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異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫  作者: GORO
第一章 異世界へやってきた少女
6/96

新作料理

書き直した第六話です。

ちょっとばかりに話も付け足した形となってます。

 



 第六話 新作料理



 今から遡る事、一年前。

異世界へとやって来た美野里がやっとの思いで辿り着いたのは剣の都市インデール・フレイムという名の大都市だった。

そして、門前で倒れた美野里が次に目を覚ました時、そこは見慣れぬ室内だった。


「……ここ、は…」


 全く見たことのない部屋で意識を取り戻した美野里は、重い体をゆっくりと動かし上体を起こす。

すると、その時。

自身の体の上に大きな布が掛けられていることに美野里は気づいた。


(……これって)


 どうやら布団代わりに被せられた物らしく、その証拠に今横になっていた場所には枕らしき袋がある。



「………………」


あの後、どういう経緯でこの場所に運ばれたのかは分からない。だが、美野里がこの場所に寝かされていたのは事実であり、


「………」


  未だ頭の整理がつかず、不安を隠せない美野里は顔を伏せてしまう。

だが、そんな時だった。



「おい、目が覚めたのか?」

「…っ!?」



 突然と聞こえてきた声に対し、驚いた美野里は顔を上げた。

 声が聞こえて来た部屋の入り口に視線を向けると、そこにいたのは美野里とそう歳の変わらない外見をした、一人のーーーーーーー









「…ぅ、っ」


 パッと場面は変わり、眠たげな瞳を開けた美野里の視界に映るのは自身の寝室。その天井だった。


「…………また、あの夢か」


 美野里は今見た夢の内容に対し、小さな唸り声を漏らしながら深く溜め息をつく。


 昨夜は喫茶店の方が忙しかった事もあって、仕事着のまま寝てしまった美野里の頭はボサボサで、服の中も若干汗ばんでいる。

ジメッとして気持ち悪い、という気持ちもあった。

だが、それを自覚する一方で美野里はこれまで何回も見てしまっている同じ夢に対し、顔に手を当てながら、



「……ぅぅぅー!!」



 ほんのり赤くなった、頰に熱を隠せずにいた。




 その夢は、悪夢ではない。

だが、そう簡単に誰かれに話せる夢でもない。

 何故なら、その夢は彼女にとっては忘れられない夢であり、またこの世界での寂しさを埋めてくれる、大切なものでもあるのだから。


そして、それは彼女にとって。

初めての―――――










 スゥイーピーチの一件から数日が過ぎ、インデール・フレイムに再び平穏が戻っていたーーーーーーーーーーーーーーというのは外見だけで、事件の詳細を知る者たちにとっては、その光景は『いや、嘘だろ…』と呟いてしまうほどに、幻想に近かった。



 何故かという、あの一件の後。

植物モンスター、ショルチからやっと解放された男性ハンターたちが夜の明けた早朝に帰ってきたのだが…、


『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』


 その日、剣の都市では女性陣による大音量の悲鳴が街中あちこちから響き渡っていた。

後、男性陣の嗚咽も付け足すように響き渡っていたのだ。




 その理由は、人食いショルチに食べられたのが原因だった。


「まってくれよーっ!!」

「いやーっ!! こないでーっ!!」


彼らは人間を食うも、咀嚼の一歩手前で吐き出してはくれる。

だが、食われた者の体にはネバネバとした緑の体液がこびりつき、それは水で一向に洗っても取れない頑固さを兼ね備えていたのだ。


そして、男はネバ野郎となり、液を垂らしながら歩くその姿は女性陣から見ても、まさにホラーに出てくるゾンビにしか見えなかったのだ。



だから、女たちは逃げた。

そして、俺だよ!! モンスターじゃないから! 誤解だからっ!! とネバ野郎どもが追いかけてくる。



まさに、その光景は地獄絵図と呼んでもいいのではと思うほどに、最悪な光景だった。







ただ、ショルチの体液は時間共に気化して消える性質を持っていた。そのため、数時間後には男たちは体液から解放されるのだが、そんな彼らに待っていたのは、



「よくも、私たちにいやな思いをさせてくれたわね?」

「覚悟は、出来てますか?」



 散々と追いかけられまくった女たちによる激昂。

そして、弁解する間もなく、怒りの鉄槌が男たちに殺到したのだった。




「うわぁー………」

「………………」



 男たちの後ろでコッソリと隠れて帰ってきた美野里とアチルは、その後に起きた光景を今でも覚えている。

屈強な男たちが女たちの手によってボコボコにされ、中には海老反り固めや、背負い投げ、または下着一丁で木に吊るされている者もいた。



さすがハンター都市に住む女性陣なだけあって……それはもう本当に強かった…。






 最終的には女性陣にボコボコにされた男たちは、門前で鼻水を垂らしながら土下座で謝り倒すこととなり、その姿には正直、美野里たちもどん引きすることしかできなかった。







と、これが事の顛末なのだが…。

被害から免れた美野里たちは今、昼頃を回った喫茶店の店内でちょっとしたティータイムをしながら寛いでいた。


客の大半が今も泣きながら壊れてしまった装備を直すため、日夜依頼で走り回っているらしく、その為もあって正直店が暇なのだが、



「あの……美野里」

「ん、どうしたの? アチル」


モジモジしていたアチルが、何か言いたげな視線を美野里に向けて来ている。


「いえ、………えっと……この前、あの巨大ショルチと戦った時の事なんですけど」

「うん、それが?」


首を傾げる美野里に対し、アチルは意を決したように、




「美野里が言ってた、衝光しょうこうって何でぶぎゅっ!?」




 次の瞬間、アチルの顔が面白いほどに歪んだ。

 正確には、即座に急接近した美野里が物凄い握力でアチルの顔を掴んでいるのが原因なのだが、そんな彼女の顔は焦った様子で、周囲を何度も見渡しながら店内に誰もいない事を確かめる。


 というよりも、暇を持て余している事もあって客はアチル一人だけで他の者がいるわけがない。

 

だが、それでも美野里は何度も辺りを見渡し、冷や汗と共に重い溜め息を吐いた。

 そして、



「アンタ……絶対内緒っていったでしょうがっ!!」

「たたっ、いたぁっ!? ぐ、ぐごぇめぇんにゃしゃい!!?」



 グギギギ、と顔から鳴ってはいけない音が聞こえてくる。

 アチルの涙目で必死な謝りった。

その、数分後。



やっと眉間に皺を寄せる美野里の許しを得て、どうにかアイアンクローから解放されたアチルは涙目だった。


「顔が…顔が歪みました……ぅぅ」

「アンタが悪いんでしょ、全く」

「だって、気になって仕方がなかったんです! 魔力とか感じなかったから魔法じゃないことは直ぐにわかりました。でも、だったらアレは何なのかって思うとモヤモヤが溜り溜まって腹の具合も悪くなるんです!!」

「とか言いながら、アンタさっき三人前の料理食べてたじゃない?」

「何言ってるんですか!? あれでも少ない方ですし、本来なら後二人前は食べられます!!」

「……うん、…真面目に聞き返した私が馬鹿だった」


 こめかみを押さえ、頭痛に悩む美野里は全くと退こうとしないアチルの姿勢に溜め息をつく。

とはいえ、今の彼女の様子からは、このまま有耶無耶にはさせてもらえそうにない。



 ……正直、これ以上言い合っても精神的にこっちが疲れる。


 早々に諦めたほうが楽かもしれない、と美野里は肩を落としながらゲンナリとした様子で話し始めた。


「えーっと、衝光しょうこうっていうのは、その…………武器の熟練を極めた人だけが使える技なわけで…」

「それって、やっぱり凄いことなんじゃ」

「で、でも言っとくけど! インデール・フレイムでこれを使える人は沢山いるし、皆ソレをワザと隠してるの!! だから、アンタもこれっきり口走らないこと!」

「え!? でも、まだ詳しく聞けて」

「絶対に口外しない、いいわね!」

「っう…で、でも」

「い・い・わ・ねッ!!!」

「………………はぃ」


 眼前に迫る美野里の怒気を纏った威圧は凄かった。

 コクリ、とチワワサイズに小っさくなったように、アチルは渋々と了解するのだった。





 全くと好奇心旺盛な彼女には参ったものだと、重く溜息をつく美野里はふと何かを思い出したのか調理場へと入りると、冷凍タンスから何かを取り出し、包丁でそれを切っていく。


「…………………」

「…………………」


 トントントン、と包丁の切る音だけがその場に響く中、


(やっと静かになった)


と、思った美野里。

だが、そんな調理場での作業に彼女が反応しない、わけがなかった。


「美野里、何やってるんですか?」

「うっ、食いついてきたか」


 カウンターから体を乗り上げ、顔を近づけてくるアチルに顔を顰める美野里は手を止める。


「何やってるん」

「同じこと二回も言わない。何って、ただ新しい料理に挑戦しようと思ってるだけよ?」


 そこで待ってなさい、と言って美野里は再び作業に戻ろうとする。


 しかし、今まさに美野里が言ってしまった、その言葉が不味かった。

何故なら、その言葉によって一人の少女の食欲魂に火が灯り、激しく燃え上がってしまったのだから。




「……美野里、今なんて言いました?」




 アチルは美野里の言葉を、さらにもう一度聞き返す。

 再び持った包丁をまな板上に置き、美野里は心底シツコイといった顔色を浮かべながらも、もう諦めたように口を動かし、


「だから、……新しい料理を増やそうかなぁって」

「それです!! それそれ!! 新しい料理ってなんですか!? 私、凄く気になりますっ!!」


 ぐわっ、とさっきとは比べ物にならないほどにアチルは体を乗り上がらせ、その猛攻を露わにする。



 しかも、完全に目が飢えた獣のごとく輝きを見せており、下手なことを言えば何をされるかわからない、そんな雰囲気まで醸し出していた。

そして、さすがの美野里もその反応には顔を引きつらせ、また最後まで言わないとアチルは絶対この店から出ていかないと…その時悟った。


「あーもう、わかったわよ。アチルに食べさしてあげるから………………………実験台として」

「後の言葉が物凄く気になりましたが、それでも私食べたいです!!」


 罰ゲームだと知っても退かない。

 この熱血な食欲魂を燃え上がらせるアチルに美野里はガックリと肩を落とす。



こうして少女二人によるメニュー増やしの新作料理。その挑戦が始まる事となるのだった。







「それじゃー、行きますか」


 キュッ、と再び気合いを入れるようにエプロンの紐を締め直す美野里。


 対して、アチルも同じように借りたエプロンを装着してはいるが、何故か彼女の視線はキッチンのある食材に釘付けであり、その仕草からは料理をしようとする雰囲気が一つも感じられない。



 「アンタ、今からやること本当にわかってるのよね?」



そう言いつつ、美野里は調理に必要な食材や器具を準備していく。

 と、その時。アチルが今まで見ていたそれに対して質問を投げかけてきた。



「美野里、これなんですか?」



 アチルがそう言って指差したのは、シンク上に用意された土がまだ落とされていない手のひらサイズの塊についてだった。


 というのも、こんな食材は街中に並ぶ店でも見たことがなく、アチルはそれが本当に食材なのか半信半疑だったのだ。

だが、その問いに対して美野里はというと、呆れた表情を浮かべながら、



「何って、アンタも一緒に取ったじゃない?」



 一緒に取った、の言葉を聞いた直後。

アチルは数日前、スゥイーピーチでの一件のことを思い出した。






 それは、巨大ショルチを倒して目的のスゥイーピーチを食べ終えた二人が、インデールへと帰ろうとしていた時のことだった。


「ん?」


 ちょうど切り裂かれた状態で倒れる巨大ショルチの側を通りかかった時、美野里が突然と立ち止まり、荒れ果てた地面をじっと見つめていた。


「どうしたんですか?」


 首を傾げながら、アチルが更に声をかけようとしたが、その時。



「!?」



 美野里は突然と目を見開かせ、隣に歩くアチルを無視してその場所へと走り出したのだ。

そして、盛り上がった土の前でしゃがみ込むと、美野里はせっせと何かを探すように土を掘り始めた。


「み、美野里…?」


その奇怪な行動に困惑しながら続けて声をかけようか迷うアチル。

だが、そんな中、美野里は土に塗れた正体不明な物体を採取すると彼女は目を輝かせながら、



「やっと見つけた!!」



 端から見るその光景は、アチルから見ても……どこか哀れみを抱きたくもなるものだった。

一人の少女が、得体の知れない物体を手にしてはしゃいでいるのだから…。




 だが、そんな事はつゆ知らずに美野里はせっせと再び採取に熱中していく。

 そうして、また数分が経つ頃には物体は山積みとなり、その量は一人の少女では到底運ばないほどになってきた頃、


「………………」


 ピタリ、と動きを止め無言になる美野里。

だが、そんな彼女は何かを思い出したかのように、ゆっくりと視線を動かし、



「ひっ…!?」



 その目を……アチルは見てしまった。

 口元を緩め、まるで良いカモを見つけたような瞳。


 突き刺すようなその視線に全身が危険信号を発し、アチルは直ぐさま美野里から逃げるように背を向け走りだそうとした。

 だが、その直後。

 ガシッと、彼女の肩は掴まれ、


「えッ!?」


 力強く捕まれる肩。

 体を震わせながら、アチルはゆっくりと後ろに振り返る。そこには土まみれの手を伸ばしながら、衝光の瞳でこちらを見つめる美野里の姿があり、そんな彼女はニッコリと笑いながら改めて言った。




「それじゃ、一緒に掘ろうか?」

「い、いやあああーーーーーーーっ!!」




 そうして、かれこれ一時間。

 アチルは底の見えない採取に付き合わされるはめとなるのだった。








「あわわわっ……っ」


 そんなわけで嫌な記憶を思い出し、顔を引きつらせるアチル。

 一方の美野里はというと、至って楽しそうにその物体の土を水で落として皮を剥く作業に入っていた。



 当初、黒い皮で守られていた食材と思えない謎の物体は皮を剥くと、そこには黄色い肌をした綺麗な身があり、いつしかそれは芋に似たような野菜へと変貌を遂げていく。

そうして、出来上がったのが容器の水中につけられていく黄色の野菜だった。



「本当にあの土の塊が、これになったんですか…?」



 不思議そうにそれを眺めるアチルに美野里は笑いながら、


「これってエサピアって食材なんだけど、………まぁ、言ってもわからないか」

「エサピア?」


 その言葉に首を傾げるアチル。

 美野里は笑顔のまま、まぁ…取りあえずそこで見てなさい、と言いつつ皮を剥いたエサピアを容器から取り出しまな板にのせていく。


 そして、それを半分の半分。

 四つに切り分け、全部を切り終わったら用意していた水を入れた鍋に放り込み、煮込むため火をつけた。



「よし、それじゃあ今から数分待つと」

「待ってどうするんですか?」

「いや、それは…まぁ、柔らかくして」

「柔らかく?」

「………うーん、説明もむずかしいわね。ああー、でもホントはご飯とかあればもっと料理のバリエーションも増えるんだけどなぁー」

「ん? ご飯?」



 美野里の意味不明な言葉にさらに頭を悩ませるアチル。

 そうこうしている間にも次第に水は沸騰し始め、ゴツゴツと音を立て始めていく。



「それじゃ、ここからアチルにも手伝ってもらおうかしら」


 美野里はそう言いながら冷凍タンスからカチカチに冷え切ったパンを取り出し、アチルにそれを手渡した。


「ん? パンですか?」


 日にちが経ち、パンの表面はパサパサとして、もう食材としては使えないだろうというぐらいカチコチとなっている。


「アチルは、この硬くなったパンを手で揉みくちゃにして容器に入れて」

「え、揉みくちゃっていいんですか? バラバラになって食べれませんよ?」

「いいから、いいから。騙されたと思ってやってみなさい。後悔はさせないから」

「……うーん」


 納得のいかない様子を見せるアチルに美野里は口元を緩めながら、次に袋に入れられた何かの白い粉を取り出した。

 すると、ちょうどその時、水が激しく沸騰する音が聞こえてくる。


 美野里は一本の長い針を棚から取り出し、鍋の中で湯がかれるエサピアにプスっと突き刺し、その硬さを確かめた。


「うん、そろそろかな」


 いい頃合いと判断した美野里はエサピアを一つ一つ箸で取り上げ、もう一つのカラ容器へと入れる。

そして、側においてあった木の棒を手に取り、容器に入ったエサピアをその棒で勢いよく潰していく。


 丸く角ばっていたエサピアは、当初の堅さをなくし柔らかくなっていき、次第にそれは原型を崩して一つの塊へと変わっていく。



「よし、っと」

「凄いです。さっきのが一つに…」

「まぁ、こうして潰して、ある程度一つの塊になったら、次にこの白い粉と卵、それから」

「あ、このバラバラのパンですか?」

「うん、まぁそれは最後に使うんだけど、エサピアを何個かに分けて手のひらサイズほどにしてから、左右の手で受け渡しをながら平べったくしていくの。それから次に白い粉と卵、最後にパンくずの順番につけていくって」


 美野里は話しながら、その作業を順番にこなしていき、最後にパン粉をつけていく。

すると、あの土の塊のようだったエサピアが、まるで生まれ変わったかのように食材らしい形へとなる。



 そして、アチルも見よう見まねで同じように作っていき、こうして計五つの物が出来上がった。




 美野里は用意していた底の大き目なフライパンに多めの油を溜めてから、火をつける。


「あとは、揚げて完成と」

「揚げて?」


 多めにいれた油が火に温められ、小さなパチパチと音を立てる。


 美野里は箸先を油に着け、パチパチと音が出るのを確認して準備できたと判断してから衣で纏われたエサピアをそっとフライパンに入れた。


 その直後。

 パチパチパチパチッ!! と音が弾け飛び、


「きゃっ!?」


 今まで経験したことのない音に声を上げたアチルは美野里の背後に隠れてしまった。

 流石の美野里もそれには苦笑いを浮かべた。


そうこうしている間に、エサピアに付けられた衣が次第にキツネ色に変わっていった。






美野里は用意した皿に大きめな生地をした真っ白な布を引き、そこにフライパンから取り上げたエサピアを乗せていく。

 そして、完成したその料理は、



「う、ぉぉ……」



 アチルからそんな声が出てくるほどに、香ばしい匂いを漂わせながらキツネ色の衣を纏う品。

 この世界では未だ作られた事のない、美野里がいた世界ではよく夕食などに目にする料理。

 その名は、



「はい、コロッケのできあがり」



 コロッケ。

目の前に置かれたその品に対し、アチルは目を宝石のように輝かせながら、口の端からチョロリと涎が見え隠れする。

良い匂いが鼻をくすぶらせ涎がダラダラと止まらない。



 はい、どうぞ、と渡された箸を手にして、アチルは有無言わずコロッケに食らいつく。


 パリッ、と最初に音を立て次に中身のエサピアのホカホカした感触と旨みが口に広がっていく。

 アチルは体を震わせ、一声を上げながら、


「美味い!! 美味すぎます! モグモグっ、ゴクン!!」

「食べるの早っ…」

「美野里! 確か、まだ残りが沢山ありましたよねっ? もっと作ってください!」

「ダメ、というかそんな事したら食材が一日で尽きるわよ」


 何のために新作料理作ったのか分からないじゃない、と呆れながらもその口元を緩めつつ、美野里もコロッケを一つ取り味見した。


「もっぐ……うーん、エサピアは結構甘みがあるのね。これだったら塩とか入れなくていいかも」

「うまっうまっ!!」

「でも、今度はソースかな。どう調合して作ろうかな…」

「美味すぎますーっ!!!!」

「うるさい!!」

「ぶぎゃ!?」


 パン!! とテーブルに置かれたメニューの紙を丸め、棒にしてアチルの脳天を叩く美野里。

痛いですっ!? と騒ぐアチル。

いつしか夕日が落ちようとする中、閉店と看板が下された喫茶店では賑やかにも、楽しげに話し合う少女たちの声が聞こえてくるのだった。




 こうして新作料理が上々に出来上がり、その次の日にはメニューに新しく『コロッケ』という名が記されることとなった。


 そして、余談なのだが、その翌日にて。

 一人の少女が喫茶店のコロッケを大食いして、その食材を大方一人で全滅させたというお話は……またの話となる。





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