陰陽
先程の模擬戦では、勇気と恵良が先輩である賢をあと一歩のところまで追いつめた。しかし、あと一歩のところで二人は賢に撃墜された。
その後も気を取り直して、二人は昼まで賢と模擬戦を続けた。しかし、惜しいところまでは行くもののあと一歩が足りずに撃墜され続けた。あるときは勇気が《ダーケスト》の頭部を吹き飛ばすがスナイパーライフルで撃ち抜かれ、あるときは恵良が《ダーケスト》の両脚を切断するが直後に散弾銃で粉々にされた。二人は一回も賢を撃墜できないまま、午前の訓練を終えた。
午前の訓練が終わり二人がシミュレータから出てきたときには、二人は汗だくで既に疲れ切っており、這い出るようにシミュレータから出てきた。その様子を見ていた賢と礼人は二人の下に歩み寄る。
「やれやれ……言わんこっちゃないですね。もうバテバテでしょう?」
賢が苦笑しながら二人を気遣っていると、礼人が仰向けになっている勇気の腹の上にスポーツドリンクが入った五〇〇ミリリットルのペットボトルを投げ込んだ。ばてていて動けない彼の腹の上にペットボトルは命中、運悪くキャップの部分がもろに当たり、彼は腹を押えて少し咳こんだ。対して、恵良の方には賢が優しくペットボトルを彼女のそばに置いてやった。この対応の違いに彼は少し理不尽なものを感じたが、少し落ち着いた後恵良とともに立ち上がった。
「早くメシ食えよ。一時間後にまた訓練再開だからな」
二人は返事と敬礼をして、食堂へと向かおうとした。すると、礼人が二人を呼び止めた。
「ああそうだ、忘れるとこだった。隊長は例の引き揚げ現場に向かってるから、俺が艦を任されてる。その間俺とは模擬戦できねえから、午後は雪次とやってもらえ。分かったか?」
「分かりました」
礼人の注意事項を聞いた二人は返事をした後、ペットボトルを持って今度こそ食堂へと向かった。
二人が食堂につくと、そこは既に《オーシャン》の整備員やSWのメカニックなどの人で溢れていた。なんとか昼食を受け取った二人であったが、席が見つからない。
しかし、二人が食堂をウロウロしていると、勇気の目に昼食を取っている特徴的な体格の男が映った。座っていても分かる大柄で、五分刈りのパイロットスーツ姿の男、雪次であった。彼の席の周りは空席である。勇気は恵良とともに雪次の席の前まで向かった。二人が近づくと、雪次はそれに気が付いたのか口をもごもごさせながら二人に手を振ってこたえた。
「あの、隣いいでしょうか?」
恵良がおずおずと尋ねると、雪次はまだ口に物が入っているのか口では答えず、首を一回だけ縦に振った。二人は雪次の隣に座って昼食を取ることにした。
二人が雪次と一緒に食事をとり始めるが、先輩の前なのか背筋を正しており、二人の口数がメッキリと減ってしまった。黙々と、時折スポーツドリンクを口に含みながら昼食を取っている。
「……討伐部隊との模擬戦はどうだった?」
雪次が二人に質問を振った。物を口に含んでいた二人は急いで咀嚼して腹の中にいれる。
「賢さんと何度か戦りましたが……二人がかりでも全く歯が立ちませんでした」
勇気が答えると、雪次は水を少し口に含んだ後に息をついた。
「そうか。奴の機体は特殊だからな。何度も闘って経験を積むといい。『ナンバーズ』には狙撃タイプの輩もいるから、そいつと出会っても対応できるようにはしとけ」
二人は大きく返事をした。
「それから、午後の訓練の相手は俺だな。よろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
二人が返事をすると、雪次は食べ終えた食器をプレートに載せて席を立ち、カウンターにそれを戻してから食堂を出た。二人は雪次が食堂を去るのを見送ると、再び昼食に手を付けようとした。
ふと、壁にかかっている時計が勇気の目にチラと入った。時計の針は一二時三〇分を指していた。
「恵良さん、まずいですよ! あと三〇分しかない!」
勇気は狼狽してもう食べている時間がないことを恵良に伝えた。彼に言われて時計を見た恵良も俄かに慌て始め、二人は急いで昼食をかきこんで食堂を出た。
急ぎ足で食堂を出て訓練室へと着いた二人は、礼人にどやされながらシミュレータの中に入った。すると、二人がシミュレータに入った直後、雪次が遅れて訓練室に入ってきた。
「おい、お前も遅れてきたのか雪次。しかも新入りよりも遅いってどういうこったよ?」
「まあまあ、礼人。そんなにカッカしないで」
雪次に噛みつく礼人を、賢が制止する。雪次は二人に遅れてきたことを詫びた後、シミュレータの中に入ろうとした。しかし、入ろうとした彼を賢が止める。
「どうした?」
「あの二人と戦うときに注意してほしいことがあります」
いつになく真面目な表情の賢を見て、さすがの雪次も訝しむ。
「……なんだ」
「彼らは今の一般兵上がりとは思えないほど強いです。勿論、個々の能力は高いですし、チームでの強さもあります。十分に気を付けてください」
「……ありがとう。参考にする」
雪次は賢の言葉に少々困惑しながら、シミュレータの中に入った。賢の言葉には、礼人も困惑の色を隠せなかった。
「本当かよ?」
「ええ。チームプレーとはいえ、僕を何回も追い詰めましたから。『こりゃ負けた』と思った時も何度もありましたよ」
賢は苦笑しながら礼人に返した。礼人は半信半疑になりながら三つの白い巨大な箱を見つめていた。
賢と模擬戦を行った時と同じ大海原のステージで勇気と恵良がシミュレータの中で軽く《燕》を動かしていると、二機のレーダーに一つの反応が出た。二人がレーダーが反応がする方を向くと、一機のSWが向かってくるのが分かった。
そのSWは銀色のメインカラーに黒色の縦縞が所々に入っており、頭部のアンテナを見るに《剱》を改造したSWだと二人は察した。さらにそのSWからは、腰部にマウントされている武装が近接武装のようなものしか確認できない。賢の《ダーケスト》とは異なり、近距離特化のSWであると二人は推測した。装甲も普通のSWより分厚く、それのせいか《燕》等の一般のSWよりも一回り大きく見える。
機体の威圧感も半端なものではない。機体の大きさと搭乗しているパイロットのおかげで、二人の中に余計に威圧感が増す。二人は生唾をごくりと飲み込んだ。
『聞こえるか?』
雪次の低い声が、二人の無線から聞こえてきた。
二人は、はい、と返事をすると、雪次のSWはおもむろに腰に差さっているものを抜いた。かと思うと、そこから青白いビームの刃が飛び出した。明らかに量産型のSWのビームソードとは異なる刃の色――《燕》や《剱》のビームソードの刃の色は白である――に、二人の操縦桿を握る力は強くなった。
『これから模擬戦を始める。全力でかかってこい』
雪次はこれだけ言って無線を切った。しかし、二人はいきなり突撃せずに雪次の出方を窺っている。二人は雪次のSWと数十秒間睨み合っていた。スラスタの噴射エネルギーが噴き出る音のみが響く。
その数十秒後、雪次のSWの姿勢が前傾姿勢になった。今から飛び出すという合図を二人に送っているかのように、ゆっくりと姿勢を前に傾ける。
その直後、勇気の《燕》がビームソードを右腕にグリップした。
――行くぞ!
勇気の《燕》は雪次のSWに向かって飛び出した。それに引っ張られたかのように、恵良の《燕》もビームソードを展開しながらブースタを吹かした。
三機のビームソードが一斉にぶつかり、火花と轟音を散らせた。
水面が大きく波立った。
勇気、恵良、雪次の三人が模擬戦をしているとき、雪音は軍用車を走らせて台場へと向かっていた。台場とは、無論『ナンバーズ』が初めて本土に進出し白金重工業のビルを狙うために降り立った場所であり、ナンバーズの「3」が腕と重火器を落とした場所でもある。現在台場では、それらの引き揚げ作業が行われている。彼女はその様子を見るのと、同じくその現場を視察している政府の高官たちに「3」が遺したものを討伐部隊に回してもらう約束を取り付けようと現場に向かっている。
雪音は元々軍に所属するSWの開発部に勤めており、SWの知識なら軍の誰よりも持っていることは自他ともに認めていた。さらに、討伐部隊には彼女が推薦した優秀なメカニックたちが数多く所属しており、彼女と所属メカニックでならその『化け物』の解析は早く終わり対策も立てられると考えていた。
そして、雪音の判断はSW開発部所属時代から絶大な信頼がおかれていた。自分が自信があると言えば、ある程度のことは認められている。彼女はそのことを自負していた。
雪音は車を走らせてから三〇分ほどで現場に着いた。軍用車を適当なところに停め、厳重な警備がなされているところへいつもの白衣から証明書を取り出して現場に入る許可を得る。
現場に入ると、二、三機の《燕》がクレーンが取り付けられた大型船の周りを取り囲んでいるのが見えた。
「引き揚げはどこまで終わっているんだ?」
「はっ。先ほどアサルトライフルの砕けた銃身の一部を引き揚げたところであります」
「そうか。すべて引き揚げるにはどれくらいかかるか上から訊いているか?」
「はっ、自分の上官が申しておりましたのは、全て引き揚げるのにあと一週間はかかると」
引き揚げ現場にいた兵士は、雪音に敬礼しながら答えた。雪音はコクリと頷いてその場を後にし、海岸沿いまで向かう。
海岸沿いには、既に背広姿の人が何十人と到着していた。その周りには、彼らのボディーガードだろうか、軍服姿の男たちが取り巻いている。その厳格そうな場所に、雪音は臆せず踏み込んだ。
「お取込みのところ、失礼します。日本国防軍特殊活動部門所属『ナンバーズ』討伐部隊隊長の水城雪音であります」
雪音が敬礼をして挨拶したところ、背広姿の人たちと軍服姿の男たちが何人か振り返った。その中の、えんじ色のネクタイを締め、ねずみ色の背広を纏った眉毛まで毛が真っ白な老人が笑顔を見せて彼女に歩み寄る。
歳はゆうに七〇を超えているかのような皺だらけでやせ気味の身体、優しそうな風貌でありながら、背広姿の集団の中では異様な存在感を放っている。背広のポケットには国会議員のバッジが付けられている。
「これはこれは水城少佐、横須賀からここまでご苦労様です」
「いいえ、『ナンバーズ』討伐部隊と名乗っているからには、これくらいの視察は当然だと思いますから」
老人が雪音を労う。それに対して彼女は無表情で応える。
「それに、私がここに行くことは貴方の秘書に連絡を入れているはずですが、田の浦『中将』」
「おお、そうだった。私の秘書が『雪音少佐が来られる』と言っていたな。これは失敬」
雪音は老人のことを『中将』と呼んだ。
田の浦晋一。日本軍の空軍の元中将であり、現在は国会の衆議院議員を勤めている。現在の日本の与党である『日本自由の会』に所属している有力な議員である。
なぜ雪音が彼のことを『中将』と呼んでいるのかというと、三年前の『ナンバーズ』の初襲来の当時彼が中将を務めており、襲来の直後に真っ先に討伐部隊の設立を訴えた人物であり、その隊長に立候補した彼女をほかの候補者――その中には白金重工業の社長が推薦した人物も含まれていた――がいるのにも拘らず推薦した人物でもあるからである。しかし、彼女が討伐部隊の隊長になった直後、彼は突然中将の職を降り、選挙で当選して国会議員になっている。
このようなわけで、彼女は彼に頭が上がらないと思っている。
「ははは、もう私を中将と呼ぶのはやめたまえ」
「……これは失礼いたしました」
気さくに笑う田の浦に対し、雪音はかしこまる。田の浦は雑談もそこそこに、彼の横にいた黒い背広を着ている秘書に、席を外す、と言って雪音とともに軍用車の前まで移動した。
二人が移動すると、雪音が早速切り出した。
「田の浦さん、少しだけ伺いたいことがあります」
「なんだね?」
「あの残骸は、どこに接収される予定なのでしょうか? 我々の耳には何一つ入ってきておりません。撃墜したその日から軍の上層部に連絡を取っているのですが、一向に返事が来ないんです。上の判断は一体どうなっているのでしょう?」
雪音の問いかけに、田の浦は唸りながら俯いた。その様子を彼女は訝しんで見つめる。
「……どうなさったのですか?」
「実は――もう決定してしまったのだ。この残骸が白金に接収されることが」
望まぬ結果に、雪音は眉をひそめた。田の浦が話を続けるが、顔色と声色は暗いままである。
「自分で言うのもなんだが、私には防衛省に多くのコネがある。官僚たちには可能な限り根回しをしたんだが、『自由の会』の幹部連中に先を越されてしまってな。聞いた話によれば、討伐部隊が組織される前からそういう契約がなされていたらしい。力になれなくて本当にすまないと思っている」
雪音の前ですっかり覇気がなくなってしまった田の浦を見た雪音は、何も言わずに彼を見つめていた。討伐部隊に『ナンバーズ』に遺したものを回すように、彼はできるだけ働きかけた。これは、雪音は彼に信用されているということになる。自分を信用してくれて尽力してくれた田の浦に、彼女は何も言うことができなかった。と同時に、襲撃前に彼が言ったような取り決めがなされていたことについて、『日本自由の会』と白金重工業に失望の念を抱いた。
「……結局、カネ、ですか」
「どうやらそうらしい。私はこの目で見た。『日本自由の会』の幹部の子息が、白金の株主総会に数多く参加しているところを。どうせ幹部たちは白金から何かポケットに入れてもらっているんだろう」
「ずぶずぶですなぁ……」
雪音が返すと田の浦は自嘲気味に笑い、私はびた一文ももらっていないぞ、白金に嫌われているからな、と笑みを見せながら冗談めかしく雪音に語り掛ける。
雪音もまた自嘲気味な笑みを返した。否、彼女は笑うことしかできなかった。日本の軍事の中心が腐敗してあまり機能していないことは知っていたが、これほどまでに腐っているとは思ってもいなかったからである。
二人が静かに笑っていると、雪音の耳に誰かの足音が入ってきた。ふと見ると、田の浦の秘書が歩み寄ってくるのが分かった。彼女が視線を秘書に向けると、田の浦もつられるように秘書のほうを見た。
「先生。お話し中申し訳ございませんが、白金重工業の役員の皆様がこれからお見えになります」
「おお、もうこんな時間か。すまないな、水城少佐。まだ話したいことがあるかもしれないが、私はこれで失礼するよ」
「いいえ。話す時間を設けてくださったこと、感謝しております」
雪音は深々と礼をした後彼に向って敬礼をした。田の浦は雪音に向って微笑みながら敬礼を返して、秘書とともに元いた場所へと戻っていった。
雪音は敬礼の姿勢を崩さずに田の浦の後姿を見送った。田の浦が他の背広姿の男たちと合流したのを見届けると、雪音は車に乗り深くため息をついた。
「……うちに回ってくることは無いな」
そう言った後雪音は車のキーを回し、帰路についた。舌打ちの音が、車内に空しく響いた。
勇気、恵良、雪次の三人での模擬戦が始まって、およそ五分。三人の機体は海上を縦横無尽に動き回り、時々衝突ということを繰り返していた。しかし、その衝突は雪次の機体、《陰陽》が優勢である。ビームソードのつばぜり合いをしようとした二人の《燕》は、いとも簡単に押し返されてしまうのである。
圧倒的出力――討伐部隊の三機のうちの、《陰陽》の強みである。他国のSWや《燕》なら簡単にはじき返すことができるほどの出力を誇っている。さらにその出力のおかげで、重装甲で一見鈍重に見えるこの機体を無理矢理にでも機敏に動かすことができる。
勇気と恵良の二人は、機敏に動く重装甲の凶器に翻弄され続けていた。
「ビームソードが通じない……。どうすれば――」
勇気は悉く押し返されるこの状況に焦っていた。正面から向かっても攻撃が通じず、ビームライフルも簡単にかわされ、回り込もうにも相手の機動力のせいで叶わない。なんとか雪次の攻撃は凌いで生存しているが、それだけである。
同様に、恵良も焦っていた。いつまでたっても決定打を与えるどころか一機に押されている現状に、苛立ってもいる。
すると、突然《陰陽》が動きを止めた。二人の《燕》に挟まれながら、頭部を動かし二機を確認している。二人も《陰陽》に合わせるようにして動きを止める。
「……なんだ?」
勇気が怪訝に思いつつ警戒を解かずに《陰陽》を見つめていると、それは動いた。
《陰陽》は恵良の《燕》の方を向いたかと思うと、目にもとまらぬ速さで弾丸のように突っ込んでいく。一瞬の不意を突かれた恵良はシールドを展開するのが精一杯で、量産型のシールド一つで重装甲のSWの一撃を受け止めた。
飛び散る火花。シールドは一瞬のうちに左手ごと溶断されてしまった。恵良の《燕》は後方に大きく下がった。恵良は茫然としながら、アラームの鳴るコクピット内でモニタに映る《陰陽》を見ていた。
なにより恵良が驚いていたのは、この一撃が片腕で行われたことである。もし両腕で十字斬りでもされようものならその場で四散していたと思うと、恵良は恐怖で震え、目を見開いた。
「……何なの、あのパワー!」
後退した恵良の《燕》を、《陰陽》は容赦無く襲う。前傾姿勢を取り、ブースタを全開にする。噴射音がおぞましいほどに周りを包み込む。
「させるかぁっ!」
勇気が吠え、《燕》のブースタを全力で吹かして《陰陽》に近づこうとする。右手にはビームソードではなく、ビームライフルがグリップされている。彼は《燕》のブースタを吹かしたすぐ後に、ビームライフルの引鉄を引いた。雪次はそれに気づき、ブースタを咄嗟に左方向に吹かしてかわそうとした。
しかし、一発の光弾は、《陰陽》に致命傷こそ与えなかったものの胴体の装甲を一部吹き飛ばした。勇気の《燕》が放ったビーム弾は進路上にいた恵良の《燕》の脇腹の部分を掠るように通り抜けたので、彼女の機体にダメージはない。
《陰陽》のコクピット内にいた雪次は、フッと息をついてモニタ越しに勇気の《燕》を睨む。
「……俺もまだまだだな」
《燕》を睨んだ後、雪次は目を閉じて自嘲気味に独り言ちた。
対して、漸く《陰陽》に一矢報いることができた勇気は内心でガッツポーズをかましながらも捕捉は怠らず、さらなる一撃を加えようとした。垂直方向にブースタを吹かし、《陰陽》よりも高高度へポジションを移動しようとする。
しかし、雪次も負けてはいなかった。勇気の《燕》よりも速く、高くポジションを取ると、一直線に勇気の方へと加速する。先程の目とはうって変わり、獲物を仕留めんとする猛禽類のような眼光で、勇気に近づく。
勇気はビームライフルをマウントし、再びビームソードを展開。迎撃の態勢に入る。
「来るなら……来い!」
勇気は、自分に言い聞かせるようにコクピット内で声を張り上げた。先程の恵良の《燕》への一撃を見ても、彼は怖気づかなかった――怖気づいたら負けだと、彼は自分に言い聞かせた。二機の距離は一気に縮まる。
すると、《陰陽》の左腕が動いた。二本目のビームソードを展開したのである。これで《陰陽》はシールドを咄嗟に展開できなくなった。守りを捨て、一気に決着をつけようとしている。
「《燕》でこのパワーを受け止められると思うか。甘いな!」
二機の距離が九〇メートルになった瞬間、《陰陽》は右腕を振りかぶり、一気に《燕》の頭上に振り下ろした。
――来た!
勇気はこの動きを読んでいたかのように、ビーム刃が展開されているビームソードを虚空に突き上げた。しかし、ただ闇雲に突き上げたのではなく、《陰陽》の胸部にビーム刃が来るように角度が決まっていた。このままそれが突っ込めば、《燕》は斬られずにそれだけが串刺しになる。彼は雄たけびを上げながら突きの動作を繰り出した。
しかし、《燕》は、そのまま天を突いた。勇気は呆気にとられた顔でレーダをチラと見ることしかできなかった。
《陰陽》は、《燕》の真正面から左に三〇度ずれたところにいた。ブースタを吹かし、突きを避けたのである。
「発想はいい。だが、惜しかったな」
《陰陽》の右腕の振り下ろしは止まらなかった。
勇気の《燕》は縦に両断された後、左腕のビームソードで横に薙がれて爆炎とともに四散した。