キルスウィッチ
礼人と話していて少し時間を取られた勇気と恵良の二人は、急いでトレーニングを始めた。
およそ十分間ストレッチを行った後、腕立て伏せや腹筋、背筋などの筋力トレーニングや、訓練室の端から端までをシャトルランのように走りこむ等の訓練をした。
軽く汗を流してから少し休憩していると、訓練室に雪音が入ってきた。三人は姿勢を正して彼女と向かい合う。雪音は何らかの書類が入った数枚のクリアファイルを持参していた。
「解析が終わったぞ。結果を聞きたいか?」
「お願いします」
恵良が口を開いた。勇気も雪音の言葉に頷く。雪音がクリアファイルに入っている書類を取り出し、目を通しながら結果を言う。
「まず結果からだが、お前たちには今日からお試しとしてシミュレータで《剱》を使ってもらう。前々から思っていたが、やはりパイロットの技量に機体が追い付いていなかった」
雪音の話を聞いて、二人の顔はパッと明るくなった。勇気は今にも小躍りしたい気分になった。
「解析が終わったから、もうシミュレータは使っても構わんぞ」
礼人が、了解、と返事をし、一人でシミュレータに入っていく。恵良も雪音に礼をした後、嬉しそうにしながらシミュレータに入っていく。勇気も雪音に礼をしてシミュレータに入っていこうとしたが、彼女に腕を掴まれて引き止められる。少し驚いた顔で勇気が振り向くと、申し訳なさそうな表情をして彼を見ている雪音が目に映っていた。
「勇気、さっきはすまなかった。お前はこの国を親のように慕っているんだったな。それなのに、私はお前に酷く言いすぎたと思う」
勇気に向かって頭を下げた雪音に対して、彼は慌てふためいた。首をブンブンと横に振り続ける。
「そ、そんな――! 確かに、自分は今の日本の現状にショックは受けましたが、隊長を責めるつもりはこれっぽっちもありません!」
雪音は勇気の言葉で顔を上げると、彼の慌てふためいた顔と口調が可笑しかったのか口元に微笑を浮かべた。
「そう言ってくれて安心した。ありがとう。引き止めて悪かったな。シミュレータに向かってくれ」
「……は、はい!」
勇気は思わず敬礼をして、急ぎ足でシミュレータの中へと入った。雪音はそれを見届けた後、踵を返して訓練室を出た。
勇気はフルフェイスのヘルメットを被りシートベルトを締め、シミュレータを起動した。いつもの大海原がスクリーンに映し出される。すぐにペダルに足をかけ、操縦桿を動かしながらペダルを踏む。
するとすぐに勇気は、明らかに《燕》の乗り心地ではない何かを感じた。ブースタの推進力、自身が後ろに引っ張られるような感じ、操縦桿を動かした際の機体のレスポンスの良さ――すべてが《燕》より強く感じた。自分は《剱》に乗っていると、勇気は実感した。彼の顔から、自然と笑顔がこぼれる。
「すごい……。《燕》と全然違う」
勇気が嬉しそうに呟いた直後、レーダに味方機の反応が出た。それは彼が近づかなくともそちらから近づいてきて、すぐに姿を見せた。
反応の正体は、恵良の《剱》であった。それはまるで檻から放たれた鳥のように自由奔放に舞っている。恵良の姿を見なくても彼女が嬉しそうにしているということは明白であった。勇気はそんな姿に自然と微笑む。
『勇気さん! このSW、すごいですね! スイスイ動きますよ』
「そうですね。これなら思う存分動けます!」
勇気と恵良の声は、嬉しさでいつもより大きくなっていた。先ほどお互いに照れて声を出せていなかったときとは大違いである。
『おい。タメ口は止めるんじゃなかったのか?』
二人の無線から、突然礼人の声が飛んできた。二人が驚いてレーダを確認すると、高速で敵の反応が近づいてくるのが分かった。段々近づいてくると、真っ赤な二つのカメラアイが、二人の機体を睨んでいるのが分かった。
おそらく《剱》がベースとなっている黄緑色の機体は装甲の一部が薄くなっているか取り外されており、普通のSWよりもすらっとした体形になっている。そのため背部の標準装備のブースタや大腿部と肩部に追加されているブースタが異様に存在感を放っている。近接戦闘用の武器は装備しておらず、腰には銃身が針のように尖った形をしている銃器が二挺ぶら下がっている。
「す、すみませんでした……」
『今度から気を付けろよ。……っと、これから模擬戦を始める。俺に二対一で全力でかかってこい。《剱》なら《燕》よりも機体差がないからやりやすいだろ?』
「はい、よろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
勇気が威勢良く返事をする。彼の声に重なって、無線から恵良の返事も聞こえてきた。
『よおし、それじゃ始めるぞ』
礼人がそう言うと、彼の機体、《キルスウィッチ》は二機の《剱》と大きく距離を取った。《キルスウィッチ》は垂直方向に大きくその体躯を上昇させると、あっという間に二機の頭上を取った。
『いかねえのか? いかねえんなら、俺からやらせてもらうぜ』
礼人がそう言うとニヤリと笑みを浮かべ、《キルスウィッチ》は二挺の銃器を腰部から取り出しグリップした。それが武器を取って初めて、二機の《剱》はビームライフルを構える。
膠着状態。勇気と恵良は、銃器を構えた敵をモニタ越しに見つめて様子を窺っている。
二人の呼吸と脈が少しずつ速くなる。そうしている間に、二機の《剱》は《キルスウィッチ》からジリジリと引き距離を取っていた。頭上に敵機が居られたらたまったものではない。しかし、《キルスウィッチ》はパイロットである礼人が二機が引いているのに気付いているのにも拘らず動こうとしない。
一瞬。《キルスウィッチ》のブースタから火花が散った。
また一瞬。その間に、黄緑色の機体は二機の《剱》に襲い掛かっていた。ほんの一瞬の出来事である。
「――来る!」
勇気は《剱》のブースタを全開にして、突撃の態勢に入った。恵良も同様である。
二機の《剱》と一機の特別な機体が交錯した。勇気にとっての新しい模擬戦が始まった。
勇気たちの模擬戦が始まったころ、雪音は管制室で備え付けのノートパソコンを弄っていた。彼女は、ノートパソコンに差さっているUSBカードの中のデータを閲覧している。ただ、彼女が弄っているノートパソコンに差さっているUSBカードは、軍の研究者に支給されるそれとは少し違う――軍で支給されているものは本体の色が黒だが、彼女が持っているそれは本体の色が水色になっており形も異なる。つまり、彼女は私物であるUSBカードを軍用のパソコンで弄っているということになる――彼女はそれを使用後に使った痕跡を完全に消すことができるのでそのことが発覚することはないのだが。また、まだデータが展開されていないが、軍から彼女に支給されたUSBカードも差さっている。
入っているデータは、黒いカードには雪音がSWの技術者だった頃からのSWに関する最高機密のデータや、討伐部隊に関する機密データなどがある。そして、彼女が現在閲覧している水色のカードに入っているデータは、主に新聞の切り抜きをスキャンしてpdfファイルに落としたものが入っている。彼女はそれらを見ながら、黒いカードの中のデータを展開して文書と見比べていた。
その内容は、白金重工業の沖縄実験場の爆発事故についてであった。
『白金重工業の沖縄の地下実験場が謎の爆発』
『地下実験場の爆発の原因が判明。薬品に引火か』
雪音はこの新聞の見出しと日付を見比べていた。雪音がため息をつきながらパソコンのモニタから顔を離す。
「爆発してから原因の発覚まで一週間、か」
雪音が呟くと、再びパソコンのモニタに顔を戻し、ドラッグする。すると下に、先程の二つの記事に比べるとやや小さい見出しが躍り出た。
『フリーのジャーナリストの自宅が爆発、二人死亡』
あの事故から一か月後の記事である。文字通り、フリーのジャーナリストの自宅が爆発して夫婦である二人のジャーナリストが死亡したという事故の記事である。また、その夫婦には一人の子供がいたが、その子供の行方はその事件以降取り沙汰されていない。
先程二つの記事の内容とは一見何も関係が無いように見えるこの事件に、雪音は目を付けていた。というのも、この記事に書かれている内容に、彼女は興味を持たざるを得なかったからだ。
「『この二人は夫婦で、白金重工業の沖縄の地下実験場の爆発事故について原因が判明した後にもかかわらず、独自の取材を続けていたという』、か。何度見ても怪しいな」
雪音は、死亡した二人が『白金』の関係者によって殺害された――それも、二人の間の子供も一緒に――と推測していた。しかし、未だに確証は無く、雪音の心中に留めているだけである。
全てのスクラップ記事を見終えた雪音はそのデータを閉じ、『143』というフォルダをクリックした。その中には一つのpdfファイルしかなく、彼女はそれをクリックしようとした。
すると、その瞬間、管制室のドアをノックする音が聞こえてきた。雪音は急いでウインドウを閉じて水色のカードを抜き、それを使った一切の痕跡を削除した。痕跡の削除に少し手間取ったので、ドアをノックする音がもう一度飛び込んでくる。
「誰だ」
「失礼します。黒沢です」
「……入れ」
雪音が許可を出すと、右手に微糖の缶コーヒーを二本、左手に先程雪音が摂っていたパックに入ったゼリーを持った賢が入ってきた。
「すまないな。遣い走りさせて」
「いいえ、隊長の手を煩わせるわけにはいきませんから。お仕事が大変そうですし」
雪音の机に手に持っているものを置きながら、賢は笑顔で答えた。その行間に嫌味は全くなかった。
「あいつらの調子はどうだ?」
「あいつら、と言いますと勇気君と恵良さんですか。今の一般兵上がりとは思えないほど強かったですね。二対一ということを差し引いても、です」
「……そうか。今の日本軍にも猛者がいたか。私の目は正しかったということだな」
雪音が冗談めかしてフッと笑うと、賢も笑顔を見せる。雪音は微笑みながら、賢に一本の缶コーヒーを手渡しした。賢が少し驚いた表情で雪音が渡そうとしている缶コーヒーと彼女を交互に見る。
「これは……」
「何のために二本買いに行かせたと思ってる?」
賢は未だに目を丸くしている。
「いいんですか?」
「ああ。お遣いの駄賃だと思え。買ってきてくれてありがとう」
「……ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、いただきます」
賢が缶コーヒーを受け取る。
二人が缶コーヒーのプルタブを開けて、缶に口を付ける。ほろ苦いコーヒーの味が、雪音の頭を刺激する。
雪音は目を瞑り、リラックスできない身体を無理矢理リラックスさせようとした。それでも、あのフォルダ名が目を閉じていても思い浮かんでしまっている――自らが勝手につけたフォルダ名ではあるのだが――。
――『143』、か……。何度見ても、我ながら完璧な名前だ
雪音が皮肉めいた笑みを浮かべた。その笑みは賢には気づかれることは無かった。
シミュレータの中では、常人では目を回しそうな高速戦闘が行われていた。
勇気と恵良の《剱》は《燕》の倍近い速度で海上を飛び回り、それ以上に速く飛び回る礼人の《キルスウィッチ》を捉えてはビームライフルを撃ちこみ、捉えてはビームソードで薙ぎ払おうと奮闘している。勇気と恵良は、数分動かしただけで《剱》の挙動に慣れて、スイスイと動かすことができている。しかし、それでも《キルスウィッチ》に攻撃が掠りもしない。
一方の《キルスウィッチ》も、勇気と恵良が作った隙につけこもうとするが、二人は寸でのところで攻撃を避けている。そのせいで礼人はシミュレータ内で何度も舌打ちを打っている。
しかし、終始優勢なのは礼人である。押されている勇気と恵良は、段々と身体的にも精神的にも疲弊していく。
すると、勇気の《剱》の頭上を《キルスウィッチ》が取った。太陽光を遮るような格好で、黄緑色の細い体躯が勇気の《剱》の上を塞ぐ。勇気は自分のどこに隙があったのかも分からず、上を取っている《キルスウィッチ》をモニタ越しに睨みながらビームソードを構える。
睨みあうこと、ほんの数秒。先に飛び出したのは勇気だった。思い切りペダルを踏み込み、《キルスウィッチ》に突進していく。
繰り出したのは右手に持ったビームソードの右薙ぎ。しかし、《キルスウィッチ》は抜群の機動力でこれを後退して躱す。二機の距離が少しだけ離れる。
勇気はまだ諦めてはいない。勇気の《剱》は垂直方向に飛び、《キルスウィッチ》の頭上を取った。そこからビームソードを振り下ろす。しかし、それも右に避けられ、距離を大きく離される。その一瞬後、二挺の銃器が《剱》に向けて構えられた。ブースタは全力で後退の意思を示している。
銃器からオレンジ色のビーム弾が連射される。一発一発は小さく見えるが、膨大な熱量を孕んでいる。引鉄が引かれ続ける中、勇気は操縦桿とペダルを巧みに操り、《キルスウィッチ》の猛攻をスルスルと回避し続ける。オレンジ色の針が降り注ぐように勇気の《剱》を襲うが、一発足部に被弾しただけで勢いよく黄緑色の機体に踏み込んでいく。被弾した際に機体のバランスが少しだけ崩れたが、バランスを立て直すことくらい勇気にとっては造作もなく、安定した状態で《剱》は突進していく。
――普通に攻撃しても躱される……よし!
勇気はブースタを思い切り吹かし、《キルスウィッチ》の後ろに回り込もうとした。それは武器を両手に構えており、これによって方向転換に少しだけだが時間がかかるとふんだのだ。勇気は《剱》のブースタを右方向に全力で吹かした。
勇気の思惑は見事に的中した。読み通り、《キルスウィッチ》の反応が遅れた。彼の標的が方向転換を終えたころには、《剱》はビームソードを振り下ろしていた。
「当たれぇ!」
ビームソードが、《キルスウィッチ》の胴を襲う。
しかし、ピンチの時の対応は礼人の方が一枚上手であった。礼人は機体を少し後退させ、《キルスウィッチ》の銃器を《剱》の手元に合わせて引鉄を引いた。
オレンジ色の針が、《剱》の手部をビームソードごと貫通した。《キルスウィッチ》はブースタを吹かして後退する。ビームソードが爆発し、《剱》の右腕部が消し飛んだ。勇気は悲鳴を上げながらも、海面に墜落しないようにブースタを吹かして高度を保とうとする。
しかし、そこに追い打ちをかけるように《キルスウィッチ》が突進してきた。引鉄が引かれようとする。
「まずい……」
この銃器の威力だと左腕に装備されている盾はすぐ使い物にならなくなる――そうふんだ勇気は、マウントされているビームライフルを左腕で持ち海面すれすれを飛びながら迎撃態勢をとった。彼の額から大粒の汗が垂れる。
引鉄が引かれた。無数のビーム弾がピンチの《剱》を襲う。勇気は右腕を失って不安定になっている自機を後退させながら攻撃のチャンスを窺う。
「くっ――」
勇気が呻いたその時、俄かにビーム弾の雨が止んだ。勇気が訝しむ暇もなく、恵良の《剱》がビームソードで吶喊した。彼女の機体の攻撃は躱されたが、勇気は姿勢を戻すことができた。
「ありがとう、恵良さん!」
勇気は気づいていないが、また恵良をさん付けで呼んでしまった――張りつめた空気なので仕方ないが。しかし、無線から返事はこなかった――今度は恵良の《剱》に《キルスウィッチ》がターゲットを変更したのである。細い体躯が、今度は恵良を襲う。
恵良はすぐにビームソードをマウント、ビームライフルを取り出し礼人の機体に向かって発射した。しかし、放った三発のビーム弾は彼にあっさりと躱され、《キルスウィッチ》に近づかれた《剱》にお返しとばかりに針のようなビーム弾の嵐が叩き込まれる。恵良は回避しようとしたが間に合わず、《剱》の右半身はオレンジ色のビーム弾に貫かれた。
一瞬の出来事であった。恵良は絶望したような表情で、討伐部隊のレベルの違いを再確認した。
炎を上げて墜落する《剱》。恵良の悲鳴がそのまま勇気の無線からノイズ込みで流れてきた。勇気はまるで自分がやられたかのように歯を食いしばって悔しがった。真っ赤なカメラアイが、勇気の《剱》を見据えた。
「俺が――落とす!」
勇気は自らを奮わせるように言った。《剱》のブースタを全開にして、唯一使い物になる左腕でビームライフルをしっかりとグリップさせる。
《キルスウィッチ》が、勇気のもとに迫る。それが持っている銃器はしっかりと《剱》の方を向いている。勇気はロックできる距離まで近づくと、《剱》を左へ左へと移動させ、礼人の出方を窺う。
睨みあうことたったの三秒。先に動いたのは《キルスウィッチ》だった。引鉄を引き始めると、ビーム弾が《剱》を襲い始めた。勇気は機体を左への回避移動を優先させ、攻撃のチャンスを窺っていた。
すると、《キルスウィッチ》が攻撃をやめ勇気のもとから後退し始めた。彼は気づいていないが、《キルスウィッチ》の銃器の先端が真っ赤に焼けており、このまま打ち続けると二挺とも破損してしまいかねないとふんだ礼人が一旦攻撃を中止したのだ。今がチャンスだとばかりに、勇気はペダルを思い切り踏む。
《剱》は獲物を逃がさんと前進するが、《キルスウィッチ》の後退スピードはそれ以上だった。勇気は落ち着いてビームライフルの引鉄を引き、徐々に礼人を追いつめていく。息が詰まる瞬間の中で、二人は共に必死になってシミュレータを動かしている。
「当たれ、当たれ、当たれっ」
勇気はゆらゆらと揺れながら後退する《キルスウィッチ》を撃ち落さんと狙いを絞ってビームライフルを只管連射した。ロックが何度も外れるが、全力で追いながらビームライフルを撃ち続ける。
すると、《キルスウィッチ》が《剱》の頭上を取るように移動し始めた。上昇する機体がゆらゆら動いていないことを見抜いた勇気は、ビームライフルの射角が少し上がるように調整して撃ち続けた。
「これで――っ!」
《剱》の放った一発のビーム弾は、勇気の狙い通りがら空きの《キルスウィッチ》の左肩部に直撃した。勇気は思わず、やった、と歓喜の声を上げた。
撃ち落された礼人は雄叫びを上げながら、機体が着水しないようにブースタを全力で吹かし続ける。幸い海中に没することは避けられたが、《キルスウィッチ》の眼前には《剱》が迫っていた。
「畜生ぉぉぉあああ!」
礼人が絶叫した。入隊したての後輩には負けたくないからだ。賢や雪次が見せつけた討伐部隊の強さを自らも見せつけなければならぬと思っていた。眼をギラつかせ、歯を食いしばりながら既に冷却された銃器を突きつける。機体を後退させることも忘れていなかった。
対して勇気は、止めとばかりに礼人の方へ前進していく。ビームライフルの照準は既に定まっていた。
すると、《キルスウィッチ》が一挺しか残っていない銃器の引き金を引いた。二発の細長い光弾が勇気を襲う。それに反応した勇気は、機体を左に回避させた。
しかし、その瞬間、礼人は機体を左方向に移動させ、そのまま《剱》の横に回り込んだ。勇気は礼人の素早い動きに驚愕しながらも、すぐに機体を《キルスウィッチ》の方へ旋回する。《剱》のビームライフルの銃口は、礼人の機体の頭部を向いていた。
「捉えた! これでぇっ!」
勇気の身体は逸っていたが、精神は冷静であった。
彼は一瞬の隙の中狙いを定めてビームライフルの引鉄を引いた。
一筋の光が、敵の頭部を粉砕した。勇気は続けて銃口を胴に向けた。
しかし、敵は勇気の予測の上をいった。
《キルスウィッチ》は頭部を破壊されても、《剱》の頭上を取った。そしてサブのカメラを展開する暇などない筈なのに、まるで見えているように《剱》の頭頂部に銃口を突きつけた。
引鉄が引かれた。無数のビーム弾が、《剱》の鋼鉄の身体を縦に貫通した。