マチバヤ喫茶店
初めから、少しずつ見直していこうと思っています。
所々と文が変わっている所もありますが、……それも加えて見てくださると嬉しいかぎりです。
その別れは突然だった。
高校を卒業して直ぐにフリーターとなった私は、汗水流しながら飲食チェーン店で働き始めた。
両親は共働きだった為、家で待つのは高校生になったばかりの妹だけ。
ちょっと寂しい二人暮らしの毎日だった。
働き始めた頃は少し大変だったけど、それでも何とか頑張ることが出来た。
時計の針が一秒ずつ平穏なリズムを保ちながら進んでいくように、私の時間は日常と共に過ぎていった。
―――何一つ、苦渋のない平和な毎日だった。
笑いながら、楽しく生きていけた。
幸せだった。
―――だからこそ、そんな日常に溶け込んでいたあの時の私には、知る由もなかった。
幸福な時間がずっと続かない、現実があるという事を。
そして、この先に待っている。
逃れられない、私自身の運命を…
異世界での喫茶店とハンター≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
第一章 異世界へやってきた少女
雲一つとしてない、透き通った青空。
その下に健全する都市には、蔓延るように各種色取りみどりの店々が建ち並び、行き交う人々で賑わっていた。
そんな、活気ある街中の一角で、
「ふん♬ ふん♬ ふん♬」
その場所に建てられた、どこかアンティーク感を漂わせるた木造の飲食店。
樹木独特の良い匂いを漂わせる店内で、鼻歌をつく一人の少女は私服の上からエプロンを通し、背中にまわした紐をキュッと締める。
「よしっ」
そうして、彼女の一日が始まる。
第一話 マチバヤ喫茶店
その世界は別名、異世界『アースプリアス』とよばれている。
地球とは違った進化を辿り、通常なら考えられない生物、モンスターが健在する世界。
その他にも気候や地形、種族など多種多様な違いが見うけられるが、その中でも一際目立つのは東西南北に分かられ建てられた四つの大都市があるという事だった。
それぞれ、四つの属性を取り入れつけられた名称があり、アルヴィアンウォーターやウェーイクトハリケーンなど、ある種の特色に分かれた都市が作られていた。
そして、その中でもより多くの人々に知られる有名な大都市があった。
それが人々で賑わう街、剣の都市『インデールフレイム』だ。
モンスターの侵入を防ぐために、大きな外壁で囲まれたインデールフレイムだが、その内側の街並みの大部分が店舗で占められている。
特に店が多くの集中しているのは、人混みで混雑する街の中央へと繋がる大通りだ。
観光客などの列が絶えずして続き、ぎゅうぎゅう詰めになる。
それが、いつもの事だった。
しかし、その集まった者達全てが観光客だけでない。
一般の服装をする者の他に、鉄の剣や弓、防具といった装備をした者たちもまたその通りを利用している。
見かけ倒し、仮装にも見える容姿。
だが、それらはこの世界にとって、なくてはならない者達の姿だった。
何故なら、この世界にはモンスターを狩る者たちー――ハンターという職業が存在していたからだ。
「よう、今日は何の依頼を受けるつもりだ?」
「ああん? 俺様は今日は大物の討伐依頼さ! お前の方はどうなんだよ?」
「はっ! お、俺はあれなぁ! ………その、ちょっとした武器の材料を取りに、採取を」
「おい、それ絶対モンスター討伐とかのじゃねぇだろ? ただの採取だろ? 言ってみ? ほら?」
「ぅ、うるせぇえ!!」
と、大通りで喧嘩をする男たちがいるが、彼らの話していたように、ハンターたちの主な収入源は狩り・捕獲・採取の三つに分かれている。
そして、そのどれもが安全な仕事というわけではない。
モンスターに立ち向かっていくのだ。生死をかけた、厳しい仕事となる。
だからこそ、装備や武装においても十分な調整や強化は絶対に必要となり、
「今日の採取で、俺は剣をもう一丁増やすんだよ!」
「ああ、そうかい。……まぁ、頑張りな」
「可哀想な目で俺をみるなっ!!」
そんなハンターもまた、観光客どうように店にとっては良い客に当たるというわけだ。
その甲斐あって、大通りに建ち並ぶ店たちは呼び込みや宣伝など、日々白熱した激突を繰り広げていた。
毎日がお祭りムードにつつまれていた。
だが、その中でこれといって呼び込みをしていない、他とは一見違った店構えをする飲食店がその大通りから少し離れた場所に開店されていた。
その名は、『マチバヤ喫茶店』
一人の少女が営む、少し変わった飲食店だった。
窓の外から差し込まれる太陽の光加減から、時間がちょうど昼時を回った頃。
チリリンと、マチバヤ喫茶店のドアに付けられた鈴が揺れながらそんな音を立てた。
ゆっくりと開かれドアから入ってきたのは大きな大剣を背中に背負った仏頂面をした大男。
その外見からしても堅物そうなイメージのあるハンターだ。
と、そんな男に対し、店の中央にいた茶髪の短髪、加えて茶色エプロン姿をした少女が男に振り返りながら、にこやかな笑みを浮かべ、声を上げる。
「いらっしゃいませ!」
彼女の名前は、町早美野里。
小柄な体つきに加え、服装は白のTシャツと紺色の長いスカートといった地味な格好をした年端もいかない少女だ。
今さっきまでテーブルを綺麗な布巾で拭きながら掃除していた美野里は大男を席まで誘導した後、いそいそと調理場へと回り、客に渡す飲み水の提供する。
その一方で大男は一睨みと店主を見つめた後すぐに視線を外し、他の空いたテーブルや椅子、店内を見回した。
というのも大男もまたこの店に来たのが初めてだったのだ。
「ふむ……」
周囲を見終えた後、テーブルの上にはメニューが書かれた本や、端の木箱に入れられた箸やスプーンなどを確認する大男。と、そうこうしている間に調理場から戻ってきた美野里が水の入ったコップと低温に調整したおしぼりを持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまない」
「いえいえ、ご注文がお決まりになりましたらまたお声ください」
ペコリと頭を下げ、美野里は再び調理場へ戻ろうとする。
だが、そんな彼女を呼び止めるように、メニューを手に取っていた大男は声を掛けてきた。
「ちょっと、いいか?」
「え? あ、はい、どうしました?」
大男が見つめていたのは、メニューに書かれていた見慣れない単語の料理について。
「ここに書かれている『サンドイッチ』という料理は一体どういった料理なんだ?」
それは、横字で書かれた『サンドイッチ』という名前がつけられた料理のことだった。
一般の人間なら、普通なら知っているだろうと逆に聞き返したくなるのだろう常識だが、この世界にとってはそれも仕方がないことになっている。
何故なら、この世界において一般にある料理と言えば、肉をそのまま焼いたものや薬草を茹でたスープといったあまり手の込まない料理ばかりなのだから。
しかも、何故かご飯はない代わりにパンといった食材だけがあるという、摩訶不思議な世界なのだ。
「はい、こちらのサンドイッチという料理は小麦粉で作ったパンに卵と野菜をはさんだものです」
美野里は大男の問いに慌てることなく、丁寧な口調で説明を始める。
「卵と野菜? 卵とはあの白い殻で守られたアレをそのまま挟むのか?」
「いえいえ、それでは食べるのに苦労しますので。えーっと……もし、よろしければ一度作って持ってきますので少しだけお待ちいただけないでしょうか? そう時間は掛かりませんので」
「………ああ、わかった」
それでは、と再び頭を軽く下げる美野里は口元を緩ませながら、そそくさとカウンター裏の調理場へと戻っていく。
水場横の調理スペース前についた美野里はまず初めに料理を乗せる皿や調理に必要な器や器具、まな板等を準備する。
そして、次に調理台の直ぐ隣に設置された木製で作られた三段タンスのような収納箱の前に立ち、三段目の引き出しを開ける。すると、そこから冷気が漏れ出し、中に一定の温度で冷やされた食材がぎっしりと詰められていた。
「えーっと、アレとアレを…」
美野里はそこからサンドイッチに必要な食材、早朝の開店前から準備していた殻を剥ぎ取った茹で卵とマヨネーズのような液体。
さらにレタスに似たような野菜と、そして最後にスライスされたパンを取り出し、調理スペースまで持っていった上、必要な物や食材を人通り揃えた上で調理へと移った。
まず初めにスライスされたパンをまな板の上に引き、次に近くに置いてあった大きな容器に茹で卵とマヨネーズのような液体を放り込み、料理器具の木の棒でしっかりと押しつぶしながら混ぜ合わせていく。
一分程、白身と黄身が液体とある程度混ざり合ったのを確認し、次に木のヘラを片手に持ちながらパンの上に野菜を乗せ、その上に混ぜた卵をヘラでなすりつけた。
そして、最後に野菜ともう一つのパンとで中の具材を挟み合わせ、キッチン下の引き出しから取り出したナイフでそれを斜めから二つに切りわけてから皿上に乗せ、料理は完成した。
至ってシンプルな野菜と卵のサンドイッチ。
調理場から出てきた美野里はそのままテーブルの前で待つ男の元へと料理を載せた皿を運んでいく。
「おまたせいたしました。こちらがサンドイッチになります」
「……ほぉ、これが」
男は当初、変な物を出されたら直ぐにでも金を払わず店を出ていこうと思っていた。
というのも見慣れない店に加えてまだ子供とそう変わらない少女が店主をしていたこともあり、下手な物を食べて腹を壊すわけにはいかないとそう考えていたからだ。
「………」
しかし、出てきた物はと言えば、初めて見る料理に加えて、尚のことおいしそうなお手頃な料理ときた。
男は当初、驚いた表情を浮かべていたが直ぐに美野里の視線に気づき、小さく咳払いをして表情の変化を誤魔化した。
(……見た目は良い、だが問題は味だ)
男は美野里の視線を気にしながら、皿に乗った二つに切り分けたサンドイッチのうち一つを手に取り、ひとかじりする。
野菜を噛みしめた時の音に続くように、その次に来る卵に似た具材、それが口の中で租借されていく。
そして、ゴクッとそれらを呑み込み、
「………」
「どうですか?」
「う、ぅ……お、おいしい…」
「ありがとうございます」
思わず言葉を溢す男の反応は高評価だった。
美野里はその言葉に口元を緩ませ、礼をするように頭を下げる。
結果、その後も男は何一つ文句も言わず品を残すこと無く食べ終え、満足した表情で店を出て行った。
試しとして出した料理だったが、男はしっかりと料金を払い、最後には『また機会があったらくる』と言うほどにこの店を気に入ってもらえたらしい。
だが、男が食べたサンドイッチは特に特殊な調理で作ったわけでも、何か隠し味を入れたわけでもない。
ただ、美野里が普段の生活で作っていた物を出しただけなのだ。
そう、この世界とは違う、元いた世界で作っていた料理を。
客が帰った後、残った皿を調理場の流し台へ持って行った美野里は、引き出しから取り出した大きなタライに調理に使った皿やナイフ、まな板等をその容器に入れ、その中に水場の流しに付けられている蛇口から水を出し、直ぐに洗えるよう水を溜めておく。
そして、その間に収納箱の前まで歩き、そこから一段目の引き出しを開け、
「うーん、これもそろそろ取り替えかなぁ」
その中に収納されていた手のひらサイズの鉱石を見つめ、そっと溜め息を吐いた。
それは、鉱石の名前は冷石・アストリー。
大都市では市販されていない物で珍しい物なのかと聞かれれば特にそうでもない石なのだが、また、それがある場所というのが困ったことに、塀に囲まれたインデール・フレイムから離れた地にある洞窟の内部。
光のない奥底の地にその鉱石があり、ゴロゴロと地面や壁にくっついた石なだけあって道端の石ころと呼ばれ、誰にも興味を持たれない代物と呼ばれていた。
だが、それが幸いな事もあってか、その石は腐るほどあり、まさかその石ころが冷蔵庫の代わりとして利用できるとは思いもしなかった。
つまりは冷蔵庫という存在を知っていた美野里だからこそ技術と応用で自前の冷凍収納箱を作ることが出来たのだ。
「って、思ったんだけど……はぁー」
だが、そんな利便性と相反するように、この鉱石にはある重大な問題が一つあった。
それは、アストリーの効力が二か月しか保たないということだ。
なんせ、その期間を越えると何の効力も持たない、ただの石になってしまうのだ。
例え山ほど取ったとしても意味がなく、どうにもアストリーの効力維持は洞窟の壁についている状態でしか続かないときた。
この問題さえ解決できれば洞窟まで足を運ぶことをせずに済むのだが、現実はそう変わることはない。
美野里は小さく息をつき、アストリーを棚へと戻した。
そして、店内のドアまで歩き、一度店を出る。
「…………っ」
日差しが眩しい中でも、まだ日中ということもあって賑やか通りが目の前に広がる。
誰もが笑いながら、道を歩んでいく者達や身を防具で纏うハンターたちの姿があちらこちらと目にする。
しかし、そんな現実に対し、
「………」
美野里はその光景に一人顔色を暗くさせながら視線を反らした。
喫茶店のドア、その外側に吊るされたオープンと書かれた看板を裏返し、クローズに変えてから店の中へと戻っていった。
何一つ、おかしいこともない日常の風景。
しかし、美野里にとっては違う。
その光景、そのものが辛く感じてしまうのだ。
そして、…………どうしようもないほどに実感してしまう。
この世界の住人ではない自分は………………一人っきりなのだと。
この世界は、彼女がいた元いた地球とは違う世界だ。
地球とはまた違った進歩を経て草木などといった自然が豊富となった星。
その名前は、アース・プリアス。
地球と同じように人類が誕生し、建物や食物、武器や都といった文明が栄え、またその世界に住む人々が自分たちのことをハンターと名乗るようになった世界。
共に協力し合いながら生活し、東西南北に分かれた各大陸には大都市が建てられ、その領域を各都市が管轄する。
北大陸に位置する草原に囲われたような、塀に守られた大都市。剣を主体としたハンターたちが住む剣の都市インデール・フレイムもまた北の地を統べる都の一つだった。
そして。
『マチバヤ喫茶店』の店主である美野里もまた――――――『ハンター』を名乗る一人でもあった。