訓練再開
勇気と恵良が医務室の中で夕食を取った後、二人は雪音が運んできたワゴンの中にプレートを戻し、彼女はワゴンを押して医務室を出ていった――二人はその姿をいつもの通りに敬礼して見送った。恵良は夕食をとり終えた後も医務室に残り、勇気と短い時間を過ごした。
二人の口数は少なく――何せ共通の話題が少ないのだ――、話したことといえば恵良が本日受けた訓練のことのみであったが、二人はとても充実していた。二人が話した時間は短かったが、二人は、特に勇気は、部隊の人間――しかも同期である――と親睦を深めることができたので心理的に満足することができた。
壁にかけられた時計の針が七時を指すころ、雪音が医務室に入ってきた。医務室に入ってきた彼女は、恵良にお見舞いの終了を告げた。すると、雪音の指示に従って医務室を出ようとした恵良を、勇気が呼び止めた。
「……今日は本当にありがとうございました。こんな自分に付き合ってくれて、感謝してます」
「どういたしまして。私の方こそ、勇気さんとお話できてとても楽しかったです。早く復帰してくださいね」
恵良が勇気にお辞儀と微笑みとともに返事をした。彼女の可愛らしい微笑みを見た勇気は頬を少し赤く染めて、はい、と俯きがちに返事をした。
そして恵良は医務室を出たが、雪音は医務室に残っていた。雪音は勇気のことを見つめるだけで何もしようとはしない。
「……隊長?」
「気分は晴れたか?」
雪音の問いに、勇気は口角を上げて頷いた。彼は随分と心が軽くなったように感じていた。その幼子のような純粋な笑みを見て、雪音もまた笑みを浮かべた。
「そうか、よかったな。この調子だと、明日には復帰できそうだな」
「本当ですか?」
「私は医者じゃないから判断できんが、澄佳なら今のお前を見てオーケーのサインを出すだろうな」
雪音はそう言うと、身を翻して医務室を出た。勇気はその姿を敬礼しながら見送ると、ベッドに横になった。身体の痛みは殆ど消えていた。今夜は気持ちよく眠れそうだ。彼は復帰できることを心待ちにしながらベッドに寝転がっていた。
勇気の見舞いに出向いた後管制室に戻った雪音は、そこで様々な書類に目を通しながら椅子をキィキィといわせて笑みを浮かべていた。彼女の脳裏には、先程一緒に夕食をとっていた勇気と恵良の二人の微笑ましい様子が浮かんでいた。昼と夕方で、勇気の心情が大きく変わっていたことを、雪音は感じていた。
「懐かしいな。私にもこんな時があったな……」
雪音がそう呟いた直後、顔から笑みが消えた。椅子を動かすのも止まり、彼女は下唇を少し噛んだ。彼女は手に持っていた書類を管制室の机に放り投げるようにして置くと、徐に立ち上がった。
「深刻なことを勝手に思いだして考えていた、か……。私も同じだな」
勇気の恵良に話した言葉を思い出しながら自嘲気味に、雪音は言葉を吐きだした。吐き出した言葉は震えており、覇気もない。
雪音は背中を丸めてシャワールームへと歩を進めた。その背中には、どこか哀愁が漂っていた。
翌日、勇気は昨晩早く寝たせいか午前の四時に起床した。目をこすり欠伸をしながら伸びをした彼は、身体に痛みが全く残っていないことを実感した。彼の眼前には、当然といえばそうだが、澄佳の姿はなかった。二度寝はまずいだろうと思い、彼は少しの暇をぼうっとして過ごしていた。
時計の針が五時を指した頃、医務室のドアがノックもなしに開かれ、そこから澄佳が入ってきた。すでに起きていた勇気を見て、今回は彼女が驚く立場となった。
「もう起きてたの?」
「はい、目が冴えてしまって――」
それから勇気は、『退院』できるかどうかを澄佳に診察してもらった。勇気の身体の隅々を動かした結果、澄佳は彼にオーケーを出した。勇気は晴れて本日で訓練に復帰できるようになった。彼は晴れやかな顔で澄佳に礼を言い敬礼をすると、自分が使っていたベッドの周りを片付けた後、雪音にこの日で訓練に復帰する旨を伝えるために管制室へと足を運ばせた。
勇気が出ていった医務室に一人佇んでいる澄佳は、パイプ椅子を引っ張り出してそれに座り、太ももの上にノートパソコンを開いて雪音にメールを送ろうとしていた。『送信』のボタンをクリックしてノートパソコンを閉じ、一息つくと、澄佳は昨日恵良に相談されたことを思い出していた。
澄佳が思い出していた記憶の中の恵良は、焦りと悲しみを表情に押し出していた。澄佳が笑みながら勇気へのお見舞いの理由を訊くと、恵良は泣きそうな顔になりながら理由を話していた。止めるような理由もなかったので――それどころか恵良と勇気をまともに話させるとどのようなことになるのか興味さえ湧いていた――、彼女はお見舞いを許可した。
「……元気になったみたいだね、勇君」
澄佳は独り言ちて笑みを浮かべた後、パイプ椅子を片付けて医務室を出た。
午前の六時を過ぎたころ、勇気は管制室の前に着いた。しかし、失礼します、と何回も断りを入れても雪音から返事が来ない。寝ているのだろうかと彼は思い、いけないことだと思いながらドアについているセンサに触れて管制室のドアを開けた。
そこで勇気が目にしたものは、大量の書類に囲まれながらデスクに突っ伏して寝ている雪音の姿であった。やはりまだ寝ていたかと彼は思い、失礼しました、と囁くように言いながら退室しようとすると、雪音がもぞもぞと動き始めて起床した。彼女が動き始めると、山積みになっていた書類がバサバサと音を立てて床に落ちた。腕を伸ばして伸びをし、目をギュッと瞑った後首を後ろに反らせた。彼女の長髪の先が床につきそうになっている。
「……隊長?」
勇気のその一言で、雪音の目はパッチリと開いた。目の周りがうっすらと赤くなっている。雪音はすぐに体勢を戻して、椅子ごと身体を彼の方へと向ける。
「もう来たのか。どうした?」
「澄佳先生から、訓練開始の許可をいただきました。今日から訓練に復帰させていただきます。二日間ご迷惑をおかけしました」
勇気の言葉を受けて、雪音は椅子ごと身体を机に向けて電源をつけっぱなしにしていたノートパソコンを開き、メールを確認した。雪音のメールボックスには、澄佳からのメールが勇気のカルテ付きで送られていた。それを確認し、もう一回彼の方を向く。
「分かった。確かに、許可は得ているな。今日から訓練再開だ。シミュレータはまだ使ってはダメだがな」
「分かりました。これから精一杯訓練に取り組みます」
勇気は敬礼をして、失礼しました、と言って退室しようとした。そこを、雪音が呼び止める。
「ちょっと待て。言い忘れた。八時からここでミーティングをするから、遅れるなよ」
「はい。分かりました。失礼しました」
勇気は敬礼をし直し、今度こそ管制室を退出した。今日からまた新しい一日が始まると思うと、彼の気持ちは引き締まった。しかし、遅れた分を取り戻さなければという焦りは感じていなかった。唯々、訓練のことで頭がいっぱいになっていた。
七時を回った頃、勇気は食堂にいた。勇気が朝食が載ったプレートをテーブルまで運んでいると、恵良と遭遇した。恵良を見た途端、彼の足は止まり棒立ちになった。恵良が彼の方へ駆け寄ってくる。
「勇気さん! 復帰できたんですか?」
「は、はい」
「よかったぁ! これで一緒に訓練できますね!」
二人は、二人一緒に訓練できることを喜び合いながら朝食に手を付けた。しかし会話の中では、恵良の方は勇気に饒舌に話しかけてくるが、彼は相槌を打つことしかできていなかった。恵良は勇気が彼女を見て照れているのに気付いていなかった。勇気は、復帰して一番喜んでいるのは自分自身である筈なのに、それでも意気揚々と恵良と会話があまりできていないことに違和感を感じつつ食事を終えた。
朝食をとり終えた二人は、八時のミーティングに間に合うように管制室へと向かった。七時三〇分に管制室へと着いた二人が、失礼します、と管制室のドアを開けると、そこには既に先輩である礼人・賢・雪次の三人が横一列に並んでいた。
「おせーぞ」
真ん中に立っている礼人が二人を睨みながら苦言を呈する。二人は縮こまって、遅れてきた――それでもミーティング開始時間より三〇分早く来たのだが――ことを謝って、一番右に立っている賢の隣に勇気・恵良の順に並んだ。
五人が直立不動のまま二〇分近く雪音の到着を待っていると、管制室に雪音が入ってきた。しかし、早朝に着ていた筈の白衣を着ておらず、手袋こそつけていないものの討伐部隊のものらしき水色の制服を着ている――胸当ての色は他の人と同じく白である――。五人がポカンとしながら雪音を見つめる中――勇気と恵良の先輩である礼人・賢・雪次の三人もまるで初めてこの姿を見た風な顔になっていた――、傍から見れば小学生にしか見えないほどの『平坦な』体型の彼女が、少し機嫌が悪そうな顔をして五人と向き合う。
「諸君、おはよう」
「……隊長、白衣は?」
礼人の質問に、雪音は五人の後ろを指さすという形で答えた。五人が一斉に振り向くと、そこには乱雑に床に落ちた書類と、クシャクシャになった白衣が放られていた。まるで自棄になったかのような乱雑ぶりである。
「これから朝のミーティングを始める」
雪音が号令をかけると、五人は彼女のほうを向き一斉に敬礼をした。
「昨日も一日中管制室でレーダを監視していたが、奴らは現れなかった。『ナンバーズ』の赤い奴の腕と堕とした銃火器もまだ引き揚げが終わっていないので、《オーシャン》は出航せずにここ横須賀に三週間ほど停泊する予定になった。今日も皆訓練に励んでくれ」
《オーシャン》とは自分が今乗り込んでいる航空艦のことだろうか、と勇気と恵良の二人は考えつつ、先輩たちと同時に威勢の良い返事をした。
「引き揚げにはどれくらいかかる予定でしょうか? それについての情報は入ってますか?」
「上の奴らが言うには、一週間もあれば終わって解析に入れるそうだ。まあ、こいつらの言うことなどとても信じられんがな。私は引き揚げの現場に行くかもしれんから、その時はこの艦を頼んだ」
「分かりました」
雪音は賢の質問に淡々と答えた。
「礼人、賢、雪次の三人はこれで以上だ。勇気、恵良、お前らはここに残ってくれ」
礼人・賢・雪次の三人は返事と敬礼をし、管制室を出た。三人が管制室から出たのを確認した雪音は、机の方向へ向かい床に落ちている白衣を取ってそれを羽織ると、乱雑に散らかった書類を片付けながら勇気と恵良に指示を出す。
「何度も言うようでくどいと思うが、お前たちはシミュレータは一週間使えない。先輩たちにトレーニングの方法を聞いて訓練してくれ、特に勇気。必要ならば、先輩たちに見てもらうのも構わん。私が許可する」
「はい」
「あと、二人の《燕》の状態を討伐部隊専属のメカニックに見させてもらった。勇気のは改修すればまだ使えるが、恵良のは大破していて使い物にならない。新しいものが配備されるのにも数週間かかる。それまで待っていてくれ。話は以上だ」
二人は雪音に同時に返事をして、敬礼をして管制室を出た。
訓練室に到着した二人は、シミュレータに入る直前の礼人を捕まえてトレーニングのメニューを聞きだした。
「……なんで俺がお前らのトレーニングを見てなきゃなんねーんだよ。こっちにも訓練があるんだぞ」
「お願いします、隊長に許可は頂きました」
勇気が頭を下げて礼人にお願いをしていると、賢が歩み寄ってきた。
「まあまあ、いいじゃないですか、礼人。勇気君と恵良さんがどれだけスタミナがあるか、見ておいた方がいいんじゃないんですか? それに、シミュレータでの監督不行き届きの件もありますし」
「うるせえ! ああ分かったよ、やればいいんだろ、やれば! それに恵良の分は昨日見ただろ」
礼人が喚き散らすように賢に言うと、まだ何かをぶつくさと言いながらトレーニング用の器械を準備し始めた。それを見ている勇気と恵良に、賢が耳打ちをし始める。
「礼人、あなたたちがシミュレータで怪我した件で、隊長にこってりと叱られましたからね。当分は隊長の名前を出せば、ある程度は言うことを聞いてくれると思いますよ」
二人は賢に向き直って二回頷いて、礼人の方を再び見た。礼人は早々と準備を終え、二人のところに向かってくる――賢は二人に耳打ちした後シミュレータの方に行ってしまった。
「ほら、準備できたぞ、俺が指示することを完璧にこなせ。こなせなかったらメニュー追加だ」
礼人が用意したものは、二つの懸垂マシンと複数のダンベルのみであった。異様に少ないトレーニング用の器具に、勇気は思わず恵良の顔を覗き込んだ。恵良は何故か緊張した面持ちでそれらを見つめている。その緊張した面持ちを覗き込んで、彼は恵良が話してくれた訓練の内容を思い出した。
――シミュレータを使えない間は『基礎体力』を付ける訓練をするんですけど、それが本当にキツかったです! 何せ日本軍のレンジャー部隊の訓練よりも多いメニューを素早くこなさなくちゃならないんですから……。私は女性ですが、先輩方に無理を言って男性と同じメニューにしてもらいましたけど、本当にきついです……
『基礎体力』を付ける訓練が始まった。
二人はまずストレッチを軽くした後、腕立て・腹筋・スクワットといったトレーニングを制限時間付きで課された。その量は尋常ではなく、勇気が第3部隊で行っていた数倍の量を課された。当然、二人はついていけるはずもなく、『追加メニュー』と称したトレーニング――内容は腕立て・腹筋・スクワットと変わらないが――を課されてしまった。それが終わると、既にばてきっている二人は懸垂マシンの前に立たされた。
「――ここからが、地獄ですよ」
恵良が勇気に向かって呟くように忠告した。
礼人から二人に課された懸垂の課題は、軍隊式の懸垂の方法で二〇回懸垂を行うというものであった。体力がほとんど残っていなっかった二人にとって、この懸垂は二〇回どころか十回行うのも厳しいものであった。礼人の叱咤を受けながら最後の力を振り絞り、懸垂のノルマを終えると、二人はKOされたボクサーのように床にダウンした。
「よし、これから三〇分の休憩だ。休憩が終わったらまたトレーニング始めるぞ。いいな?」
礼人から号令がかかると二人は身体を起こし、はい、と弱々しく返事をした。
結局この日は懸垂以外で礼人から課されたノルマを一発で達成できず、二人は何度も何度も追加されるメニューをこなさなければならなかった。そのせいでしばらくまともに身体を動かしていなかった勇気は午前の訓練が終わった後しばらく立つことができなくなっていた。しかし彼は、こんな訓練じゃまた身体を壊してしまう等の愚痴は吐かず、ただ先輩についていこうとだけ思っていた。たとえどうなろうとも、それが自分が強くなることができる道だと信じて、必死について行った。
壮絶な『基礎体力』を付ける訓練を始めてから一週間後、二人の環境に変化が現れた。二人についにシミュレータでの訓練の許可を与えられたことと、恵良に女性用の討伐部隊の制服が与えられたことである――色は雪音が着ていたものと同じ水色である――。
恵良は、最初は胸当てを装着していても彼女の身体の凹凸が分かるほどにピチピチだった制服を着て戸惑っていたが、サイズや身体については全く言われず皆から似合っていると言われて、ピチピチの制服のことを気にすることは減っていった。
恵良の制服のお披露目が終わると、二人はシミュレータに入りフルフェイスのヘルメットとX字の形をしたシートベルトを装着、ヘルメットのバイザーを閉め、シミュレータの電源を起動した。二人はシミュレータに入ると緊張感や胸の昂ぶり、懐かしささえ覚えていた。二人の《燕》は、シミュレータ内に作り出された大海原の上を飛行している。
『勇気君、恵良さん、こんにちは。黒沢賢です。今日は僕と模擬戦をします。どうぞお手柔らかに!』
シミュレータ内の無線から、賢のにこやかな声が聞こえてきた。それから二人が少しの距離を飛行していると、レーダーにSWの反応が現れた。二人がそのSWを目視で確認すると、それが二人が初めて『ナンバーズ』と対峙した時に救援に現れた討伐部隊の三機のうちの紺色のSWだと分かった。二機の《燕》が、紺色のSWと向かい合う。
賢が搭乗しているSWは、見た目は《蓮華》に似ているが、通常は付いていない箇所――ヒトで言えば太腿の裏とふくらはぎに当たるところ――にブースタが装備されており、《蓮華》よりも少しすらっとして見える。背部に装着されているバックパック兼メインブースタはかなり巨大で、賢のSWがアンバランスに見える。武装は、右腰部に《蓮華》が装備しているものよりも一回りほど大きいスナイパーライフルを装備しており、もう一方にはショットガンと思しき形の銃を装備している。まだ討伐部隊に入ったばかりの二人には見慣れない武器であった。武器は全て黒く塗装されており、二つのカメラアイが朱く光っていることもあって、傍から全体像を見ると色合いから非常に禍々しく見える。
二人は少し賢のSWを観察すると、よろしくお願いします、と声をそろえて彼に挨拶をした。
『僕の模擬戦は課題を設けて行います。課題は、捕捉、です』
二人は賢の話を真剣に聞いている。
『簡単なことです。僕があなたたちから逃げ回りながら攻撃するので、僕に攻撃を当てて撃墜してください。僕は自分からあなたたちに向かっていくようなことはしません。ただ逃げるだけです。連携してでも、個人プレーでも、方法は何でも構いません。それでは始めましょう』
そう言うと、賢のSWはブースタを後方に吹かして二人のもとから全速力で離れていった。目では追うことができるが体がついていかない――勇気は全速で引いていく『敵』を見てそう感じた。『ナンバーズ』程ではないが、スピードが《燕》と段違いだと、勇気は絶句していた。
『追いましょう、勇気さん』
「――は、はい」
勇気は恵良の無線での呼びかけで我に返り、ペダルを思い切り踏んだ。
二人は全神経をレーダーに注ぎ、賢のSWがどこに逃げたかを窺っている。二人は賢のSWを、《蓮華》とフォルムが似ていることと大型のスナイパーライフルを装備していることから、遠距離特化の支援型SWと推測していた。ならば搭載されているレーダーも《蓮華》のものを改良したのを使っており、《燕》のレーダーの範囲外からの攻撃は容易だろう、とも、二人は推測していた。
「恵良さん、どうやら……弾に当たらないように突っ込むしかないようですね」
『――私も同じことを考えてました』
恵良が勇気に、少し驚いているような口ぶりで返す。二人には模擬戦中だというのに、笑みが零れていた。
しかし、勇気は口に出してから真面目な顔になってまた思案した――どうやって弾に当たらないようにする?
賢のSWの射程外でまごまごしていてもいつまでたっても撃墜できないが、かといって不用意に射程圏内に入れば大型のスナイパーライフルで狙撃されてしまう。勇気はその場に《燕》を留めて俯きながら考えた。すると、恵良から通信が入る。
『――二人で編隊を組んで、相手を攪乱しながら突撃するのはどうでしょう……か?』
恵良の自信なさげな言葉で勇気はさらに深く思案すると、顔を上げた。
――一か八かだ。
「やりましょう。俺が先行します」
勇気は覚悟を決めて《燕》のブースタを吹かした。二機は互いが並行になるように位置取ると、五〇メートルほど間隔を空けて上昇した。そして被弾を避けるために、二機で螺旋を描くように飛行する。その時二人はレーダーを注視しながら慎重に索敵をしている。
すると、先行していた勇気の《燕》のEセンサーが鳴り響き、そのすぐ後に恵良の《燕》のEセンサーも反応した。二機の《燕》は一旦動きを止める。二機のコクピットの中を緊張した空気が包む。
「二時の方向、五〇〇〇メートル先――」
勇気は呟くと、少し息をついた。目視では確認できない距離の先に賢のSWは留まっていた。二人は賢のSWを撃墜するためにレーダーを頼りに《燕》を突進させる。その際も編隊飛行と回避行動は怠らず、先ほどよりスピードを上げてそれににじり寄っていく。
二人の操縦桿を握る強さは、にわかに強くなった。表情も緊張でこわばっている。二人の額には、汗が滲んでいる。
――墜とす!
勇気は全速力で《燕》を突進させる。恵良も負けじとついていく。賢のSWとの距離はどんどん近づいている。
しかし、その数秒後、一筋の光が勇気の《燕》の右肩部を貫いていた。勇気の《燕》のコクピットに振動と衝撃が伝わった時、彼は茫然とした顔で機体の中に取り残されていた。
――……え?
勇気の《燕》はきりもみ回転しながら着水、巨大な水柱の中へと消えていった。