境界を越えし炎の子
第三章 開幕です。
そこは地上ではない、空の上だった。
雲に擬態していると言えばいいのか、空の海を平常運転するかのように漂う物体。それは白一色で作られた巨大な建物……いや、都市だった。
神聖な空気を漂わせるその場所は、人やモンスター、それらの生き物のいない街中となっている。その大きさもまた他都市と同等の広さを持ち、都市中央には強大な城が存在していた。
そして、その城の頂上。
人一人が座れるようなスペースしかない足場に、
「ルンルンルンー、ルンルンルン―」
鼻歌をつきながら、白のワンピース姿をした白髪の少女が一人座り込んでいた。
両足をブラブラとさせ、彼女は上空から見える地上の風景を眺める。
そうして、彼女は呟く。
「早くこないかなぁー。……シクア」
それが一体誰の名前なのかはわからない。
だが、そんな言葉を口にした彼女という存在は、のちに大きな波乱を呼ぶこととなる。
剣・魔法・銃の各都市だけでなく、この世界そのものの運命を左右する―――
異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》
第三章. [交差する思い] memories is cross – 運命を覆せし者達
第七十七話 境界を越えし炎の子
―――――季節は夏。
―――――日本、明時村。
その村は都会からは少し離れた、妙に古くさいと噂されるほどの小さな所だった。
更に付け加えれば、周囲の木々には毎年のように蝉が止まってはその大音量の音を発し、またそれが無性に夏の熱さを強くさせる。
言わば、日本は今そんな時期に突入中なのである。
月は七月の後半を迎え、村に数個と建てられた高等学校では学生たちが唯一の有休とも呼べる夏休みを満喫し、また秋に大会を控える運動部は休みの中でも学校に来ては日々鍛錬に勤しんでいた。
真夏の炎天下が頭上から差し込み、外のグラウンドでは野球部の鬼コーチが怒鳴り声を上げながら体力作りのランニングをする部員たちをしごいている。
泣きべそをかきながら、必死に皆の後に追いつこうとする野球部員の姿もちらほら見える。
夏休み=部活動とはよく言ったものだ。
だが、そんな夏休みを取れていないのは何も運動部たちだけではない。
紫外線が差し込む外とは違う学校の一教室。その室内に並べられた勉強椅子に座る一人の少女もまた同じく夏休みの学校に来る一生徒なのである。
「…………うーん」
文化部系のイラスト部に所属する高校一年生、少女の名前は―――――美咲。
彼女が入部するこの部活もまた運動部と同じで秋に大きなイベントを控え、今日も部員全員が数時間と学校に登校してきている。
彼らが机の上で熱を注いでいるもの……それは画集制作だ。
秋に行われる関東イラスト展に提出する為、皆一生懸命イラストに没頭している。
そう、しているのだが…、
「うぅ――――ん…」
美咲が制作中の画集は……正直な話で進みが悪い。
本来なら必死に頑張らないといけない所なのだろうが、実際そう思っていても、調子が悪いときは悪い。
描こうと思い、ペンを取ってやってみるも中々気にいった絵ができない…そんな感じなのだ。
他の部員たちは机の上に視線を向け作業を続ける中、美咲は大きな溜め息を漏らしながら窓ガラスから差し込まれる日差しを片手で遮り、窓の外に視線を向けようとした。
だが、その時。
「あぁぁー、無理! 美咲ぃー、この後一緒に本屋さんに着いてー」
隣に座る女子生徒が泣きべそをかきながら、話し掛けてきた。
彼女の名前は琴花果歩。美咲と同じイラスト部の部員であり、また同じクラスの同級生だ。
どうやら彼女も同じく、スランプらしい。
美咲は嫌そうな表情を浮かべながら、肩まで掛かる横髪を耳の後ろに流しつつ、対するクラスメイトにハッキリと言った。
「今日は無理」
「何で!?」
「だって、お姉ちゃんに夕食の食材買ってくるように頼まれてるから」
「えーまたー!? それいつもじゃん!!」
「そうは言っても仕方が無いでしょ。お姉ちゃん仕事してるし………それに、この前頼み事忘れた時とか、下手したら集めてた漫画纏めて捨てられそうになったんだから」
「……ぅぅ。まぁ、あのお姉ちゃんならやりかねないね」
「じゃあ、そういうことだから」
美咲はそう言うや、せっせと机の上に散らばめていたペンや紙を鞄に直し、帰る仕度に入る。
朝の内に事情を話している事もあって、先に帰ることは部長も了承済みなのだ。
「後は頑張ってね、果歩」
「ういー。…それじゃあねー。あ、後…明日も部活あるんだから、ちゃんと来なさいよー」
「はいはい、わかってる」
美咲はうなだれる琴花を横目で見つつ、手を振りながら教室を後にする。
そして、下駄箱のある一階に行くまでの廊下を歩く中、朝方に姉から貰ったメモを鞄から取り出し、視線をゆっくりと動かしながら書かれている文字を読み上げる。
「ジャガイモ、にんじん、たまねぎ………カレー? それともシチュー?」
今日の夕食は何だろう? と、首を傾げる美咲なのであった。
耳元から鮮明に風の音が聞こえてくる。
指先の痺れと共に、体が酷く冷たい。
腹部にはまるで何かが乗っているかのような感覚があった。
「…………………っ」
意識が朦朧とする状況の中で、ルーサーはその重い瞼をゆっくりと開く。
上手く声を出せない上、体が重い。だが、それでも彼は、ぼやける視線の焦点をゆっくりと合わせ、何とか前を見つめる。
揺れていた視界が定まり、そこに広がっていたもの……………それはどこまでも続く水平線のような一面の青空だった。
後、もっと詳しく説明すると。
今、ルーサーの体は現在進行形で空から落ちている状況だった。
「……は?」
間抜けな声を漏らすルーサー。
しかし、その声を一蹴するように。
ドボオオオォォォォォォォォォォォン!!! と、空からその真下にあった池へと長距離背面ダイブがルーサーに炸裂するのであった。
―――数分後。
何とか緑一色に染まった池から草が生える地面まで辿り着いたルーサーは、両手両膝をつきながら荒い息を吐く。
突然ということも一理あるが、それ以上に水中の底に溜まった泥に足が取られ、あやうく窒息しそうになったというのが本音だ。
「くっそ……。どうなってんだ……これ」
確かに空から池に落ちた事に関しては、色々と言いたいことはある。
だが、それよりもルーサーには一番に気にしないといけない現実があった。それは、池の水面に映る自身の姿。
池を覗く、その顔は幼く、腕や背丈も小さい。その上、服装も裾が余るぐらいにダボダボとした状態だ。
……見間違うはずがない。
水面を見てわかるように、そこに移るそれは二年前の自身と瓜二つの姿だった。
(体が小さく……いや、成長が巻き戻ったって言った方がいいのか?)
本来なら動揺を隠せなくなるような状況なのだろう。
だが、ルーサーには一つ心当たりがあった。こんな馬鹿げたことを出来る人物など、彼は一人しか知らない。
自身と関わりのある魔法都市アルヴィアン・ウォーターの女王、レルティアだ。
「………………」
態々こんな姿にした、その意図が読めない。
そもそも空から落ちるという流れになる経緯すらわからず、沈黙がその場に落ちる。口を閉じながら考え混むも一向に答えが見えない。
考えても無駄か…、とルーサーは溜め息を吐きながら足に力を込め、立ち上がる。
「取りあえず、ここから出るか…」
そして、ルーサーはここがどこかも分からない状況の中でその地を踏みしめる彼は、外の世界へと足を動かしていく。
一応、用事で頼まれた食材は買い終えた。
帰り道を歩く美咲の鞄には、今日の夕飯に必要な野菜たちが詰め込まれている。
「さて、と。はぁ……もう夕方かぁ」
その言葉通り、空は既に夕暮れに差し掛かり隣を行き交う自動車もまた家路につくために歩道を歩く美咲の横を次々と通り越していく。
本来ならこんな時間まで掛かることはなかった。多少遠くとも、一時間ぐらいで用事の買い物が終わっていたはずだったのだ。
(まったく…お姉ちゃんのせいなんだから…)
愛用の自転車を今朝、寝坊で遅刻しかけた姉に奪われ、乗って行かれなければ…。
帰ってきたら、嫌みの一つでも言ってやる……、と結果として、徒歩で学校と用事を行くはめになった美咲は頬を膨らませながら何度目かの、溜め息を吐く。
と、そんな時だ。
「?」
美咲の前方に、何とも怪しいと言わんばかりの少年が立っていた。
不気味過ぎると思ったのは何も美咲だけではない。彼が歩いてきただろう道を通る会社員や、主婦たちもまた険しい表情でコソコソと陰口を漏らしている。
だが、そう言われてもおかしくないほどに少年の容姿は異様だったのだ。
まず、全身ずぶ濡れに加え、ポタポタと服の端から水が垂れ落ちていること。次に少年は歩道用の信号の前に立ち止まり地面を見つめながら、ぼそぼそと何かを呟いているのだ。
明らかに、…不審者すぎる。
(…………か、関わらないでおこう)
美咲は見ぬ振りをして、直ぐ様その場を後にしようと心に決めた。
少年の後ろを早歩きで通り過ぎ、そのままその場を立ち去る。だが、ただ少し気にもなりもして、こっそりと後ろに振り返ったりもした。
「!?」
しかし、彼女の視線が不意にある光景を捉えてしまう。
少年の前には自動車が行き交う道路と信号がある。当然、車が走っていることからして歩道用の信号も青とは違い、赤い光を発光させていた。
にも、関わらず少年はその色に目を向けることなく車が行き交う道路に足を踏み出そうとする。
……それは、咄嗟の反応だった。
美咲の足は無意志に動き出し、片手を大きく伸ばして―――
池のあった場所から少し離れたルーサーは今、奇妙な場所に出てきていた。
木や草原といった自然物が全くなく、また元いた世界とはまるで違う初めて見るものがあちらこちらとある。
ルーサーにとって、目にする物全てが初めてだった。
眉間に皺を浮かべたまま、ルーサーは足場にある見慣れない色の地面に視線を落とす。
「土……じゃないのか?」
コンコン、と靴の爪先で地面をつついてみたかぎり、土で無いことは確かだ。
次にルーサーが顔を上げる、そこには人を乗せた見慣れない物体に四つの車輪を使い、人では為し得ない速さで横を突っきている未知の物体が何台も走っている。
「…………」
ルーサーは、自動車が通る道路をまたいだ向こう側の道に渡りたかった。
だが、一定の間隔を空けて列を作るように走るそれらは一向にその動きを止める兆しを見せない。
実際は、後数秒もすれば信号が変わり自動車は行進は一時停止する所なのだが、
(避けながら…進まないとダメってわけか?)
自動車の列は未だ走行中である。
対するルーサーは、気にする素振りすら見せず一歩と足を前に踏み出し、その道路へ侵入しようとした。
別に接触しそうになったとして、軽く躱せばいいと思いながら…。
と、その次の瞬間だった。
「ちょっと!!」
その声を共に、突如ルーサーの腕が何か掴まれ、そのまま強い力で歩道側へと引き戻されてしまう。
ここに来てから一度として話し掛けられなかったルーサーは、一瞬驚いた表情を浮かべるも直ぐにガンを飛ばすように顔を険しくさせ、後ろに振り返った。
だが、ルーサーが口を動かすよりも早く、荒い息を吐く一人の少女――美咲は顔を上げ、大声を上げる。
「今、信号赤なのに貴方一体何やってるのよッ!!」
美咲は肩で息をつきながら、苛立ちを隠せないでいた。
周囲を歩く人たちの視線が集まっていたが、そんな事すら気にする余裕もない。それほどに頭に血が上っていたのだ。
だが、一方のルーサーは呆然とした様子で、少女の姿を凝視している。
…ありえない。
ふとそんな言葉が頭に過ぎった。
目の前に立つ少女の髪には癖毛とも呼べるハネ毛はない。はたまた口調も微かに丁寧さがあり、気の強い印象は見られなかった。
だが、その顔立ちや目元。雰囲気が………。
……似ている。
一向に何も誤らない少年に対し、さらに美咲は言葉を続けようとした。
しかし、ルーサーはその固まった口を動かし、ボソリと言う。
「……美野里」
「…え?」
それが、この世界。
日本での鍛治師ルーサーと美咲。二人の初めての出会いだった。
そして、同時に彼のいる世界と入れ違うように、アンダーワールドにいる美野里の身にも、更なる問題が発生していた。
パリンッ! と音をたて、床に落ちた皿が砕け散るように割れる。
「…し、師匠…おい! しっかりしろよ!?」
「美野里さん!」
それは他愛もない平穏が一変した瞬間だった。
弟子たちが声を上げながら駆け寄る中、床の上に倒れる美野里の姿があった…。
そして、真の物語は動き始める。
それは神の悪戯か…。
交わることのない、二人の運命が……再び、重なり合おうとしていた。




