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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
戦いの始まり
21/72

猿ヶ森へ

 医務室の時計の針は、午後八時三〇分を指している。勇気は疲れがほぼ取れて手持無沙汰になり、ただぼおっと天井を見つめている。勿論、今回の反省はしたが。

 勇気が何をすることもなくただベッドに寝ていると、医務室のドアがノックされた。彼は上半身を起こしてドアの方を見つめる。

「はい。誰でしょうか?」

「俺だ。礼人だ。雪次もいる。開けてもいいか?」

 勇気は意外な訪問者に少し驚いた。恵良と同じくお見舞いだろうか――彼はそんなことを考えながら、どうぞ、と二人を招いた。

 ドアが開かれると、礼人と雪次が勇気の方に向かってきた。

「調子はどうだ、勇気」

「もう大丈夫です。雪次さん、礼人さん、迷惑かけてしまって、本当にすみませんでした……」

 調子を尋ねてきた雪次に、勇気は頭を下げた。しかし、彼らは気にしていない様子で勇気を見ている。

「頭上げろ。俺たちは怒っちゃいねえ。それよりも、お前に伝えたいことがあってな」

「……何でしょうか?」

 勇気は礼人に言われたとおりに頭を上げる。

「今日のミーティングで決まったことだが、俺と雪次は一旦この艦を離れて横須賀に向かうことになった」

 勇気はキョトンとした顔で二人を見つめ、気の抜けたような声で、え、と訊き返した。

「困惑するのも無理はない。俺たちも、いきなり今日言われてお前みたいになったからな」

「でも、いきなりどうして――」

 未だに混乱している勇気に対して、礼人が宥めるように、落ち着け、と彼を諭す。

「討伐部隊はこれから猿ヶ森に向かうだろ? でもそうすると首都の警備が手薄になるだろ? だから俺たちが横須賀に派遣されるってわけ。あれから奴らは現れてないけど、いつ首都を襲ってくるか分からんから念のために向かわせる、って隊長が言ってた」

「なるほど……」

 勇気は礼人の説明を聞いて納得した。確かに、『ナンバーズ』はここ最近現れていない。だが、いつ襲ってくるかも分からない。東京は攻め込まれると非常にまずい。隊長はそう考えていたのだろう、と勇気は考えた。

「横須賀の人間と前々から話はつけているらしい。補給の面でも整備の面でも大丈夫だそうだ。俺たちのSWは原型は《剱》だからパーツは共有できるしな」

 雪次は淡々と説明をする。勇気がコクコクと頷いていると、礼人が勇気の肩をポンと叩いた。勇気は少し驚いた顔で、肩に載せられた手と礼人を交互に見る。

「いいか。これはつまり、討伐部隊の人間が三人になったってことだからな。猿ヶ森ではお前と恵良と、先輩の賢だけだ。もしあいつらが出てきても、お前らで何とかしろよ。お前らが戦ってくれないと日本が危なくなる」

 礼人の忠告に、勇気の気は引き締まった。自分たちが頑張らないと日本全体に危機が及ぶことを考えると、彼の脈は緊張と責任感で速くなった。しかし、緊張して表情を硬くしている彼に、礼人は何故か笑っている。

「そんな怖い顔すんなよ。お前らならできる」

「ああ。お前たちならな」

 勇気は先輩二人に励まされて、顔が熱くなるのを感じていた。先輩たちからそこまで期待されているとは思っていなかったのである。

「――ありがとうございます。全身全霊で頑張ります!」

「よく言ったな。でも身体には気を付けろよ」

 礼人と雪次が踵を返し、医務室を出た。勇気はそれを敬礼しながら見送り、ドアが閉まると再びベッドに寝込んだ。

 討伐部隊が、明日から実質三人になる。自分は先輩たちから期待されている。自分が頑張らなければ、『ナンバーズ』には勝つことができない――勇気は険しい顔で考え込んだ。しかし、焦ってはダメだということも彼は心得ていた。彼は大きくため息をついて目を閉じる。

「俺は……期待されてるんだ。今の俺なら、あいつらを倒せる」

 勇気は自己暗示をかけるように呟いた。彼は呟いた後、ベッドから立ち上がって医務室の電気を消し、眠りに就いた。



 礼人は雪次とともに勇気の所を訪問した後、彼と別れて自室にいた。礼人は目をつぶり、今後のことを考えていた。

 流石に、いくら礼人と言えども隊長の下を離れての活動は緊張するものがあった。自分の判断で動くということはやったことがなかったのである。更に、彼と雪次には、横須賀の兵士を統率する権利が与えられていた。そのことも、彼を緊張させる要因であった。部隊が壊滅すれば自らの責任になるのだ。プレッシャーにならないわけがなかった。

「……重てえなぁ。隊長はいつもこんな気持ちだったのか」

 礼人がため息をついてベッドに寝転がる。一旦目を閉じ、暫くしてからまた開ける。

「隊長にやれって言われたんだ。やるしかねえなあ」

 礼人は呟いた。彼は決して面倒くさがってはおらず、命令として忠実に遂行する意思を見せていた。

「それに……今度こそ奴らをぶっ潰せるかもしれねえ」

 礼人はもう一度呟くと、歯を食いしばり握りこぶしを作った。

 彼は事ある毎に、自分たちが初めて『ナンバーズ』に遭遇して撃墜された時のことを思い出している。それがまた彼の頭を過ったのだ。


 初めてそれらと遭遇し、何もできずに撃墜された。無様そのものだと彼の腸は煮えくり返った。

 撃墜されて同じ基地の仲間に救助された後、嘉手納基地の責任者や部隊長等の重役や霞が関から来た官僚に取り囲まれて取り調べを受けている時は最早自身が何を証言したかも忘れてしまうほどの怒りを覚えていた。それが彼を突き動かしている。

 彼の頭の中には、自身をコケにした『ナンバーズ』に対する復讐心しかない。討伐部隊に抜擢された後にその隊長が女性であることを知ったが、そんなことはどうでもよかった。自分を『ナンバーズ』撃墜に導いく手伝いをしてくれるか――それが彼にとって一番重要であった。


 礼人が大きく長く息を吐く。そしてベッドから起き上がり、部屋の電気を消した。

――待ってろよ、絶対に潰してやる。

 彼は、『ナンバーズ』への復讐を再び心に刻み込み、ベッドへもぐりこんだ。



 翌日、朝の七時という早い時間から討伐部隊のメンバーは管制室に集まっていた。その中には、昨日訓練中に疲れで倒れて離脱した勇気も含まれている。

 雪音が足を組みながら椅子に座り、直立不動の五人を見つめている。キィと音を立てて彼女が立ち上がると、五人の表情が一層硬くなった。

「諸君、おはよう。これから、少し早いがミーティングを始める」

 そう言うと、雪音は着ている白衣の胸ポケットから一枚の紙きれを取り出した。彼女がそれに視線を移す。

「今この艦は四国上空辺りを航行中だ。あと二時間ほどすれば横須賀に着くだろう。その上空で、礼人と《キルスウィッチ》、雪次と《陰陽》は横須賀基地に向けて発進してくれ」

 名前を呼ばれた礼人と雪次は声を揃えて返事をし、敬礼を返した。雪音がそれに頷く。

「残りの三人はこの艦に残り、猿ヶ森のメガフロートを目指す。今日の午後には着陸予定だ。そこでやることは色々あるが、お前らに一番関係があるのは、猿ヶ森基地と横須賀基地、それと千歳基地の連中との合同軍事演習だ」

 雪音はここで話を区切り、視線を勇気と恵良に向け、少し口角を上げた。隊長が不敵に笑ったように見えた二人は内心で少しドキリとする。

「勇気、恵良。お前らだけに関係があることは、猿ヶ森で新しい機体の武器を受領することになっているってことだ。機体自体はもうこの艦の格納庫に収まっている。楽しみにしておけ」

 二人にとっては朗報であったが、二人は浮かれた顔はせずに声を揃えて大きく返事をした。二人の返事を確認した雪音は頷き、話を元に戻す。

「一応、今回の一番の目的を話しておこう。今回我々がメガフロートに向かうのは、それを防衛するためだ」

 五人が頷く。雪音が首をキョロキョロとさせながら話を続ける。

「そもそもメガフロートの動力源は、そいつの底に設置されている原子炉だ。日本に点在する軍の基地がそのまま海に浮かんでいると考えればいい。『ナンバーズ』はそれを狙ってくるだろうという上の判断だ」

 原子炉を破壊されれば、放射能が海中に漏れ出て日本が深刻な汚染に曝されてしまう。そのようなことになれば日本に住んでいる人々の命が危ない、絶対にあってはならない――勇気は思案した。

「猿ヶ森に配属されている奴らは皆優秀な兵士だ。それでも心許ないと上が言ってきた。もし奴らが現れたら、三人は皆と協同して撃退してくれ」

 勇気・恵良・賢の三人は大きく返事をする。それを確認した雪音は正面を向いた。

「以上でミーティングを終了する。皆、それぞれ準備に取り掛かってくれ。後、勇気と恵良。言い忘れていたが、今日はシミュレータを使わないでくれ」

 五人が一斉に返事をする。まず雪音が管制室から出ると、続いて発進の準備をするために礼人と雪次が駆け足で出ようとする。二人は朝食をミーティング前に済ませているので、これから直接格納庫に向かうつもりである。

「礼人さん、雪次さん、待ってください!」

 突然、勇気が二人を呼び止めた。呼び止められた二人は勿論、恵良と賢も勇気をポカンと見つめている。

「……何だよ?」

「――お気を付けて」

 勇気が二人に向かって敬礼をした。勇気にとって、そうすることは遠方へ赴く先輩のためにしなければならないことだと考えていた。

「あ……あの、もし『ナンバーズ』が横須賀に来ても、負けないでください!」

 恵良も勇気につられて、先輩たちに言葉を送って敬礼をした。その様子を、賢は優しく微笑みながら見つめている。送り出される二人も、照れ笑いを浮かべながら二人を見ている。

「――そんなことしなくても生きて帰ってくるのによぉ。でもまあ……あんがとよ」

「ありがとう。お前たちも全力で防衛してくれ」

 礼人と雪次は三人に敬礼を返し、踵を返して管制室を出た。

「――さあ、食堂に行きましょうか」

 賢の提案に二人は賛成し、三人は食堂に向かった。



 午前九時を少し過ぎたころ、格納庫内では整備員たちが慌ただしく動いていた。その中で眠っている《キルスウィッチ》と《陰陽》の中には、それぞれ礼人と雪次が機体の最終チェックのためにコクピット内のモニタを弄りまわしている。二人は既にフルフェイスのヘルメットを被り、X字状のシートベルトを着用している。

「……よし、チェック終わりっ。雪次、お前は終わったか?」

「ああ。こっちはもう終わっている。後は整備が終われば発進できる」

 二人は無線で会話をしている。格納庫の中は、整備員たちが鉄板や床の上を走り回る音や彼らの話声がこだましている。その音を殆どシャットアウトしているコクピットの中で、二人は無線を通じて会話を続けている。

「なあ……雪次」

「何だ、礼人」

「ちと疑問があるんだが」

 雪次は礼人の言葉に注目した。彼が考え事をすることなど滅多にないからだ。

「疑問?」

「ああ。何であいつらはあの時白金のヘリを狙ったんだ?」

「あの時――ああ、初めて勇気と恵良に会った時か」

 ああ、と礼人は雪次に返し、神妙な顔つきになった。

「隊長がさ、『ナンバーズ』は原子炉を狙うだろうって言ってたじゃん。でもあの時、あいつらは横須賀の基地を狙わずにわざわざ白金の本社を狙ったよな。その気になれば基地をぶっ潰せるクセに」

「何が言いたい?」

「……俺にもよく分かんねえけどさ、もし俺があいつらだったらさ、日本を破壊するにはまず原発とか国会議事堂を狙って日本を混乱させるんだよな。でもあいつらはそうしなかった」

 礼人は慣れない考え事をしたせいで少し疲労感を覚えた。彼がフッと一息つくと、雪次から通信が飛んできた。

『つまり……、奴らは日本を破壊することが目的ではない、と』

「そうそう、それそれ!」

『発想としてはありだが、その後に基地や議事堂を潰すかもしれないだろ。そうとは言い切れない』

 礼人は喉に何かが引っ掛かったような顔をして口ごもってしまった。すると、いきなり管制室へ無線が繋がった。繋げたのは勿論雪音である。

『機体の整備が終わった。間もなく横須賀上空だ。お前らの方は準備はできてるな?』

「勿論!」

「準備、できています」

 二人はそれぞれ返事をする。すると、二機を格納していた機械が動きだしてカタパルトに設置された。発進口がゆっくりと開かれ、全開になるとともに機体の拘束が解け、外の風が強く吹き付けてきた。信号は既に青く光っている。

『発進してくれ。私たちが行くまで、無事でいてくれよ』

「了解。烏羽礼人、《キルスウィッチ》、行くぜ!」

「了解。星雪次、《陰陽》、発進します」

 《キルスウィッチ》と《陰陽》の二機がカタパルトから射出される。太陽の光が金属光沢を鈍く照らす。二機はすぐに横須賀上空を降下し、雲の下へと消えていった。



 《オーシャン》に残った勇気・恵良・賢の三人は、訓練室でシミュレータを使わない軽めの訓練を行った後、正午には雪音の命で再び管制室に集合していた。その時間に、この艦は猿ヶ森のメガフロートに到着する予定だからである。三人はモニタに映し出されている《オーシャン》の前方の映像を一点に見つめながら、腕を後ろに組んで直立している。雪音はモニタの前で椅子に座って、一枚の板のように見えているメガフロートへの着陸の準備を進めている。よく目を凝らすと、一隻の灰色の航空艦がメガフロートの上に停泊していた。猿ヶ森基地所属の《鷲羽》であると、勇気は察した。

 《オーシャン》はメガフロートに設置されている滑走路にゆっくりと着陸する体勢を取った。そしてそのまま無事に着陸して、整備員と思しき人たちの誘導で《鷲羽》のすぐ隣に停泊した。

 艦が着陸すると、三人は姿勢を解き休みの姿勢になった。艦の制御をしていた雪音は《オーシャン》が完全に停止するとフッと息をつき、椅子をキイと鳴らして三人の方を向いた。

「猿ヶ森に着いた。これからここの責任者と面会する。ついて来てくれ」

 三人は雪音に向かって大声で返事をする。返事を確認した雪音は立ち上がり、白衣をマントのように翻して管制室を出る。三人はそれに無言でついていった。雪音の後ろを賢が歩き、その後ろを勇気と恵良が並列でついていくという構図である。

 勇気は、軽い胸騒ぎを覚えていた。初めての他の基地への遠征で緊張しているというのもあるが――勇気は軍に入ってから三年間、一度も横須賀基地から出たことがなかった――、雪音の口から『横須賀基地の連中との合同軍事演習』という単語が聞こえてきたから、というのが彼の胸騒ぎの主な種であった。

――あいつらに会ったら……俺はどうする?

 勇気は俯き、自然と握りこぶしを作っていた。握る力はどんどん強くなる。心なしか、彼は息苦しささえ覚え始めていた。

 しかし、ふと彼は前を向いた。そこには頼れる先輩といつも自分の味方になってくれる隊長の後ろ姿があった。更に、彼は確かめるようにチラと横を見た。そこには自分の同期であり大切なパートナーである恵良が硬い表情で前をしっかり向いて歩いていた。三人は勇気の様子に気付いていない。

 彼が視線を前に戻すと、いつの間にか握りこぶしは解け、息苦しさは消えていた。

――大丈夫かもしれない。今なら、きっと……

 勇気は再び前を向いて、雪音たちについていった。四人は、強い潮風が吹く艦の外に出た。





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