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第五十八話:交錯する者たちの戦場(4)『掴んだその手…』





一体、この男は何を言った?




「我が…クローン?」



一体、この男は何を言っている?




「よく出来た、木偶人形よな。我の力には及ばぬものの、数を集めればそれなり使える。だが、まぁ、そんな個体の無い人形であるお前は故にグールと我らは称するが…」




人形?我が?我らが?個体の無い人形?同じ背、同じ格好、同じ形を持つ我らは人形?

黒ミリタリーの男は、もはや冷静ではいられない。長くに渡り組織にて任務をこなしてきたのは、いつか来る己の幸せのため。どんな危険な任務にも、どんなに辛い訓練にも耐えたのは、いつか来る人間としての人生の為。だが、いまこの修羅という男は何を言った?

お前は、自分のクローン?お前は、個体のない人形?




「うふふ、プログラムというのは、そんなクローンである貴方たちに自我を持たせない為に作られた一種の首輪。だって、そうでしょ?個体の無い貴方たちが自我を持ったりなんかしたら面倒ですもの。記憶もなく、欲望もなく、ただひたすらに任務だけが生き甲斐になるよう作られたのはプログラム…」




「はっ…ははは…馬鹿な……そんな馬鹿な……」




男はそれ以上言葉を発せない。

我は疑問を持つべきでは無かったというのか。我はあのままブラフマーに殺されておけば良かったというのか。よりにもよって、クローンだと?よりにもよって作られた命だと?それでは、我は何者でも無いじゃないか?我は誰でも無いじゃないか?我らは同じ。皆、同じ。ただ作られた模造品。我の記憶があったとして、それは我の人生ではない。我が自我を取り戻したとして、我は結局、人では無かった…

ぐたりと力の抜けた黒ミリタリーの男は、その場に倒れる。涙さえ流れない兵器の自分の体に恨めしささえ感じてしまう。






「……修羅、もういい…時間の無駄」



そんな黒ミリタリーの男を脇目に、柚子が修羅に早くこの場を去るように促す。もはや、彼女にとってこの場所に居る意味はなかった。だから、柚子は修羅に言った。早く、この場所から離れるよう促したのだ。




「ふむ、そうだな…」




それに修羅が同意をする。柚子はそれを確認すると、その場にいる柊の方を見ずに歩く。今度こそ、何者も自分を止めない。柚子は静まり返った商店街を後に、歩みを始める。


ゆっくりと彼女は、そのまま柊に何も告げずに去っていく。ただ、ひたすらに何も考えず。何かを振り払うかのように…。でも、それでも、彼女はふと考えてしまう。ここで過ごしてきた時間のことを思い出してしまう。




それは夢のような生活であった。



それは限りなく奇跡と呼べる出会いであった。

出会ったのは家族で、過ごしたのは平穏。それは、平和な世界の人間なら誰もが手に持つ当たり前の生活。だけれど、彼女にとってそれは、奇跡のような幸せだった。彼女にとってそれは、初めて手に入れた、何物にも代えがたい大切な世界だった。




それまでの彼女の過ごしてきた世界は異常であり、最悪であった。血に腐り、死に囚われ、叫びに貫かれた世界であった。その世界では、誰もが誰かを蹴落とす事を考えるのが通常で、生きる為には戸惑い無く違え合う他者を消していかなければならなかった。

そして、そんな彼女の最初の相手は、それまで仲良くしていた隣の部屋の友達、マーク。

訓練に次ぐ、訓練に彼女たちは耐え。その日初めて外に出る事を許された。初めて出た外は眩しくて明るかった。世界とはこんなにも美しい物なのかと、何度も目を疑った。

しかし、世界の美しさに目を疑った、次の瞬間、彼女は耳をも疑うことになる。




『さぁ、この世界で生きられるのは、この130人の中で1人。時間はたっぷり2時間。その時までに1人の勝者が決まらない場合は、ここにいる全員が敗者。さぁ、殺し合え。他者を蹴落とし、自分を主張し、生き残れ』




ラボという組織の研究所で育った130人もの子どもたちは誰も言葉を話さない。ただ、一概に研究所の職員に言われた事に耳を傾け。1人1人がその手に武器を取った。瞬間、そこは異常異様以上!!誰もが隣の相手に武器を向けて、誰もが自分が生き残る為に他者の命を狙い始めていた。そして、そんな光景に呆然としているその彼女に、1人の子どもがナイフを突き付ける。

それは隣の部屋のマーク。他者の関わりなど皆無だった研究所で初めて出来た親友とも呼べる友達。早く研究所から出て、外の世界で過ごしたいね、と仲良く語った友達。

その時は一緒に外で遊ぼうね、と約束した友達。彼女は血眼で襲い来る親友にその手に持つ生まれて初めて貰った拳銃を向けてしまう。分からなかった。何が起きたか分からなかった。彼女はその日、生まれて初めて貰ったプレゼントで、生まれて初めて出来た親友を、生まれて初めて他者の命を、奪ってしまった。

そこから…。そこから、彼女の、少女の人生は大きく狂い出す。129名もの命を背負った少女は、組織にて更なる命を背負う羽目となる。

兵器と称された自分は世界をより良くするための正義で、必要悪だと教えられた。他者の命を奪うのはその他者があまりにも非道であった為に正義である自分たちが神に代わり制裁を与えたのだと組織に教えられた。




疑問は無かった。いや、疑問さえ沸かなかった。親友の命さえ奪った少女に、それより重い命など有りはしなかったのだ。

少女は無為に戦った。何と戦っているのかも分からずに戦った。その中には自分と同じくらいの子どももいた。だが、戦った。

勝ったのは少女だった。虚しくも悲しくも、生き残ったのはまたしても彼女だった。




そんな、戦うだけの少女の人生にある変化が起こる。それは街で見掛けたある2人の親子。

娘である少女と父親である男性。2人は一緒に美味しそうに公園で売るアイスクリームを食べていた。

それだけ…。

たった、それだけの光景で少女の心にいままでに感じた事の無かった感情が芽生え出す。



『ねぇ、パパ〜』



『なんだい、エミリー?』



『今年もサンタさん、エミリーの所に来てくれるかなぁ?』




『あぁ、もちろんだとも。エミリーは今年も良い子だったろ?』




『うん!エミリー、いっぱい良い子だったよ!?』



『なら来るさぁ。サンタは良い子の所にしか来ないからね。たくさんたくさんプレゼントを持って良い子のエミリーの所にやって来るさ…』




『やったー!サンタさん、サンタさん、エミリーは今年も良い子だったよー。だから、いっぱいいっぱいプレゼントを持ってエミリーに会いに来てねぇー!!』




サンタさん。

彼女はその名前を聞いた事があった。それは確か、いつもマークが言っていた魔法使いのおじいさん。毎年クリスマスの夜になると何処からともなくやって来て、子どもたちにたくさんのプレゼントをくれる優しいおじいさんの名前。そういえば、マークが言っていた。



『いまは、ラボ…研究所に住んでいるから、サンタさんは来ないけど。外の世界に出たら、きっと来るんだ!たくさんのプレゼントを持って、僕たちに幸せを運んでくれるんだよ?』




そっか…。

少女は1人、そんな事を呟いてしまう。

サンタは良い子の所にしか来ないのか…。

少女は1人、そんな事を呟いてしまった。

じゃあ、自分の所には来ないだろう。

少女はいまだ幸せそうに笑う娘と父親を見て、そんな事を思ってしまう。

だって、自分は他人の幸せを奪ってきた。自分が生きる為にと他人の命を奪ってきた。それが、組織にて常識でも、それが悪い事だと聖書にも書いてあった。いや、聖書を見なくたって分かる。あんな、あんな、後味が悪い。気分の悪い所業は無い。


だから、サンタは自分の所には来ない。幸せを運んではくれない。幸せは自分には来ない…。




少女の瞳には透明な雫が流れていた。少女にはそれが分からない。初めて流した涙が少女には理解が出来なかった。ただ1つ、ただ1つ。




何故!?

何故、自分はこんな世界で生きている?

何故、自分はアドバンスなどという名前で他の命を奪う世界にいる?何故、自分にはあの親子のような幸せな世界が無い!?




何故、何故、何故!?

流した涙の名前さえ知らない彼女にその時、分かったたった1つの事。

この世界は普通じゃない。

疑問さえ沸かなかった、少女に、その時、初めて疑問が沸いた。その時、初めて組織で無為に戦う事を疑問に思った。




『……逃げたいのですか?貴女はこの組織でも重要機密なのですよ?それでも、逃げたいのですか?』




だから、少女は逃げる事にした。幸せを運ばない世界から逃げる事を選んだ。




『……分かりました。貴女の組織と我々クラウンは友好な関係にある。が、良いでしょう。7号さん、私が貴女を逃がして差し上げましょう』




そうして少女は、初めてその姿を本当の世界に晒す事となる。いままでに無いくらいに美しい光景。そこは、平和な街であった。商店が立ち並び活気に満ち溢れ、どこにも、血に腐り、死に囚われ、悲鳴に貫かれた世界は有りはしない。



血は熱くたぎり、死は生と共に有り、叫びは商店街にて呼び込みの嬉しい叫びしか聞こえて来ない。みゅう、なんと美しい世界なのでしょう。と、少女は初めて見る日本の活気溢れる商店街に心を踊らせる。




『はーい、いらっしゃい、いらっしゃーい。お野菜安くしとくよー!美容健康家計に第一!!お野菜食べて、元気百倍!!安いよ、安いよー……あら、なっちゃん?』




『どもっす、なんか暑くて気が滅入ってる夏樹です』



『もう、なにそれぇ?馬鹿ねぇ?お仕事?パトロールかしら?』




『いえ、捜査っす。なんか食い逃げらしいです』




『まぁ、いまのご時世、そんな人いるのねぇ?』




『いたっす。そんな人がいたっす。でも、俺は暑くて捜査してる場合じゃありません。正直、帰りたいです』




『もう、なっちゃんたらぁ。よし、じゃあ、なっちゃん!元気になるよう、八百屋の隣を見てみよう!?』




『隣?』




『へい、らっしゃいらっしゃーい!!安いよ、安いよー!?今日はなんと鮭が丸々一匹、千円!!アラスカの熊もビックリ?ジャンボな鮭が丸々一匹、千円だよ〜!?』




『買うかぁーっ!?どんだけ、デカイんだよ丸々一匹鮭って!?てか、匹じゃねぇよ、本だよ、もうそのデカさ!?』



『うおっ!?魚屋だけにうおっ!?夏坊、今日はどうしたい?また、鮭フレークパスタでも作る為に鮭を買いにきたか?なら、今日はまとめて3匹安く…』



『だから、匹じゃなくて、切れで寄越せよ!?捌いて切れにして寄越せよ!?てか、いやいや、買わねぇよ?オヤジさん買わねぇよ?俺はただ仕事で食い逃げ犯を追い掛けて来てるだけだから…ダルいなぁ…もう、捜査とかダルー…』




『夏坊、刑事として、その発言もどうかと思うぞ?』




『らっしゃい!らっしゃい!肉が安いよ?神戸牛なんて売ってないけど、肉が安いよー!?』




『肉屋のばぁちゃん…せめて、何の肉が安いか言おうよ。売ってない肉より、売ってる肉の事を言おうよ…』



『ほほほ、それじゃ、神戸牛じゃない肉くださいな』




『買うのかいっ!?何の肉か分からんのに買うのかよ、アンタ!?ねぇ、足立の奥様!?』




『ほほほ、いや、夏樹くんのツッコミ待ちで言ってみたの。ほほほ、本当はコロッケを8個ほど下さいな』




『いや、俺のツッコミ待ちって…』




『足立さん、足立さん、ナイスじゃよ。私もボケた甲斐があったと言うもんじゃ…』




『ばぁちゃんもかよ…てか、なにこの商店街!?おかしくない?ボケ通しな商店街っておかしくない?……たく、人がこの暑さで滅入ってるってのに……』



『ひゃっひゃっひゃっ、夏坊のツッコミは街の名物だもの』




『何その名物!?何その馬鹿げたはた迷惑なシステム!?俺はどこの特産品ですか!?』




『足立さん、足立さん、コロッケ買うなら本日10個で2個のサービスじゃよ?』




『あら、じゃあ、10個頂こうかしら?』




『無視ーーっ!?まさかのツッコミ無視ーーっ!?てか、10個買うと2個のおまけっていつもじゃん?毎日がサービスデーじゃん!?』



『うるさいのー。行き過ぎたツッコミはただの防音じゃぞ?たく、今日は夏坊にはサービスはしてやらんからな!10個買っても5個サービスしてやるけど、値段は15個分じゃー!!』



『名物特産品の話はどこ行ったーっ!?てか、15個分の値段って、いらねぇよ、だったら5個のサービスいらねぇよ!?てか、サービスしてんじゃん?いや、値段分だからサービスじゃない?てか、今日は買わねぇし、だったら明日買うし…てか、何故に5個?通常は2個なのに、何故に5個!?やっぱ、サービスじゃねぇ、やっぱ、それサービスじゃねぇよ、むしろ大迷惑!?』




なんて珍妙な会話なのだあろう。なんて馬鹿馬鹿しくて楽しそうな会話なのであろう。

少女はじっとそれを見つめていた。ただ、じっと馬鹿馬鹿しくも楽しげなその会話に笑いを堪えながら見つめていた。



それから、少女は思う。やっぱり、ここが私の幸せを見つける場所。ここなら、自分の幸せを見つけられると心からそう思った。と、不意にそんな自分の体が何かに突き動かされるように歩みを始める。自分の思った事とは異なった行動を体が勝手に取り出し始める。




『ん、なんだ?』




さて、どうしたものか。触れてしまった。さて、どうしたら良いか。先ほどのツッコミをしていた男の人の服を引っ張ってしまった。




『……………』




『………………』




何故、そんな事をしてしまったのか。何故、体が勝手にその男の人の服をつまみ引っ張ったのか。少女には分からない。だけど、やってしまった。何かに突き動かされ、男の人を呼び止めてしまった。



『…あ、あの何かな?お兄さんに何かようかな?』




ようもなにも、少女の心とは異なった行動だったため、少女には何も言えない。少女には何を言ったら良いのか分からない。でも、嫌だった。このまま、何も言わずに変な子だなぁ、なんて思われて、この掴んだ手を離されるのが凄く嫌であった。だから、言った。頭に浮かんだ単語を、ただ何も考えずに少女は言った。




『コロッケ…』




なんとも意味の分からない会話。なんとも意味の無い会話。でも…でも、そこから始まった。そこから少女の奇跡とも呼べる幸せの時間が始まった。




その男の人は、コロッケを買ってくれた。先ほどのおばあさんが、にこやかに笑う中、男の人がひくひくと苦笑いをしながらもコロッケを買ってくれた。



とても、美味しかった。なんとも言えない美味しさだった。

何でだろう?初めてだ。こんなにも美味しい物を食べたのは…。15個もあった。15個もあったのに直ぐに全部食べてしまった。

もっと、ゆっくり食べれば良かった。少女は少し後悔する。あんなに美味しかったのに、ゆっくり食べれば良かったのに、それから少女はコロッケを買ってくれた男の人を見上げる。

お礼がしたい。この優しい人にお礼がしたいと少女は思った。これも初めてだ。誰かの為に何かをしたいと思ったのは、少女にとってこれも初めての感情であった。




だから、助けた。だから、頑張った。男の人が、月影相手に戦った時。ビル爆破を阻止する為に戦っていた時に、少女はその人を助ける為に頑張った。男の人は、優しく微笑んだ。そんな少女に男の人は優しく微笑んだ。とても、心地良かった。この男の人といるととても心が休まった。安心する。この人といると安心する。とても、良い匂い。とても、心地良い空間。




だから、また助ける。

だから、恩人である月影にも銃を向けようと決意した。

この人は傷付いている。度重なる戦いで傷付いている。このままでは月影に勝てない。彼は強い。訓練された戦闘兵器のアドバンスでも無いのに、月影はナイフ一本でどんな相手も倒してしまう。勝てない。こんな傷付いてしまったこの人だけでは勝てない。だから、自分も戦う。この人の為に兵器である自分の力を使う。




『駄目だ!』




だが、そんな少女の思いをその人は拒む。それは、優しさ。それは、少女のためだった。危険だから、君は避難するんだ。そう言われた少女に、また感じた事の無い感情が芽生える。またコロッケを買ってあげると優しく頬を撫でてくれた、その人。少女は分からない。少女は理解出来ない。

一緒にいたかった。自分だけ逃げたくなかった。でも、それに少女は抗えなかった。

何故だろう。少女はその男の人が言う通りにしてしまう。その人の言葉に逆らうという選択が浮かばない。

結局、その人は月影に勝利する。ぼろぼろに傷付いて何かを守ろうと勝利した。

凄いと思った。信じられないと思った。アドバンスにも劣らない月影に、あんなにも傷付いた体で戦って勝ってしまった、その男の人に少女は心から凄いと思ってしまう。






それから、少し時間が経った。少女は警察の尋問から1人の女性に引き取られる。そしてそこで、少女は信じられない物を貰う事となる。少女にとってそれは驚くべき事で、とても心踊る出来事であった。




『ふむ、君が夏樹が保護した子か…。私がしばらく保護するが、夏樹が目覚め次第そちらに保護して貰う事になる…。まぁ、いつになる事やら…あの馬鹿は、いつも私をおいて無理ばかり…』




その女性はそんな事を言いながら悲しげな表情をする。だから、少女はそんな女性の頬に指を触れた。涙が流れそうな瞳近くの頬をそっと優しく触れる。




『ん、慰めてくれるのか?ふふ、ありがとう、君……。と、君は名前が無いのだったな。7号なんて人間らしくない。よし、私が名前を付けてあげよう。……ん、なつき…樹だな?で、桜子ちゃん…ん、木だな……柊ちゃん、も木だな…』




女性はしばらく考え、そして少女の頭に手を置く。にこやかに笑うその表情は美しかった。少女がいままで見て美しいと思った世界の美しさに、勝らずとも劣らない美しさであった。




『柚子…君の名前は柚子だ。空海柚子。うん、それが今日から君の名前だ』




少女は驚いた。名前なんて、アドバンスの中でも組織の幹部に認められた者しか与えられない。しかも、それはエクスネームという殺し名。一生、兵器として生きる事を約束させられる名前。




だが、その女性はいとも簡単に少女に名前を付けた。しかも、なんのしがらみもなく。ただ、名前を付けた。それも、あの男の人の名前を元に…。

こうして、アドバンスチルドレンと呼ばれ、兵器と呼ばれ、7号と呼ばれていた、少女は、何もない、何もないただの空海家の柚子となった。




さぁ、それから少女にとって信じられないくらいに奇跡で幸せな時間が始まった。塞き止めていた何かが外れたが如く、流れるように幸せがやってくる。




『こら、ちゃんとお風呂に入らないか?えっ、湯船を知らない?いつも、シャワー?』




アッチッチと少女、柚子は初めての日本式お風呂に身をすくめる。



『箸を使った事がない?むぅ、仕方がない。これは、こうしてだな…それからだな』




後ろから優しく抱かれて、ゆっくりと手を取り箸の使い方を教えてくれる女性。これも初めて。なんだか、柚子にほんわかと暖かな気持ちが流れる。




『わわ?凛お姉さん、凛お姉さん?この子は誰ですか?私が署内に泊まって働いていた内に子どもを作ったんですか?相手は誰ですか?はっ!?まさか、夏樹先輩!?』




『馬鹿もの。彼女はこの前の事件で保護した例の女の子だ。全く、お前は居候の身で家主に何を言う?』




『なぁーんだ。良かったぁ。そっか、君が夏樹先輩が保護した例の女の子ですか。なるほど、では先輩はロリコンだということですねぃ?』




『何故そうなる?』




はてさて、柚子は楽しい毎日を送る。

お母さんのような優しい凛と馬鹿な姉のような日陰。楽しかった。日陰が夜中じゅうゲームをして凛に怒られ、挙げ句ふて腐れた日陰がトイレに籠った為、トイレが使えなくなったり。凛がご飯を作ると直ぐに日陰がやって来て、つまみ食いをする日陰とそれを阻止する凛とのバトルがあったりと、本当に幸せな時間であった。

だが、それは序章。それは加速し、更なる幸せを呼ぶ。更なる驚きを呼んだ。




『この子を君の所で保護してやってくれないか?』




目覚めたあの人に凛がそう言う。だが、柚子は気が気じゃない。別にこのままでも良かった。凛との暮らしでも良かった。だって、楽しかったし、幸せだったし。でも、もし、そんな生活がこの優しい男の人と過ごせるなら…。いや、いやいや、でも、それはこの人は求めていないかもしれない。迷惑かもしれない。

柚子にまた初めての感情。恥ずかしさと不安。一緒にいたいけど、駄目って言われたら。

柚子は凛の足元に体を隠してじっと男の人を、ベッドに座る夏樹を見詰める。凛が買ってくれた、可愛らしいワンピースと赤い靴。生まれて初めてのおしゃれは、この人のため。見せたいけど、恥ずかしい。一緒に居て、と言いたいけど、言えない。

と、そんなもじもじとする柚子に夏樹はにっこりと笑みを浮かべる。




『こんにちは、柚子ちゃん。俺には2人の妹がいるけど。2人とも君を歓迎してくれると思う。柚子ちゃんが良かったらでいいんだけどさ。これからはウチで暮らさないかい?』




もう、気絶してしまいそうだった。顔が真っ赤で熱くなるのが、直ぐに分かった。

夏樹の言葉にコクコクコクと頭を頷く。もはや、それは同意なのか動揺なのか…。




『むっ、誰ですか?兄、誰ですかその女はっ!?』




さて、夏樹に連れられやって来た家にいたのは、藍色の髪色をした少女、柊だ。彼女はあからさまにぎゅうと夏樹に捕まる柚子に敵意の眼差しで見ている。




『あぁと、この子は俺がこの前の事件で保護した子だよ?名前は柚子ちゃん。今日から新しい家族。新しい妹だよ!?』



と、その夏樹の言葉に柚子の心がどきっと高鳴る。家族?妹?本当に?いいの?

戸惑いを隠せない柚子に夏樹はにっこりと笑みを浮かべ、なでなでと柚子の頭を撫でる。うにゃー、と柚子はそれに目を細めてしまう。そう、そこで、柚子は初めて大切な家族を得たのであった。




『私、桜子。よろしくね、柚子ちゃん?』




そこにいたお姉さんは、にっこりと柚子に笑いかける。柚子は一瞬でそのお姉さん、桜子のことを好きになった。



『……柚子ですか、私は柊です。兄は私のものです……』




そういう自分と変わらないくらいの柊はふん、と頭を振る。だが、柚子はこの柊も直ぐに大好きになった。

ちょっと意地悪で素直じゃないけど、家では一番自分を思ってくれる柊。大好きだった。凄く親近感を覚えた。理由はないけど一緒にいるだけで柚子は幸せに思えた。




そしてそれから、色々とあった。商店街で食い逃げをしたうどん屋で、夏樹が平謝りをしたり。柊の図工の宿題を徹夜で手伝ったり。桜子にいままでやった事のなかった料理を教わったり。遊園地にもピクニックにも、動物園にも色々行った。

クリスマスもした。初めてサンタからプレゼントを貰った。柊とお揃いのクマのぬいぐるみ。良い子だったのだろうか?柚子はそのクマを見て、ぎゅうっと抱き締めて思う。自分はサンタさんからプレゼントを貰えるほどに良い子だったのかな?いや、そんな事はない。あんなにいっぱい悪い事をしたのだ。良い子のはずがない。でも、プレゼントはあった。サンタさんはプレゼントを置いていった。だから、これはきっとオマケ。…これから。きっと、これから良い子になるようにオマケでくれたんだ。

柚子はそう思った。だから、柚子は良い子になる事を決めた。サンタさんから次はオマケじゃなくて、ちゃんと良い子として、プレゼントを貰えるようにと、柚子は良い子になる事を決めた。




『みゅ…マーク。私、良い子になる。マークが貰えなかった分、いっぱい良い子になって、いっぱいプレゼント貰う……だから、だから、私が天国に行ったらマークに、その半分をあげるね?マークが欲しがってたプレゼントの半分を、あげるね…』




短い時間だった。少ない時間だった。でも、幸せは凄かった。それは凄く濃密な幸せの時間であった。

柚子は幸せを噛み締めた。これからたくさんたくさんあるであろう幸せを、これからたくさんたくさん来るであろう幸せを、あのコロッケみたいに急いで食べずにゆっくりとゆっくりと…。

桜子は笑った。お使いが終わると、いつも頭をなでなでと撫でてくれた。

夏樹は笑った。いっぱい甘えるといっぱいいっぱい頭をなでなでと撫でてくれた。

柊は笑った。一緒に遊んで一緒に過ごして、一緒に居てくれた。




この幸せは終わらない。この幸せは永遠。ずっと続くといいな。ずっと皆と一緒がいいな。柚子の切なる願い。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、皆と居たい。ただ、皆と過ごしたい。それだけ、たったそれだけ。










なのに、世界はまたもや柚子に重い足枷をはめる。重く冷たく、厳しい現実。幸せは唐突に壊された。幸せは唐突に流れを止めた。



「さぁ、いくぞ7号」



「うふふ、柚子ちゃん、どうしたのかしら?」




現れたのは組織『ユニファイ』でも恐ろしいとされる男。彼はなんと組織から逃げた自分を連れ戻しに来たと言う。そして、組織『ユニファイ』とは新たな世界にて全てを抹殺する組織。その銘の中でも修羅たちアドバンスは、それに忠実に生きている者たちだった。

ここで、自分が幸せにしがみついたら彼らはそれを破壊する。その幸せの中にいる柊たちをも抹殺しようとする。だから、柚子は突き放した。だから、柚子は柊に邪魔だと心にも無い言葉を告げた。




寂しく街に夜風がせせらぐ。冷たいそれは、冷える柚子の心には届かない。冷たい夜風なんかより、ずっと冷めていたから。柚子の心はずっと冷めていたから…。






さよなら…






そんな消え入りそうな言葉が風に乗って夜空へと舞い上がる。それは誰の言葉なのか。それは誰に向けられた言葉なのか。静まり返った商店街の中でも、それを確認することは誰にも出来なかった…。






「待って…」




「!?」




はずなのに、誰にも聞こえはしなかったはずなのに、そんな柚子の消え入りそうなその声を聞いて彼女の腕を、がしりと柊が力も強く掴んでしまう。




「……離して」




だが、それに柚子は拒否の言葉を投げ掛けかける。そして、離してくれと、力強く握る柊の腕を振り払おうとする。




「どうした、7号?邪魔ならば、我がその娘を始末するが?」




「っ!?大丈夫……何でもない……」




柚子は修羅のその言葉に言い知れ恐怖を感じ、未だ自分の腕を掴んで離さない柊に強い口調で腕を離すよう言い放つ。

だが、柊は頑として離さない。ぎゅっと閉ざした瞳は涙を何度も流したらしく、うっすらに濡れ、その流した涙はピンク色に上気した頬に筋を通していた。



「……離しません」




ふるふると柊は柚子の体にしがみつく。がっちりと掴んだ腕は胸元に、いよいよ力を入れて柚子が押し退けようとするのを離すまいと柊は柚子にしがみつく。




「あらあら、全く今日はなんて日なのかしら。さっきから人が早くこの場所から去って行きたいというのに、次々と…」




そんな柊の姿を見て和服の女シャロンがその和服の袖口から赤色の扇子を取り出す。




「……っ、離して!?」




柚子はそのシャロンの笑みに寒気を覚える。この女は殺すつもりだ。何度も何度も行く手を遮られてシャロンは苛立ちを覚えている。

だから、いま柊がここで再び邪魔をするとしたら…




「……離しません……嫌です……柚子は……柚子は私といるです……」




だが、柊は離れてはくれない。柚子は必死に柊を押し退けようと、その体を力一杯に振り払う。だが、やはり柊は離れてはくれない。ぎゅっと、ぎゅっと、その柚子の腕を体を抱いて頑なに離れようとしない。



駄目だ。

柚子にそんな言葉が脳裏に浮かぶ。



「うふふ、お嬢ちゃん?駄目よ〜?私たちの邪魔をしたらぁ…」




ゆっくりとシャロンが近づいてくる。その手には鋭い刃の仕込んである赤色の扇子。




駄目だ。駄目だ、駄目だ、駄目だ!!




「離せ…離して…柊っ!?」




柚子が大声をあげる。そして、遂には必死に自分に食らい付いてくる柊の頬を、思いっきりに引っ叩く(ひっぱたく)。




――バチン!!




という、痛々しい音と共に叩かれた柊が体勢を崩して地面へと倒れる。




「……邪魔をしないで」




それを見下ろして柚子は振り返る。もう、止めないで…。私を放っておいて…。じゃないと、じゃないと、貴女が殺されてしまう。




「!?」




だが、それでも、それでも、柊は諦めてはくれない。別れを告げられても、頬を叩かれても、拒絶されたとしても、柊は諦めない。そんな、去り行こうとする、柚子の足をぎゅうっと掴み、それを止める。




「……邪魔でも……嫌いでも……いいです……でも……」




驚く柚子は柊を見詰める。叩かれて赤くなる頬も気にせず、地面に倒れたままなのも気にせず、ただぎゅうっとぎゅうっと柚子の足を掴み見詰める柊を、柚子は驚いた表情で見詰める。




「……行かせない!!それでも、貴女は私の家族です。行かせはしません……貴女は行かせはしません……」




ぎゅっと握られた腕は痛々しい程の力。柊は強くはっきりと柚子を見定める。



「なら、その腕を引きちぎり、切り裂いてあげるわ、お嬢ちゃんっ!?」




と、そんな2人に和服の女・シャロンがしゃしゃり出る。彼女の腕には幾つもの刃が飛び出した赤い扇子。




「……うぅ…あうぅ…」




シャロンはやる気だ。シャロンはいまだ自分を止めようとする柊を殺す気だ!?




柚子はもう分からない。どうしたら良いのか分からない。離れてくれない。いくら別れを告げても、いくら罵倒を浴びせても、いくら力いっぱい振り払おうとも、柊は、彼女は離れてはくれなかった。


そして、柊は命を狙われる。自分を離さないから、自分を家族と言い行かせてくれないから、柊をシャロンが狙う。




嫌だ。嫌だ。嫌だ。

死んで欲しくない。生きていて欲しい。自分とは別の場所で生きていて欲しかったから、柚子は離れる事を決意した…のに。




と、柚子はゆっくりと近づいてくるシャロンから柊を遠ざける。自分の体と入れ替え、柊を向こう側へと押し退ける。




あら、どういうつもり?とシャロンが笑みを浮かべる。だが、目が笑っていない。恐ろしくも殺意を露にして隠しきれていない。



柚子は未だふるふると震え自分の腕を離さない柊を見る。何で?

そんな柊にそんな疑問が沸く。そんなに震えるほど怖いのに、あんなに酷い事を言ったのに、何で!?




「何で柊は離れてくれないの?」




ぐしゃぐしゃであった。遂には柚子の瞳には数えきれないほどの涙の筋が流れ出していた。




「……ゆ…ず?」




柚子は分からない。柚子には分からない。何故、自分からこんなにも涙が流れ出しているのかを…。




離して欲しかった。離れて欲しかった。

柚子は修羅を見た時、『あぁ、自分はやっぱり、この世界から逃げ出す事が出来ないんだな』と感じた。でも、涙は出なかった。悲しくなる事はなかった。

次に柊が自分を止めに入ったが、修羅と同じテロリストである事を告げた。その驚いた柊の表情が嫌に心に残る。だが、それでも涙は出なかった。淋しくは無かった。だって、そうしなければ、修羅が柊を、シャロンが柊を、殺してしまうから…。だって、従わなければここにいる全てを破壊してでも、修羅たちは自分を連れていこうとするだろうから…。

だから、柚子は1人、暗い闇に向かう道だと分かっていても向かう事にした。

柊が、夏樹が、桜子が、自分のせいで傷付く事がないように…。1人、傷付く事を選んだ。




「掴んだその手を離すな…です」




「えっ?」




「掴んだその手を離すなです!!」



柊が立ち上がり、柚子のその手を握る。ふるふると震え、恐怖に震え、立つことさえままならないというのに、柚子の手を、その掴んだ柊の手は強く、強く握られている。




「父が言っていました。辛いことは誰にだってある。嫌なことは誰にだってある。だけど、その辛いこと嫌なことで幸せを離してはいけない。きっと、後悔する。幸せを離せば絶対に後悔する。確かに幸せを離さないことでも、傷付いたり痛かったりするだろう。それで、こちらも後悔することにもなるだろう。だけど……だけど!!」




「!?」




ググッ!!と繋がれたその手から柊の熱さが伝わる。冷えきった柚子の心に熱さが伝わる。




「掴んだその手を離すなです!!離しても後悔するなら、離さなくても後悔するなら。どちらも後悔するというのなら、幸せを掴んだその手を離さず後悔をした方がいいに決まっている……だから、離しませんよ?柚子を離して後悔するなら、私は柚子を離さないで一緒に後悔した方が何倍もいいです!!」




掴んだその手を離すな?掴んだその手を離すな!掴んだその手を、離すなっ!!




柚子はもうぼろぼろだ。だけど、柚子はもうその手を離せない。柊は言った。柊は言ってくれた。

例え、傷付いたとしても。例え、後悔することとなっても。自分と一緒に後悔してくれると。自分と一緒にいてくれると。

柊は決して、掴んだその手を離してはくれないと…。




「……どういう、つもりなのかしら?」




だから、柚子はぼろぼろの表情で、手に持つ自分の愛銃をシャロンへと向ける。組織に与えられた道具。柚子が初めて与えられた自分の物。それは、人を傷付けるための道具だった。それは人を殺めるための道具だった。



「……柊を……傷付けるのは……ゆるさない!!」




初めて使った。初めて柚子はその禍々しくも呪われた殺人の道具を、守るために使ったのだ。




「……柚子?」




異変に気付き、ゆっくりと顔を上げる柊。そんな柊に柚子は、涙でぼろぼろな顔の中、特大の笑顔を作る。特大の幸せの笑みを浮かべる。




「絶対に守るからね…」






瞬間、その場から大きな笑い声が立ち上がる。そんな大きく上がる笑い声の主は修羅。




「ふっ、フハッ!?はっ、ははははっ!?クァーハッハッハッハッハーッ!?ふっ、ふはっ、7号、なんだ?なんなんだ、その茶番劇はっ!?」




「あらあら、アドバンスの子が普通の子とお友達になるの?やぁねぇ、柚子ちゃんたら…。駄目だよ〜、アドバンスではない人間は、全て殺すのが『ユニファイ』の掟でしょう?」




シャロンがころころと笑みを浮かべる。それから、その腕に持つ刃を仕込んである扇子を振り上げる。



来る!?

シャロンがその手に持つ仕込み扇子から刃を飛ばしてくる。修羅がその禍々しいほどの拳を握り、自分たちに向かって来る!!

それに、柚子はぎゅっと柊を守るように覆い被さる。せめて、柊だけは守り通したいと彼女を守り、覆い被さる。






「ぉぉおおおっ、でぁいっ!?」




「きゃっ!?もう、次は貴方なの?もう、もうもういい加減にして…」



そこへ、戦意を喪失したはずの社が和服の女シャロンへとナイフを突き立てる。




「……走れ」




「えっ?」




「走れって、言ってんだよっ!!ここは俺が、俺が食い止める!!だから逃げろ、さっさとここから消えろっ!!」




社の叫びに柊と柚子はコクンと頭を頷く。

柊はいま柚子の想いを確認した。いま柚子の想いを教えて貰った。柊にもう迷いは無い。たとえ、テロリストだったとして。たとえ、父を奪った者たちの仲間だったとして。たとえ、兄を傷付けた者たちと同じだったとして。いまは違う。いまは空海家の三女。自分の妹。大切な家族。

だから、柊は涙を拭う。だから、柊は柚子のその手を掴み走り逃げ出そうと歩みを始める。




柚子はいま柊の想いを確認した。柊の想いを教えて貰った。柚子にもう迷いはない。

一緒に居てくれる。例え、それが茨の道だとしても柊は自分と一緒に居てくれると言ってくれた。だから、逃げる。柊と共に、柊の腕を掴んで、離さず逃げる。




2人の少女は逃げる。想いを教えて貰った2人は逃げる。相手の想いを知った2人は、相手を想って逃げることにした。






「笑止…いや、笑えんな」




だが、その思いを余所に修羅は待っていてはくれない。




「ぐっ…逃げ…ろ」




「うふふ、弱いわ〜。少年くん、もう、おねんねかしら?」




だが、シャロンは待っていてはくれなかった。




2人の人間外の存在に、2匹の戦闘兵器である化け物に社は一瞬でさえ時間を稼げない。社がナイフを片手にシャロンに挑もうとした次の瞬間。横から修羅の鉄をも砕く拳を無防備に喰らい彼は地面にと口付けを交わす。ガタガタと再び立ち上がろうとするが、それをシャロンが上から足で押さえ付け許さない。




「……守る」




そんな修羅たちに柚子が再び愛銃を向ける。アドバンスでもその強さは上位にある修羅たちに勝てないと分かっても柚子は柊を守るために銃を向け立ち向かう。






「くくく、7号…アドバンスである我に、たかだか9ミリの弾丸が効くとでも?」




「くっ!?」




確かに、修羅にニューナンブ仕様のたかだか9ミリの弾丸が効くとは思えない。いや、それは目に見えている。なぜなら、この修羅のクローンである黒ミリタリーの男にさえ効かなかったのだ。そのオリジナルとなると、もはやそれは意味をなさない。





「逃げるです!柚子、行くです!!」




それを察してか、柊は心惑う柚子の手を引き走り出す。勝てないのなら、戦わなければいい。いや、逃げれば勝ち。この男から逃げ切れれば自分たちの勝ちなのだ。




「!?」




と、そんな逃げる為に元来た道を戻ろうと振り向いた柊の目の前には、あの黒ミリタリーの男。くっ、そういえばこの男もいたのか!?と柊はいまだ佇む黒ミリタリーの男に警戒をする。

だが、男は動かない。ただ、ぶつぶつと何かを呟いている。




「?」




よく分からないが、どうやら自分たちの邪魔をするつもりはないようだ。と、柊が安堵して再び走り出そうとした、その時。




「くくく、くはははは、我がクローン?我がレプリカ?くくく、ならばオリジナルを殺せばよい。ならば、我が唯一無二の存在になればよいではないか!?なぁぁぁあーっ、修羅ぁぁあっ!?」




黒ミリタリーの男が体に巻き付けた手榴弾の1つに手をかける。




「ふむ、何が言いたいのだ、グールよ?」




それに柊たちを捕まえようと歩み出していた修羅が反応をする。




「この我に巻き付けたる手榴弾はただの手榴弾ではない。そう、お前のいう異常な兵器を使う我だ。この手榴弾も、また一個を異常となる威力を持つ」




そして、それが男の体に無数と巻き付けてある。もし、ピンを抜き放ったとしたら?もし、その1つを爆発させたとしたら?

柚子は考える。あまりにも恐ろしい出来事を想定する。

爆発は、この商店街の一角を巻き込み、灰にする事さえ簡単であろう……




「つまりは我と貴様、どちらかが生き残り。どちらかがオリジナルとなるのだ…」




「ふん、馬鹿な…」




そうそんな馬鹿な事があるものか。柚子は黒ミリタリーの男を見上げる。だが、どうやら冗談ではないらしい。男は不敵に笑った。男は修羅の顔をみて不敵に笑った。




「いくら我のオリジナルとて、この爆発の中生きられるかな…」




「っ!?きさまぁぁあーっ!?」




「くけけけ、ばぁか…どうみても…貴様のその拳より、我の手榴弾のピンを抜く手の方が早いっていうの……」




瞬間、辺りに閃光が走る。十秒も無い時間で、爆発の閃光が辺りに走り出す!!




「っ!?柚子、逃げるです、爆発が当たらない所に……くっ、駄目、間に合わな……柚子!?」




「守るから…柊は守るから…」




「離して、柚子!?貴女、爆発が…私を守るって、貴女の背中…」




爆発の中、柚子は思った。自分は何の為に生まれたのだろうと。人を殺すためだけに生まれたのだろうか?他人を傷付けるためだけに生まれたのだろうか?



違う。きっと、このためだ。きっと、人を守るため。強い力を与えられたのは、弱い誰かを守るため。辛い人生だったのは同じ辛さの誰かを守るため。




そして、こんなにも頑丈に作られたのは、こんな爆発の中でも大切な、大切な柊を守るため…。




柚子は柊の体を爆発から守るように覆い被さる。ぎゅうと抱いた柊の体が少しでも、爆発で焼けないように柚子は柊を守る。

例え、背中に痛みが走っても。例え、燃えるように熱く、肌が焼け焦げたとしても。柚子は離さない。柚子は決して離さない。

繋がれたその手を、柊を守るために、幸せを守るために、体で包んで、決して離さない!!






掴んだその手を離すな…






そうして、黒ミリタリー服の男のあまりにも突然な自爆によって辺りは真っ赤に燃える炎の海と化してしまった。辺りは爆発の衝撃で崩壊している。灰となり、瓦礫も燃える商店街。そして、そんな中でたった1つ。道端に崩壊した商店街の商店の1つ『八百屋・加賀』という看板がたった1つ、ゴロリと燃え残り、そこに転がっていた。





こんにちは。

ぐたり、くたくた、ぐったりのオオトリです。今回の話を振り返り一言……長いよ(笑)


オオトリ小説の通常の三倍はある量でしたね。詰めて詰めて詰めました。疲れました。

どうだったでしょうか?一応の山場だったんですが?ちゃんと書けていたでしょうか?



さて、第五十八話目です。柚子の過去でしたね。そして、彼女がこれまで何を思っていたのか、それが分かる話になっている…はずです(笑)



交錯する者たちの戦場。柚子と修羅の関係。修羅と黒ミリタリーの関係。そして、柚子と柊の関係。お分かり頂けたでしょうか?


この話はこれで一応の終わりですが、さらに交錯として、ビシュヌと月影が関わります。それは、もう気付いている方もいるかもしれませんね。何を言っているのか分からない方にはキーワードとして『八百屋』と言っておきます。いえ、別にたいした事では無いんですけどね。答えは次話で書くつもりです。



それから、柚子と柊の関係。実は彼女たちの交錯はこれだけでは終わりません。どこか似ている2人。柚子が言った『親近感が沸く』、『ただ一緒に居るだけで…』。こちらも、キーワードです(笑)



それでは、今回はこの辺りで失礼致します。ありがとうございました。



ここで毎度ながら読んで頂いている読者様にお礼の挨拶をしておきたいと思います。お陰様で祝10万アクセスです。ご愛読、本当にありがとうございます!!

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