オバハン(にわとり)
6月4日夕方 晴れ
授業が終わり、さて帰ろうかと教室を出る。
となりのクラスにいるひなたを迎えにいく。天兵もひなたも部活には所属していないため、放課後は基本的にはまっすぐ家に帰る。とくに天兵は動物の世話もあるから、あまり時間はとっていられない。
ひなたのクラスはとっくに解散になっていたらしく、教室内に残っていたのはひなたともうひとり、見覚えのある女子生徒だけだった。
女子生徒はひなたと談笑している。猫目で茶髪に赤いイヤリングという外見に、いつも飾り気のない表情を浮かべている子で、半目で無表情のひなたとは真逆のタイプに見える。
彼女は、教室の入り口から顔をのぞかせた天兵に気付いた。
「あ、ヒナっち、むかえが来たにゃ~」
語尾がおかしい女子高生。
とはいえ天兵はそれほど親しくはない。ひなたと唯一まともに話してくれるクラスメイトだから、顔見知り程度に知っているだけだった。いつも語尾にツッコめずに悔しい思いをする。
たしか鍋島サツキとかいう名前だったっけ。いつもひなたがお世話になっています。
「じゃあヒナっち、またあしたにゃ~」
鍋島は天兵と入れ違いに教室から出て行った。
天兵が近くによると、ひなたの上のハム太が片手をあげた。
『ようやくきたかテンちゃン。遅いゼ!』
「そう? ヒナのクラスが早いだけだと思うけど。……あれハム太、そのネクタイどうしたの?」
『サツキが作ってくれたんだゼ!』
ハム太の首周りに、小さなネクタイが巻かれていた。
そのディティールは素晴らしく、ちゃんと結び目もあって裏表もある。どうやったらこんなに器用に小さなものを作れるのだろうか。鍋島ってすごいやつなのかもしれない。
「僕の人形はそんなのだからね……」
ひなたの鞄についている、白いハムスターの手編み人形を見て苦笑する。
『いやこれはこれで、なかなかいい味出してると思うゼ! ひなたも喜んでるしナ!』
「ほんとに? 高二の誕生日にそれって、幼稚くさいかなと思ったんだけど」
『そんなことねえゼ! ひなた、きのうそれ抱きしめながら寝――ぶべっ』
ひなたはとっさにハム太の顔面を握って言葉を止めた。ハム太は息ができなくなってもがいていた。
腹話術だから喋ったのはひなた自身のはずなのに……ハム太かわいそう。
『ぷはっ。ま、まあなんだ……ようは気持ちが大事ってことなんだゼ』
ひなたが手を離すと、ハム太は頭をぽりぽりとかいた。動作が人間くさすぎる。
とにかくネクタイが似合っている。
天兵のうちにいるハム太の奥さんはリボンを頭につけているから、並ぶとペアルックのようなものになりそうだ。おなじ赤色だし。
天兵が、ひさしぶりに自分のハムスターを連れてこようかなと考えているとき、
『おいテンちゃん、あれ、もしかしてオバハンじゃないカ?』
ハム太が窓の外――中庭を指さす。
ふたつの校舎に挟まれた中庭の花壇に頭をつっこんで、一羽のニワトリが隠れていた。
頭隠して尻隠さずにしているニワトリの尻は、ヒョウ柄みたくまだら模様に色が変わっている。そこだけ見れば押し入れに頭をつっこむ大阪のオバハンだった。
だから名前がオバハンなのだが。
とにかく天兵のペットであるオバハンが、うろな高校の中庭にいた。
「あいつ……またパトロールしてんのか」
オバハンは勝手に壁を飛び越え、街中を歩いているのだ。なにかあれば「コケッコーーーー!」と鳴いて異常を知らせる。迷子のこどもの横で鳴いたり、赤信号を渡るおばあちゃんの横で鳴いたり、カツアゲしてる中学生の横で鳴いたり。
天兵はこれをパトロールと呼んでいた。
朝だけでなく、とにかく人間の世話を焼きたがるニワトリ。
オバハン。
オバハンは花壇から頭をひっこぬくと、くちばしの先にピンクの財布を咥えていた。
「コケコケコッケコーーーー!」
『あらあらあらまあ! こんなものを見つけたわよ!』
バサバサと羽を広げると、近くにいた生徒がビクッとした。
オバハンはひとしりき鳴いて注目を浴びると、
「コココココココッ」
『あらあらごめんなさいねちょっと失礼おばちゃんが通るわよー』
と群がってきた生徒たちを押しのけて、中庭から出て行った。
すぐに初々しい女子生徒が落ちている財布をしっかりと抱きしめ、「あ~こんなところにあったんだ、よかった~」と安堵していた。
『どうすル? オバハンつかまえにいくカ?』
「いいよべつに。晩御飯までには帰ってくるだろうし」
『むしろつかまって晩御飯にならないカ?』
「だいじょうぶだよ。オバハンは強いから」
『強いだト? いっかいオレと勝負してもらおうかナ』
ハム太はシャドウボクシングをし始めた。
「いくらハム太が強くても、大きさで負けるだろうよ」
『だいじょうぶだゼ! オレには必殺技があるんだゼ!』
「へえ、なんだい?」
『いでよ、召喚獣ひなた!』
「どちらかといえば召喚獣はハム太だよ」
教室を出た天兵たち。
帰り道、ひなたと並びながら歩く。
『にしても、オバハンってそんなに脱走してんのカ?』
「まあね。オバハンにとっては壁なんて障害じゃないよ」
『でもニワトリって飛べないだろ? もしかしてオバハンって飛べるのカ?』
「飛べるわけないじゃん」
『じゃあどうやって脱走してるんダ?』
「さあ」
『さあって……物理の壁を超えるほど、オバハンは万能じゃないだロ?』
「それはもうオバハンとは呼ばないね。僕なら怪物って呼ぶ」
『怪物……日本は怪物に蹂躙されるゼ!』
それはヤダなあ。
うろな高校は駅より南側にある。
駅は公園に挟まれていて、まっすぐ家に帰ると必ず公園を通らねばならない。
公園のなかを歩いていると、正面から誰かが走ってくる。
「ちょ、え、なんだよいったいっ!?」
「コッコココッコーーーー!!!!」
オバハンが誰かを追いかけている。
誰かじゃない。
このまえ就任したばかりの、町長だった。
オバハンは町長の尻をくちばしで突きながらダッシュしている。
町長もスーツ姿でダッシュしている。
「コココ! ココッコココッコーーー!」
『町長さん! 町開発もいいけどもうちょっと動物のことも考えてくださらないかしら! 自然が減ったら最終的に困るのはあなたたちになるのよ!』
「ちょ痛っ! 痛いって! なんなんだいったい!?」
「コッココココッコッコーーーーーーーッ!」
『でもまだ若いからって甘えてちゃダメよ! 若いんだからもっとエネルギッシュにいきなさいよね! 大事なのは勢いよ勢い! 元気よ元気! ほら走って走って!』
もちろんオバハンの主張は誰も理解できない。
「なんなんだ~~~~~~っ!」
町長は天兵たちの前をとおりすぎ、町役場のほうに消えていった。
『こ、この町のボスにあの態度……オバハン強すぎるゼ』
「……ごめんなさい、町長」
天兵のひきつった声は、夕方の喧騒に呑みこまれていった。
シュウさんの「発展記録」より町長、寺町朱穂さんの「人間どもに不幸を!」より鍋島サツキちゃんを拝借させていただきました。おかしな点があれば修正します。
さて、次回は練りに練った馬と豚の漫才コンビ……あ、まだ名前きまってないや(笑