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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
船出と始まり
13/72

それぞれの進捗

 恵良は勇気が撃墜されていくのを黙って見ていることしかできなかった。《燕》の左手を溶断され、彼女は《陰陽》とそのパイロットである雪次に威圧されていた。

 勇気が撃墜され、自分一人――この状況は、賢との初戦でも経験していた。討伐部隊の実力に威圧されているのもその時と同じである。

 だからこそ、恵良は心を落ち着けようとした。同じ状況で焦ったらだめだ。

 恵良は彼女の方を振り向いた《陰陽》をモニタ越しに見据えながら深呼吸した。それの両の手にはビームソードが二本握られている。

「私は……ここで諦めない。絶対に」

 恵良は呟くと、《燕》のビームソードをビームライフルに持ち替えた。《陰陽》は、既に恵良の《燕》のほうを向いている。彼女は《陰陽》をじっくりと見据え、銃口を向ける。


 両者睨みあうこと、数秒。


 恵良は狙いを定めて、《陰陽》が動いていない隙を見てビームライフルを放った。号砲のように、《燕》のビームライフルから光弾が発射される。しかし、近距離で放ったのにも拘らず、それはブースタを吹かして横の移動だけで軽々と光弾を躱し、恵良に向かって全速力で突進する。

 対して彼女は《燕》のブースタを機体の後方に噴射し、機体を引かせながらビームライフルで《陰陽》に狙いを定めようとする。正面から行こうとしても分が悪いと思い、相手に回り込まれないように機体を後退させながら引鉄を絞ることに専念した。

 それでも、機体の性能の差は歴然としていた。追う《陰陽》は、下がる《燕》に簡単に距離を詰める。恵良はペダルを目一杯踏んでいるのにも関わらず、である。《燕》は引きながらビームライフルを一発、二発と撃ちこむが、《陰陽》のずんぐりとした体躯にかすり傷すらつけられていない。

 ついに、《陰陽》は《燕》を斬ることのできる範囲に収めた。雪次の口角が不気味に吊り上がる。

 水色の刃が展開される。それと同時に、《陰陽》の両腕が《燕》に向かって振られた――十字に斬る体勢である。

――一か八か……っ!

 恵良の《燕》は、ビームライフルをその手から離した。しかし、ただ落としたわけではない。彼女なりの策を考えていた。

 恵良は機体の進行角度をより上に調整し、ブースタのペダルを潰れんばかりに踏んだ。機体は投げ出されたように加速し、放り投げたビームライフルを空中に置いてけぼりにする。

 対して、ビームライフルはまさに斬らんとしている《陰陽》の目の前。雪次は動きをキャンセルできず、宙に放り出されたビームライフルを縦横に両断した。


 一瞬の出来事である。雪次は不意を突かれ、恵良の策にハマった。


「何っ!?」

 《陰陽》の目の前で、斬られたビームライフルは爆散。爆炎が雪次を怯ませ、彼の視界を奪った。彼は咄嗟に《陰陽》を少し後方へ移動させる。

「今だぁぁっ!」

 恵良の《燕》の右手には、既にビーム刃が展開されているビームソードが握られていた。彼女はレーダーを頼りに《陰陽》の位置を特定すると、今まで引いていた機体を操縦桿を折れんばかりに前方に押すことで急激に前方に加速させて、煙の中に突っ込んだ。自分を押しつぶすようなGに呻きながら、彼女は《燕》を加速させる。

 一瞬で、煙の中から《燕》が現れた。《陰陽》は少しの間だが硬直している。今が狙い目だ――恵良はビームソードを振り下ろした。

 しかし、ここで彼女の《燕》に異変が生じた。シミュレータの中のブースタに関する計器に、赤い警告ランプが灯ったのだ。どうやら、先程の動きで《燕》のブースタに甚大な負荷がかかったようで、メインブースタが一基、炎を上げていた。

「嘘でしょ……?」

 恵良が呟いた直後、《燕》はバランスを崩して急降下し始めた。炎が上がるブースタを抱えたまま、海に落ちようとしている。恵良は半ばパニックになり、切迫した表情になりながらペダルを何度も踏むが、機体は言うことを聞かない。

――動けっ、動いてっ! お願いっ!


 恵良の願いも叶わず、ブースタが事実上一基停止した恵良の《燕》は、ついにそのまま海中に没した。海上には、茫然と宙に浮かんでいる《陰陽》だけが残された。




 長らくブルースクリーンのまま放置されていた勇気のシミュレータのディスプレイは、やっと先程の戦場を映し出した。

 勇気は、目の前にいる《陰陽》を見つめて悔しがることしかできなかった。勇気は倒すべき目標に傷をつけたが、それだけであった。勇気は目の前の機体を見つめながら奥歯を噛み締める。

『初めてにしてはよくやったな……。でも、まだ甘い』

 無線から、雪次の声が勇気の耳に飛び込んできた。心なしか、勇気には雪次の息が整っていないように感じた。

『勇気』

「は、はい!」

 雪次に名前を呼ばれた勇気は、シミュレータの中で背筋をピンとただした。

『お前は動きがいいが、詰めが甘い。立ち止まらず、迎撃しようと思わず、常に動いて相手を脅かせ』

「……分かりました」

 勇気が肩を落としながら返事をすると、雪次がクスリと笑った。

『そんなに落ち込むなよ。お前は強い。少なくとも普通ではない』

「……どういう事ですか?」

『《燕》で俺の《陰陽》にダメージを与えたんだ。自信を持て』

 勇気は、はい、としか返すことができなかった。先輩である雪次に褒められても、彼の心の中には釈然としない気持ちが残った。

 一方、恵良はまだ心臓が暴れているのを感じていた。胸に手を当て、必死に落ち着こうとする。模擬戦で使うシミュレータでブースタが壊れて制御不能になること自体が初体験であった。彼女は先程のパニックを引きずっている。

『恵良』

「は、はいっ!」

 まだ落ち着いていなかったのか、恵良の返事は上擦った。

『お前は焦りすぎだ。《燕》で無理をし過ぎだ。無理をし過ぎて、この前怪我したんじゃなかったのか? それに、さっきみたいな戦い方をしてたら機体が幾つあっても保たんぞ』

「……はい。気を付けます」

 先ほどまで落ち着きのなかった恵良が、一気に肩を落とした。形が違うとはいえ、同じ失敗をしてしまったことを恵彼女は恥じた。

『まあ、発想はいい。俺も一瞬対応できなかった。近接戦闘で俺を追いつめたのはお前が初めてだ』

 恵良はその言葉を聞いて呆然とした。喜んでいいか反省すべきかわからず、何も言葉を出すことができないでいる。

『それと、恵良。少しシミュレータを動かしてみてくれ』

「は、はい」

 恵良は雪次の指示通り、シミュレータ内の《燕》を動かした。基本動作を一通り行うと、雪次に止まるように指示された。

『……この分だと、シミュレータに異常はなさそうだ。だが念には念を入れて、一旦訓練は中止。エンジニアを呼んで診てもらう』

 そう言うと、雪次の《陰陽》が二人の眼前から消えた。勇気は訳も分からず、恵良は少し肩を落としながらシミュレータの電源を切り、扉を開けた。



 一斉にシミュレータから出てきた三人を見て、礼人と賢は困惑した。

「……おい、雪次。一体どうした?」

 礼人が困惑しながら雪次に事情の説明を求める。雪次は、先程起こった出来事を説明した後、エンジニアを呼ぶために訓練室を出た。

 勇気もまた、礼人と賢と同じくらい困惑していた。いきなり訓練を中止させられ、シミュレータから出されたのだから。何が起きたかを訊くために、勇気はシミュレータの外壁に座りながら凭れかかっている恵良に近づいた。

「恵良さん……、一体何があったんですか?」

 勇気が屈んで恵良に話しかけると、恵良はとても申し訳なさそうな顔をして勇気の方を向いた。彼の方に彼女の視線が合っておらず、顔色も少し悪く見える。

「……ごめんなさい。私のせいで訓練が中止になって――」

「い、いや、俺は怒ってないですよ。それよりも、一体何があったのか知りたくて――」

 恵良は申し訳なさそうな表情を崩さずに、勇気が撃墜されている間に起こった出来事を話した。いつの間にか、彼女の周りには礼人と賢も集まっていた。案の定、礼人は恵良に対してしかめっ面をする。

「あのさぁ……。限度ってものを考えろよ。シミュレータが壊れたらどうすんだよ――」

「礼人さん! 恵良さんを、これ以上責めないでください。雪次さんに絞られたばかりですから……」

 恵良が萎縮しているのを見て勇気が恵良を庇うような発言をすると、礼人が彼を睨んだ。その眼光に彼は怖気づくも、すぐに賢のフォローが入る。

「まあまあ、礼人。彼女もこうやって反省していることですし、ここはもう怒らなくてもいいんじゃないでしょうか? 後の処分は隊長に任せましょう、ね?」

「……ったく、お前は後輩に甘えなぁ。分かったよ、今度からは気を付けろよ。怒られるのはお前だけじゃねえんだからな。それとこの件は勿論、隊長にさせてもらうからな!」

 賢に宥められた礼人が踵を返して歩きだし、訓練室を出る。一方で賢は顎に手を当てて何か考え事をしているかのような素振りを見せている。

「どうしたんですか?」

 勇気が訝しむと、恵良も顔を上げて賢の方を向く。

「恵良さんがやったことが本当なら、もう恵良さんに《燕》は合わないんじゃないんでしょうか」

「……どういうことですか?」

 恐る恐る、恵良が賢に訊く。

「《燕》の方が恵良さんについて行けなくなったんじゃないか、と僕は思いました。これからは恵良さんがもっと暴れられるように、機体を変える必要があるんじゃないかと」

「……私の操作が乱暴だから――」

「違いますよ。そう言う意味で『暴れられる』と言ったんじゃありません。恵良さんが不自由なく動かすことができる出力を持つ機体が必要だということです」

 賢の説明に、二人は同時に二回頷く。

「僕が隊長にかけあって《剱》あたりにグレードアップできないか言ってみます。君たちはなんだかんだ言って期待されていますからね」

 恵良は、何が何だかわからないとでも言いたげな顔をしていた。対して勇気は、賢の言葉に身を乗り出した。

「それって……自分にも《燕》よりも性能のいい機体を受領するチャンスがあるってことですか?」

「勇気君が今のままでは不満でしたら、可能性としてはあります。まあ、どの道《燕》では生き残れないんじゃないかと思いますから、僕が言わなくても隊長の方から何か言ってくるかもしれません」

「不満、というわけではないですけど……」

 そのセリフに反して、勇気の表情は明るい。自分にも新しい機体が受領されるのではないかと考えると、彼の心は昂ぶった。恵良も漸く頭の中の整理が終わったらしく、顔を輝かせた。

「私も……先輩たちと一緒に新しい機体で戦えるんですか?」

「可能性としては、ですがね」

 恵良があまりにも嬉しそうな顔を見せるので、賢は少し苦笑した。先ほどまで落ち込んでいた恵良が嬉しそうにしている姿を見て、勇気も先程の表情とはまた違う笑みを見せた。

 すると、訓練室のドアが開いて雪次と作業服を着たエンジニア三人が訓練室に入ってきた。勇気、恵良、賢の三人はシミュレータからそそくさと離れる。賢が、ご苦労様です、と作業員に会釈をすると、勇気と恵良も続いて会釈をした。

 勇気はエンジニアの作業服を見て、気づいたことがあった。横須賀の基地にいるエンジニアの服と形状こそ同じだが色が違う――横須賀の作業服(日本軍に所属している普通のエンジニアの服)は灰色であるが、彼らはくすんだ水色の服を着ている。ここでも日本軍の通常の部隊と討伐部隊との差を見た彼は、また一つ感心した。

 雪次が恵良の肩を軽い拍子で叩く。

「作業は一時間程度で終わるらしい。それまで待っててほしいとさ」

「……すみません。ご迷惑をかけてしまって」

 恵良が作業員に頭を下げるが、作業員の三人は笑顔を見せて首を少し横に振るだけで恵良を咎めようとはしない。すると、エンジニアの一人が雪次の方を向いた。

「今シミュレータの点検をしてますが、一台が点検中でも残りの二台は使えますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 雪次が敬礼で返すと、彼は二人にその旨を伝え、二人でシミュレータで模擬戦をするようにも伝えた。さらに彼は、どちらかが先に負けた場合に再起動する方法も二人に伝えた。二人は彼の指示に従い、使えるシミュレータに入った。

 二人がシミュレータに入るのを見届けた雪次に、賢が彼の肩を軽く叩いた。彼がそれに反応する。

「どうした?」

「あの二人、強かったでしょう?」

 賢の質問に、雪次は苦笑して返す。

「ああ。あいつらの前では言いたくなかったが、思わず言ってしまったよ。お前は強い、ってな」

「正直言って、彼らは新兵ですから侮っていました。一般兵上がりの二人にここまで苦戦させられるなんて、僕たちもまだまだですね」

 賢は雪次に笑いながら言った。二人は巨大な白い二つの箱をしみじみと見ていた。



 勇気と恵良はシミュレータに入るなりそれを早速起動し、二人で模擬戦を始めていた。二人とも《燕》に乗っている。

 勇気は、始めから全力だと言わんばかりに容赦なく恵良を攻めたてる。対して恵良は先程のトラブルの影響で、シミュレータを動かすことに慎重になっていた。もう一台シミュレータを自分の手で点検に出させたら流石に優しい賢も黙っていないだろうと思ってしまい、まるで初めて触るかのように恐る恐るペダルや操縦桿を動かしている。そのせいで、SWの操縦――シミュレータの制御、といった方が正しいかもしれない――に集中してしまい、戦闘にはまるで集中できていない。

 結局、二人は休みなしで四戦行ったが、四戦とも勇気が勝利した。

 五戦目を始める前に、勇気は恵良に通信を入れた。恵良の様子がおかしいことに、彼は四戦やって気付いた。

「どうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」

 勇気が恵良を労わるような声で話しかけると、数秒後に返事が届いた。

『……ごめんなさい。私がさっきみたいに動かしたら、また皆に迷惑かけちゃうんじゃないかと思って、シミュレータを動かすのに気を遣ってしまいました……。本気で向かってきてくれる勇気さんに、失礼――ですよね?』

 か細い声が、返事として勇気の耳に入った。先ほどまで嬉々とした表情を出していた恵良がシミュレータに入った途端、先程の出来事を思い出して一気にしおれてしまっている。勇気の表情も、なぜだか少しだけ暗くなった。

 少し間が空くと、また恵良の心配したような声が無線から飛んできた。

『……やっぱり、怒ってますか?』

「――俺、恵良さんが困ってることに気付けませんでした」

『……え?』

 勇気は、恵良がなぜ本調子で動かなかったのかを考えるのを忘れていた。そのことに気付いたのだ。

『そ、そんなこと、私は気にしてませんよ。私は迷惑してませんし……、それどころか、私が勇気さんに迷惑かけちゃったんじゃないかと……』

 恵良は自分のことに夢中でそのようなことは気にする暇がなく、勇気の行動で迷惑を被ったとは毛頭思っていなかった。それに安心した勇気は、通信を入れた。

「俺も、恵良さんが俺に迷惑をかけたとは思ってません。だから、シミュレータを思う存分動かしてください。もしそれでも機械がおかしくなったら……その時は俺のせいにしてもいいですよ」

 勇気が冗談めかして言うと、数秒の間を置いて、恵良の吹きだしたような笑い声が聞こえてきた。

『ありがとうございます。勇気さんって、優しいですね。私なんかに優しくしてくれて、本当に嬉しいです』

 恵良の声は小さかったが、勇気には無線越しでも恵良の笑顔が思い浮かんでいた。勇気は恵良が少しだけ元気になったことに安堵したが、恵良に嬉しいと言われ顔が熱くなるのを感じていた。言葉が出てこなくなる。

『……勇気さん?』

「あ、ああ。大丈夫ですよ。さ、やりましょう!」

『はい!』

 二人の《燕》が武器を構える。今度は恵良も本調子へと切り替える。

 すると、二人の《燕》のレーダーに一つの反応が映った。高速で接近する反応へと二人が振り向くと、向かってきたのは《陰陽》であると分かった。どうやら、シミュレータの点検が思っていたよりも早く終わったようだ。二人の無線から、雪次の声が飛び込んでくる。

『勇気、恵良。隊長が帰ってきた。俺たちに話があるようだから、訓練は一旦中断して管制室に行くぞ』

 二人は少々困惑して雪次に返事をすると、ヘルメットとシートベルトを外してシミュレータの電源を切り、白い箱の中から出た。勇気が外を見ると、エンジニアの人たちは既に訓練室からいなくなっていた。

 シミュレータから出るなり、恵良は雪次に駆け寄った。

「シミュレータは……どうでしたか?」

「焦るな。念を入れて確認しても、どこにも異常は見られなかったそうだ。俺が動かしても違和感はなかったしな」

「そうですか……。よかったぁ」

 恵良が胸を撫で下ろす。勇気がその様子を見ていると、恵良が彼の方を向いて微笑んだ。勇気は不意に微笑まれて視線を逸らす。三人は早足で管制室へと向かった。



 三人が管制室に入ると、既に礼人と賢は整列しており、モニタの前には雪音が立っていた。その顔は苛立っているようにも、少し疲れているようにも見える。三人が整列し討伐部隊が全員揃うと、じっと口を閉じていた雪音が口を開いた。

「まずは賢、雪次、勇気、恵良。訓練中呼び出してすまない。んで、礼人、留守番ありがとう」

「ちょっ……俺だけ雑じゃね?」

 礼人のツッコミを無視し、雪音は話し続ける。

「まず、私から報告させてもらう。私は引き揚げ現場に行ってきた。勇気が落とした『3』の腕の残骸を討伐部隊に回してもらうための交渉が目的だった」

 五人は黙って雪音の話を聞いている。雪音の口調は、次第に強くなっていく。

「現場に来ていた私の知り合いの国会議員にその根回しをしようとした。ところがどうだ」

 雪音の顔が怖くなる。怒りを抑えきれていない様子を、勇気は感じ取っていた。五人の周りの空気が張り詰めたのを、彼は感じ取ることができた。

 すると、雪音が管制室の机を強く叩いた。乾いた音が室内に大きく響き渡り、恵良が身体を少しびくつかせる。

「『大きな力』が働いて、残骸は渡してもらえないんだとさ! 何のための討伐部隊だ、バカバカしい!」

 一通り叫んだあと、雪音は周りを見渡して冷静になった。

 五人は、ひどく驚いていた。勇気と恵良はともかく、討伐部隊が組織された当時から雪音との付き合いがある三人でさえ、彼女がこれほどまでに激昂している様子は見たことがなかったのである。それに気づいた彼女は俄かに萎縮した。

「……すまない。愚痴っぽくなってしまったな」

「少し質問してもよろしいでしょうか?」

 賢が手を挙げた。雪音が顔を上げて頷く。

「出過ぎた真似であることは承知ですが……上層部のみの機密でなければ、我々の下に残骸が行き届かなかった原因を教えていただけないでしょうか?」

「ああ、いいぞ、教えてやる。機密だとは一言も言われてないからな」

 雪音の激情が俄かに沸き上がる。余程『大きな力』に辟易しているらしいと、五人は察した。

「それはな……『日本自由の会』の上の人たちと――白金だ。知ったところで我々にはどうにもなるまい」

「……そうですか。我々のようなただの兵士に教えていただきありがとうございます」

 賢は雪音に深々と礼をした。

 そこで、勇気は隣の恵良の様子が少しおかしいことに気付いた。横目で恵良の方を見ると、顔が強張っており、呼吸も速くなっているように見受けられる。それには雪音も、勇気から少し遅れて気が付いた。

「どうした、恵良。いきなり大きな音を出されてびっくりしたのなら謝る」

「えっ? ああ、いいえ、大丈夫です」

 恵良の声は少し震えていた。勇気は、恵良の動揺の原因が雪音ではないことは確信を持っている。だとしたら何か、『大きな力』である『日本自由の会』と『白金』とやらに震えているのか。勇気は思案した。

「私からの報告は以上だ。他に報告のある者は少しここで待ってほしい。私に遅めの昼食を取らせてくれ」

 雪音がため息をつく。そのまま雪音は話し続ける。

「これで訓練の時間は終わりだ。後の時間は自由時間とする。訓練したい者は訓練室に行くもよし、休みたい者は自分の部屋に直行するもよし、だ。シミュレータを使いたい者は私に言ってくれ」

 そう言って、雪音は伸びをしながら管制室を出た。雪音が管制室から出るのを見届けた五人は深いため息をついて肩を落とした。

「しっかしよぉ……隊長があんなに怒鳴るとこ、初めて見たぜ」

「こんな大きな声が出せるんですねぇ。しかし、『日本自由の会』と『白金』ですか……」

「まあ、嫌なことがあったんだ。我慢しろ。隊長を労わってやれ」

 先輩たち三人が喋っている中、勇気は恵良の様子を見ていた。恵良は何かに怯えているように小さくなっている。今は話しかけない方がよいと勇気は状況を察し、肩を落としている恵良を見つめて心の中で気遣うことしかできなかった。

――一体、なんで……。





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