ロスト・メモリー《中》
第九十四話 ロスト・メモリー《中》
人間とモンスター。
そのどちらにも属さない神にとっては、時間の流れはほんの些細な一時の出来事でしかなかった。
だから――――武装神龍エンヴァスタードラゴンが連れてきた少女、アリサとの出会いもまた、神シンクロアーツ―――いや、シクアにとってはまるで昨日のような感覚でもあったのだ。
『シクア! 元気だった?』
『シクア―! 最近バルカーが冷たいんだよ-!』
『シクアの力ってどんなの!? みたいみたい!!』
まぁ、とはいえ。
いつの間にか精霊都市に住む精霊たちと仲よくなっていたアリサが、知らないうちに精霊と契約を果たしていたらしく、精霊の力を使っては、ちょくちょくと精霊都市に来てシクアに会いに来る―――――そのせいでもあるのだが…。
そして、それからまた数年が経った頃。
「久しぶり、シクア!」
再び精霊都市にやってきたアリサ。
年月が経った事もあって少し顔立ちは凜々しくなり、体もまた大人の女性へと近づきつつあった。
「………」
だが、それよりも先にシクアが気になったのは、そんな彼女の容姿ついてだ。
まるで服の中に何かを隠しているのではと思う程に膨れあがった……お腹。微かだが、その奥には一つの生命の気が感じられる。
「………………」
シクアは冷たい瞳でアリサから視線を移し……その後ろに立つ一人の青年を見据える。
「…………」
武装神龍エンヴァスタードラゴン―――――バルカを…。
「ねぇ、バルカ」
「……」
「神である私が言うのはどうかと思ったのだけれども、一つ言わせて貰ってもいいかしら?」
精霊都市の中央に建つ白城の中、バルカをその場で正座させるシクアは冷たい瞳を向けたまま、彼を睨み付けていた。
ちなみにアリサは少し離れた所で椅子に腰掛けているのだが、
「今から貴方を消そうと思うのだけれども、何か遺言とかあるかし」
「ちょっ、ちょっと待ってシクアッ!? ストップストップだから!!」
アリサの必死な呼びかけもあって、何とか即抹殺は保留となった。
だが、今度はシクアの視線がアリサへと向けられることになり、
「……え…っと」
そして、彼女の口から……事の経緯が語られる事となった。
それは人とモンスター、互いに違う種族が契りを交わし――――――子を成した事を…。
「確かに、モンスターと人間。違う種族同士で子供を産んではいけないという決まりはないわ。……でも貴方、はっきり言って、もうかなりの歳よね?」
「……ああ」
「それじゃあ、聞くけど……お年寄りの老人と、まだ大人にもなってない少女、そんな二人の交際に、貴方は反対しない者がいると思う?」
「…いや、いない……だろうな…」
「しかも、そんな爛れた関係の上で子供まで作るなんて……流石の神である私も驚いているの」
昔からバルカの事を知っている分、余計にタチが悪い。
シクアが眉間に皺を寄せたまま、ギラリとバルカを睨み続ける中、
「で、でもだよ!? い、一応両思いなわけだし」
「両思いとか、そんな話をしているわけではないのよ? それに貴女も貴女よ」
今度は仲裁に入ったはずのアリサに対し、シクアは言葉を告げた。
「モンスターと共に生きていく……それがどういう事か、本当にわかっているの?」
「………………」
この世界において、人間とモンスターは敵でしかない。
必ず狩らなければならない存在。
それは、同じ人間でもあるアリサにとっても常識的な事だった。
「……うん…色々と反対されちゃった」
「そうでしょうね」
「…でも、ね。………私は……うんん。…私たちは決めたの」
そうして……アリサは思い出す。
◆
ここに来るまでの間、色々な事があった。
仲間たちからの過激な罵倒や叱責。
そんな中傷的な言葉を言われ続ける彼女の事を思い、わざと嫌われるような言葉を口にして、アリサを突き放したバルカ…。
その後、長い時間……アリサは傷つき、泣き続け、塞ぎ込んでしまう……そんな時もあった。
だけど……それでも諦めきれなかったアリサは、必死な思いでバルカを見つけ―――――戦いを挑んだのだ。
それは、一人生きていくと再び誓ったバルカに、もう一度振り向いてもらうために……。
そして、彼を倒し―――――――そんな彼を抱き締めながら、アリサは――――
『……例え…人間の世界にいられなくなったとしても、私は構わない…それでも、私はっ! …バルカが好きなの…バルカが好きで好きで!! もうバルカと離れたくないのっ!!』
『…………』
『…ぃなく、ならいでよ…………もう一人に、しないでよ……バルカ…っ』
――――もう、これ以上。バルカにとって、彼女の思いを無下にすることができなかった。
―――――だから………バルカは、そんな小さな体をしたアリサを抱き締め……そして、共に生きていく事を誓ったのだ。
◆
シクアの視線が向けられる中、アリサはあの時の喜びを思い出しながら、真っ直ぐ前を見つめ――――。
「例え、二人だけになったとしても………これから一緒に生きていこう…って」
アリサは、その答えを口にするのだった。
その瞳の奥底にある思いは、確かなものだった。
共に誓い合った愛情が、アリサとバルカ。二人の心を絡み合わせるように、強い信念のようなものが込められていた……。
「……わかったわ。…それなら、もう私は何も言わないわ」
どれだけ言葉で言おうと、今更彼らは離れる事は無い。
そう悟ったシクアは、疲れたように息を吐く。
若干、彼らの思いに負けたよう気もするが、それ以上言及することはなかった。
――――――ただ、
「それで? 貴方たちは一体何をしに来たのかしら?」
「……え? あ……ああーそれは…その」
「まさか、私の手を借りに来た……とか、言わないでしょうね?」
そう言って視線を向けるシクアに対し、顔を背けるアリサ。
現状、人間側から逃げている状況である彼らにとって、そろそろ落ち着いた居場所がほしいらしく…、
「……うん、正解」
と、ニッコリと笑ったアリサ。
対して、やり返す様に、ニッコリと笑ったシクアは――――手に聖浄刀シンファモロを顕現させながら、
「ストップっ!? ストップだからっ!?」
「ッ。………はぁ、全く。バルカ、貴方も旦那ならしっかりと駄目なものは駄目とハッキリ言えるようにしなさい!」
「ぅ………ああ。まぁ…その」
「……はぁ。完全に尻に敷かれてるのね…本当に情けない」
頭を下げるバルカにもう一度溜め息を吐くシクアは、武装神龍の名が泣いているわ、と呟くのだった。
そんな怒られるバルカを見つめるアリサは苦笑いを浮かべながら、同時に心の奥底で真剣に悩んでいた。
これからどうしよう……、また一から探すしかないか……、と小さな溜め息を溢した。
――――その時だった。
「……ここから先、山を六つ越えた先に人の寄り着かない森林があるわ」
「……え…?」
アリサが驚いた表情で顔を上げる中、
「そこには食量になる植物や温厚なモンスターたちがたくさんいるはずよ」
「………」
「……だから………そこなら、貴方たちにとって落ち着ける居場所になるのじゃないかしら」
シクアが顔を背けながら、独り言のようにその言葉を伝えてくれた…。
その頬が微かに赤らんでいるようにも見えたが…それでも、
「……シクア」
「たまたま、地上を見ていた時に見つけただけだか」
「シクア!!」
アリサはシクアに抱きつき、目に涙を溜めながら、ぎゅっと彼女の体を抱き締め、
「っ、ちょっと!?」
「ありがとう、シクア! ありがとう!!」
大声を上げながら、同じ言葉を何度も言い続けた。
神と人とモンスター。
どちらも違う種族でありながら、言葉を交わし、喜び合う。
そんな幸せな時間がずっと続いてくれる事を――――――――アリサたちは、密かに祈り続けるのであった。
―――――――――だが、それから数日が過ぎた頃。
とある村。
小さな子供が草原で遊んでいる中、
「お母さん!」
「ん、どうしたの?」
「このお花、黒いんだよ!」
その子供はその手にした、黒一色で染まった異様な花を母親に見せた。
そして――――その数時間後。
その村に住む村人、全員が――――――死んだ。
それは神であるシクアですら認知出来ていなかった――――災厄の事態だった。
そして、その黒い花を起点に起きる事象は着実と進行し―――――――――――世界は、滅亡へと迫りつつあるのであった……。




