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うろなの虹草  作者: 裏山おもて
うろな町のみんな
6/18

ぎん2(こねこ)・前半

  6月2日夜 曇りときどき雨


「……ヒナ……」


 うろな町の夜は静かだった。

 天兵はぽつりとつぶやいた。その小さな呼び声は、雨の匂いを含んだ風に乗って流れていく。

 ひたなは相変わらずの無表情で、公園のベンチに座っていた。頭の上に乗っかっているハム太は、腕を組んで天兵のことを睨んでいた。

 蛍光灯の明かりが、青ざめた天兵の顔を照らす。


「僕はそんなつもりじゃ……」

『どうせ、テンちゃんが大事なのはぎんなんだロ!』

「それは……大事だけど……」


 天兵は戸惑う。


『わかってんだゼ! どうせおまえは、ヒナのことなんて動物のあとにしか考えないんダ!』

「そ、そんなことはないよ。たしかにぎんは大事だし、ハム太やペンやレオや、ほかのみんなだって大事だよ。……でも僕はヒナのことも――」

『言うナ! ヒナはそんな言わされて言った言葉なんて、望んじゃいねえんダ! テンちゃん、おまえも男なら、それくらいわかるだロ!』

「だけどこれは僕の本心で――」

『さあどうだかナ、それだって怪しいもんダ! おまえは周りが見えなくなるほど動物が好きだからナ。ヒナのことだって、それと同じ目で見てるだけかもしれねエ!』

「なら、僕はどうすればいいんだよ……」

『知るかヨ。なんでも答えがあると思うナ。もう七年前とはなにもかもが変ってるんダ。ヒナにばかり甘えるナ』


 ハム太が鼻息を荒くした。

 ひなたは背を向けて歩いていく。公園の入り口で立ち止まり、こちらを振り返る。彼女は始終無表情だったが、ハム太は激怒しているようだった。ハム太の表情はひなたの表情だ。天兵は狼狽したまま、なにも言えずにいた。

 ひなたは冷やかな視線のまま、公園を去って行った。 

 天兵には、それを止めることなどできなかった。




 ――七年前――



「虹草をさがしにいこう!」


 ヒナタがそう言い出したは、覚えている。

 見つけるとなんでも願いごとがかなうという、不思議な草。

 そういう話は、つい先日したばかりだった。正直、ただのうわさ話だと思ったけど、天兵にはなにも言えなかった。あのときの天兵は、ヒナタの影に隠れているだけの少年だったから。


「それはいいけど……どうやってみつけるの?」


 とカエデが心配していた。

 その横から、ひとつ年上のミナトが冷静に言う。


「山のなかで草をみつけるなんて、さばくで砂をみつけるようなもの。だけど、不可能なわけじゃない。すぐにみつけようとしなければ、いつかみつかるはず。ちょうきてきな計画でいきましょう。それくらいしないと、虹草はみつけられないわ」

「そうしよう!」


 ミナトの言うことなんて理解してないのにも関わらず、ヒナタが勢いよく叫んだ。


 そうして始めた虹草探し。

 その初日、くたくたになるまで山の中を散策した四人が見つけたのは、虹草なんてよくわからないものじゃなく、段ボールに入れられていた小さな小さな白猫だった。

 毛並みに汚れなんてなく、ひたすらに白い。まだ生まれたばかりだからだろう、その輝くほどの白い毛は、木々の合間から射す夕日を浴びて銀色にきらめいていた。

 最初に見つけたのは、カエデだった。


「……きれい……」 


 子猫を段ボールから拾い上げたカエデに、すぐさまテンヘイが近づいた。


「みゃー」


「ねこだ。かわいい……」 

「ね、かわいいね。どうしたんだろう? 捨てられたのかな?」

 

 カエデは首をかしげる。


「こんなところに捨てるなんて、ひどいよね」

「ね、ねえカエデちゃん。僕にもちょっと触らせて」

「うん。いいよ」


 カエデに抱えられた子猫をテンヘイが撫でる。


「みゃーみゃー」


 指先に触れたその弱々しいぬくもりは、忘れることのできないものだった。


「わー、かわいいー!」

「ヒナったら乱暴しないの」

「そうだよヒナちゃん。僕にももうちょっと触らせてよ」

「みんな、あまり力を入れちゃダメ。タオルで包むようにゆっくりと、やさしく」


 それが天兵たちと子猫の出会いだった。

 この子猫は「ぎん」と名付けられ、カエデが引き取ることになった。



 数日後。


「ねえテンちゃん、カエデちゃんのところにぎんのようす見にいこうよ!」

「え……うん」


 授業が終わると、カエデはさっさと帰ってしまった。

 のろのろと帰る準備をしていたテンヘイは、ヒナタにひきずられるようにしてカエデの家に向かった。


「ねえテンちゃん。あしたはヒナの誕生日なんだよ、覚えてる?」

「う、うん。覚えてるよ 」

「ほんとに? じゃああしたはヒナと水族館いこうね!」

「うん…みんなは?」

「ふたりでいくの! だからあしたは学校お休みだし、12時にヒナのお家にきてね!」

「うん…わかった。あ、ここだよね、カエデちゃんがいつもしてる近道って」


 カエデの家は北小学校のすぐ近くにあり、公園を通るのが近道になっていた。公園のなかを歩いていたら、剣道の竹刀を背負ったすごく小さな女のひとを見かけた。南小の子かな? と思ったけど、なんだか小学生のわりに大人びているような気もした。南小の子はみんな大人なのかな……わからない。もしかしたら中学生かもしれない。だけどスーツを着ている。なんだかちぐはぐな格好だった。何者だろうか。

 すでに彼女が社会人だとも知らないテンヘイは、そんな疑問を浮かべているあいだに、カエデの家についた。


「かーえでーちゃーん」


 ヒナタが元気よく挨拶した。

 扉が開いて、カエデのママが出てきた。


「あらヒナちゃんにテンヘイくんじゃない。いつもふたりで仲が良いわね」

「うん。だってヒナたち、こいびとだもん!」

「こ、こいびと……?」

 

 初耳にオロオロするテンヘイ。

 カエデママは頬に手を添えて、にっこりと笑った。


「テンヘイくんはカエデのおむこさんになってくれると思ったんだけどなあ」

「ダメ! テンちゃんはヒナのだもん!」

「ふふ、それは残念ね。……とにかくあがりなさいな。カエデならいまぎんちゃんにミルクあげてるから」

「うん! おじゃまします!」

「お、おじゃまします……」


 遠慮なしに靴を脱ぎすてていったヒナタ。

 テンヘイはその靴をえっこらせっとちゃんと並べてから、リビングに行こうとする。


「ほんとテンヘイくんは立派なおむこさになってくれそうね。どう? カエデの恋人になる気はない? いまからでも遅くはないわよ♪ カエデは頭も良いし美人だから、将来も安泰だしね♪」

「え、え……?」

「うふふ、冗談冗談。でもその気があればいつでも来てね」


 なかなかに上機嫌なカエデママだった。

 つい足を止めてしまったテンヘイの背中を、カエデママが押しながらリビングに入る。

 そこに飛び込んできたのは、慌てたヒナタとカエデだった。


「た、たいへんだよママ!」

「テンちゃん、どうしよう!」


 ふたりいっしょにぎんを抱えて、泣きそうになって言った。


「ぎんが……ぎんが、倒れちゃった!」


珍しくシリアスです。


七年前の新人時代の梅原先生がとおりかかったようです。なにか不都合ございましたら修正します!

天兵とひなたの喧嘩の理由は後半にて。

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