ペニーウェイト
《ウォリアー》が振り下ろしたビームソードは、『5』の頭を捉えていた。恵良は勢いそのままにそれを振り下ろす。
『5』の頭が真っ二つに溶断される。さらにその勢いは止まらず、どんどん装甲を溶かしていく。恵良や彼女の周りにいた者には、それがスローモーションにかけられたように映る。
ついに、『5』が一刀両断された。
黒い魔物はついにそれの形を模した鉄くずになり果てて、自由落下していく。《ウォリアー》は『5』を斬った場所で静止し、その光景を眺めているだけである。他の者たちも同様に、何が起こったかわからないという風に棒立ちになっている。
その静寂は、雪音の通信によって破られた。ブツリ、と少し耳障りな音がコクピットの中でする。
『高エネルギー反応。退避しろ。爆発に巻き込まれるぞ!』
その言葉を聞いて、恵良以外のSW部隊は蜘蛛の子を散らしたように全力でブースタを吹かして退避する。
しかし、恵良は動かなかった、と言うよりも、動けなかったと形容した方が正しい。自分がやったことが、未だに信じられずにいるのだ。彼女は狐につままれたような顔をして、身体も微動だにしていない。
そこで、勇気が彼女に通信を入れた。
『恵良! 危ない!』
その通信で、恵良はようやくことの重大さに気が付いた。退避しろ、と言われても、《ウォリアー》は『5』の残骸のすぐ近くである。退避しようにも、被害を受けることは確実であった。彼女は顔面蒼白になり、追加ブースタを使おうとした。
しかし、それはスイッチを押しても全く反応しなかった。使いすぎたせいで機構の一部が破損したのだ。仕方なく通常のブースタのみの推力で脱出を試みるが、疲労と恐怖で足がガクガクと震えて思うようにペダルを踏むことができないでいた。
――誰か、助けて……。
すると、一機のSWが恵良のもとに近づいてきた。真っ赤に染まったSW――勇気の《ライオット》であった。彼女は思わず彼に通信を入れる。
「勇気!」
「恵良、こいつの右腕に掴まって!」
《ライオット》が右腕を差し伸べる。恵良は勇気の言葉に従い、《ウォリアー》のビームソードをマウントして残っている右手でそれの右腕を掴んだ。
勇気は掴まれたのを確認すると、ペダルを壊れんばかりに踏みつけて、最大推力で脱出を図った。Gで身体がシートと一体化しそうになるような感触を受け、二人は最高速度で吹っ飛んだ。いつの間にかメガフロート近くまですっ飛んでいることに気付いた勇気は、ブースタを逆噴射して二機にブレーキをかける。コクピットの中の二人は、むち打ちを起こさんばかりに前につんのめる。
二機は、無事にメガフロートの上に着地した。二人は賢と他のSW部隊とともに、呆気なく落ちていく『5』の残骸を遠目から見つめる。
二人は着陸してから数秒後、空が光った。
『5』の残骸は、光を膨張させながら盛大に爆発した。
空中で爆発したのにも拘らず、海水を巻き上げて波を作る。爆風もすさまじく、十分に離れたはずなのに、SWを押し倒そうとする勢いで風が吹き荒れた。幸い、メガフロート上に人はいなかったので、人的被害はない。
その場にいた者皆は、その光景を茫然としながら見ていた。特に討伐部隊の四人は、驚きと喜びで茫然としているという方が正しかった。
『5』の『討伐』が、完了した。
猿ヶ森での激闘のさなか、三宅島上空でも激闘は始まっていた。礼人と雪次がそれぞれ『ナンバーズ』の『2』と『4』と戦っている。随伴してきた横須賀基地の部隊も相まって、混戦になっている。
礼人は横須賀基地の第2部隊と協力――と言うよりも、第2部隊の割り込みの対処だが――して『2』を本土に近づけさせないように奮闘している。横須賀のSW部隊の攻撃は掠りもせず、礼人のSWである《キルスウィッチ》は銃器しか持っていないため、身軽に動く『2』を捉えるのは極めて難儀している。それでも礼人は、復讐心をむき出しにして光弾をばらまいている。
雪次も礼人と同様、随伴してきた横須賀の第3部隊とともに『4』に対処している。目標は近接特化型で雪次の乗機である《陰陽》も同様の戦闘スタイルなので、二機は火花を散らしながら二本のビームソードをぶつけながら激闘を繰り広げている。横須賀のSW部隊は、そんな彼を遠くから援護射撃することしかできず、非常に焦っている――第2部隊に戦果の面で負けたくないからである。
横須賀の部隊は討伐部隊の二人の言うことを全く聞かず、突撃している。戦果を討伐部隊だけにとられたくはないからである。
しかし、それが裏目に出た。ついに一機の《燕》が『2』によって無力化されたのだ。一瞬の隙を突かれた後、両腕をビームソードで切断され、その後ビームソードの突きで頭部を破壊された。礼人はこれを見て舌打ちをした。
「てめえらぁ! 下がってろ。俺がやる!」
『礼人、落ち着け。こいつらはどうせ俺たちの言うことは聞かん。俺たちは俺たちの戦いに集中するぞ』
礼人は、戦闘中の雪次に諭された。こいつは落ち着いているのか割り切ってるのか分からん――彼は『2』が放ったビームライフルを避けながら思っていた。
「しゃあねぇな……」
礼人は一旦気持ちを落ち着けて、『2』との戦闘に集中することにした。
幸いにも、討伐部隊の二機と横須賀の二つの部隊で、今のところは『ナンバーズ』の侵攻は食い止めることができている。残った課題は、どうやって敵を撃破するか、であった。攻撃は当たらず、無駄なエネルギーを消費してばかりいる。
礼人は『2』のビームライフルの連射を回避しながら、それに近づいていく。相手に十分に近づいたと思った彼は二挺のビームライフルをグリップ、そのまま加速しながら連射する。
橙色の針のようなビームが純白の機体を襲う。しかし、『2』はそれの軌道を知っているかのようにスルスルと避けていく。それでも礼人は、機体を近づけながら銃を連射する。
絶対に回り込んではならない――礼人はそれを心がけていた。いくら《キルスウィッチ》が機動力に優れているとはいえ、回り込んだが最後、他のSW部隊を蹴散らされて本土に一直線に向かわれる可能性が大きいからだ。追う展開になっては勝ち目がないことは、彼は理解している。
すると、今度は『2』のターンになった。白い機体は固まって動いていた《燕》二機に目を付けると、それにビームライフルを発射、二機のうち左の《燕》の頭部を狙い撃った。それは避けられたものの、『2』は先程標的にした《燕》に一瞬で近づき、両腕と両脚を切断し無力化した。その後すぐさ残った右の《燕》にも近づき、両腕両脚を切断した。第2部隊はこれで七機となった。
「んなろぉ!」
礼人が激昂する。目を見開き、歯を食いしばりながら《キルスウィッチ》を操縦し、『2』を撃ち落とさんと引鉄を引く。今度は先程よりも近い距離での発射だった。
針のような光弾が、『2』を再び襲う。流石の『2』も、至近距離で膨大な数の弾を完璧に避けることはできず、左肩部の上部の装甲が熱で灼けついた。
決定打になっていないと判断した礼人は、雄叫びを上げながら二挺の火器を乱射する。『2』は三次元機動で殆ど避けたが、それでも三発は当たった。当たった箇所は戦闘には殆ど支障が出ない右足部・左肩部の装甲の一部、そして左脇腹の装甲だった。しかし、彼にとってはそれだけでも進歩したと思っていた。
『2』の動きが止まる。それに合わせて、《キルスウィッチ》がここは通さんと言わんばかりに白い機体の正面に陣取った。
「ここは通さねえぞ、クソ野郎が」
礼人は『2』に向かって吐き捨てた。彼の中には、不思議と自信がわいてきていた。
一方の雪次は、誰も割り込めないような剣戟の真っ最中であった。『4』の連続した剣捌きを必死にこらえながら、持ち前の出力でごり押していく。更に、いつ横を通り抜けられるのか分からないので、絶対に『4』を通さないようにしっかりと道を塞ぎながら戦っている。彼は神経を尖らせながら戦闘していた。
すると、《陰陽》と向かい合って戦闘していた『4』が、突如軸を右にずらした。抜けられる――そう判断した雪次は一旦後ろに下がった。フェイントの可能性があるので、彼は大きく後退する。すると案の定、『4』は今度は左にブースタを吹かして移動し、そのまままっすぐ駆け抜けようとした。
「させるか」
雪次は低い声で唸り、《陰陽》を『4』の方へと向かわせて二本のビームソードを振るう。相手は突進する体勢なので、ビームソードの刃は出ていない。この時が、『4』にダメージを与えるチャンスだった。
しかし、相手も負けてはいなかった。《陰陽》が突っ込んでくると分かるや否や、『4』もビームソードを展開して迎撃の体勢に入る。展開までの時間は速く、《陰陽》のビームソードが襲い掛かってくるまでには構えることができていた。
再び、二人の近接武器がぶつかり合う。破裂音に似た音が一瞬した後、電流が流れているような音が耳を劈く。その数秒後、二機は互いに弾き飛ばされ、再びぶつかり合った。
『4』が《陰陽》を押す。しかし、雪次はブースタを目一杯吹かしてそれに対抗する。彼は歯を食いしばり、それに耐えながら次の手を模索している。
そこで、第3部隊のSWが動いた。《蓮華》三機が『4』の丁度右側に回り込んでおり、スナイパーライフル構えている。《剱》が右手を上げ、引鉄が引かれようとした。
だが、『4』はそれにも気付いていた。『4』は態と力を抜いて《陰陽》に押し返された後、すぐに体勢を立て直して、まるで瞬間移動したかのような速さで三機の《蓮華》の前に向かった。まず『4』は三機が構えているスナイパーライフルの銃身を切断して無力化した後、一振るいで横並びの《蓮華》の頭部を刈った。それによって混乱した《蓮華》の部隊は動きが止まり、呆気なく両腕両脚を切断されて無力化された。
それを黙って見ている雪次ではなかった。味方部隊に半ば囮のような扱いをして『4』の注意を引き、後ろから『4』を叩き斬ろうとビームソードを頭部に振り下ろした。しかし、『4』はまるで後頭部に目が付いているかのようにビームソードを《陰陽》のものに合わせて振り上げ、受け止めた。雪次は一旦距離を取って、『4』の正面に回り込んだ――それだけは忘れてはいない――。
「……埒が明かないな」
既に雪次の息は切れ、額には玉のような汗がびっしりとついている。それでも彼は集中力を切らさず、『4』から視線を逸らさない。《陰陽》は二本のビームソードを構え直し、それをツインアイで睨みつける。『4』の薄黄色のモノアイも、それに対して不気味に光る。
『4』が再び動き出した。垂直方向にブースタを吹かし、そのすぐ後に《陰陽》の頭上を飛び越えようと一気に加速した。雪次はそれになんとか反応し、ビームソードを敵の喉元とコクピットの部分に突きつける。殺気を感じたのか、『4』はビームソードが振り抜かれる前に後退していた。
「ここを通りたければ、俺を倒してからにしてもらおうか?」
雪次はオープンチャンネルで『4』に向かって語り掛けた。強がりとして、彼の口角はつりあがっている――目は笑っていないが――。
雪次は無線の状態を元に戻し、再びブースタを吹かして『4』に突っ込んだ。
メガフロート上では、未だに風が吹きすさんでいた。国会議員たちを護衛していた《燕》たちは既にそこに戻っており、そこには回収された味方SW部隊の残骸と大破していない《燕》と《蓮華》、そして討伐部隊のSW部隊が直立している。
《燕》が全機戻ってきてすぐに、雪音は無線をオープンチャンネルに設定した。彼女の口には、笑みが浮かんでいる。
「『5』の撃破を確認した。敵影もない。議員たちも無事避難できたそうだ」
彼女が宣言した瞬間、《鷲羽》やメガフロート上のSW部隊から大歓声が上がった。
しかし、討伐部隊のSWからは一切聞こえてこない。三人とも呆然としているためである。特に恵良は、未だに自分が成し遂げたことが信じられずにいた。彼女はまず、手を震わせながらフルフェイスのヘルメットを取る。
すると、恵良の目から大粒の雫が溢れてきた。彼女は、雪音の宣言の意味をようやく理解することができた。
自分が、自分たちが、ついに、『ナンバーズ』の一機を撃破することができたのだ。恵良の胸の中は嬉しさと達成感で一杯になり、声を出すことができないでいる。口から出てくるものは、大きくしゃくりあげるような嗚咽のみであった。彼女は両手で顔を覆い、鼻を啜って嗚咽を大きく漏らしながら泣いている。
――やった……、倒した……。これで、お父様に認めてもらえる!
恵良の頭の中には、このことしか頭になかった。苦戦し、先輩の力を借りての勝利であったが、自分が立派な討伐部隊の戦士になることができたと思っていた。
それを思うと、彼女は今度は声を上げて泣きだした。喜びが溢れすぎて、彼女はそれをうまく処理することができないでいた。
すると、勇気と賢から恵良に通信が入った。彼女はくしゃくしゃになった顔を上げて、無線に注目する。
「恵良さん、おめでとうございます。これは恵良さんのお蔭ですよ。自分一人じゃ、どうにもなりませんでしたから」
最初に声を発したのは賢だった。彼は少し笑っている。
しかし、彼の胸は高鳴っていた――初めて『ナンバーズ』を撃墜した現場に遭遇したのだから。
「ありがとう……ございます」
「恵良さん、余程嬉しかったんですね。泣くより笑っていた方がいいと思いますよ。斯く言う自分も泣きそうですが」
賢の言葉に、恵良は少しだけ泣き笑いの表情を見せた――彼には見えていないが――。
次に無線を入れたのは、勇気だった。彼は恵良と同じくらいかそれ以上に興奮している。彼は鼻息を荒くして無線を入れている。
「恵良、凄いよ! 『ナンバーズ』を倒しちゃうなんて。これで、恵良のお父さんにも認めてもらえるね!」
「勇気……」
その言葉を聞いて、恵良の目から再び涙が溢れてきた。彼女の嗚咽が聞こえた途端、勇気は焦って再び通信を入れる。
「恵良、どうしたの? 俺……何か気に障ること言っちゃったかな?」
「……ううん。勇気の言葉が嬉しくて、つい――」
涙声で通信を返された勇気は困惑した。女性が泣くところに遭遇したことがあまりなかったため、対処方法が分からないのだ。
「え、恵良? あの、えっと――」
勇気がしどろもどろになっているところに、恵良がクスクスと笑い声をあげた。賢も笑っている。
「大丈夫だよ、勇気。私は、悲しくて泣いてるんじゃない。嬉しくて泣いてるの。勇気のその言葉が嬉しかったんだよ。……ありがとう」
恵良の言葉で、勇気の挙動不審が止まる。彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「それと、さっきは手を伸ばしてくれて……本当にありがとう。あれがなかったら、私、死んでたかもしれない」
恵良が勇気に礼を言った後、彼女の頬は紅潮した。先ほどまで泣いていたからではなく、何か別の理由があるが、彼女は頬が熱くなった理由が分からなかった。
礼を言われた勇気も、照れで顔を真っ赤にした。恵良に嬉しいと言われて、彼はどうしていいのか分からずにコクピットの中で縮こまってしまった。
すると、三人の下に雪音から通信が入った。
「恵良、賢。『5』の討伐、本当によくやった。お疲れ様」
「ありがとうございます。今後はこれに驕ることなくこの《ダーケスト》で一層励みます」
賢が真面目な口調で応ずる。一方で恵良は、声が詰まって言葉を発することができないでいた。
『恵良、無理して返事しなくていいぞ。それとお前、意外と泣き虫だったんだな』
「ちょっ……そんなことは――」
恵良が顔を赤くする。彼女は既に泣いていなかった。
雪音はそんな恵良には反応せず、今度は勇気に通信を入れる。
「勇気。お前、少し可愛いところあるな。女の子に礼を言われて恥ずかしがるところとか、女の子が泣いているところで慌てるところとか」
勇気は、呻き声に似た声しか出すことができなかった。彼の顔は真っ赤になり、無線を直視できなくなった。
『そう思うだろう? 恵良も』
「えっ?」
唐突に話を振られて、恵良の顔は赤くなった。
実際恵良は、勇気とともに生活していて、純粋な彼のことを可愛いと思ったことはしばしばあった。それがあるだけに、彼女は余計に反応に困っていた。
「まあいい。恵良、賢、勇気。一旦艦に戻ってきてくれ。恵良と賢のSWは損傷がひどいからな」
雪音は途端に事務的な口調になり、三人に帰艦を促した。周りを見ると、他の部隊のSWはそれぞれの所属の《鷲羽》に帰艦している。三人は、分かりました、と雪音に返事をして帰艦の準備に入った。
ここで、《オーシャン》のレーダーが反応し、アラームがけたたましく鳴り始めた。
雪音は驚愕の表情を浮かべて、キーボードを叩き始める。すると忽ち、一つの点が浮かび始めた。それは猿ヶ森のメガフロートに異常なスピードで近づいてくる。先程の『5』よりも心なしか早く見える。
雪音はオープンチャンネルで異常事態を告げる。彼女は第二波に焦っていた。
「『ナンバーズ』と思しきものがレーダーに引っかかった。おそらく『3』だと思われる」
祝勝会場のような雰囲気が一転、張りつめた空気が漂い始める。討伐部隊のSW三機は、思わず帰艦の足を止めた。
そのような三人に、雪音は落ち着きを取り戻した後三人に無線を入れた。
「恵良、賢の二人はそのまま帰艦してくれ。特に恵良のSWは今戦える状態じゃない。悔しいとは思うが、賢と恵良は下りた後すぐに管制室に来てくれ」
「分かりました」
賢は落ち着いた声で雪音に返す。恵良もワンテンポ遅れて、分かりました、と返した。
続いて雪音は、勇気一人だけに通信を入れた。
「勇気。一人で奴を迎撃することになるが、頼む。やってくれ。整備次第では、賢も復帰できるかもしれないから、それまで耐えてくれ」
勇気は雪音の通信を聞いて、拳を握りしめた。自分も恵良に続こうと、闘志を燃やしている。
「分かりました! 自分が迎撃に行きます!」
『すまない。頼んだぞ』
そう言うと、雪音は通信を切った。すると、間髪入れずに賢と恵良から通信が入った。
「勇気君。援護にいけなくて申し訳ありません。頑張ってください。でも、無理はしないでくださいね。君の悪い癖ですから」
賢は勇気に柔和な口調で話しかけた。彼はそれに、分かりました、と威勢の良い返事で応えた。
賢の通信が切れると、今度は恵良から通信が入った。
「……勇気。必ず生きて帰ってきて。勇気のこと、信じてるから」
勇気は恵良の通信に心打たれた。絶対に生きて帰る――彼は恵良に信じられていることを嬉しく思いながら、固く決意した。
「分かった。絶対に皆の前に帰ってくるよ」
勇気の返事を確認したのか、恵良は通信を切った。
勇気は大空を見上げながら、《ライオット》のブースタを目一杯吹かして飛翔した。
『5』が撃破された直後まで、時は遡る。
高度一万メートルを超える、とある空域。そこに、漆黒の航空艦が鎮座していた。
《Gorgoroth》――機体の側面に、小さく白い文字で書かれている。この航空艦の名称である。そこに存在するSWの格納庫に、それはいた。
鉄をむき出しにしているかのような鈍い銀色のSW。『ナンバーズ』のSWに共通して刺々しい見た目とモノアイで、武装はビームライフルとビームソードで単純だが、背部に何か筒のようなものを背負っている。それと、左肩部に数字が書かれていない。
そのコクピットの中に、咲宮雷鼓はいた。金髪で耳たぶには銀色のピアスを開けている。茶色の瞳はややくすんで、そばかすが頬に少しついており、不健康そうな見た目である。
そのコクピットにはブースタを吹かすペダルこそあるものの、操縦桿らしきものが取り付けられておらず、代わりに、彼のバイクのライダースーツのようなぴっちりとしたパイロットスーツから触手のようなものがびっしりと伸びている。それらは腕や脚、胴等の主要な筋肉の筋腹に接着されるように取り付けられている。
咲宮に、通信が入った。
『本当に行くのか?』
「ああ、お前がやられた後の尻拭いにな」
咲宮が、通信を入れた中年の男らしき人物に軽口で返す。彼の口ぶりから、通信を入れた男は『5』のパイロットであるようだ。それと同時に、この艦は『ナンバーズ』所属の艦であることも分かった。
『そうは言っても、私は遠隔操作で、お前は直接動かすんだぞ。それにこれはまだ試作段階だ』
「うっせえよ。俺が試運転してやらあ。そんでもって、奴らを潰す」
『……死ぬなよ。それと、潰すのはあくまでも討伐部隊のSWだ。メガフロートを撃沈なんて真似はするなよ』
男の通信に、咲宮は、了解、と言って切った。
SWの拘束具が外れる。それと同時に、信号が全てグリーンになる。ブースタの吹かされる音が周囲に響き始めた。
「咲宮雷鼓、《ペニーウェイト》、行くぜぇ!」
《ペニーウェイト》と名付けられたSWは、カタパルトから射出された後、勢いよく降下していった。