》を残して戦闘不能、『2』と『4』は撃墜には至らず逃亡した」

『分かりました。これから《鷲羽》二隻を向かわせます。烏羽さんと星さんは申し訳ございませんが、自力で横須賀までお願いいたします』

 礼人と雪次はオペレータに、了解、と通信を入れると無線を切った。再び、礼人が雪次に通信を入れる。

「とりあえず……お前の予想は合ってたな。『2』と『4』は猿ヶ森襲撃が失敗したら退却するつもりだったのかもな」

『ああ、だが――』

「その話はよせ」

 礼人にぴしゃりと言われ、雪次は黙ってしまった。礼人はそれを言った後、歯を食いしばった。

 《鷲羽》二隻が現場に到着したのは、『2』と『4』が撤退して一時間後であった。第2・第3部隊の隊員たちを回収し、残骸を接収した後、礼人と雪次は航空艦二隻とともに横須賀へと向かっていった。



 《ペニーウェイト》の爆発炎上を目の当たりにした雪音・恵良・賢は、それを呆気にとられて見ていた。勇気が回収されるほんの数十分後であった。もし遅れていたら、彼もその光に飲み込まれていたと考えると、恵良の肝は冷えた。

 雪音はその後、冷静に横須賀に向けて報告をした。彼女が報告をしている裏で、拍手や歓声が聞こえてきたが、彼女は素直には喜ぶことができなかった。なので、喜んでいるところへ水を差すかのように、同時に勇気が負傷して横須賀に運ばれてくることも告げた。

 しかし、そのことを気にせず、横須賀の人間たちは喜んでいた。ただ一人、連絡を受けたオペレータだけが真面目に受け取っていた。横須賀の人間たちは勇気が施設出身の人間であることを知っていので、彼が怪我をしても気にも留めていない――これまでの経緯いきさつから、雪音は邪推してしまった。

 本部に報告を終えた雪音は、二人と向かい合った。

「これから私は、これからの予定を話し合うために責任者の会議に出席してくる。二人とも管制室に残って、留守をしててくれ。頼んだぞ」

 二人は敬礼をして、分かりました、と返事をした。白衣を翻し、雪音は管制室を出た。

 取り残された二人は、大きく息を吐いてがっくりと腰を床に下ろした。疲労が今まで経験したことがないほど溜まっていた。特に恵良は、初めて実戦を経験したのと勇気が負傷して横須賀まで運ばれたショックで、尋常ではないほど疲労とストレスが溜まっていた。彼女は体育座りで膝に顔をうずめている。

 そんな様子の恵良に、賢は声をかけることができなかった。彼でもよく解っていないが、何故か口を出してはいけないと感じていた。



 数時間後、雪音が会議から帰ってきた。疲労困憊の中、恵良と賢は直立して彼女を管制室の中で迎えた。

「お疲れさまです!」

 管制室のドアが開くと、二人が声を揃えて敬礼しながら言った。その迎えに、雪音は驚きの顔をする。

「お前たち……。留守番、お疲れ様」

 雪音が気を取り直して二人の前に立つ。彼女が会議で決められたことを話し始めた。

「戦いは終わった。レーダーにも『ナンバーズ』の反応が見られなかった。東京に向かっていた二機も、撤退したそうだ」

 二人が頷く。しかし、三人とも素直には喜んでいなかった。

 雪音が話を続ける。

「我々と横須賀の第1部隊は、明日ここを飛び立って横須賀に向かう。そこで我々には少し事情聴取があるそうだ。例の新型と、そのパイロットについてだ」

 二人が頷く。

「私は録音の記録を今日提出した。おそらく、それを踏まえたうえでの質問が出てくるだろう。勇気も怪我が治り次第事情聴取をすると決められた」

 勇気の名前が出て、恵良は真っ先に反応した。

「勇気は……その後どうなったんですか?」

「まだ情報が入ってきてないんだ。すまない」

「そうですか……。ありがとうございます」

 勇気のその後についての情報が何も得られず、恵良は意気消沈した。

「他に質問がなければ、これで話は終わりだ。もう夕方だから、夕食を食べて早く休んでくれ。今日は本当にお疲れ様。お前たちには感謝してもしきれないよ」

 雪音が微笑む。しかし、雪音にねぎらいの言葉をかけてもらったのにも拘らず、二人は直立して、ポカンとしている彼女を見つめる。

「……どうした?」

「この度の戦果は、討伐部隊の訓練の賜物だと思っております。我々は、隊長に感謝しなければなりません。ありがとうございます!」

「私も……討伐部隊に入って『5』を賢さんとともに討伐できるまで強くなることができました。これもひとえに、隊長のお蔭だと思っております。ありがとうございます!」

 真面目な表情で深々とお辞儀をした二人を見て、雪音はフッと笑った。

「私のお蔭、か。ありがとう。その言葉、大事にするよ。でも撃墜したのはお前たちだからな。それは誇ってもいい。そんな硬い顔しないで、今日はもう休め」

 雪音からまたねぎらいの言葉をもらった二人は敬礼して、失礼しました、と大声で言った後、管制室を出た。

 二人を見送った雪音は椅子にどっかりと座り、ため息をついた。その顔は陰鬱としている。

「勇気……」

 雪音は一人の大切な部下として、勇気を心配した。



 恵良は夕食をとることよりも先にシャワーを浴び、それから一人で夕食を食べてから自分の部屋へと戻った。

 恵良は部屋に入るなりベッドに腰かけ、ため息をついた。頭の中は、まるで恋する乙女のように、勇気のことで一杯だった。

 一人で食べる食事はなんと味気ないことだろうと、恵良は夕食の際に思っていた。いつも勇気とともに食べていたからこそ出た感想であった。彼女は両手で顔を覆う。

「勇気……大丈夫だよね。また一緒にいれるよね?」

 くぐもった声。恵良の目には涙が浮かんでいた。それをバスローブの袖でゴシゴシと拭うと、彼女はベッドに寝転がり、シーツを頭まで被って丸くなった。

 勇気のことを考えるだけで、胸が張り裂けそうになっている。喉の奥を鷲掴みにされているような感触もある。頭が変になってしまうのではないかという思いすらあった。

 恵良はギュッと目をつぶって、悪夢のような出来事が過ぎ去ってほしいと願っていた。




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