第三十四話:クリスマスプレゼント
聖アマント教会は、桜台大間市の南側に位置する教会である。キリストを信仰する聖アマント教会だが、これといって信仰が厚い訳ではない。大体、教会の主であるヒゲもじゃ神父はパチンコ、競馬に宝くじと賭博に夢中だったりするし、最近来た新米の神父は何やら得体の知れない人物なのである。
「でもよ、ここの教会は毎年クリスマスになるとお菓子をくれるんだぜ?空海だって毎年来るじゃん?」
白ニット帽の少年、市ヶ谷甘夏はやや大きめの袋に入ったお菓子を品定めする。中にはイチゴ味、みかん味、ぶどう味、といった飴や手作りなのかやや焦げたクッキー、駄菓子などがいくつも入っていた。
「うぃ、でも変な教会って事は変わりません。さっきだって、甘夏が私の事を大声で呼んだ時に、あの黒服の男の人が私の方にやって来て、じろじろ見てきました。…ロリコンですよ、あの人?」
「黒服なのは神父の服だからだろ?じろじろ見てきたのだって、空海って名前が珍しいからじゃないの?まぁ、何にせよ、あの月影って神父は悪い奴じゃないぞ?この前、野良猫にエサやってたし…」
「……みゅう」
太陽が半ば頑張りながら大地を照らしている。今時分の夕方にしては明るい方だ。ただ、気は抜けない。やはり、今時分の夕方は直ぐに夜になってしまうのだから。
「……みゅう、お菓子食べて良い?……柊?」
「別に私に了承を得なくても…まぁ、どうぞ?晩御飯がちゃんと食べれる程度なら食べて良いと思いますよ?」
柚子はその言葉に嬉しそうに自分のお菓子袋から綿菓子を取り出す。はふはふと柔らかな綿菓子に噛み付く柚子。彼女の小さな口はあっという間にベタベタになっていく。
「……まぁ、何と言うか空海の妹って、アレだな?子供だな?」
「まぁ、子供ですけど。お前が言いますか、お前が?」
甘夏にはとりあえず、柚子は自分の妹という事にしておいた柊。身長的には大差がないのだが、仕草やあまり社交的ではない性格から妹という事になったのだ。
「でも、俺、空海の事幼稚園の頃から知ってるけど…兄弟は、あのヘタレの夏樹兄ちゃんと美人の桜子さんだけだと思ってた。てか、いきなり妹がいましたって…隠し子かよ?」
「はい、隠し子です」
「みゅ、隠し子〜っ」
冗談のつもりだったのだが、あまりにも柊が真剣に答えるので甘夏は苦笑いを浮かべた。
(まじで隠し子なのかよ?…ていうか、何だよ柚子って子のこのハイテンションは!?)
甘夏の知るよしもないが、いま柚子はお菓子によって気分がハイになっているのだ。いつもは、無気力、やる気0、不活発な柚子であるが、見たことのないお菓子の量にピョンピョンと教会の庭を飛び回り喜んでいるのだ。甘夏が柊の方に再び振り向くと、柚子の姿を見てか柊もやや笑顔であった。
(むぅ、空海の奴。妹にはこんな笑顔になるんだ…やっぱ可愛い)
「ギギィ!?」
「どわぁ!?う、空海!?な、何だよその生き物!?」
甘夏は突然、柊の胸元から出現したちっこい悪魔に驚く。ちっこい悪魔はキョロキョロと辺りを見回し、ひょいと地面に飛び出した。
「あっ、こら、危ないですよ。ほら、こっちです。こっちにおいで…」
柊がそう言うとちっこい悪魔は彼女の出した両腕の中に再びひょいと飛び、戻る。
「なな、何なんだよ、それ?う、空海?」
甘夏は驚く。それもそのはず、柊が連れている生き物は見たことがない。サルにしては、毛が少なく耳が尖り過ぎている。かと言って、それ以外には思いつかない。サルではない。では、その生き物は何だ?甘夏は、口をポカンと開けたまま柊の腕の中にいる生き物を凝視する。
「おぉ、何だ珍しいなぁ。無名霊ではないか?」
「うぉっ、神父!?」
さらに、口ヒゲをたくわえた初老の男性が甘夏の横から現れる。名前を真鍋雲外と言い、この聖アマント教会の主である。
「おじじ、無名霊とは何ですか?」
柊は悪魔の頭を撫でながら真鍋の言った『無名霊』という事について聞く。
「そうじゃのぅ、言うなれば、まだ何になるか決まっていない精霊という事かな?珍しいのぅ、今の世の中、邪な心や欲望などがはびこっているから人の前に姿を表す事は滅多に無い事なのじゃが…。よほど、間抜けなのか…、柊嬢ちゃんの事を気に入ったのか?」
そう言い真鍋は『カッカッカッ』と笑いながら教会の中へと戻っていった。
「…まずいな、あのじいさん、呆けが進行してるぜ?なぁ、空海?て、あれ?空海?」
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「うぃ、何になるか決まっていない精霊ですか?」
柊は再び、ちっこい悪魔と出逢った公園に来ていた。公園のベンチに座り、教会で聞いた事について考える。サンタがいるのだから、悪魔や霊的な物があっても不思議ではない。では、何故それが自分の目の前にあるのか。柊は考える。今の世の中は汚れている。だから、色々と霊的な物は現れない。聖アマント教会の雲外神父が言っていた。
「……て、お前は何をお菓子の袋に体を突っ込んでいるのですか!?」
無名霊の悪魔は、バタバタと柊の持つお菓子袋に頭を突っ込んでいる。その光景は、柊から見ても滑稽であった。聖アマント教会の神父、雲外が言った通りこのちっこい悪魔は間抜けなのかと柊は真剣に考える。
「うぃ、お前は何になるのですか?やっぱり、悪魔ですか?…でも、悪い事をしてはいけませんよ?良い悪魔になりなさい。愛が有れば皆幸せになるです。私の父が言っていました…」
「ギ?」
にっこりと笑う柊。しかし、笑う彼女の顔は何処か悲しそうである。
「そうだ!!サンタです。貴方はサンタクロースになりなさい!!サンタは、皆に愛を運ぶ偉い人なのですよ。貴方はサンタに弟子入りするです!!」
柊はぽふんと両手を叩く。相変わらず、ちっこい悪魔はお菓子袋に頭を突っ込んでいる。しかし、柊は気にする事なくちっこい悪魔に話掛ける。
「みゅ、サンタ?」
「まぁた、柚子は私のストカーですか?」
「みゅ、ストカー?」
柊はため息をつく。柚子は本当に自分にまとわりついてくる。こいつは、大好きな兄を取り合う敵と同じだと思っていたのだが。
「まぁ、姉妹ですからね。邪険にする事もありません。……時に柚子、貴女はサンタに何をお願いするですか?」
柊はちっこい悪魔と同じく、教会で貰ったお菓子袋に頭を突っ込んでいる柚子に質問する。サンタにどんなプレゼントを貰いたいのか。一体、柚子の欲しい物は何なのかと…。
「みゅ?サンタ、来る?」
柊の言葉に柚子はガバッとお菓子袋から頭を上げる。何やらその表情は驚きに溢れていた。
「来ますよ。良い子にしていたら」
「みゅ〜!?サンタ、来る!!サンタ、初めまして!?」
「ははっ、何ですか、それは?」
柊の言葉に余程嬉しかったのか柚子はぴょんぴょんと公園のベンチの上で跳び跳ねる。柚子の所には、いままでサンタは来なかったのだろうか?柊はそんな事を考えながら仕切りに『サンタ、サンタ』と歓喜の叫びをあげる柚子を傍観していた。
「みゅう、柊は何を貰う?」
と、不意に柚子がサンタに何を貰うのかと聞いてきた。柊はその質問にしばらく考えていた。そして、五分ぐらい考えた末に彼女は答える。
「母の、写真です」
空海家には母の写真が一枚も無かった。父や兄、姉や自分の写真はあるのに母の写真は一枚も無かったのだ。柊が物心ついた頃には既に空海家には母がいなく。父、兄、姉、自分の四人家族だった。昔はそんな事は気にする事などは無かった。誕生日会も遠足も授業参観も運動会も、父や兄がいた、姉がいた、だから、母がいない事を気にする事は無かった。
この前までは、そう思っていた。いつからだろう、この感情が芽生えたのは?いつからだろう、他人の家が羨ましく思い始めたのは?母がいない、何故?顔を知らない、何故?写真がない、何故!?
母に会いたい。母を知りたい。母の写真が欲しい。
「きっと、父がいなくなったから…。だからです。きっと…」
兄には言えない。兄は、父がいなくなってから自分達に心配をかけまいと頑張っている。悲しませないと歯をくいしばっている。だから、言えない。
「でも、知りたいです。会いたいです。顔を知りたいです…」
ちらほらと空から雪が降りだした。辺りは既に闇夜だ。公園の街灯がぽわっと明るくついている。そろそろ帰らないと兄に心配をかける。帰らなければ。柊はいつの間にか流れていた涙を拭う。
「帰りましょう、兄や姉が心配します」
「みゅ?みゅうみゅうみゅう!!」
柊の言葉にコクコクコクと何回も頷く柚子。彼女は柊の突然の涙に困惑気味だった。自分のせいで柊が涙を流したのではないかと思っているのだ。
「さて、ちっこい悪魔。帰りますよ?ちっこい悪魔?……うぃ?ちっこい、悪魔?」
雪は次第にその降る量を増していく。しゃんしゃんと降り行く雪。きっとこの勢いで行けばクリスマスはホワイトクリスマスになるだろう。楽しいクリスマスになる事は間違いない。兄と姉と柚子とちっこい悪魔。きっと、今までで一番のクリスマス。
早く帰って兄達にちっこい悪魔を紹介せねば。柊は辺りを探す。美味しい料理やケーキを食べたらちっこい悪魔は喜ぶだろう。サンタはちっこい悪魔にもプレゼントをくれるだろうか?柊はクリスマスについて考える。楽しい楽しいクリスマス。早く帰って支度をしなければ。
雪が降るクリスマス・イブ前夜。楽しいクリスマスになるだろう。ただ、その中でちっこい悪魔はいつの間にか消えていた。
こんにちは。
えぇと、とりあえず柊の話はここまでです。色々と無茶苦茶な感じですが、とりあえず柊の母に対する思いが伝わっていると上出来かと?
さて、第三十四話目。ちっこい悪魔、別に居ても居なくても良いのでは?……まぁ、不思議不思議という事で(笑)柊の話はここで終わりですが、サンタ編は続きます。
では、今回はこの辺りで失礼致します。ありがとうございました。
ク、クリスマスにまで間に合うか?