カルビ(うま)&ベーコン(こぶた)
6月5日夕方 曇り
草薙天兵の部屋はそれほど広くない。
ベッドにテーブル、本棚がふたつ、ぎんのトイレと寝床。あとは座る場所がいくつかある程度で、建物自体の大きさを考えるとむしろ小さいほどだ。
もともと物置部屋として使っていた場所だった。小学生のときの天兵にとっては十分な広さだったけど、いまではすこし窮屈だった。
でも、部屋を変える気はない。
窓から庭全体を見渡せるのは、ここだけだから。
天兵は学校のかばんを放りだして窓ぎわに立った。すこし傾いている夕日が、ほんのりと庭の草木を橙色に染めていた。
「……ん?」
動物たちの姿が見当たらない。いつも池にいるペンまでもがいない。
どこにいったと視線を巡らせて、発見する。
庭のはしっこに建っているいちばん大きな小屋の前に集まっているのだ。みんなで小屋を囲んで、そこでなにかを待っているようだった。草薙家の動物たちだけでなく、椋原家の猫たちや、よくぎんと遊んでいる手の先が白い猫――手袋の姿もある。何羽か鳥もいる。
たまに見かける光景だが、なにをしているのか天兵は知らない。
「……ぎん、おまえはいかなくていいのか?」
天兵がベッドの上で毛づくろいをしているぎんに言うが、
「んにゃ」
『べつにいい』
ぎんはどうでも良さそうに答えた。
あそこでなにが行われているのだろう。
気になっているものの、動物たちの言葉はわからないから知りようがない。
天兵は名残惜しそうに窓の外から視線を戻すと、みんなの晩御飯を用意するために部屋から出て行った。
~~庭にて~~
いまかいまかと待ち構える動物たちの前で、小屋の扉が勢いよく開いた。
そこからニュッと長い足が出てくる。
茶色い毛、硬そうな蹄、そしてしなるような筋肉。
そいつは扉から顔を出してから、小屋のなかに向けて言った。
『ねえベーコン。今日も満席だよ。そろそろぼくらも…………食べごろなんだね』
『食用じゃねえよ!』
小屋の中から聞こえてきた激しい声に、
『『『わーーーーーーーー!』』』
動物たちの声が沸く。
すると馬が小屋から出て、動物たちのまえに姿を現す。
ぼうっとした表情で、彼らをゆっくりと見下ろすと、
『……食べるのなら、あっちのほうがおいしいよ』
『さらっと相方売るんじゃねえ!』
小屋から続いて出てきたのは、子豚。
まるまると太った豚、ベーコンは、馬の相方カルビの横にならんだ。
アニマルたちから歓声と拍手が湧いた。
ベーコンは、どうどうと観客たちを前足で制して静かにすると、
『おれらのミニライブに集まってくれてサンキュー、みんな。ほんのすこしの時間だが、今日も楽しんでいってくれ』
『違うよベーコン、みんなひまなんだよ。晩御飯までの時間つぶしだよきっと』
『ネガティブだなおまえ』
『だって、こんな醜い豚野郎を好きで見に来るなんて狂気の沙汰だからね』
『うるせえよ! 好きで豚に生まれたわけじゃねえ!』
バシンッ!
カルビの足を叩くと、観客アニマルがどっと湧いた。
『じゃあベーコンは、生まれ変わるなら何になりたいの?』
『そりゃもちろん白鳥だな。あの美しさは半端じゃねえ』
『でも白鳥だってうんちするよ。お尻まわりは汚いよ』
『そりゃうんちくらいするだろ』
『でも毛があるからこびりつくんだよ。ベーコンはうんちついてるお尻を半端ない美しさっていうんだね……そりゃあ豚に生まれるわけだねこの豚野郎!』
『そーゆーこと言ってんじゃねえよ!』
バシンッ。
『優雅なところがいい。白鳥じゃなけりゃ、アゲハ蝶とかでもいいな』
『綺麗だよねアゲハ蝶。ぼくも好きだよ』
『そうだろ』
『あの羽ばたく姿は最高だね。もちろん花に止まってるときも可愛いよね』
『そうだろ』
『食事のときだっていいよね。細い口でそっと花の蜜を吸いだす。優雅の極みだ』
『そうだろ』
『それにくらべて豚なんてフゴフゴ言いながらエサをむさぼるだけだからね』
『そうだ……ってうるせえよ! トレードマークの鼻が邪魔なんだよ!』
バシンッ!
『……自分でトレードマークって言ってて恥ずかしくない?』
『うるせえ自慢の鼻だ。恥じる必要はねえ』
『じゃあ白鳥に生まれ変わってもその鼻は持っていってね』
『それは優雅じゃねえよ。……カルビ、おまえは生まれ変わったらなんになりたいんだ?』
『競走馬かな』
『そうじゃねえよ。ほかの動物で、だ』
『う~ん……そうだね、シマウマかな』
『馬から離れろ!』
バシンッ。
『いいじゃん馬で。ぼくは気に入ってるよ』
『うそつけよ』
『ほんとだよ。だって馬はスタイルいいしね豚と違って。馬は臭くないしね豚と違って。馬はみんなに好かれるしね豚と違って。馬は足速いしね豚と違って。馬は――』
『もうやめてくれ!!』
ベーコンは泣いた。
カルビはそんなベーコンの顔をじっと見つめ、
『……ぷぷ(笑)』
『鬼畜かっ!?』
ベーコンは驚愕した。
『ここで笑うとかおまえ鬼だろ!』
『馬だよ』
『知ってるよ!』
ベーコンは涙をぬぐった。
『おまえは鬼のような馬だな』
『と見せかけて馬のような鬼かもよ』
『同じ小屋で寝てるおれが危ないっ!?』
『だいじょうぶ、ぼく豚肉には興味ないから』
『そ、そうか。なら安心だな』
『好きなものはラーメンくらいだね。九州系がとくに』
『骨の危機!?』
意外とグルメなカルビだった。
『でも結局のところ、ベーコンっておいしくなさそうだよね』
『いやまてまて。おいしそうといわれるのも癪だが、それはもっと癪だぞ。おれはこの草薙家のなかで一番上等な肉を持ってる自信がある』
『でもベーコンの肉はなんか嫌だなあ。近所のスーパーで売ってる肉のほうがいい』
『お、おまえはおれが傷つかないとでも思ってるのか……?』
『ごめんなさい……ベーコンのことなんて考えたことないから』
『ぐ、ぬ……おまえは傷に塩を塗るのがうまいな……』
『塩を塗ったらなんとか食べられそうだね、ベーコンの肉。臭いだろうし』
『……ほんっとに、おまえは鬼だな』
『馬だよ』
『知ってるよ!』
どっと湧く観客たち。
『ああもうなんでもいいや。生まれ変わったら臭くなくて醜くなくて汚くない動物ならなんでもいい』
『じゃあさ、馬なんかどう? よかったら手続きしてあげるよ』
『それもいいかもな……』
『あ、もしもし閻馬大王さま。ぼくの友達が馬に生まれ変わりたいって言ってるんですけど……はい、そうですね。ええ。いまは豚してます。はい、熟成してきたから、そろそろ食べごろかと』
『だから食用じゃねえよ!』
『……え、そうなんですか……?』
『おい、生まれ変わる手続き、できたか?』
『それがね、ベーコン』
『……なんだ?』
『大王さまによると、みんな馬になる資格はあるらしいんだけど……』
『おれじゃなにか問題あるのか?』
『※ただし豚意外に限る、って』
『もういいよこの馬面野郎!』
バシンッ、と最後のツッコミを入れたベーコンだった。
ちょうどそのタイミングで、
「おーいみんな~! 晩御飯できたよ~!」
天兵が家から出てきて叫んだ。
するとみんなは一斉に天兵のほうに振り返り、
『『『わーっ、晩飯だ~!』』』
と天兵のもとに駆けていった。
あっという間に小屋の前が閑散としてしまった。
駆けていく彼らの後ろ姿を見て、カルビがちいさく言った。
『ほらね、ぼくが言ったとおりでしょ。豚に需要はないんだよ』
『おまえ……どこまでも鬼だな』
『ぼくは馬だよ』
『いや、鬼だ』
カルビとベーコンもまた、ゆっくりと天兵のところまで歩いて行った。
アニマル視点でした。
うろな町のアニマルたちの輪が広がっているみたいですね^^
馬と豚の漫才・・・・・むずかしすぎる;;
でも楽しかったからいい! 自己満だけどいい!
つぎはアイドル登場! いや、もう登場してるけど、とにかくアイドル回です!