第五十ニ話:博愛する者と惨殺する者
貧しい、村だった、食べる事も眠る事も許されず、村人は皆、働き詰めだった。土は枯れ、草木は育たず、雨は気まぐれ、ただ存在する事でさえ苦になる村。いつしか、村の大人は子ども達を邪魔に思うようになる。あの子が食べなければ…あの子がいなければ…あの子が死んでくれたら…。捨てられたのは村のため。出ていったのは生きるため。ガルシュは捨てられた子どもであった。
「で、さぁ、俺言ったよね?作戦には犠牲が付き物だって?」
「はい…」
「じゃ、さ。…なーんで、ハンマー外すかな?」
燃え盛る商店街の道中。ガルシュはブラフマーという男の命令で、今まで仕えてきたビシュヌに鋼鉄の槌を振り落とす事になった。
ただ、振り落としたそれはビシュヌには当たらず、タイル状の道にゴゴンという音と共に突き刺さっている。
「殺せよ、その女を…」
「出来ません…」
「あんっ!?」
ガタガタと手が震える。いや、手だけじゃない。肩から足まで、体全体で震えている。かろうじて動くのは口。だから、ガルシュはブラフマーに自分の思いを口にする。
「やっぱり、私には、俺には出来ません。だって…家族だから!!ランの時もそうだった。助けたかった。助けたかったのに何も出来ない。それが、作戦のためだと、世界をより良く導くためだと割り切っていても!!…やっぱり俺はランを助けたかった。だから、だから今度はちゃんと助けたい。ブラフマー様、俺、出来ません。ビシュヌ様は俺の家族だから、殺すなんて…俺には出来ません!!」
終いには口さえも震えて、言葉が出て来なかった。涙がポロポロと流れてくる。怖い、恐い、こわい。ガルシュは知っていた、ブラフマーに逆らう事がどういう事かを…。部下の小さな失敗にも、ブラフマーは笑って部下を串刺しにする。自分の思い通りにならない事には、とことん冷徹になる男。それが、ブラフマーである。ガルシュはギュッと手のひらを握る。手のひら全体に汗をかいているのが分かる。
「なるほど…家族だから、か」
しかし、意外にもブラフマーは落ち着いていた。ふぅ、やれやれとガルシュを優しい瞳で見ている。ガルシュは一瞬、ブラフマーが分かってくれたと思った。穏やかに『あぁ、そうか』と笑いかけられた時にはビシュヌを殺さないでよくなったと希望さえ湧いた。
ブツン!!
ガルシュはその音に寒気を覚える。そして、音のした自分の右側を見る。片腕が無かった。気が付いたら、自分の片腕が無くなっていた。止めどなく流れる自分の血。ガルシュは何が起きたのか理解が出来ない。気が付いたら、右の腕が肩から消えていたのだ。
「えっ?」
ストンとその場に座り込んでしまう。自分の無くなった片腕を見て、次にいつの間に抜いたのか、両刃の剣をその手に持つブラフマーを見た。
「あはは、馬鹿だなぁ、ガルシュくーん?そうならそうだと早く言ってくれよ〜?お前が…使い物にならなくなったって、なぁっ!?」
ガルシュは呆然とブラフマーを見る。流れる血を止める事など出来ず。
「ブラフマァアッ!!」
と、ビシュヌの叫びでガルシュは我に帰る。ビシュヌはガルシュの腕に布を宛がい、止血をし始める。
「ガルシュ、大丈夫です。血は止まります。気を確かに持って。大丈夫、助かりますから…」
必死に自分の腕を止血するビシュヌ。何故?ガルシュの頭にそんな言葉が浮かぶ。何故彼女は涙を流す?何故彼女は大量に出る裏切り者の血を見て震える?何故彼女は自分を親しき者のように声をかける?
「大丈夫、大丈夫だ、ガルシュ。止血出来る。血は止まる。意識を意識をちゃんと保て!!」
そんな、彼女を見てガルシュは笑ってしまう。ニッコリと頬をあげ顔一杯に笑ってしまっていた。腕から止めどなく血が流れていようと、その血で道が赤々と染まっていこうとも、ガルシュはビシュヌを見て幸せそうに微笑んでしまう。
「…目玉焼きは、半熟ですよね?」
瞬間、ガルシュの顔が無惨に後ろへとはね上がる。な、にっ?とビシュヌがガルシュの顔をはね上げた物を見る。
剣である。英式の細いレイピア等ではなく。冒険ゲームなどで出てきそうな両刃のゴツい剣。刃には文字が刻まれ、その刻まれた文字は血で赤々と写し出されている。
「なんだ最後の?目玉焼きは半熟?気が触れて、おかしくなっちまったのか?」
ブラフマーが不機嫌そうに剣に付いた血液を振り拭う。シャンという音と共にびしゃっと地面に剣に付いていた血が張り付いた。
「…おかしい?」
「あっ?」
頭を後ろにグタリとさせたガルシュを右腕で抱き、小さな吐息を苦しそうにさせおびただしい血を流す少女を左腕に抱き抱え、ビシュヌはぽつりと言葉を漏らす。
「当然、命は生きようとする。自然、命は1人では生きられない。決然、私達は共に生かし合わなければならない。必然、命は他の命を助けることとなる。…おかしい?何が?少女が?ガルシュが?私が?私達が!?」
ビシュヌは腹の奥から言葉を吐き出す。心から、思いが込み上げてくる。悲しみが悔しさが憎しみが込み上げてくる。
「おかしいのはお前だろう!?なぜ、そんなに命を簡単に殺せる?私達は共に生きる命だぞ?支配?世界を支配した所で何になる?金か、名誉か、地位か?何だソレ?金が欲しいのなら働けば良い、名誉なら弱き者を助ければ良い、地位なんて善き行いをすれば自ずと付いてくるだろう?お前は何故、そう易々と他人の命を奪う!?」
ビシュヌはありったけの殺意を抱いてブラフマーを睨み付ける。だが、ブラフマーはそんなビシュヌの殺意など気にしていないようでにこやかに笑う。
「言いたい事はそれだけか?」
そして、カチャリと剣をビシュヌへ向ける。禍々しい程に尖った刃がズズズッとビシュヌの顔に近づいてくる。しかし、ビシュヌは逃げない。ただ、真っ直ぐにブラフマーを見定め睨んでいる。
「健気だねぇ…さっさと、逃げれば良いのに。そんなに、その2人が大事か?」
男と女。自然でいうと力の差は歴然。しかも、ブラフマーの武器は剣でビシュヌの武器は木製の杖。片や破壊を望む惨殺者、片や平和を望む博愛者。ここで、決まる決定的な未来。
「じゃ、死ねっ」
ブラフマーが剣を振りかざす。しゅおんと音が鳴り、空で剣が止まる。そして、禍々しく刃先の尖った剣がビシュヌの頭へと振り落とされ………………………………………無い!?
高く高く振り上げられたブラフマーの剣は空に留まったまま振り落とされない。ブラフマーは剣を振りかざしたまま、どこかを見ている。それは、ビシュヌではない。彼女の座る場所の更に後ろ。燃える商店街の街路。その街路をスタッスタッとこちらに向かい歩いて来る人物。
ブラフマーは目を離せない。そこにビシュヌが居る事も忘れ。彼はただじっとこちらに向かってくる男を見ていた。
黒服の男。肩から足まで包む黒い服を纏った黒髪の男。鍔の長い帽子も黒で、足に履く靴も黒。唯一、胸に刺繍された十字だけが白く光っていた。
一体、ブラフマーは何を見ているのか?ビシュヌは彼が殺すターゲットをも忘れて凝視している方を見る。丁度、黒服の男がビシュヌの目の前に来た所だった。ビシュヌは目の前の神父服を見る。そして、その神父服の男の顔を確認した。
にっこりと笑う神父。優しく親しく柔らかに、にっこりとビシュヌに微笑む神父。
「お久しぶりですね、ビシュヌ?」
ビシュヌは知っている。いや、ブラフマーも知っているだろう、この男。故に神父が着る黒い神父服を着ているのかは謎なのだけど…。この顔を忘れる筈がない。つり上がった目は鋭いくせに優しく。風に靡く肩まで伸びた髪は闇の様に黒い。にこやかに笑うその顔はいつもシラッとしていて人がどれだけ心配していたのかなんて知らないっといた感じ。
言い表せない怒りと哀しみと安堵感。ビシュヌは先ほどまでの殺意などかなぐり捨てて涙を浮かべる。まるで、我慢していた物が遂に噴き出してしまったかのようにビシュヌはその男の名前を呼んでいた。
「つきかげぇ…」
ぼろぼろに涙を流すビシュヌ。いくら人の上に立つ者とはいえ彼女は女性だ。訳の分からない裏切りや親しき者の死にそうな状態などに平気なはずがなかったのだ。それでも彼女は1つのリーダーだった。だから毅然とブラフマーに立ち向かった、笑顔で命を奪う惨殺者に文句をいった。殺されると分かっていても、涙1つ流さずに…。けれど、本当は泣きたい程に恐ろしかったのだ。
「ケガをしているのですか?いや、違いますね。ケガをしているのは、そちらの2人…。ガルシュと…少女ですか」
ひらりと月影はビシュヌの前に片膝を立ててしゃがみ込む。そして、サラサラとビシュヌの金色の髪を手で触り、ブラフマーを見上げる。
「なんだ、生きてたのか?」
そんな月影にブラフマーは心底つまらなそうに刃を鞘に収める。
「おや、私の口真似は止めたのですか、ブラフマー?」
「はっ、別にお前の真似をしてた訳じゃないさ…」
周りの炎がほぼ鎮火され、徐々に闇が支配権を取り戻していく。ビューッと冷たい風が吹き、灰と化した商店街が舞い上がる。月は影を落とすほどに明々であった。
こんにちは。
久しぶりの更新です。
え〜、小説を見直し、ほとほとに迷走している最近です。特に第ニ幕はご指摘もあったのですが、設定がかなり幼稚・・・。いえ、そこから繋ぐ話もあるにはあるのですが、もっとこうちゃんとした話が書けたらどんなに良いかと鬱になっております(笑)こんな私ですが、どうか、見捨てないでやって下さい。
第五十ニ話目です。まだまだ小説『心から』の世界観が固まっていないので説明を入れたいなぁ、と前フリ的な感じで書いた話。なので次話はまたまた突拍子もない設定の話に…。
とりあえず、今回はこの辺りで失礼致します。ありがとうございました。
月影、やっとの思いで舞台に上げました。色々と書けてないので『社君とかどうなったの?』と自分で突っ込んでます(笑)