ロスト・メモリー≪前≫
今回は少し短めです。
第九十三話 ロスト・メモリー《前》
それは、世界に残されなかった記録。
それは、神と人、そしてドラゴンが育んだ確かなる時間。
そして、それは――――――――その世界に住む生き物たちが滅亡するまでの物語。
異世界アースプリアス。
その世界には数々の生物たちが生まれ、大まかとなる生き物たちは、モンスター、人類、そして、精霊の三つに分類されていた。
だが、そんな中でも特に異質していたのはモンスターたちだ。
あるモンスターたちは人々との戦いを楽しみ、またあるモンスターたちはその地を統べる王となり、また中には好き好んで人に化けるモンスターもいた。
そして、そんな変わりものでもあるモンスターを含めた全ての生物を見定める者も、またこの世界には存在していた。
そこは人が立ち寄る事の出来ない空高き上空に浮く、大都市。
精霊都市エターバル・グラウンド。
目には見えない精霊たちが住み着く、白一色に染められたその都市。その一角に立てられた都市の中でも一番に大きい城の頂上にて、
「…………」
地上を見据える、一人の女性の姿があった。
彼女の名は―――シンクロアーツ。
この世界を守る担い手とされ生まれた、一人の神様だ。
「………」
彼女の日常は何も変わらず、ただ事の成り行きをこの場所で眺めているだけだった。
例え、争いが起きようとも。
例え、人類の危機が迫ろうとも。
例え、モンスターたちが大騒動を繰り広げようとも。
彼女が何者にも干渉しない。
それが、神である者のあり方だと――――――――彼女自身もまたそう思っていた。
―――――――あの時、来るまでは。
「これはまた珍しい来客ね」
シンクロアーツがそう言葉を発したのは、もう何千年ぶりだろうか。今、彼女は都市エターバル・グラウンドの外壁近くまで足を赴けていた。
そして、彼女が見上げるそこには、一体のモンスター。
全身に武装を施した紅のドラゴンが彼女を見下ろす形で上空を飛翔していたのである。
武装神龍エンヴァスタードラゴン。
あらゆる武器を自在に操り創世する、この世界において最強に等しいモンスターだ。
本来なら、そのモンスターの到来はまさに都市の危機にも等しいはずだ。
だがしかし、彼女は何ら臆することもなく、ただ静かにそのモンスターを見据えていた。
何も、危機など感じない必要すらない。
それほどに、彼女には神としての力があった。
『グゥルルルルゥ』
と唸り声を上げる武装神龍エンヴァスタードラゴン。
すると、その時。
ひょっこりと、ドラゴンの背か小さな影が現われた。そして、その影はその場所から飛び降り、シンクロアーツの目の前にて着地する。
「よっと」
影の正体は、一見してまだそう歳もいかない一人の少女だった。
ただ、素の背には背丈に似合わない大槌が背負われている。
モンスターではない、他の登場に瞳を細めるシンクロアーツ。だが、対する少女はニッコリと笑いながら口を開き、
「初めまして、私の名前はアリサ。よろしく!」
そう、アリサは言うのだった。
精霊都市エターバル・グラウンド。その都市において初めて足を踏み入れた人間、それが彼女――――アリサだった。
「どういう事か説明しなさい。武装神龍」
「……………」
精霊都市にある城の中、今そこで神であるシンクロアーツは眉間を顰め、一体のモンスター……いや、一人の少年を見据えていた。
外見からしてアリサとそう変わりない背丈の少年。その背には見慣れぬ柄のない剣型の武器が背負われている。
彼の存在はモンスターであり、人ではない。
そう――――モンスターの中で変わり者とされる人に化けたモンスター、それが武装神龍である彼、バルカだった。
と、そんな中で、
「ねぇ、バルカ? まだ怒られてるの?」
「うるさい、お前がいるとややこしくなるからどっか行ってろ」
しっし、と手を振りそうあしらうバルカ。
頬を膨らませるアリサは、もういい!! と言って去って行くのだが、そんな彼女の姿を共に見つめるシンクロアーツは溜め息を漏らしつつ、話を再開させた。
「して、武装……いや、バルカでいいわね。……どうしてこの場所に人間なんかを連れてきたの?」
「……いや、アイツがどうしてもここに来たいって言うから」
「そう………武装神龍エンヴァスタードラゴンの名が泣けるわね」
「っ……」
「…まぁ、そんな事はどうでもいい事だけど」
神ある彼女からの言葉に言い訳する様子も見せないバルカ。たが、そんな彼の心の内など既に彼女には筒抜けとなっていた。
「貴方が気になっているのは、彼女の武器についてでしょ?」
「………」
その言葉通り、バルカがここにアリサを連れてきたのにはある理由があった。
それは単に彼女の願いを聞き入れただけではなく、彼女がその手に持つ武器に対してだった。
彼女は強大モンスターを倒した際、たまたま見つけた口にしてはいたが、その武器は武装神龍とまで呼ばれた彼でさえ知り得ない詳細不明の未知の大槌だった。
彼はその武器の秘密を知る為に、シンクロアーツの元を訪ねたのだ。
結果として、この場所にアリサを連れて来なければいけなくなってしまったのだが、
「……なら、武器だけ持ってくれば、良かったのじゃなくて?」
「…アイツがどうしてもって言って、手放さなくてな」
本当なら、武器だけ持ってくれば事は早くに済んでいた。
だが、十分に説明するもアリサが、着いて行く!! と駄々をこね、止むなく現状に至ってしまったのだ。
「……随分と、人間なんかになさけなくなったわね」
「………っ、でだ。どうなんだ? お前はあの武器に対して、何か知ってるのか?」
「……ええ、そうね」
彼女はそう言って、少し離れた場所。
そこで目に見えない精霊たちと戯れるアリサを見つめる。
そして、その手にある武器をふくめた彼女自身の状態を見据え、神は彼の問いに答えた。
「おそらく、だけど…彼女は世界から選ばれた存在よ」
「!?」
――――――世界から選ばれた。
その言葉に驚きを隠せなかったバルカ。
対して、彼女は更に言葉を続けた。
「何を驚いているの? 貴方もそうでしょう?」
「……」
「モンスターという身でありながら、シャイニングの力を有している。アレはそもそも私自身の力とはあまり関係ない力だもの。……つまりは貴方もまた世界に選ばれた存在であるということなのだから」
この世界には、神の他に特別とされる力が存在する。
その力の名は、セルバースト。
セルとバースト、二つの力が組み合わさり、そう呼ばれる力は本来彼女。シンクロアーツから発生させられたものだった。
―――グラウンドセル、ドラゴンバーストもまたそうであるように。
だが、そんな中で一つだけ異なる力が存在していた。
それが――――――シャイニングセルだ。
神からではない、世界が生み出した未知の力。
またその力は、世界から選ばれた者だけに宿るとされていた。
同時に――――――――その代償も含めて……
「―――――いずれ来る運命に、その者は選択を迫らされる」
「………」
「貴方が選ばれたように、彼女もまた選ばれた。……意外にも似たもの同士だったのかもしれないわね」
そう言ってシンクロアーツは笑った。
まるで、その運命を託された者を嘲笑うように…。
「……笑ってんじゃねえよ」
だが、その反応にもっとも怒りを露にしたのはバルカだった。
神である彼女に対し、明確な怒りの感情を露にさせる。立場を忘れる程に、バルカは彼女に敵意を向けていたのである。
「………わかってるの? 私は神よ」
「ぐちゃぐちゃ、うるせえって言ってんだよ。神なら、お前がその運命をどうにかしろ。俺たちを勝手に巻き込むなッ」
「………」
バルカの怒りは、自身だけに対して来ているものではない。
同じように選ばれたアリサを含め、そう言葉を口にしているのだ。
世界なんて知らない。
運命なんて知らない。
勝手な都合で自分たちを巻き込むな、と彼は神に対して言っているのだ。
だがしかし、
「巻き込むな…ね」
「ッツ…!?」
その直後。
神の手に一本の刀が姿を現わした。
それは全てを浄化し、無に返す刀――――――聖浄刀シンファモロ。
「なら―――――最初からなかった事に、しようかしら?」
神はその冷徹な瞳を見開き、バルカを見据える。
そう、彼の言葉は神の逆鱗に触れてもおかしくない言動だったのだ。
そして、神は圧倒的な力をその手に、刀をふり―――――――
「全く、何やってるの?」
その直後、ゴン!! と。
バルカの頭にて、背後から大槌が振り落とされた。
突然の事にあってか、たった一撃で悶絶して気を失ってしまったバルカ。バタンと倒れた彼の側で、大槌を下ろした元凶でもあるアリサは呆れた様子でそっと溜め息を漏らす。
「ごめんね、神様。バルカはこう言っちゃあなんだけど、頭に血が上りやすいタイプだから」
「………………」
「ほら、行くよ。バルカ」
アリサはそう言って倒れるバルカの腕を持ち、引きずる形でその場を去ろうとする。
だが、そんな彼女に対し、シンクロアーツはその瞳を細め――――言った。
「今までの話、聞こえていたんでしょ?」
ピタリ、とその言葉と共に足を止めたアリサ。
神が口にした通り、今までバルカと話していた内容をアリサは聞いていた。
だからこそ、バルカが神に殺されそうになったあの場面で彼女は姿を現わすことが出来たのである。
「やっぱり、神様には嘘は突き通せない、っか」
「………」
人と神。
互いに視線を交え合わせる中で、その場に重い緊張感が漂う。
だが、そんな緊迫した状況の中でも、アリサは笑みを崩さなかった。
嘘偽りなく、まるでその状況を楽しんでいるかのようだった。
「……バルカは、貴方が巻き込まれることを望んではいないわよ?」
「…そう、だね」
困ったような笑みを浮かばせるアリサ。
神に言われるまでもなくバルカの思いは知っていた。
平然と装っていても、その内では凄く心配してくれていることも知っていた。
だが、
「でも、私は……嬉しい…かな」
「…嬉しい?」
「うん」
アリサは優しげに笑いながら、言う。
「だって、大好きな人と一緒だなんて………そんなの凄く嬉しいことじゃない」
世界から託される運命は、そんな甘いものではない。最悪が訪れ、必ず悲劇が起こるだろう。
それこそが、運命に選ばれたものの宿命なのだから。
――――しかし、それなのに彼女は、
「貴方は怖くはないの?」
「全然、だってバルカがいるから」
「たくさんの悲劇が貴方に降りかかるかもしれない、それでも」
「それでもだよ。私は…何も後悔なんてしない」
一言も、悲観的な言葉を口にしなかった。
その体は小さく、脆弱な人間であるはずなのに…。
「バルカが聞いたら、多分怒るかもしれない。でも、それでも私はその運命の日が来ようとも、その日が来るまで精一杯楽しもうと思ってる」
「…………」
「そして、出来ることなら。…………神様とも仲よくなりたい」
「!?」
何ともおこがましい事を口にする人間に対し、シンクロアーツは一瞬驚いた表情を見せるも直ぐ顔を険しくさせ、口を開こうとした。
だが、ソレを察してか、アリサはそそくさとバルカを引きずりつつ、
「そのためにも、まずは名前から! これからは貴方のことをシクアって呼ぶね!!」
「なっ!?」
「それじゃあね! ほら、バルカも起きて!」
そう言って、城の外へと出て行ってしまった。
神シンクロアーツ、いや―――シクアは嵐が去ったかのように静けさだけを残したその場所で、ただ茫然と立ち尽くすしか出来なかった。
モンスターや神ですらも巻き込み、笑顔を振りまく人の子。
それが、ルーサーの母である彼女―――――――――アリサという彼女の姿だった。




