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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
戦いの始まり
20/72

焦り

 勇気が新しく手にした機体、《ライオット》と、恵良が同じく新しく手にした機体、《ウォリアー》は、シミュレータに表示された大海原の上を《キルスウィッチ》の攻撃を掻い潜りながら縦横無尽に飛行していた。《燕》は勿論、《剱》すら上回る圧倒的なスピードで、《キルスウィッチ》の攻撃が二機にはまるで当たらない。

 勇気と恵良は敵の攻撃を躱しながら反撃の機会を窺っている。礼人は前回の模擬戦での失敗を反省したのか、銃の引鉄を引きっぱなしにはしておらず、銃口が赤熱しないように間隔を置いて撃っている。

 その間隔を突いて、恵良が飛び出した。《ウォリアー》の両手には光の刃を既に展開しているビームソードが握られており、《キルスウィッチ》が攻撃を止めた一瞬の隙を見計らって突撃した。身体にかかる強烈なGも何のその。彼女はモニタに映る敵をしっかりと見て、左右にゆらゆらと機体を揺らしながら引いていくそれに徐々に近づいていく。

「今だっ!」

 恵良は追加ブースタの点火スイッチを押した。ブースタから大きく炎が上がり、一気に距離を詰める。

 《ウォリアー》が右手に持っていたビームソードを横に薙ぐ。しかし、礼人にはその攻撃を躱されたばかりか、機体だけがブースタの影響ですっ飛んでしまい、薙ぎが行われたのは《キルスウィッチ》がいたところの遥か後ろであった。

 その隙を礼人が見逃す筈がなかった。背中を向けている《ウォリアー》に銃を向け、引鉄を引く。

「させるかぁっ!」

 礼人が引鉄を引こうとした瞬間、間に勇気の《ライオット》が割り込んだ。それは左腕の大型の盾を展開しており、右腕にはビームソードが握られている。

 《ライオット》は左腕に展開された大きな盾で《キルスウィッチ》の銃撃を受け止めると、その場でビームソードを横に薙いだ。引鉄を引きながら後退した礼人であったが、ビームソードは《キルスウィッチ》の胴を掠った。掠った程度だったのでコクピットまで横薙ぎは届かなかったものの、《キルスウィッチ》の胴の表面は真一文字に赤熱している。

 すると、今度は《ウォリアー》が《キルスウィッチ》を真上から強襲した。恵良は今回は追加ブースタの点火スイッチを押さず、メインブースタの力のみで敵に接近する。礼人はコクピット内のアラームが鳴る中、舌打ちをして目標を近づいてくる恵良の機体に変更する。

「うざってぇ!」

 礼人が毒づきながら、《ウォリアー》に銃を向ける。

 礼人が恵良を銃で牽制する中、勇気はチャンスが来たとばかりにブースタを吹かして《キルスウィッチ》に接敵する。敵の側面が、一瞬だけがら空きになっていた。《ライオット》はビームソードをマウントしビームライフルをグリップ、近づきながら《キルスウィッチ》の脇腹あたりに目標を定めて発射した。

「当たれ!」

 勇気が操縦桿についているボタンを強く押し、ビームライフルの引鉄が引かれた。光弾は一直線に《キルスウィッチ》を襲うが、礼人はそれに気づき急激に右方向にブースタを吹かして方向転換、そのまま《ウォリアー》の斬撃を躱すと再び《ライオット》に右手でグリップしている銃を向ける。すると、左手でグリップしている銃がブースタを吹かして近づいてくる《ウォリアー》に向けられた。

 両方の銃の引鉄が同時に引かれた。橙色の光弾のシャワーが二機を襲う。二機は持ち前の機動力でこれを躱すが、《キルスウィッチ》はしつこく二人を追って銃撃を続ける。

 すると、《キルスウィッチ》が銃口が赤熱しかけているのか引鉄を引くのを止めた。光弾の雨が止むと、礼人は機体を一気に後退させる。

 その間の隙を恵良は見逃さなかった。《ウォリアー》が一気に飛び出し、敵の懐に潜り込もうとする。恵良は追加ブースタの点火スイッチをポチポチと押してスピードを調節しながら敵に近づく――スイッチを押しっぱなしにするよりも、押したり離したりを繰り返した方がスピードの調節がしやすくなると彼女は踏んでいた。

 後退する《キルスウィッチ》。全速力で近づく《ウォリアー》。追加ブースタがある分、二機の距離がどんどん縮まっていく。恵良の読みは当たり、Gで少し顔を歪ませているが、押しっぱなしの時よりもかなり扱いやすくなったと感じている。

 二機の距離は、ついにSW一機分まで縮まった。その瞬間、恵良は《ウォリアー》のビームソード二本を抜刀、追加ブースタの点火スイッチを押した。

――これで……!

 恵良が吠え、ビームソードの連撃が敵を襲う。

 一閃、二閃――恵良の連撃は、《キルスウィッチ》の右脚部を切断するに留まった。恵良はビームソードを振り終えた後、機体をすぐさま後退させた。ヒット・アンド・アウェイの戦術を心がけるように、彼女は自身の心に言い聞かせる。

 それでも、恵良は《キルスウィッチ》に決定的なダメージは与えることができなかった。操縦技術は礼人も負けてはおらず、並みの兵士であればであれば二撃とも受けてしまうところをそれだけで留めた。しかし、彼の息は既に上がっており、この連撃を避けようとするだけで集中力が切れかけてしまっていた。それでも彼は、ビームソードを振り終えた《ウォリアー》に銃を向ける。

「……くそぅ。これで――」

 《キルスウィッチ》が引鉄を引きかけた瞬間、《ライオット》が放ったビームライフルの光弾が礼人を襲った。レーダには映っていたが、礼人は恵良との戦闘に集中しすぎてしまい、勇気を無視していた。

 それが仇となった。光弾は《キルスウィッチ》の頭部の右半分を抉り、姿勢を崩させた。

 礼人はコクピット内でうめき声を上げながら、着水しないように機体を制御する。ブースタのペダルを潰れんばかりに踏み込み、操縦桿を動かしながら全力で水の上を背にして後退する。頭部に搭載されているメインカメラは使い物にならなくなっているので、彼は機体制御をしながらカメラをサブのものに切り替えた。

 勇気は追い打ちをかけようとビームライフルを《キルスウィッチ》めがけて連射するが、礼人の巧みな操縦技術によって一発も当たらない。勇気はビームライフルをマウントしビームソードを展開、ブースタを吹かして目標に向かって前進し始める。《剱》とは比べ物にならない速度で、満身創痍の敵に近づく。少し後ろから《ライオット》に追随して《ウォリアー》も近づいてくる。

 勿論、礼人も黙ってはいない。機体制御をしながら二挺の銃器を両手にグリップ、雄叫びを上げ、引鉄を引いて《ライオット》を迎撃しようとする。

 しかし、礼人が迎撃しようとしたその時、《ウォリアー》が《ライオット》を追い抜いた。二本のビームソードを持ち、追加ブースタを点火させて《キルスウィッチ》を猛追する。

「今度こそ!」

 恵良が敵めがけて斬りかかる。

 《ウォリアー》のビームソードが、水面を切り裂いた。《キルスウィッチ》を斬ったと思われたが、斬られたのはそれが咄嗟にパージした一挺の銃であった。斬られた銃はその場で爆発、恵良はそれに巻き込まれないように機体を思いきり後退させる。肺から空気が外に押し出される感触に苦しみながら、彼女は機体を無傷のまま後退させることができた。

 礼人は額に大粒の汗を浮かべながら、向かってくる機体に一挺の銃を構える。しかし、先程の爆発で視界が遮られており、レーダを頼りに敵を察知することしかできない。今度は同じ過ちはしない――礼人は歯を食いしばりながら思った。

「誰が、来る……?」

 礼人が呟いた直後、爆風から深紅の機体が姿を現した。彼は既に身構えている。

 勇気はペダルを踏み込み、一直線に《キルスウィッチ》を狙う。《ライオット》の左腕には半壊したシールドが展開され、右手にはビームソードを持っている。機体を揺らしながら勇気は敵を捕捉する。

「もう少し、もう少しで……」

 勇気が自らに言い聞かせるようにして呟くと、《キルスウィッチ》が発砲した。橙色のビーム弾の雨アラレ。勇気はそれらを巧みに躱していく。敵の火器は一つ減っているが、彼は安心するどころか敵を警戒している。自分よりも礼人の方が腕が立つことを彼は知っているからだ。

 追いかけまわすこと七秒、《キルスウィッチ》の攻撃が止まった。それは既に水面ギリギリではなく、上空を自由に飛び回っている。

「これで自由だ!」

 脚を一本、銃器を一挺失っているが、《キルスウィッチ》はまだ縦横無尽に動き回ることができている。

 しかし、礼人の上から純白の機体が獲物を見つけた猛禽類のように急降下する。追加ブースタを点火し、超機動で彼の下に迫る。

 それでも、彼はこのことを想定していた。

 一直線に突っ込んでくる《ウォリアー》の斬撃をギリギリで躱し、退く隙を与えず背面のブースタに銃を突きつける。

「終わりだぁ!」

 堕とした――しかし、彼がそう確信した瞬間、手に持っていた銃器が粉々に砕けて溶解していた。

 勇気の《ライオット》が、《キルスウィッチ》のもう一つの銃器を撃ち落としたのだ。彼はコクピット内で雄叫びを上げ、ペダルを潰れんばかりに踏み込む。素早い動作でビームライフルからビームソードに持ち替えると、茫然と空中に浮いている《キルスウィッチ》を捉えた。いつの間にか、《ウォリアー》は礼人の眼前から消えていた。

 勇気が吶喊する。

 動かない《キルスウィッチ》は、《ライオット》のビームソードに横薙ぎにされて上半身と下半身を分離させていた。勇気の目の前で、敵は爆散した。



 煙が晴れる。《キルスウィッチ》が勇気の手によって撃墜されたが、撃墜した本人は今目に映っている光景を茫然と見ることしかできなかった。恵良と協力して礼人を倒したとはいえ、その実感が未だに湧いてこないのである――彼が賢を初めて倒した時も、まさにこのような状態になっていた。

 勇気が未だに動かないでいると、彼のレーダに《ウォリアー》の反応が出た。それは勇気の機体まで近づいてピタリと止まる。

『勇気、やったね! すごいよ!』

 恵良の興奮した声で、勇気は漸く我に返った。しかし、彼は笑みを浮かべているがやけに落ち着いている。彼の額には、玉のような汗がびっしりと浮いている。

「うん。これも恵良と一緒に戦ったおかげだよ。俺だけじゃどうにもならなかった」

 彼の返事に、恵良は呆気にとられた。

『えっ……』

「……ありがとう」

 感謝を述べた勇気の顔が赤らむ。予想外の言葉をもらった恵良は、シミュレータの中で独り顔を真っ赤にして縮こまる。

「そ、そんな――私は何にも役に立ってないし、礼人さんにダメージも与えてないし……」

 恵良は謙遜していたが、顔を真っ赤にして笑みを浮かべていた。勇気に礼を言われたことが嬉しかったのだ。

 しかし、勇気の返事はない。彼はシミュレータのシートに埋まるようにもたれて、肩で息をしていた。

 初めて自分のオリジナルの機体を全力で動かし、その機動力に彼の身体が悲鳴を上げていた。今までの機体とは比べ物にならない負荷が彼の身体にかかっている。恵良も同様に負荷がかかっているのだが、彼女よりも彼の方が苦しんでいる。始めから全力を出したことが仇になったのであろう。更に彼には、今までの無理をしたツケも身体にきていた。それも加わり、このような状態になったのである。

『……勇気、大丈夫? 息、荒いよ?』

 恵良の心配する声が、勇気の無線から聞こえてきた。

「大丈夫……。少し疲れただけだから。平気だよ」

『本当に?』

 その質問に、勇気は答えなかった。硬いシートに凭れかかり、目をつぶって息を荒げている。

 その時、二機のレーダに敵反応が現れた。シミュレータが再起動され、《キルスウィッチ》が復活したのである。

『……お前ら、なかなかやるじゃねえか』

 ひどく疲れたような声で、礼人が二人に無線を入れる。それを聞いた二人は、同時に彼の機体の方を向いた。

 礼人は未だに自分が切り伏せられたことが信じられずにいた。残りの銃器を破壊されてから《ライオット》に横薙ぎにされるまでが一瞬であったことも原因である。それよりも、入隊してからわずか一か月程度の新入隊員に切り伏せられたことについて、彼の頭の中はパニック状態に近いものになっていた。

 機体の性能は同等か、わずかに二人の方が上回っている。ならば操縦技術か? と、礼人は思索した。その考えにたどり着いたとき、彼は自然と拳を強く握りしめていた。

「お前ら、すげえよ。お前らと力を合わせりゃ、あいつらなんか余裕で倒せるんじゃねえか?」

 礼人は口元に笑みを浮かべて、二人を素直に賞賛した。しかし、握った拳は解けていない。

「そ、そんなこと、ないです! 礼人さん達の方がずっと強いです。私の攻撃なんか、礼人さんに簡単に避けられちゃいましたから……」

 恵良は礼人の言葉を聞いて顔を赤くして否定する。そんな彼女に、礼人はため息をついた。

「何言ってんだ。自信を持て」

「は、はい……」

 すると礼人は、勇気からの返事がないことに気が付いた。すかさず彼は勇気に無線を飛ばす。

『おい、勇気。お前大丈夫か?』

「……大丈夫です」

 勇気の返事は、荒い息遣いとともに礼人に飛んできた。明らかに大丈夫ではないと察した礼人は、勇気のシミュレータの電源を落とした。個室が一気に暗くなったのでギョッとした顔をして無線の方を凝視する勇気に、礼人は無線を再び飛ばす。

『お前、少し休め。ここずっと頑張りすぎだろ』

「……ですが――」

『何をそんなに焦ってるのかは知らねえが、このままだとまた身体がぶっ壊れるぞ。いいから言う通りにしろ!』

 礼人に語気強く言われた勇気は、先輩のいうことに従ってシミュレータを出た。そこを出た途端、彼は糸を切られたマリオネットのようにグニャリと床に這いつくばってしまった。それを見た賢と雪次が、彼の下へ駆け寄る。

「大丈夫ですかっ」

「……大丈夫です、まだ立てます」

 勇気は足に力を入れて立ち上がろうとしたが、力が入らないことに彼は戸惑った。すかさず、賢と雪次が勇気に肩を貸す。

「今から医務室に連れていく。隊長には、俺と賢が報告しておく」

「すいません……」

「訓練を真面目にやるのはいいが、身体は大事にしろよ」

 また先輩たちに迷惑をかけてしまった――勇気は申し訳なさと自己嫌悪で頭の中が一杯になった。彼はそれらに押しつぶされそうになり、ギュッと目をつぶった。



 勇気は賢と雪次によって医務室へと運ばれ、そこで半強制的に寝かされていた。彼を医務室で寝かせると、二人は医務室を出た。

 彼は天井を見つめたまま動かない。身体を動かそうと彼が思っても、その身体がいうことを聞かないのだ。しかし、彼はそのような状態になっても、自身のことを気にしていなかった。また先輩や恵良に迷惑をかけてしまったとしか彼は思っていない。

 勇気が寝かされてから数分、医務室のドアがノックされた。その音に反応した勇気は、首だけを動かしてドアの方を向く。

「入るぞ」

 勇気が誰かを訊く間もなく、ノックをした直後に雪音が医務室に入ってきた。勇気は彼女に向かって申し訳なさそうな顔をする。しかし、彼女は彼に対して無表情である。怒っている様子は見られない。

「……訓練中に倒れたと聞いた」

「はい、申し訳ありません。先輩たちに迷惑をかけました」

 雪音は勇気が寝ている左隣のベッドに腰かける。

「謝らなくていい。ただ……今日一日は休め。疲れてるんだろう?」

 勇気は、はい、とだけ返事をし、雪音の言うことに従った。しかし、彼女の話はそれだけでは終わらなかった。

「勇気」

「……はい」

「何を焦っている?」

 その問いに、勇気は暫く沈黙した。その間彼は、雪音を縋るような目で見つめている。

 十秒ほど経っても両者は口を開かなかったが、その沈黙に耐えかねたのか勇気が口を開く。

「自分は……焦ってはいません。あいつらに勝ちたいんです。あの化け物を動かせる奴らの腕を超えたいんです! だから、もっと訓練して強くなりたいと思い――」

「なるほど」

 勇気の必死の訴えは、雪音の短い言葉で止められた。勇気が口をつぐむ。

「それが焦りというんだ。お前の気持ちは痛いほど解る。皆そう思っているだろう。でもな、身体を壊したら元も子もないことはお前自身が一番知っているだろう。あの時私になんて言ったっけ?」

 あの時――勇気が初めて討伐部隊の模擬戦を行って負傷した時である。勇気は医務室で雪音に宣言したことを思い出し、俯いた。

「……周りの状況を冷静に判断できるような軍人になりたい、と」

「今のお前は、判断能力に関してはあの時と同じだな。自分一人で突っ走りすぎて、周りが見えていない。皆心配してるんだぞ、お前のこと」

 雪音の言葉に、勇気は、申し訳ありません、と消え入るような声で返した。彼は今にも泣きそうな顔になっている。目標を忘れてただ強くなろうとしていた自分を、彼は軽蔑したくなっていた。

 すると、雪音がベッドから席を外して屈み、勇気と同じ目線になった。そして彼女の手を彼の側頭にポンと載せてゆっくりと撫で始める。勇気は頭を上げて、ギョッとした顔で雪音を見る。彼女は口元に笑みを浮かべていた。

「何泣きそうな顔してるんだ? 誰もお前に対して怒ってないし、迷惑だとも思っていないぞ。寧ろいっぱい甘えればいい」

「……分かりました」

 勇気は顔を少し赤らめて返事をした。雪音は彼を少しの間撫でた後、すっくと立ち上がり踵を返した。

「私はもう戻る。何かあったら言ってくれ」

「分かりました」

 勇気が返事をするのを聞くと、雪音が歩き出す。しかし、彼女は数歩歩いて止まった。

「どうしたんですか?」

「そうだ。訊くのを忘れてた」

 雪音が振り向く。勇気はそれをキョトンとした顔で見つめている。

「新しい機体はどうだ? 気に入ったか?」

 勇気の顔に、笑みが戻った。

「……はい、スピードや攻撃力が段違いで、最初は扱うのに苦労しましたがとても使いやすかったです。このような機体を自分にくださり、本当に感謝しています」

「そうか。気にいってくれて私も嬉しいよ。だが、身体にかかる負担も段違いだからこうやってここにいるんだろうな。少し分析せねばならん」

「そんなことはありません。自分がこの機体を使いこなせなかっただけです。使いこなせるように、頑張りたいと思います」

 勇気の言葉を聞き、雪音はまた微笑んだ。

「頑張るのはいいが、焦るなよ」

「分かりました。自分を見舞いに来てくださり、ありがとうございました!」

 勇気は身体を上半身だけ起こして、雪音に敬礼をした。雪音は彼の敬礼を見て手をスッと挙げ、そのまま歩き出して医務室を出た。

 これからは焦らないように気を付けなきゃ――勇気は医務室の天井を眺めながら呟いた。

 勇気が目をつぶる。彼の寝息は、すぐに聞こえてきた。



 結局この日、勇気は訓練には復帰せず医務室の中で一日を終えようとしていた。壁にかけられている時計の針は、もうすぐ六時を指そうとしている。丁度訓練が終わる時間でもある。

 勇気の体力は、かなり回復していた。と言うのも、彼は雪音が訪問した後すぐに眠りに就き、そのまま午後四時頃まで爆睡していたからである。彼は起きて時計を見たときに、皆が訓練している中で自分だけこんなに寝てもいいのだろうかと、少々後ろめたい気持ちになっていた。

 午後六時一〇分。医務室のドアが二回ノックされた。勇気は音がした方を向く。

「はい。誰ですか?」

「恵良だけど……。入っていい?」

 ドアの向こうから、恵良が返事をした。勇気は少し考えた後、恵良に入ってもいいことを伝えた。

 ドアが開くと、恵良が心配そうな顔で勇気を見ていた。訓練が終わってすぐなのか、身体や服が少々くたびれて見える。彼女が少し駆け足で彼の元まで行く。

「もう大丈夫? 怪我とかは?」

「……うん、大丈夫。心配かけてごめん」

 勇気は恵良に微笑むが、彼女は彼に対して怒っているような面持ちを崩さない。

「本当に心配したんだからね。賢さんから勇気が倒れたって聞いたときは、どうなっちゃうんだろうって思ったんだよ!」

 悲し気なものとも膨れっ面とも異なる恵良の表情を見せられた勇気は困惑した。彼は彼女の前でシュンとなり、俯いた。

「……心配かけて、本当にごめん。これからは無理しないようにする。今まで無理してたのかもしれない」

 委縮してしまった勇気を見て、恵良はフッと息をつく。しかし、彼女は笑っていた。

「……勇気が抜けちゃったせいで、私と先輩二人の一対二で戦わされたんだから。大変だったんだよ」

 恵良が笑っているのを見た勇気は、ポカンとした顔でしばらくの間彼女を見つめていた。

「何もなくて……本当によかった」

 恵良の言葉に、勇気ははにかんだ。彼女の笑顔を見て、彼の身体は何故だかくすぐったい感触を覚えた。

 すると、再びドアがノックされた。その後は、即ドアが開けられ、夕食が載っているワゴンを押している雪音が現れた。二人が彼女に向かって敬礼をすると、彼女が勇気と一緒にいる恵良に気付く。

「またお見舞いか?」

「はい、許可は頂いていませんが……」

 まあいい、と雪音は勇気のベッドに備え付けられているテーブルに夕食を置く。

「澄佳にお前の状態を伝えたら、過労じゃないかと返ってきた。明日訓練するのなら軽めにやれ。それと恵良、夕食の時間が終わったらミーティングをするから、管制室に来てくれ」

 二人は声を揃えて、分かりました、と返事をした。

 その後は、勇気と恵良と雪音の三人で一緒に夕食をとった――雪音はただ二人が食べているのを見ているだけであったが。二人が食べ終わると、恵良はミーティングに参加するために医務室を出ようとした。そんな彼女を、勇気は呼び止める。

「恵良!」

 恵良が勇気の呼びかけに振り向く。雪音は恵良に向かっていきなりタメ口で話し始めた勇気に視線を向けている。

「……何?」

「――見舞いに来てくれて、ありがとう。おかげで元気が出た」

 勇気は、明るい笑顔になっていた。彼の礼と笑顔に、恵良は少し頬を赤くして恥ずかし気に笑顔を浮かべた。雪音も、嬉しそうな彼の顔を見て自然と微笑んでいる。恵良は勇気に小さく手を振った後、踵を返して医務室を出た。

 ドアが閉まった後、勇気は雪音が何故か自分のことをジトッとした目で見つめていることに気付いた。

「……隊長?」

「前々から思っていたんだが、お前ら、なんでタメ口で話し始めたんだ? 今まではずっと敬語だったろう」

「礼人さんに言われて直したんです。恵良とは同期ですし、タメ口はなんだか変じゃないか……って」

 ふーん、と、雪音は納得したのかしていないのか判別がつかない声色で勇気に返した。

「私はもう出る。ミーティングのことは、明日にでも先輩とか恵良に訊いてくれ。ゆっくり休めよ」

「分かりました」

 勇気は敬礼をして、医務室を出る雪音の背中を見送った。ドアが閉まると、彼はベッドに仰向けになる。彼は今日雪音と恵良に言われたことを思い出しながら、ずっと天井を見上げていた。



 夜の東京。国会議事堂の前に、一台の黒塗りの高級そうなセダンが停まっている。その周りには、車を警護するようにスーツ姿の男が車の前に立っている。一人は黒い背広を着た中肉中背の男。もう一人はグレーのスーツを身にまとった屈強そうな男である。

 その車の中で、ねずみ色の背広を着た田の浦が携帯電話で何者かと通話していた。スモークガラスなので周りからその状況は見えず、防音仕様の車なので、彼の話声や通話の内容は外部からは一切分からない。

「――ああ、『猿ヶ森』だ。討伐部隊はそこに到着する予定だ」

 彼は電話越しの相手と、討伐部隊について話していた。彼が猿ヶ森に到着するという情報を相手に伝えると、電話は切れた。彼が車のドアを開け、男たち――田の浦の秘書と専属のドライバーである――に終わったことを伝える。

「私の用事は終わりだ。車を出してくれ」

「かしこまりました」

 屈強そうな男が、田の浦に対して深々と礼をする。三人が車に乗り、エンジンがかけられると、車は夜の東京に消えていった。




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