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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
終幕 魔導士の帰還
45/51

10-02

 正午過ぎてのこと。

 学院の本館、学院長執務室に通されたのは、ソルフィス、シャナトリア、ティノ、ヴィヴィアン、カイトの五名。

 ただの修練生が、どういう意図で学院長直々に呼ばれたのかは把握しているつもりだ。

 午前の講義を終えた五人は昼飯も喉を通らぬ有様で、緊張に顔を強張らせて部屋に入った。


「うげぁ」

 入るなりティノは(うめ)いた。


 そこに居たのは、リノー学院長はもちろんとして、ブラッセオ副院長、ロッド魔導師長、そして師匠のアイシャだった。

 学院長の机の前に五人は並んだ。今日のティノはソルフィスの肩の上だ。

 これより先立って、砂漠から帰還したその日のうちにソルフィスたちは一度リノーのもとを訪れ、報告を行っている。そこで謹慎処分を受けたあと、さらに具体的な処遇については後日となっていた。今日はそのお沙汰が下るといった次第だ。



「では、始めましょうか。まずヴィヴィアンとカイト、そしてティノ」

 三人は緊張に声を震わせながらも返事した。

「《錬金術クラブ》は本日をもって終了、解散とします」

「はい!」

「はい!」

「えっ」

「ん?」


「…………」

「…………」

「…………」


「えーーーーーっ!?」

「ど、どうしてですか!?」

 いきなりの無体な発表に三人は度肝を抜かれた。

 リノーは《錬金術クラブ》のリーダー、ヴィヴィアンを見つめてこう言った。


「ヴィヴィアン、あなた、あの施設で造った酒を横流ししたでしょ?」

「ぎくっ」

 ヴィヴィアンは陶器人形のように固まった。

「紅茶、とてもおいしかったわ。でも、あれおいくらするの? 紅茶は高級品よね。それから部屋に散らかった雑貨類。あれはちょっとうちの生徒が買えるような限度を超えてるわ。私ね、ピーンときて帳簿を調べたのよ。あなた成果物に報告する酒の量をごまかしたわね」


「う、うぐっ……。ご、ごめんなさい……。そのとおりです」

 どうしようもなく言い逃れできないヴィヴィアンは抵抗なく崩れ落ちた。

「カイトとティノはそれを黙認、あるいは加担していたわね。あなた達も同罪です」

「ひい、すいません……」


「さて、三人とも。普通なら横領した金を全額学院に返納してもらわねばなりません。ですが、修練生との金品のやり取りは規則で禁じていますから、代わりに奉仕活動で払ってもらうことにしましょう。いいですね」

「は、はひ……」

 ヴィヴィアンは肩をぷるぷる震わせている。複雑な心境のアイシャやソルフィスは少し同情的な目をしていたが、こればかりは自業自得だ。

「今日、明日中に資材室の片付けをして明け渡すこと。借りた本も図書館に返しておくこと。そういうわけで、あなた達は今日で解散ね」

 あっさりとした決定にヴィヴィアンとカイトは口をパクパクさせて抜け殻のようになった。

 このあとさらに何を言われるんだろうと子供たちは身がすくむ思いだ。



「では、次の話に移りましょうか」

 リノーはひと呼吸置いて話を進めた。

「ティノ、ソルフィス、シャナトリア。あなた達三人は夜間の無断外出、講義の無断欠席、自然生態を破壊しかねないほどの危険な魔術の行使、魔獣との交戦……そして、ヴィヴィアンとカイトはそれと知りつつも助けた。これらの違反行為の数々を認識し、反省しているわね?」

 五人は声を揃えて答えた。リノーの厳しい視線に硬直するしかない。


 通常、魔導士の犯した罪の裁定は法務官によって裁きが下されるが、五人ともまだ修練生である。リノーは事を大きく取り上げようとせず、学院長直々の判断によって、指導というかたちで内々に処理しようとしていた。

 なお、無断外出・無断欠席の件についてはすでに謹慎処分を受けている。今日は残りの余罪について問われている。どう控え目にみても余罪のほうがヤバそうだ。


「あなたたちの行ったことは、自身の命を危険に晒すばかりでなく、自然の調和と当院の秩序を乱すものであり許されざることです。しかしながら、あなたたちの勇気ある活躍のおかげで我々は誰一人落命することなく、ひとつの街も救えたのも事実。これは考えるまでもなく称えられるべき、大きな功績です」

 そこまで聞いて黒猫の顔が少しだけゆるんだ。


「実に悩ましい問題です。規律を破ったあなたたちを捨て置けませんが、それによって我々は助けられた。これは先の不始末をおぎなって余りある。そこで、あなたたちの処遇はこうしましょう。ソルフィス、シャナトリア、まずあなたたちは罰として奉仕活動を」

「うえぇ」

 ちょっとだけ何かを期待していたソルフィスは露骨に肩を落とした。横からシャナトリアに小突かれ姿勢を取り戻すソルフィス。

 ティノは危険行為の主犯ではないということで、この件については不問だが、これで五人とも一週間の奉仕活動ということになった。明日から学院内でなにかと使いっぱしりにされるのだろう。


「それとは別に、あなたたちの功績を称えてなにか恩賞を、と考えているのですが」

 まってましたとばかりにティノがぱちっと目玉を開いてしっぽをピンと立てた。分かりやすい反応に横からシャナトリアが(とが)めるような目をしてくる。

「ですが恩賞といっても、金銭や物を修練生に与えるというわけにはいきません。ですから代わりといってはなんだけど、なにかお願い事とか、言いたいことでもあるのならば遠慮なく言ってごらんなさい。内容にもよりますがいくらかの便宜をはかってよいと考えています」


 姉妹の顔がぱっと輝いた。

 このときのために何か考えてきたのであろう。ソルフィスとシャナトリア、ティノの間で無言のやり取りが行われ、シャナトリアが「いいのね?」と目で合図を送ると、ソルフィスはうなずいた。

「ソルフィス、なにか言いたいことがあるようね」

「はい」

 ソルフィスは前に進み出た。


「院長様。わたしたちが砂漠に行った理由と目的は、先日お話した通りです」

「ええ。悪霊……といいましたね。それが本当だとしたら、由々しき問題だわ」

 リノーがちらりとティノの方を見たので、黒猫はソルフィスの肩の後ろにかくれた。

「先日のような悪霊が他にもたくさんいる、ということもお話しました。奴らの狙いはよくわかりませんが、野放しにしておくことはできません。奴らを見つけだして退治しなくちゃいけないんです。だから――」


「わかりました」

 リノーは手を挙げてソルフィスを制した。

「先日の話からも、あなたたちの希望はだいたい察してはいました。悪霊の件はどうあれ、あのような怪異は我々にとって、人々にとっての恐るべき脅威です。あなたたちが戦力に加わってくれるのは学院として歓迎します」


 学院長があっさりと賛同してくれたのはソルフィスたちにとって予想外だった。

 子供たちを魔獣との戦いの場に引きずり出すことに以前からリノーは大反対だった。今でも同じ考えなのだろう。しかし状況が変わった。やむを得ぬ事情から決断を下さざるを得ない学院長の苦しい心境が、彼女の伏し目がちの表情から伝わってくる。


「学院としては現行制度を逸脱しない範囲で、可能な限りあなたたちの活動をサポートしていくつもりです。詳細はさておき、ひとまずこれが回答よ。ここまではよいかしら?」

 ソルフィスはうなずきまくった。学院長がついに認めてくれたのだ。シャナトリアはソルフィスの背中側で皆から見えないようにこぶしをぐっと握りしめた。

「本件の重大性については認識しています。実は今日みなさんに集まってもらったのは、このことについて話し合おうと考えていたからです。よろしいかしら」


 リノーは皆を奥の会議室へ移るよう促した。後ろで立っていた幹部たちが示し合わせたように動いて、皆がそれぞれの席についた。ここは学院幹部たちの重要な――秘密の議題を取りあげるときに使う部屋だ。つまり、これからそういうことを話し合うのだろう。

 修練生たちも予想外の展開に緊張しながら、会議卓の一辺に身を寄せ合うようにして腰をおろした。黒猫ティノはテーブルの上にちょこんと行儀よく座った。

「まず、学院としての考えを伝えておこうと思います。ちょっと退屈な話になるけど、しっかり聞いてね。それから今ここで話すことはしばらくの間内密にお願いします。時期がきたら内外にも発表するつもりだから、それまでは口外しないように。よろしいですね?」

 いわれなくても雰囲気で充分に伝わってくる。子供たちはぎこちなくうなずいた。


 会議がはじまった。


「先日の砂漠の怪異は人類史上で衝撃的な事件となったかもしれません。しかし、事実として起こってしまった。あのような強大な魔獣が一度でも現れてしまった以上、これは当事者である我々だけでなく、今後は世界共通の問題として広がっていくかもしれません。

 これはあなたたちの周辺で起きている問題ではなく、我々組織の、人類全体の問題なのです。我々は全員でこの問題に立ち向かわなければならない。わかるわね?」

 ソルフィスたちはうなずいた。確かに、この問題は予想以上に大きな影響を及ぼしそうだ。ついつい自分たちだけで動こうと視野が狭まってしまっていたが、この問題は大人も子供もみんなで取り組むべきだ。子供たちは少しだけ目の覚める思いがした。


 リノーは続きを魔導師長ロッドに引き継いだ。


「ここからは私が説明しよう」

 ロッドは咳払いをして皆の視線が集まるのを待ってから話しはじめた。

「学院長が言われたとおり、先の魔獣は我々に大きな課題を突きつけていった。君たちの支援によって我々は辛くも勝利を得たが、正規魔導士の魔術ではあの巨大魔獣にまるで歯が立たなかった。これは攻勢魔導士部隊としてみれば完全な敗北だ。口惜しいが、厳然とした事実だ。先のような魔獣を打ち破るには、魔術の根本的な見直しが必要だと考えている」


 そこで彼はひとつの重大な目標を掲げたという。

 子供たちはその答えを待った。

「それは、失われた古代魔術の復刻だ」

「古代魔術……ですか?」

「そうだ。単に古代魔術、といわれても漠然としてて分かりにくいかもしれん。君たちは古代魔術と聞いて、どのように思うかね?」

「ソルフィスお姉さまやシャナトリアさんが使ってる術のことですよね?」

「昔の人が編み出したスゴイ強い魔術ってことだよ。今では禁術にされてるっていうけど」

「それって大概、〝失われたモノ〟扱いになってるよな」


「そのとおりだ。君たちの思っている古代魔術への認識はそれであってる。古代魔術というとそこらへんの学者は、粗野で(つたな)くとりとめのないもの、忌避(きひ)すべきもの、などと評したりするがな。ありゃ嘘だ。それどころか現代のものよりずっと精妙で洗練されており、神秘と力に満ち溢れている。太古の魔術とはそういうものだった。

 そのような昔の智恵がどうして失われたり、禁忌にされていったのか知っているかね?」


 修練生たちは一様に首を横に振る。

 古代魔術は歴史の授業でも習っていない。現代の学部では古代魔術のことに触れることを避ける風潮にあるので、一部の物好きな者しか知らないマニアックな話題なのだ。

 ロッドは静かに話し始めた。


「太古の昔、世界は今よりずっと危険だった。強大な魔獣が跋扈(ばっこ)し、竜がすべてを支配する世界だったという。古代魔術はそのような厳しい環境におかれた人類が編み出した術なのだ。

 当時の人々にとって魔術は繁栄と権力を象徴する重要な要素だった。そして外の脅威から文明を護るための神聖な手段とされていた。人々は魔術の力を拠り所としていたのだ。


 そして古王朝時代の動乱期に竜が滅び、人類も魔獣も多くが死に絶えた。魔術の使い手も失われ、この時代で多くの貴重な伝承が断絶している。

 世界は荒れた。この時代の後期は各国が統合と分裂を繰り返して現在の様子に近づいていくのだが、この間は魔導士にとって苦難の時代となった。

 いわゆる群雄割拠の時代だ。魔術は戦争と政治の道具に利用された。権力者は政争に明け暮れ、そして次第に魔術の存在を脅威と見なすようになった。魔力は権威であり、武力にもなりうるからだ。


 この頃になると恐ろしい竜はすでにおらず、強大な魔獣も姿を見せなくなっていた。となると、それらに対抗する強力な魔術は不要となる。たちまち人々の間で魔術不要論が飛び交い、権力者によって大きな排斥運動が各地で煽動されていった。書は燃やされ、数ある優れた魔術がこの時代に失われていったのだ」


 ソルフィスとシャナトリアはぽかんとしていたが、他の三人はこの話に驚いていた。

「ということは、大切な知識を自分から捨てちゃったのか。しかも権力争いなんかのために」

 カイトが呆れ顔でつぶやいた。

「まったくの愚か者だわ! なんだってこう人間は肝心なときに馬鹿になれるのかしら」

「うむ……。しかし、すべてがそうやって無分別に破壊されていったのではない。中には使い手が自ら、自分の意思で術を封印した例もある。

 強大すぎる魔力は時に世界に影響を与える。術者はそうした力が危険な諸刃の剣だということを知っていた。だから自戒の念をこめて自らの手で破棄するのだという。そのようにして古代魔術の知識は失われていったのだ」


 思わずシャナトリアはうつむいた。つい先日の雪山の苦い体験を思い出したのだ。後先考えずに大魔力を使えば取り返しのつかない事態も引き起こしかねない。先人から学ぶことはまだまだ多そうだ。

 ソルフィスは腕組みして唇をとがらせたまま、いつものように「むむむ」と呻っている。ソルフィスに難しい話はわからない。その隣でシャナトリアが気まずそうに姉のスカートをつまんでもてあそんでいた。

 こういう話が大好物なのはカイトとティノだ。二人はずっと目を輝かせて聞いている。


「でも、ほんとうに現代の魔術では魔獣に歯が立たないんですか?」

 カイトが身を乗り出すようにして質問した。

「厳しいな。現代の攻勢魔術は、なんというか武芸に近い。もちろん魔獣にも通用するが、どちらかというと対人戦闘に重きを置いている。時代がそれを求めたせいだ。

 しかし、あのように強大な魔獣が出てきた以上、もはや通用しなくなった。現代魔術では規模が小さすぎるのだ。だから難しい。……アンセムの魔導士も同じ事を思っただろうな」


「あの白い服を着たおじさんたち?」

「そう。彼らも我々と同じ危機感を嫌というほど感じたはずだ。そう遠くないうちに、我々と同じ動きが各地で見られるようになるかもしれない。ルヴェンディ魔導教会、東方魔術師団……、世界中の魔導士組織でだ。今回の砂漠の一件は、我々魔導士にとって大きな転機となるかもしれない」


 ヴィヴィアンが質問の手を挙げた。

「あのう。ところで、文献とか燃えて残ってないのにどうやってそれをを調べるんです?」

「うむ、そこが重要なところだな。君たちも知っているだろうが、アゼルには先達(せんだつ)が代々護ってきた遺跡・遺物が数多く残されている。まずはこれを足掛かりに、思い切った調査を進める方針だ。それからソルフィス、シャナトリア」


「ふあっ!?」「はい」


 姉妹はびっくりして顔を上げた。

 ロッドは姿勢を改めてゆっくりと向き直った。

「幸いにして我々にはお前たちがいる。お前たちは言うなれば古代魔術の生きた見本だ。古き神秘の力を振り返るにあたって、お前たちはこの上ない知識の遺産なのだ。だからどうか、我らの導き手となって力を貸してくれ。たのむ」

「私からも、どうかお願いします」

 魔導師長が頭をさげると、学院長、副院長までもが並んで頭をさげるので姉妹は驚いた。


「ちょちょっと、ちょっとちょっと! まってください」

「あたしたちにできることなんて、そんな……なにもないですよ」

「そんなに深刻に受け止めなくても、大丈夫よ」

「古代魔術の調査は研究部門が主導で進めることになっている。修練生の教育と正規魔導士の再訓練を足並み揃えて行っていくつもりだ。時期がきたら声をかけるから、そのときはどうかよろしく頼む」

「わかりました。力になれるといいですが」

「お前たちなら申し分ない」

 改めて慇懃に頭を下げる魔導師長に姉妹もかしこまってしまった。

 しかし、研究部門が行う調査とはいったい……。ソルフィスお姉さまやシャナトリアさんに一体どんな調査を行うのだろう。ヴィヴィアンは気になって考えをめぐらせたが、そのうち顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「さて、では一番最初の話を振り返りましょう。ソルフィス、シャナトリア、そしてティノ。あなたたちの活動を学院がどのように支援するのかについて、これから詳しく説明するわね。ちょっとややこしい内容になるから、よーく聞いておいて頂戴」

「はいっ!」

「アイシャも待たせたわね、ようやくあなたの出番よ」

「はあ……」

 アイシャが口を開いたが、なんとも気の抜けた力のない返事であった。

「なんだアイシャ。弟子の前だぞ、しゃきっとせんか」

「は、はっ」


 師匠の妙な様子にティノは不思議と首を傾げた。そういえば、なんでこの場にアイシャが連れて来られたんだろう。彼女には砂漠でなにかとお世話になったが、今回のお咎めの件について彼女は直接関係ないはずだ。俺の師匠だから? にしても何故アイシャだけ?

 今さらになってティノはそのような関心が沸いたが、その後の学院長の話を聞いていくとそのような些細なことはどこかに吹っ飛んでしまった。


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