幽玄の守り人・中
第八十ニ話 幽玄の守り人・中
久々の充実した時間も楽しければ直ぐに終わってしまう。
定時勤務の時間を終えた美野里は更衣室で着替えを終わらせ、従業員用の出口から外に出ようとしていた所だった。
「町早、今日暇か?」
突然と、背中から美野里に話し掛けてきたのはこの店で働く従業員である先輩こと、白木謙太。
彼は美野里がこの仕事についた頃からよりも二年先に働いている従業員であり、また色々と気の回る仕事内でのムードメーカー的存在でもある。
仕事のミスをした時など、ちょくちょくフォローしてくれる良き人なのだが、今日はどこかよそよそしい雰囲気が少しあった。
そして、そんな彼はというと、
「えっ、どうしたんですか…白木先輩?」
「あっ……いや」
どこか気恥ずかしげな表情を浮かべる彼に首を傾げる美野里。
対して、白木は頭をかきながら息をつかせ、淀んだ声を出しながら言った。
「き…今日は町早のおかげで色々と助かったと思ってな。……で、今日、もしよかったら久々に飯でも食いに行かないか、…と思って」
「え…?」
会話が終わり、一端の沈黙が落ちる。
自信なさげな表情を見せる白木に目を見開いてしまう美野里。
食べに行かないか、という言葉は仕事仲間の中で決してない、というものではない。だが、男女、それも二人だけでとなるとまたその誘いは別の意味に変わってくる。
そして、さらに言えば美野里にとって、こういった誘い方は初めてではなく、二回目となるのだ。
白木が見せる、いつもと違った雰囲気。
二人の間に漂う静寂。
美野里は頬を一瞬赤らめる。だが、同時に脳裏にかつての光景が呼び起こされてしまう。
それは、こことは違う世界で。
初めて採取依頼という名のデートに誘われた…、
「ま、町早?」
「っ!? あ………そ…その、…ごめんなさい。今日は、ちょっと用事があって」
「あ、ああ…そっか……その、悪かったな」
「い、いえ……その…本当にごめんなさい。…そ…それじゃあ」
白木に頭を下げる美野里は、やや急ぎ足でその場を後にした。
彼が向けていた顔を見ないようにして……
そして、心の底で思い出してしまった記憶から逃げるように……
帰り道、ルーサーと美咲は夕暮れが始まろうとする空の下を二人並んで歩いていた。
あれから直ぐに帰れたわけでもなく、美咲は部活に戻り、ルーサーは図書館に籠っていたのだが、
「まったく、ルーサーもルーサーだよ? あんな喧嘩に乗るなんて」
「はぁ……だから、悪かったってさっきから言ってんだろ」
帰り道だというのに、何度目かとなる叱りは今も続いていた。
ルーサーはうんざりした表情を浮かべているに対し、美咲は未だに機嫌が優れていない様子だ。
しかも、もうかれこれと時間が経つというのにまだふり返すあたり、姉妹揃って説教好きな傾向があるよな、と思ってしまう。
ルーサーは軽い相づちをうちながら、視線を他へと移して話しを聞き流していた。
そうしないと、疲れがドッとくる気がしてならなかったからだ。
だが、そんな時だった。
「いたっ!」
ルーサーたちの目の前で、私服姿をした黒髪の少女が道端の段差に躓いて転ける姿が彼らの目に映った。
膝を擦りむいたのか、痛みで蹲る少女に美咲は急ぎ駆け寄ろうとする。ルーサーも息を吐きながら、そんな彼女の後に続くように歩き、不意に地面に倒れる少女と目が合わった。
変哲のない瞳―――――
その奥から薄らと鑑みれた、その力の眼光を―――――
「ッ!?」
次の瞬間。
ルーサーは走り出そうとしていた美咲の腕を掴み取り、強引にこちらに引き戻す。
そして、
「ちょっ、何するの! るー」
「少し、黙ってろ……っ」
「………ぇ」
美咲は直ぐさまに怒りの剣幕で声を上げようとした。
だが、視線を向けた先で。いや、ルーサーの緊迫したような顔色を見た瞬間に、その勢いは相殺されてしまった。
だが、異変はそれだけに止まらなかった。
「酷い、お兄さんだね」
突然と、幼さとはかけ離れた大人びた声が聞こえてきた。
美咲がその声に顔を振り向ける中、ルーサーは歯噛みと同時に険しい目つきでその少女、いや、その存在を睨み付ける。
新たな色で塗り重ねるように膝の怪我は消え、地面に倒れていた少女はゆっくりとした動きでその場から立ち上がる。
そして、それに続くように髪の色から色素が抜けるように白い髪へと変色していき、いつしかその場所にあるはずの車は動物、その他の人間たちの姿がいない、無人の状態へと浸食されていく。
「初めましてだね、お兄さん」
そうして、少女は―――
「あ、それとも……………武装神龍エンヴァスタードラゴン、って呼んだ方がよかった?」
ラトゥルは笑顔を浮かばせ、ルーサーたちの目の前に姿を現わした。
その背後に、新たなる下僕を従えながら…。
町早美野里は今、正直悩んでいる。
それは帰り道の途中、正確には近場の公園に差し掛かった時だった。
本当に、たまたま目にした。
ただ、それだけだったのだが……、
「あ、あの……だ、大丈夫?」
美野里の目の前に今、地面に倒れた少女がいる。
黒の革ジャン風の上着にマリンキャップを身につけた彼女。その容姿から見ても、妹の美咲とそう変わらない年齢だと思われる。
だが、別にそこに問題はなかった。
「…………」
地面に倒れる彼女の近くには黒いゴルフケースがあり、そして、もう一つ。
それは漫才といった笑いのネタとしてあるだろう、皮のむけたバナナの皮が無造作に落ちていた。
しかも、明らかに踏まれたような靴の痕が残っている。
「……………」
べ、ベタ過ぎる……。
こんな漫画で見たような光景をまさか、この年代で目の当たりにするとは思いもしなかった。
美野里は眉間を抑えつつ、取りあえず気絶している様子の彼女を起こすべく、その体に手を伸ばそうとした。
だが、
「…………ねぇ」
その手の動きは、不意に止まる
そして、美野里は後ろを振り返らずして、こう尋ねる。
「私に、何のようなの?」
美野里がゆっくりと後ろに振り向いた。
そこには、何ら変哲もない包丁を手にした黒いローブ姿の男が立っていた。
その体からは鼻を刺激するような異臭と共に、片腕の服袖からは肉のない、骨だけの手が見え隠れしている。
そして、美野里の問いを返さずにして、その男は雄叫びと共に手に持つ包丁を振り上げながら襲い掛かってきた。
まるで命令された事をそのまま行動に移す、機械のように。
だが、その次の瞬間。
「ッ!!!」
ガキィン!!! という甲高い音と共に包丁は粉々に砕け散り、ローブの男は目の前から受けた衝撃によって後方へと吹き飛ばされ地面を転げ回る。
対する、美野里はゆっくりと息をつき、動きなれた仕草で手に持つモノを振り下ろす。
それは完全とはいかないイビツな形をした光の短剣。
その剣を手に、美野里は閉じていた瞼を開かせ、衝光の瞳を灯しながら言葉を放つ。
「昔の私だからって、なめてんじゃないわよ」
現状、美野里の体は精神だけが未来から来た状態となっている。そのため、体は幼く、戦い方を知らない状態でもあった。
だが、例え戦い方を知らない体だとしても、変わらないことがあった。それは、衝光の力をいつでも使える状態だったということだ。
昔は使えなかったのは、何故か?
それは…単純な答えであり、その力の入れ方を知らなかった。
ただそれだけが、昔と今との差だったのだ。
『ッッァ…』
美野里によって吹き飛ばされたローブの男は鈍い動きで平然と体を起き上がらさせ、体の骨を何度と鳴りせ続ける。
美野里は警戒しつつ、後ろで倒れ少女を気に掛ける。だが、その一瞬の隙をつくように、ローブの奥に潜む男の瞳が赤く光った、その直後。
突如として、地面から突き出された複数の骸骨たちが美野里の両足に纏わりつく。
「ッ!?」
予期せぬ攻撃に一瞬驚きながらも美野里は衝光の力を全身に行き渡らせ、力任せにその骨々を蹴破ろうとする。
だが、蹴り潰してもまた新たに現われる骨たちが美野里の動きを着実と封じ、足から腰へと進行を広げていく。
「こんっのッツ!!」
美野里は最大限に衝光の力を発揮しよう、力の言葉を言い放とうとした。
だが、その直後だ。
「ッッ!!?」
全身を雷に打ち抜かれたような激痛が美野里の体に襲い掛かり、強烈な痛みによって溜まりつつあった衝光の力が四散する。
そして、ついには地面に両手をつき、美野里の体は倒れてしまった。
(ッ、やっぱり…この体じゃっ)
衝光の力を使うことは出来る。
だが、体が着いて来れない!!
身動きの取れない美野里に骸骨たちは次々とのし掛かり、纏わりついていく。骨の重さが積み重なり、いつしかそれは小さな山となっていた。
骨の重みが肺を圧迫し、息を詰まらせる。
呼吸が上手くできないことによって、掠れていく意識。そして、微かな隙間から見えていた光は次第に小さくなり、やがて消えようとしていた。
「女性相手に集団なんて、あまりにもナンセンスです」
暗闇に追いやられようとしていた、その次の瞬間だった。
爆音のような強風と共に、骸骨の全てが空中に吹き飛ばされ四散して消えていく。
まるで本来戻るべき、灰へと戻されるように。
「…っ……えっ…」
「まったく、誰なんですか。あんな所にバナナの皮を捨てるなんて」
突然の解放に美野里は驚きを隠せない。
だが、そんな倒れる彼女の隣を通り過ぎ、ローブの男と対峙するように、少女は鬱憤を愚痴りながら前へと歩き出す。
「まぁ、いいです」
そして、ゴルフケースに入れられていた、本来のモノとは違う。
一本の日本刀を手に、少女――――――羽嶋刀火は告げる。
「鬱憤がてらに、貴方たちを退治させてもらいますよ」
本来ある流れを打ち砕くようにして――――――
波乱の邂逅がこうして幕は開ける。




