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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
船出と始まり
16/72

新たな船出

 礼人との模擬戦が一段落し、勇気はシミュレータ内で息を切らしながら虚空を見上げていた。額には大粒の汗が幾つも浮き出ている。あと一歩のところまで礼人を追い詰めたが、相手の方が技量が上だったと彼は身体で感じていた。

 一方で、礼人もシミュレータ内で大粒の汗をかきながら息を切らしていた。討伐部隊に入って一週間、ましてや《剱》に搭乗してたった数十分の新入りに、撃墜寸前まで追い詰められたことが信じられなかった。賢が強いと評価したのも頷けると、彼は疲れと緊張であまり働いていない頭で思った。

「畜生……畜生……」

 礼人は息を少し整えると、シミュレータの再起動ボタンを押した。彼の乗機である《キルスウィッチ》が元通りになり、勇気と恵良の《剱》も再びシミュレータの中に現れた。

 勇気は虚空を見上げるばかりであったが、モニタがブルースクリーンから先程の大海原に切り替わるとモニタに注目した。《キルスウィッチ》を彼のモニタ越しに見ることができる。

『……おい』

 勇気と恵良は、無線から聞こえてくる礼人の声に注目する。その声は疲れているようにも苛立っているようにも聞こえた。

『まず、恵良。お前は動きがちと鈍いな。お前の本気はこんなもんじゃねえだろ。もっと頑張れ』

「……はい」

 恵良はシミュレータの中でしょんぼりとしながら俯いた。雪音に実力を認められて、シミュレータの中だけだが《剱》を受領されたのに、自分はまだまだ力不足であることを痛感した彼女は握った拳を見つめることしかできなかった。

『そんなことで落ち込むんじゃねえ。そうしてる暇があったら、模擬戦の数こなせ。強くなってもらわないと困るからな』

 口は悪いが、礼人は恵良を励ましていた。恵良は彼の言葉を聞き、大きく返事をした。

『さてと――次はお前だ、勇気』

 勇気は礼人に注目した。彼は、先輩の声のトーンが低くなっていることに気が付いた。

『……俺を少しは追いつめたようだが、調子に乗んなよ。お前もまだまだこんなもんじゃねえんだからな』

「えっ? は、はい!」

 勇気は礼人を追いつめて調子に乗っているつもりは毛頭なかったが、大きく返事をした。それどころか彼は、先輩たちの力量に圧倒されていたところである。調子に乗る余地はないと彼は考えていた。

 寧ろ、自分自身の方が後輩たちを侮っていて調子に乗っている節があることに、礼人は気づいた。『3』を撤退に追い込んだのは偶然であると思いこんでいた。あれは奴らの腕で乗り切った結果なのかもしれないと、彼は思い始めていた。と同時に、自身の今までの態度に嫌悪した。

 礼人が頭の中でそれらのことを考えている間、勇気と恵良は彼の指示を待っていた。しかし、礼人から通信が来ないので勇気は溜まらず彼に通信を入れた。

「礼人さん……、大丈夫ですか?」

『うるせえ! 誰のせいで疲れてると思ってんだ? お前らも休んでいいから少しは休ませろ!』

 礼人の怒鳴り声が無線から飛び込み、二人の身体を震わせた。勇気が、すいません、と謝る暇もなく、二人のモニタから《キルスウィッチ》が消えた。シミュレータを降りて休憩しているのだろう。二人はシートベルトとヘルメットを外し、シミュレータの中で休むことにした。



 勇気が一息ついているとき、恵良から通信が入った。

「……勇気さん、どうやって雪次さんよりも速い礼人さんを追いつめたんですか? 私には動きが速すぎてとても追えませんでした」

「え、ええと……分から――ない。しっかりとライフルをロックしてたら当たった、としか……。それと恵良さん、タメ口……は?」

「あっ――! ごめんなさい、じゃなかった、ごめん!」

 二人は互いで呼び捨てにしたりタメ口で話すことに未だに慣れることができなかった。現に勇気はまだ恵良を『さん』付けして呼んでいるし、彼は恵良に対して未だに気恥ずかしさが残っている――その証拠に、恵良に、ごめん、と言われた時勇気の頬はほんのりと赤くなった。しかし、少し間が空くと恵良はクスクスと笑っていた。

「……どうしたの?」

『何か……とても新鮮な感じがして、嬉しくなっちゃうと言うか……。それと、勇気……も私のこと『恵良さん』って呼んでたよ』

「あっ……」

 恵良に指摘された途端、勇気の頬はほんのりと赤かったのが真っ赤になった。彼は小さい声で、ごめん、と謝ったあとため息をついた。

「タメ口って……なんだか慣れない」

『私は……そんなことは無い、と思う。勇気に使ってみたら意外とすんなり話せるな、私は』

 タメ口を使って萎縮している勇気に対して、先ほどまで彼と一緒に真っ赤になっていた筈の恵良はすぐに慣れた様子である――勇気は女性と殆ど話したことがないのも要因なのかもしれないが。指摘しておいて自らもタメ口を使っておらず、恵良にタメ口で話しかけられるとすぐに話せなくなる自分に、彼は嫌悪感すら抱いていた。

 しかし、模擬戦の疲れは幾分かは取れているのを二人は感じた。その点だけは救いだと勇気は思っていた。恵良の声を聴いていると、疲れていてもまだまだ頑張ることができると彼は思った。

 それは恵良にとっても同じだった――勇気の声を聴いていると、彼女は何故か安心感に浸ることができる。

 勇気はフッと息をついた。

「これからは、タメ口でよろしく! ……恵良」

 言い終わった後、心臓が模擬戦直後でもないのに大きく鳴っているのを勇気は感じた。少しの間が空いた後、恵良から無線が飛ぶ。

『よろしくね、勇気!』

 恵良の声は明るかった。勇気は彼女の声を聞いただけで顔を赤くした。

 しかし、シミュレータ内の恵良の顔も、笑ってはいたが真っ赤だった。心臓が大太鼓のようにドンドンと鳴っているのを感じている。

――どうしちゃったんだろう、俺……

――なんだか……、勇気とタメ口で話しただけで身体が変な感じ。どうしちゃったんだろう……

 二人は、今自身が抱いている感情が解らなかった。心を落ち着けようと二人は、取り敢えずといった感じで深呼吸を心臓が落ち着くまで行った。



 勇気と恵良がシミュレータ内で休憩しているとき、礼人はシミュレータから出て、その外壁にもたれかかって仏頂面でスポーツドリンクを飲みながら休んでいた。その様子を見かけた賢と雪次が近寄ってくる。礼人はその二人に気付いたが、彼らの方を向こうとしない。

「休憩ですか?」

「……見りゃ分かんだろ」

 礼人は二人の方を見ようともせずにボソリと言った。いつも以上に苛立っているような口調の礼人のことが気になった賢は、彼と同じ目線になるようにしゃがんだ。雪次も、賢と同じようにしゃがむ。

「――んだよ」

「彼らとの模擬戦は、どうでしたか」

「あいつらは《剱》に乗ってたけど……勝ったよ。それがどうした?」

 礼人が気だるげに答えると、雪次が口を挟んだ。

「かなり疲れているように見えるが……苦戦したか?」

 雪次の言葉に反応し、礼人は彼の方を睨んだ。しかし、触れて欲しくないところを触れられた気がした彼は、二人の方を睨んだはいいが言葉を出すことができなかった。

「どうやらこの反応だと、俺の言ったことは図星だったようだな」

 雪次の口角が上がると、礼人は舌打ちをしてプイと背中を向けてしまった。

「……ああ、強かったさ。苦戦したさ。――クソみてえに悔しいけど認めるしかねえよ」

 礼人は二人に向かって吐き捨てるように言った。言葉から悔しさが滲み出るような言い方であなく、悔しさの中に一片の言葉が混じっているような言い方であった。

「お前が言い訳もせずに相手の強さを認めるとはな」

「隊長みてえな言い方すんなよ、雪次。あいつらの素直な姿勢見てるとよ――なんつーか、その、素直さが伝染うつった、みたいな?」

 礼人が人差し指で頬をポリポリと掻きながら言うと、二人は吹きだした。礼人がこんなにもしおらしくなるとは、考えてもいなかったのである。

「笑うんじゃねえよ! ったく――」

「ごめんなさい。礼人がこんなに丸くなった所を見るのは初めてでしたから」

 謝っていても、二人から笑みは消えない。礼人はばつの悪い表情で立ち上がり、シミュレータのドアを乱暴に開けた。ドアが閉まると、二人はフッとため息をついた。二人が、乗機が《剱》に変わったとはいえ、礼人をここまで疲弊させるほどに追いつめたのだから。

「こいつらがいれば……あいつらに勝てるかもしれないな」

「――ですね」

 二人は踵を返して訓練室を出た。



 三人が休憩を終えた後、模擬戦が再開された。先ほどと同じように、三人は三人なりに持っている力を全力で出して戦に臨んだ。

 何度も機体を交えたが、全戦礼人が勇気と恵良を撃墜して勝利した。勇気が《キルスウィッチ》の脇腹の部分をビームライフルで抉ったり、恵良が《キルスウィッチ》の右腕を叩き斬ったりと、二人は礼人を追いつめることが多々あったが、最終的には彼の操縦技術に圧倒されて撃墜され続けた。

 何度か模擬戦を済ませると、礼人が模擬戦の終了を二人に告げた。そろそろ日が暮れるということで、訓練室の鍵が閉められる、と理由も付け加えた。

 三人がシミュレータを出ると、礼人は問題なく歩いて訓練室を出ようとしたが、勇気と恵良の二人は伸びきった麺のようにグニャリと床にへたばってしまった。一日で三人の先輩と、以前の部隊よりもリアルで激しい模擬戦を何十戦と行ったのだ。二人はもはや歩くことすら難しいほどに疲労困憊であった。

「おいお前ら。くたばってんじゃねえぞ!」

「す、すみません……」

 礼人が檄を飛ばすが、返事をしたのは勇気のみであった。恵良は未だに仰向けになって息を切らしている。その勇気も、膝をついている。彼は仰向けになっている恵良に手を差し伸べた。

「大丈夫? 立てる?」

 恵良は勇気の方をチラと見ると、自力で立ち始めた。

「……うん、大丈夫。少し休みたかっただけだから」

 恵良と一緒に訓練室を出ようとした勇気が時計を見ると、針はちょうど六時を指していた。三人は夕食をとるために食堂へと向かった。



 夕食をとり終った勇気と恵良は暫く食堂でくつろいでいた――礼人は食事を済ませるなり、すぐに食堂を出ていった。今日一日の訓練の内容は相当ハードなものであったことを二人は話していた。二人はとても楽しそうに話を楽しんでいた。

 二人が話していると、突然スピーカーからチャイムが鳴った。その後、ブツリ、と機械がアンプに接続されたような音が聞こえた。

『あーあー、討伐部隊の諸君、聞こえるか? これから夜のミーティングを行うから管制室に来てくれ。以上』

 スピーカーから雪音の声が聞こえてきた。彼女は一言、ミーティングをするとだけ言って放送を切った。勇気は恵良と顔を見合わせる。

「……夜にミーティングなんてやるっけ?」

「私が基礎体力を付けてた頃はやってなかったけど……」

 しかし、考えている暇はなかった。遅れてはまずいと思い、二人は駆け足で食堂を出て管制室へと向かった。

 管制室に着き、失礼します、と二人が声を揃えた後、二人は管制室のドアを開けた。そこには既に礼人・賢・雪次の三人が整列しており、三人の目の前には腕組みをした雪音が立っていた。慌てて二人が整列すると、雪音が五人を見回した。

「よし、全員揃ったな。急に集まってもらってすまない」

 直立不動の五人を見て、雪音は先に五人に謝った。礼人が開口一番、彼女に質問する。

「どういう用件で?」

「二つあるが、どれも今日正式に決まったことだ。伝えるのは早い方がいいと思ってな。だから緊急に夜のミーティングを開いた」

 礼人に答えた雪音は、軽く咳払いをした。

「話を戻すぞ。この艦、《オーシャン》は二週間後にここを出航することが決まった。数週間かけて日本の領空を偵察した後、さる()もりに着陸する予定だ。勇気と雪音には、出航直後にはシミュレータが使えなくなることを覚えておいてほしい」

 勇気と恵良の二人は、分かりました、と大声で声を揃えて返事をした。雪音が二人に頷く。

 猿ヶ森とは、日本軍が所有する大規模なメガフロートがあるところだ。そこにある砂丘では試作兵器の実験やSW同士の軍事演習が行われるところで有名である。討伐部隊に試作の武器を使わせてくれるのだろうか、他の部隊との演習でもするのであろうかと、勇気は考える。

「それと、もう一つ勇気と恵良に関してだが、この二週間以内で《剱》が受領される予定だ。白金が珍しく二つ返事で了解してくれた。お前たちの《燕》はそれに伴って既に横須賀に返した」

 雪音の思いもよらない報告に、二人は呆気にとられた。しかし、少し時間をかけて話の内容を咀嚼した後、二人の顔は疲れているのにも拘らず明るくなった。勇気はたまらず、雪音に念を押した。

「本当ですかっ!?」

「あくまで予定だ。それと、受領されてすぐには乗れんぞ。私がここのエンジニアと一緒にお前ら好みの機体に改造する予定もあるからな。最低でも一か月はかかるかもしれん。まあ、奴らはいつ来るか分からないから、できるだけ早く仕上げるつもりだ」

 『改造』というワードで、二人は《剱》や《蓮華》とは色も形も異なる、先輩たちが搭乗する三機のSWを想起した。自分たちのSWが同じように改造され出力や機動力が増大することや、何より先輩たちと同じく自分だけの特別な機体を受領されると考えると、二人の心のトキメキは止まらなかった。

「ミーティングは以上だ。早く寝るなり、シャワーに入るなりして、各自明日に備えてゆっくりと休んでくれ」

 雪音がミーティングの終了を告げると、五人が一斉に彼女に向かって敬礼をした。それから先輩の三人は解散し、各自で休憩に入った。しかし、勇気と恵良は管制室に残った。キョトンとした顔で雪音は二人を見つめる。

「どうした? 二人とも」

「まさか本当に自分に《剱》が受領されるなんて……、本当にありがとうございます、隊長!」

「私も、感謝しています、隊長!」

 二人は雪音に深々と頭を下げた。二人は、入隊してたったの一週間なのに討伐部隊の正式な一員として認められたような感覚にどっぷりと浸っていた。

 雪音は嬉々としている二人を見つめて笑みを零した。

「いやいや、お前たちが頑張っているから私もそれに応えただけだ。こんなところに長居しても堅苦しかろう。早く休め」

 二人は笑顔で敬礼を返しながら、失礼しました、と言い管制室を出た。雪音はそんな二人を笑顔で見送った。

 管制室のドアが閉まると、雪音はいつもの椅子に座り、ノートパソコンを開いて息をついた。彼女の脳裏には、先程の二人の満面の笑みがよぎっていた。

 思えば、自分もその時嬉しくて笑みを浮かべていた、こんなに人前で笑みを見せることができたのは何年ぶりだろうか――雪音は椅子をキイキイと言わせて独り考えていた。



 それからの二週間、勇気と恵良は模擬戦主体の毎日を送った。

 一日に三人の先輩と計二十回を超える模擬戦を行い、自分の弱点を見つけ出しそれを模擬戦の中で修正する毎日であった。何度も何度も撃墜され、時には先輩たちから助言を貰い、なんとかして成長しようとした。

 そして、二週間のうちの五日目、ついに勇気は賢の《ダーケスト》を《剱》で撃墜することに成功した。

 ブースタを限界まで吹かし、ビームライフルのスコープで相手の指の動きを見極めながら、持ち前の機動力で頭上を取り、左の腕部をショットガンで抉り取られながらも、ビームソードを右腕部に持って振り下ろして両断したのである。

 ただ、勇気は賢と恵良に絶賛されながらも自分が何をしたのかが理解できず、始めのうちは困惑していた。少し時間を置いて自分が何をしたのかが理解すると、彼の胸に何かがこみ上げてきて暫く言葉を出すことができなくなった。嬉しさと自信とが彼の中で溢れんばかりに湧いてきたからだ。

 対する恵良は先輩たちを撃墜することはこの二週間ではできなかったものの、決してへこたれず、勇気が賢を撃墜したのが刺激になり、自分でもできると自信を持った。また、彼女がこうやって自信を付けることができたのは、勇気の激励のお蔭でもある。失敗しても彼が彼女をいつもフォローしていた。礼人に甘いと言われても、彼は彼女に声をかけ続けた。

 さらに、二週間のうちの十二日目、ついに勇気と恵良のもとに念願の《剱》が受領された。二人は《オーシャン》の中にあるSW格納庫で、灰色の装甲が鈍い金属光沢を放つのを惚れ惚れとした表情で見ていた。そこには雪音も同席しており、二人に改造の旨を伝えた。

「これからこいつらをお前らの腕に最適化されるように改造する。特に希望がなければ、私がシミュレータのデータを参考にして改造するが……、何か希望はあるか?」

 雪音の質問に、二人は戸惑った。このところずっと、模擬戦で《剱》を操縦しているときは自らの戦闘スタイルを模索することを意識していたが、二人ともそれが固まっていなかったからだ。二人は、雪音の提案通りにシミュレータのデータを参考にして改造してもらうことにした。

 しかし、雪音の話はまだ終わらない。

「お前らには特別な機体が受領されるんだ。普通と同じというのもつまらないだろう。そこで、お前らの好きな色と機体の愛称を考えてもらう。思い浮かなければ私が勝手に決めるが」

 そこで二人はまたも考え込んだ。好きな色はともかく、突然機体の愛称を決めるということは二人にかなり頭を使わせた。

 少し時間が経った後、勇気が手を挙げた。

「自分の《剱》の色は……赤にしていただきたいです。日の丸のような、燃えるような赤であります!」

「ほう、分かった。ただ、『燃えるような赤』と言っても色々あるから、後で色のサンプルを見せるから管制室に来てくれ。それと、愛称は決まったか?」

 愛称に触れられて、勇気はまた黙ってしまった。腕組みをしながら考えている。

「まあ、愛称が決まらないのであれば私が決めておく。恵良、お前は色は決まったか?」

「私は……、雪のような白がいいです。愛称はまだ決まっていません……」

 恵良に言われて、雪音は二回頷いた。

「よし。恵良も後で色のサンプルを見せるから、管制室に二人で来てくれ。愛称は私が考えておく。それでは、お前たちは訓練に戻っていいぞ。来てくれてありがとう」

 雪音に解散を告げられると、二人は大きく返事をして敬礼をした後駆け足で訓練室へと戻っていった。

 その日の訓練が終わった後、二人は雪音に呼び出され、彼女とともに色を選んだり機体の愛称を決めた。勇気の機体の色は、色のサンプルの中の『バーニングレッド』という、赤に朱色を少し混ぜたような明るい赤色に決まり、恵良の機体の色は『ピュアホワイト』という、何物にも染まっていないきれいな白色に決まった。

 色が決まった後に、二人には雪音から彼女の考えた愛称が自信満々に告げられた。

「勇気の機体の愛称は《ライオット》、恵良の機体の愛称は《ウォリアー》。これでどうだ?」

「『暴動』と『戦士』、ですか。どうして私たちの機体の愛称がこうなったんですか?」

 恵良に質問されても、雪音は自信に満ちた表情を崩さない。

「勇気の愛称は模擬戦でも先輩相手に大暴れだったから、きっと奴らにも暴れてくれるだろうという希望を込めて。お前の愛称は立派に討伐部隊の『戦士』として存在してくれているという私からの気持ちを込めて、だ」

 単純な名前であったが、雪音の願いや希望は二人に過剰なほど伝わった。特に恵良は、自分の存在を認めてくれると理解して、胸が一杯になっていた。二人は雪音に向かって大きな声で深々と頭を下げながら礼をした。



 そして、二週間が経った。

 朝の七時。この日は《オーシャン》の出航のため、討伐部隊の五人は訓練室ではなく管制室に全員集合していた。五人は直立不動で、椅子に座った雪音が管制室の様々な機械を弄っているところを見ている。複雑な操作で、モニタに様々な英文が細かい文字で羅列される中、彼女はキーボードとモニタを交互に見つめながら《オーシャン》の出航の準備をしている。そして彼女がキーボードを叩き始めてから五分後、ついに出航の準備が整った。

「よし、すべてグリーンだ。これから《オーシャン》は出航する」

 モニタに映し出されている滑走路は開けている。雪音が操縦桿らしきレバーを前に押し倒すと、《オーシャン》が動き始めた。動き始めに少し航空艦が浮いて揺れたものの、それ以外には移動に支障はない。《オーシャン》は滑走路を突き進み、ついに離陸した。

 勇気と恵良は、横須賀の基地に未練はなかった。特に勇気は、忌まわしき第3部隊から何もかもが充実した討伐部隊での新しい生活に移行できたことで胸のすくような思いを抱いていた。

 しかし、この部隊に入ってからは一度も『ナンバーズ』に遭遇していない。これからのそれらとの戦いを想像すると、勇気と恵良の気持ちは引き締まった。

 二人は引き締まった気持ちで、凛とした顔で、モニタに映し出されている空を一点に見つめていた。




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