カキ氷とルビーストロベリー
第六話、編集させていただきました!
第六話 カキ氷とルビーストロベリー
日差しが暑い季節になった。
空から差し込まれる太陽とそれに付き添う熱気の両者。
マチバヤ喫茶店前の玄関を箒で掃除する美野里は口内に残った唾を呑み込み、喉の渇きを実感する。
頰には汗の粒が止めどなく溜まり、限界を越えると喉元へと伝って落ちていく。
上に来ている白のワイシャツは汗で濡れ、中のシャツなどビショビショだ。
「‥‥暑い」
この暑さは彼女が元いた世界の気象とも似ている。
とはいえ、そうは分かっていたところで暑いものは暑いのだ。
たとえ、それが開店前の早朝だとしても。
美野里は首に巻いたタオルで頬に伝う汗を拭いながら、炎天下の原因となる太陽を見上げる。
元の世界なら、こういう暑さのある時期を夏と言うのだろう、と思いながら‥‥。
【彼女が今住む剣都市インデール・フレイムがある地方では、ここ数日と猛暑に近い熱帯時期に突入していた】
時間が経ち、ちょうど朝の十時を回った頃合いのマチバヤ喫茶店にて。
バタン! と音を立て、カウンターに頭を落とす少女がいた。
腰には真新しい鞘に収められた魔法剣ルヴィアスの姿があり木製のカウンター表面に頰を引っ付け、少しでも冷たさを感じようとする魔法使いこと、アチルだ。
「あー、暑すぎます」
「知ってる」
美野里もまたアチルと同様に返答を返しながらテーブル前の椅子に座った状態でダラけた表情を見せている。本来なら店主がこんな姿を客に見せるのは不味いのだが、アチルを除いた店内には誰一人として客がいない。
彼女としては、仕事中に休憩していたわけではなく、というか本当ならもっと働きたい。
だがしかし、この暑さのせいもあってインデール・フレイムの通りにはハンターたちの姿は一人も見られない。
この熱帯気候によって、彼らもまたこの暑さに耐え切れずに宿などで寝そべったりして気象の熱さに耐えているのだ。
防具といった鉄を身につけて歩くものなら、炎天下の下で人間バーベキューをしているようなものだ。
そんな訳あり、現状ひまを持て余している美野里も正直、店を閉じたい気持ちで一杯だった。
だが、そうはいっても売れ行きなどの金銭を考えても店は出さないわけにはいかない。
「はぁ、あっちだったら今頃は涼しい風が吹きまくっていい気持ちなんですけど」
「へぇー、アルディアン・ウォーターってそんなに風通しがいい街なの?」
「いえ‥‥魔法で風を」
「ああ‥‥やっぱり」
はぁー、と同時に溜め息を吐く美野里とアチル。
アチル自身、魔法を使い熱さを凌げる術を持っているそうなのだが、魔力に直結した体力の関係もあり長続きがしないとのこと‥‥。
美野里は頬杖をつきながら、もう店を閉めようかな、と半分思いかけた。
ちょうど、その時だった。
チリリンー、とドアの鈴の音が聞こえ、
「……ふぇ」
「いらっしゃいませー!」
寝とぼけるアチルとは対照的に美野里は背筋をピンと伸ばしながら立ち上がり、営業スマイルで来店してきた客に声を上げた。
だが、来店して来た客を一目見た直後、美野里の顔が途端にガッカリとした表情へと移り変わる。
そして、
「はぁー。なんだ、アンタか‥」
「おい、客に対しての言葉使いはどこにやった」
来店した早々の言葉に対し、少年‥‥‥鍛治師ルーサーは片眉をピクピクとさせながら口元を引きつらせる。
片手には大きな荷物を持ち、炎天下の中を歩いて来たせいか服の上は汗でびっしょりに濡れている。
ルーサーは重い溜息を吐きながらドアを潜り、対する美野里はというと溜め息を吐きながらさっきまでの丁寧さはどこに行ったのかと思うぐらいのダラけさで再びテーブルに顔をつけようとした。
だが、そこで不意に美野里の瞳があるものを捕らえる。
「え?」
「ん?」
美野里が見つめる先にあるものは、ルーサーが片手て持つ袋に入っていた器具。
フレームの鉄には錆がつき年季の入った代物にも見えるが、その正体を見間違うはずがない。
何故ならそれは、美野里の住む世界にだけ存在すると思っていた特定の物を削る機械‥‥暑い中でこそ役に立つお宝、カキ氷機だったからだ!
「ちょ、ちょっと! なんでアンタがそれ持ってるのよっ!?」
「は? 持ってるって、お前何言ッ、うわッ!?」
怪訝な表情を浮かべていたルーサーの眼前に飛びつき、美野里はルーサーの胸ぐらを掴みこむ。
そして、瞬く間に奪い取った機械をテーブルの上に置き、機械の外見を観察し始める。
三本の脚で立つ機械の下には、入れ物を置くようなスペースがある。その上には四角いボックスのような物があり、ボックス蓋の頭部には何かを回すような取っ手があり、蓋を開けるとその裏を見てみるとそこには何かを削るような刃が付けられ、削った物が下に落ちる仕様になっている。
所々と形は違うも、その機能自体は一緒だ。
やっぱり、かき氷機だ‥‥と呟きながら、目をキラキラと輝かせる美野里。
だが、そこでふと鼻に突っかかるような異臭に気づく。
「うっ、鉄臭い!?」
「いや、当たり前だろ。それ、鉄の加工に使うやつなんだから」
どうやらこの世界ではカキ氷機は鉄の加工機として使われているらしい。
鉄の臭さも削った際に付いた残り香だろう。が!
正直な感想をいえば、凄く勿体無い!!
とはいえ匂いもそうだが、鉄の残りカスがある以上、到底使う事が出来ない。
諦めるしかないのか‥‥と誰もが思う所だろう。だが、そこで諦める美野里ではない。
「ルーサー!」
グィ! と再びルーサーの胸倉を掴み上げる美野里は顔を近づけながら、
「それ、まだ新品の奴とかあるの!」
「お! おまっ、近い近い!!?」
「いいからあるかないか答えろって言ってんのよ!!」
ぎゅううう、と胸倉を掴む手の力が段々と強く込められていく。同時にルーサーの首が絞まり始め、
「ぐぇっ、く苦しッ!?」
「早く答えて!!」
「あ、ある! あるからっ、手! 手、放せって!!」
バッ、とルーサーを解放する美野里。
そして、目の前でグッタリとする彼に視線を向けることなく、美野里は猛スピードで地下に降りていくと、数分も掛からず普段着から戦闘姿に着替えて戻ってきた。
その着替えは速く、一分も掛かっていない。
美野里はルーサーを一睨みした後に、カウンター上でもう一人とグッタリとしたアチルの肩をゆさぶり、その耳元で大声を出す。
「アチル、早く起きて! 今から食材を取りに行くわよ! それ使って、美味しくて冷たい食べ物作ってあげるから!」
「っにゃ!?」
ピカン! と目を見開き魔法使いアチルは復活する!
美野里は調理場からコップを取り出し、ウォルトリーから出た水を一杯に入れて、一気に喉奥へとそれを流し込んだ。
アチルにも同じように水の入ったコップを手渡し水分補給させる。
そして、彼女たちは戦闘準備を万端にさせながら、
「それじゃ、アンタはここに新品のソレを持ってくること! 私たちが帰ってくるまでに持ってきてよね! 後、それで鉄とか削ってたら死刑だから!」
「早く!早く行きましょう! 美野里!」
ダダダダダダー!! と猛ダッシュで外へと駆け出していく二人の後ろ姿。
店内で一人ぼっちとなったルーサーは、茫然としながら、何がどうなってどうなった? と目を点にさせるのだった。
猛暑の中、全速力で高原を走る美野里とアチル。
アチルは目的地を知らず、前を走る彼女の跡をついてきている。
彼女たちが目指しているのは以前に『スゥイーピーチ』を手に入れるために訪れた森林、アルエキサーク。
熱さの異常気象もあり、人食い植物シュルチは活発的に動き凶暴となっていたが、そんな物よりも怖い者が二人、存在していた。
それは、食欲に飢えた少女たちだ。
「せあっ!!!」
「ふん!!!」
ダガーを投げ飛ばし、シュルチを仕留める美野里。
一方で魔法剣・ルヴィアスに纏わせた水魔法の斬撃波を放つアチル。
一番に活躍していたのは魔法剣を使う彼女だった。
ショルチは空を飛ぶ機能を持っていない。そのため地中を這って行動しており、そんな植物たちに向かってアチルは衝撃波を横一線に放ち目の前の敵全てが吹き飛ぶか、もしくは足である茎を斬り落としていく。
普段ならその光景に感嘆の声を漏らす美野里なのだろうが、彼女もまた食欲に飢えた獣な為もあって、気にもしていなかった。
そして、彼女たちはそのまま足の速さを止めず走り続け、ついには目的の場所。
森林の中心部にある湖にたどり着く。
そこでは年に何回か水を飲みに来るモンスターが存在していた。
見た目はダチョウのような二足歩行のモンスター、タニタス。
茶色の毛皮が胴体までしかなく頭や首、足などには毛が生えていない。その部分だけをあげると、アホウドリを想像させる容姿をしているのだが、そんな彼らの尻尾には瑞々しい赤い潤った実が時期も重なって、熟した果実となり、ハンターたちの間では『ルビーストロベリー』と呼ばれていた。
ぐわぁ? と数十匹といるタニタスが美野里たちに気づいた。
そして、その瞬間に彼らは恐怖するのだ。
「みーつーけーたー!」
「美野里、アレの尻尾の奴ですよね? 殺っていいんですよね?」
ぎらり、と光る二つの武器と食に飢えた獣たちの瞳。
その数秒後。
森林中心部でモンスターたちの悲鳴が響き渡ることとなる。
時間が経ち、所変わって剣の都市インデール・フレイム。
熱さが地面を熱し、湯気が出てもおかしくないのではと思ってしまう。そんな中で二人の少女は喫茶店のドアを潜った早々に、バタン! と床に倒れ落ちた。
「もー無理」
「私もですぅー」
完璧に熱中症になる一歩手前の美野里とアチルが延びている。
彼女たちの手には今しがた手に入れた『ルビーストロベリー』の入った袋が握られていた。
タニタスの悲鳴を引き換えに切り取った実。
とはいっても別に殺したわけではない。タニタスは自身の尻尾をトカゲのように切り離すことができ彼らと尾にある実も危険を回避するために生えたものなのだ。
だが、今回は美野里たちのあまりの殺気に恐怖し、悲鳴を上げてしまったらしい。
尾の実を地面に散らばらせるように落とし、脱兎のごとく逃げていったのだから。
かくして、結果。
実を手入れ、何とか店に帰ってくることができた。
床に倒れる彼女たちの目の前に、トンとコップが置かれる。
それは呆れた表情を浮かべるルーサーからだった。
「お前ら、こんな中でよく取りに行ったよな」
「ぅるさいわね…ごくっ」
「ぁりがとう…ございますぅ…ごくごくっ!」
共に水を一気飲みする二人は。
美野里はひと息つきながら。視線をテーブル上に置かれた錆一つない機械に向け、取りに行ってくれたんだ、とルーサーに対し口元を緩ませる。
「ルーサー、アチルをテーブルまで運んどいてくれる?」
「お前はどうすんだよ。少しは」
「大丈夫。アンタたちのと自分のを作ってからゆっくり休むつもりだから」
そう言ってゆっくりと立ち上がる美野里は、手に持った実の入った袋を握りしめ、調理場へと向かい歩いていく。
ルーサーはそんな彼女を心配した表情で見つつも、今も完全に延びよう倒れるアチルに溜め息を漏らすのだった。
そして、それから数分が経ち、
「美野里、これって」
「うん、氷」
テーブル上に置かれたスプーンと四角の氷に三つのガラスコップ。それとさっき取ってきた『ルビーストロベリー』を潰して液体にしたものが置かれていた。
そして、それを見た直後。
ガン! とアチルはテーブルに頭を打ち付け崩れ落ちる。
「ぅぅ、うそつき……ひぐっ、美味しくて冷たいもの食べさしてくれるって言ったのに―…うぐ」
「おい、さすがにこれはあんまりだろ…お前」
ルーサーも同意見らしい。
彼らには暑いから氷でも食べていろ、と言っている風に見えのだろう。
だがしかし、美野里はそんな状況の中で不敵な笑みをこぼし、
「早とちりしすぎなのよ、アンタたちは。まぁ、見てなさい」
美野里はルーサーが持ってきた新品の機械を目の前に持っていき、三本足の下に空いたスペースにガラスコップを設置してから機械蓋を開けてそこに四角の氷を入れて再度蓋を閉じた。
そして、その蓋上に取り付けられた取っ手を握り、
「行くわよ」
美野里は円を描くように取っ手を回した。
ガリガリ。
ガリガリ。
ガリガリガリガリ! と。
「「…………え?」」
美野里の動きを眺めていたルーサーとアチルは共に目をこすらせ、目の前で起きている光景を目を見張らせる。
機械の取っ手を回していくと、その中で削られた氷がまるで雪のようにボックスの底から落ち、ガラスコップに溜まっていく。
ルーサーたちにとっては今まで見たことのない現象だった。
そして、一つのガラスコップの中で山のように溜まったのを確かめる、それを取り出してから次にもう一つのコップにも同じように削った氷を詰まらせていく。
「よし、これぐらいでいいかな」
美野里は出来たソレらに、今回取ってきた『ルビーストロベリー』を液体にしたものを上からかけ、最後にスプーンを突き刺しルーサーとアチルの目の前に置いた。
「はい、カキ氷の完成っと」
「か…」
「カキ氷?」
その言葉に首を傾げる二人。
対して、美野里はスプーンで山となったカキ氷をすくって口に入れる。
瞬間、目を瞑りながら、美味しい! と頰を緩ませる美野里。
アチルは口に溜まった唾を飲み込み、ゆっくりと出されたソレをルーサーと共にすくい口に入れる。
その次の瞬間、
「甘い!!!!」
「おお、すげえなコレっ……」
バクバクっ、とカキ氷に食らいつくアチル。
ルーサーも同じように口に入れてその味に笑みをこぼす。
この世界に発展しなかった物なだけあって、初めての味に二人は驚いた表情を浮かべている。
美野里はそんな騒がしい光景を眺めながら、ふと昔の事を思い出す。
あれはちょうど、妹が小学三年に上がった時。
二人で夏祭りに出かけ、そこで初めてカキ氷を妹に進めた。
『甘い! お姉ちゃん、これ美味しいね!』
「そうでしょ。あ、でもあまり食べすぎると」
『ぅ、ううー、頭痛い!』
「はぁー、もう仕方がないんだから」
頭を押さえ、唸る妹に対し笑みがこぼれた。
あの後、色々な店を周ったりもした。
そう、あの世界。
そこに帰れなくなる日がくるとも知らずに………。
思い出が頭の中でうごめく。
と、その時だった。
美野里の頬に、突然と暖かい布のような物が当てられる。
「!?」
「…………………」
目を見開き、前を見るとそこには無言で手を伸ばすルーサーがいた。
その顔は普段のような呆れた表情とは違い、真剣に心配したような表情をしている。
どうして、と思う美野里だったが、そこで彼女はある事に気付く。
それは、無意識に流れ落ちた涙。
一筋の雫が目から頰へと伝っていた事に‥。
「………ぁ、ありがとう。そ、その、これはっ」
「………………」
咄嗟のことに動揺する美野里。一方のルーサーはそんな彼女に何も言わなかった。
今は、言葉はいらない。と、そう思ったのか。
美野里は受け取った布で涙を拭き取り、それをテーブル上に置く。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
どうにも話しづらい空気が出来てしまった。何をどう切り出せばいいのかわからない。
どうしよう、と口を紡ぐ美野里。だが、そこで不意にある事を思い出す。
「……………あれ?」
さっきまであれだけ大騒ぎしていた、カキ氷に食らいついていたアチルの存在だ。
まるで初めからいなかったかのように、静かすぎる。
美野里は怪訝な表情で視線を動かし、ルーサーの隣に目を向ける。
すると、そこには、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー!! 頭が、キーンってするっうううう!!!!」
そこには‥‥‥涙目で、頭を押さえ抱え込むアチルの姿があった。
カキ氷の冷たさによる副作用を身を持って体感したようだ。
美野里とルーサーは共にそんな彼女を見つめながら、ぷっと口元を緩め笑い声を上げた。
平穏な一日を、締めくくるように‥‥。
こうしてマチバヤ喫茶店のメニューに新たにカキ氷という料理の品が入ることになった。
だが、それは裏メニューであり美野里たちだけしか知らない小さな秘密になるのだった。