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第六十話:カオス(混沌)への誘い





 夏樹は困惑していた。桜台大間市を襲ったテロ犯罪組織『crown』。その奇襲の首謀者であるシバと呼ばれる男。その男がいま自分の目の前に居て、気を失っているのだ。




「どういうこと? あんた達がこの奇襲の犯人じゃないの?」




 ランと呼ばれる少女が気を失うシバを抱える側近のアルと呼ばれる少年に問い詰める。




「違う! 我々は、はめられたのだ!!」



 それに黒髪を振り上げてアルは否定の声を上げる。自分たちは犯人では無い、自分もはめられたのだ、と…。




「じゃあ、誰が犯人なの? あなた達じゃ無ければ誰が…」




「俺たちじゃなければ…」




 と、先ほどまで気を失っていたシバと呼ばれる男が顔をあげる。




「シバ様!? 大丈夫ですか?傷のほうは…」



「大丈夫だ。……お前はビシュヌの部下だな」 



 シバは自分を心配して仕切りに大丈夫かと聞いてくるアルを退けるとランの顔を真っ直ぐに見据える。




「そうです、私の名前はラン。教えて下さい。あなたが犯人で無いのなら一体誰がこんな事を?」




 問い詰めるようにランがその身を乗り出す。それにシバが何やら苦い顔をする。




 一向に進まない話に業を煮やして、夏樹が問い掛ける。それに、シバがより顔を険しくさせて口を開く。




「……ブラフマーだ」




「ブラフマー?」




 どこの外人さん? と、夏樹は頭をひねる。それもそのはず組織の一員であった月影ならばいざ知らず。全く関係の無いであろう夏樹に固有名詞で犯人を告げられたところで分かるはずがない。




「そ、そんな、待って…。だって、そんな? ブラフマー様は、ブラフマー様は、さっきビシュヌ様と…」




 だが、組織の一員であるランには、当たり前のように分かるらしく、彼女は先ほどまで自分といた男の事を思い出す。

 馬鹿な? そんな馬鹿な? だって、先ほどまで彼は自分たちといたじゃないか?しかも、さも仲間であるように。その場に居ないシバが首謀者であると語り、ビシュヌ様と…




「あぁ、そんな…そんな、そんなぁっ!?」




 ランはそこで、気付いてしまう。いまその首謀者である男はどこに居るのかを、その仲間であった筈のシバをも殺そうとしたブラフマーは誰と居るのかを…



「おっ、おい、ランちゃん?」



 顔を真っ青にしてランが部屋から飛び出していく。一体どうしたんだ? と、夏樹もその後を追おうと飛び出そうとする。



「おい、優男…」




 だが、そこへシバが夏樹を呼び止めた。何だ!? と、夏樹が今度は玄関から外へと飛び出して行ったランに焦りを覚えながら聞き返す。


「確かに俺をここまで追い詰めたのはブラフマーだ。が、裏で糸を引いてるいる主犯は奴ではない」




 シバが立ち上がり、夏樹の方へと歩みよる。何だよ、と夏樹が彼を睨み付けるとシバは笑みを浮かべながらる。



「シバと名乗る奴がいたら。そいつが今回の主犯だ」




「……シバはお前じゃないのか?」




「あぁ、違う。俺はただの身代わりだ。最後の最後で切り捨てられるような、なっ…」



 シバ、いや、シバだった男は夏樹に拳を向ける。そして、ゆっくりとその拳を夏樹の胸元に押し付けるとにぱっと笑みを浮かべる。




「気を付けることだ。シバは狡猾な男だ。何をしてくるか分からない。……周り全てが敵と思え。仲間面をしている奴ほど、信用ならねぇもんだぜ…」



「……いまのお前みたいにか?」




「くっ、くはははは…あぁ、そうだ。せいぜい、気を付けるこったな、空海夏樹」




 そして、夏樹の皮肉にも笑顔で返す偽シバはアルに肩を抱えられ、その場を後にする。夏樹は彼らが夜の闇に消えたのを確認すると、直ぐさま踵を返してランが走り行ったであろう道に歩みを進める。真っ暗な闇夜が嫌に静かで、まるで嵐の前のような雰囲気を醸し出していた。


 



―――――――

―――――

―――

――




「殺してしまったのですか?」



 月影によって己の剣で貫かれたブラフマーに痛々しく視線を向け、ビシュヌが月影にそう聞く。




「いえ…とどめは刺していません。が、このまま放っておけば…いずれは…」




 それに月影がそう答える。月影はビシュヌの問いに答えると、そっとビシュヌの抱き抱える2人に手をやる。



「ガルシュの方は一応の手当てをしましたが、やはり、早急の手術が必要ですね」




 ビシュヌを己の手で殺してしまう事を拒んだガルシュ。彼はブラフマーの剣により腕を切断され、顔の側面を打ち付けられている。おびただしいまでの出血は、ビシュヌの手当てによって今は止まっているが、やはり、危険である事には変わりない。




「……この少女に関しては、一体どうしたものか……」




 次に月影が見るのはビシュヌがブラフマーと合違える事となった発端である藍色髪の少女である。月影は彼女の顔を見て驚いた。なんと、彼女は月影の知る人物だったではないか。

 それは彼の家族。月影が組織を抜けた理由を作った男の家族。世界に対しての価値観が変わった原因である男の妹だったのだ。名前を空海柊。月影を変えた男、空海夏樹の妹である。

 ブラフマーに傷付けられた彼女であるが、月影の持ち得る治療薬で、出来うる処置を施したので、状態は安定し、持ち直している。




「…ゆ……ず…ゆ…ず…」


「ゆず、とはどういう事なのでしょう?月影、分かりますか?」




 空海柊は、ブラフマーの一撃を喰らい瀕死の状態であった。月影が到着した時、生きているのかさえ疑わしいくらいだった。

 だが、彼女は先ほどからうわごとのように『ゆず』という言葉を発している。彼女の言う『ゆず』それは…




「……ビシュヌ」




「どうしました?」




「彼女だけでしたか?」




「えっ?」



 月影は柊のうわごとを聞き、気が付いた。この娘が1人な訳がない。聞いたところによると随分と馴染んでいた様子。クリスマスの教会での姿も本当に仲の良い姉妹であった。『ゆず』、そう彼女だ!




「月影? 一体、何を?」




 月影はそれに気が付くと、すぐさま周りの瓦礫を退け始める。自分が逃がした、小さな小鳥。鳥かごから外を見上げては、飛び立ちたがっていた小鳥。




「……居た」




 月影は柊が倒れていたという場所から瓦礫を押し退け、見つけ出す。彼女はこの静かな商店街で体を丸め、いまにも消えそうに小さく息をしていた。




「月影、その娘は…」



「えぇ、私が逃がしたユニファイの子。以前は7号と番号で呼ばれていたが…いまは、ゆず。柚子という名前なのです」




 ゆっくりと柚子の体を抱き抱えると月影。彼は柚子の顔を確認すると、次に無線機を取り出した。2つ折りの無線機を開き、月影は番号を打つ。




「えぇ、任務は終わりました。分かりました。あと早急に医療班を寄越して下さい。そうですね、佐久間さんを…緊急を要します」




 月影はそれだけを告げると無線機をしまい、再び柊を抱き抱えるビシュヌのもとへと向かう。




「仲間…ですか?」




 月影の通信にビシュヌがそう問う。

 だが、月影は苦笑いをして答える。




「さて、どうなんでしょ? 私は彼らの仲間なんですかね?」




 月影は苦笑いをしながらも、ビシュヌに通信相手が仲間かと聞かれた事に嬉しそうに声を弾ませる。




「少し…妬けるな」




「はっ?」




 その顔を見てビシュヌはぽつりと呟く。




「貴方はいつも私の側にいた。私が上司で貴方が部下。ふふ、飛鳥様が居なくなり、立場は一変しましたけど…」




 柊の髪を透くように撫で上げるビシュヌ。彼女は少し悲しそうに目を細める。




「飛鳥様ですか…」




 ビシュヌの出した名前に月影はややほくそえんだ笑みを浮かべる。




「懐かしいですね…。イシュが居て、私が居て、貴女が居て、あの人が居た」




 月影は思い懐かしい昔を思い出す。それは、昔。自分がまだ少年と呼べる時間だった時の話。




「償いのための戦いか…。ふふ、あるいは私は今もあの人のために戦っているのですかね…」




「どういう意味ですか?」




 ぽつりと呟いた月影の言葉。ビシュヌはその言葉に何か含まれた物がある事に気が付いた。今もあの人のために戦っている。そんな月影の言葉が気になり、ビシュヌはその言葉の意味を月影に聞く。




「さぁ、どういう意味なんでしょうね…ふふ」




 だが、月影は小さく笑い。2人の少女を優しく見守るだけであった。





―――――――

―――――

―――

――








「本物のシバ=サンスクリットだぁ?」




 桜台大間市の警察署で行われた戦い。そこで、いまシバと名乗る男とテロ犯罪組織『crown』の殺し屋・イシュが互いに武器を持ち、睨み付け合っている。




「わかんねぇなぁ。もし、アンタが本物だとして、なんで代わりを置く必要がある?」



 最もな意見だ。

 仮にだ、彼が本物のシバだとして、いち国家の保安部隊に捕まっている状態で、代わりを置くという事は、それはもう、引退を宣言する様な物だった。

 しかし、目の前の人物は今も昔も変わらず己が唯一無二のシバ=サンスクリットだと宣う。



「あー、常人に理解出来なくて結構。私の崇高なる思議に思い至るとは期待していない」



「かっ、なんて、ムカつく野郎だぜ!!」



 語るつもりは無いと本物のシバ=サンスクリットが言うが、それをイシュは良しとしない。

 その態度が気に食わないし、また、自分の知っている偽物と言えるシバとの違いに好奇心が湧く。



「…成り代わりだ」



 と、そこで思わぬ所から解答の返事がやってきた。



「松居警部…」



 木下日陰が労る様にしてその人物、松居忠義(まつい ただよし)を起き上がらせる。

 そうして、ようやっと半身を起き上がらせる事が出来た松井は、吐き捨てる様な口調で蔑む言葉をシバへと投げ掛ける。



「このドグサレは3年前も同じ事をしようとしてやがった」



 3年前の旧・エントランスビル爆発テロ事件。

 そこに松井は現場に居合わせていた。

 そうして、聞いていたのだ。

 このシバという男の計画を…。



「『crown』という組織があった。そいつは過激派を地で行きながらも秩序を保っていた」



 だが、あの日、あの時、それは変わった。

 多少なりとも理念という物かあったその犯罪テロ組織に一滴の闇が潜み堕ちて来たのだ。



「シバってぇのは、何人も居やがるらしい。影武者ってやつだ、そして、こいつはその本体として動いていた」



 当時までは…。



「だが、実の所、こいつの複数人のシバってぇえのは自分が『crown』の頂点に立った時の置き人形だった訳さ」



「あ? おっさん、なに言ってんのかわっかんねぇーぜ、メェン? ジジイだったか、こりぁ? はぁん?」



 要領を得ず、要点を中々語らない松井にイシュは頭をガシガシと掻きむしりながら、松井に簡潔に話せと目で語る。



「まぁ、つまりは頭の挿げ替えをしたかったのさ」



 だが、その返事はまたしても予想外な方から齎される。 

 返事をしたのは、シバ=サンスクリットだったからだ。



「当時の私もまだ動けてはいたさ、でもね、ほら、ハッキリと目の前であぁも自分と隔絶された若さを見せられるとねぇ?」



 邪魔になるだろぅ?



 そう言って、ニタリ、ニタリと嗤うシバ=サンスクリットにその場に居た全員の背筋に何か薄ら寒い物が流れていく。



「飛鳥流、彼はとても良い奴だった」



 ゾッとした寒気が木下日陰の全身を包む。

 松井はシバを憎々しげに見詰めて、イシュは興味深くシバを見詰めた。



「でも、邪魔じゃあないか、あんなに元気にされるとさぁ」



 その言葉を聞いてイシュはシバにも負けない様な笑みを浮かべて彼に語りかける。



「あぁ、そうかい、じゃあ、テメェが巨悪の根源じゃねぇーか、消えろ薄らボケ!!」



 二丁の拳銃を構えてイシュは戸惑いも無くその引き金を引く。


 恨み辛みは慣れた物だがコイツだけは許しちゃおけねぇ。

 何せ、当時、イシュが父とも神とも慕っていた組織のボスを、飛鳥流を本当に殺害した元凶が目の前に居るのだ。

 彼にとって何を躊躇う筈がある。

 そんな筈はない。

 ないのである。


「うるぁあadnptw らあらあらあらあらjgnJm.!!」


「なぁんだぁあっ!!?」



 しかし、そんなイシュの憤怒の一発、いや、複数発も、いきなりシバの目の前に飛び出してきた黒ミリタリー服の男によって阻まれる。

 その身体に全ての銃弾を受け止めて、倒れ伏す男。

 頭部にも銃弾は当たった、即死であろう。


「ふぇええっ!?」


「叫ぶな!! ウザってぇ!!」


 そんな衝撃的な光景に日陰が叫び声を上げるとそれよりも大きな怒号をイシュが上げる。



「おいおいおい…コイツぁまじかぁ?!」



 倒れ伏す黒ミリタリー服の男。

 だが、シバの後ろからまた同じ様な服装の男たちがゾロゾロと出てくる。



「やぁ、いいねぇ。弾避けは沢山用意してあるよぉ」



「チッ、くっそ!!」



 しかして、戦況は不利。

 未だ底の見えぬ幾人かの残敵に比べて、こちらはお子さまとジジイとトリガーハッピーの3人。

 後ろから2人ほど追い掛けてきてはいるが、正直、宛にはならない。



(チィッ!! 悪りぃ事は日頃の行いに障るってなぁ!? 誰の言葉だったかぁッ!?)



 ギリッと犬歯を噛み砕く様に歯を喰い縛るイシュ。



「お子さまぁ、ジジイぃいっ!! テメェら邪魔だあっ!! どっか行けぇえッ!!!」



 そうして、イシュは覚悟を決めて己を鼓舞するかの様に叫び声を上げたのだった。




お久しぶりですが、今はこれで精一杯…。

ごめんなさい。

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