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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第三幕 黄塵の激闘
43/51

9-04

 月夜の砂漠。

 ほのかな月の蒼い光が砂の海原(うなばら)を淡く照らし出していた。

「ちょっと夜風に当たってくる」

 そう言い置いて席を辞したソルフィスは、中央の広場にある石のテラスの上でぼんやりと夜空を眺めていた。


「ここに居たのね」

 背後からシャナトリアの声がした。

「ティノもアイシャさんも疲れて寝ちゃったわ」

 肩をすくめるシャナトリアにソルフィスが振り返った。

「見てみて、月が綺麗だよ」


 シャナトリアは姉の隣に並んで一緒に夜空を見上げた。

「いろいろと手間かけさせちゃって悪かったね」

 ソルフィスがそっと口にした。

「ううん。こうしてあたしが生きてるのも、ソルのお陰だし。それに、お互い大変だったもん……。もうあんな蟲、見るのもイヤだけどね」

 ソルフィスはくすくすと忍び笑った。

「笑わないでよ。ホントにああいうの、苦手なんだから」


 ソルフィスが気絶している間に起こったことはすでに本人に話してある。

 また竜が現われたこと。竜が悪霊を一呑みにしてしまったこと。そして竜の残した言葉だ。

 竜からのお礼をシャナトリアが代わって伝えたとき、ソルフィスはどこか嬉しそうだった。


「ねぇ、ソル。これからどうするの?」

「うん?」

「あんな悪霊がまだ世界中に散らばってるっていうのよ。冗談じゃないわ」

「そうだね。だからこそ、これ以上の災厄は防いでいかないとね。わたしたちの手で!」

 そう言ってぐっと拳を握り締めるソルフィス。

「本気なの、ソル? 今日みたいなのが今後もボコボコでてきたら身が持たないわよ」

「う、うん」

「それに、あたしたちは修練生。本分は修行と勉強にあるのよ。自由な外出も認められてないわけだし、大人の目を盗んで抜け出すのも限界があるし。今回の件だって……」

「ぬぬ……」

「お金だって無いしね。なにかと必要よ、お金は」

「それだったら働きながら……」

「それは禁止されてるでしょ」

「そこはアイシャさんに助けてもらってですね……」

「ダメよ、先輩に迷惑かけちゃ!」

「じゃあカイトとビビに協力してもらって」

「お金よ? お金。あたしたち子供だけでは何ともならないわよ」

「ぬ……うぐ……うっく」


 目の前の現実的な問題を次々とあげつらうシャナトリア。当初は威勢の良かったソルフィスも次第に口ごもってしまう。突き出していた拳が頼りなく垂れ下がり、ソルフィスの肩がぷるぷると震えはじめたが、シャナトリアの指摘は続く。


「今日だって授業サボって来ちゃったしなぁ。先生方にも迷惑かけないようにしなくちゃいけないし。でも休日に行動するにしても限界があるし。それから……」

「ふぬぬぬ! 細かいことをごちゃごちゃと! シャナはわたしを助けてくれないの?」

「助けるわよ。だからこそ、こうして身の回りのことを整理してるんじゃない。こればかりはしっかりしておかないとダメでしょ。あたし達、ただでさえ地に足がついてないんだから」

 ソルフィスはうつむいて考えていたが、やがてぽつりと口を開いた。


「思い切って、院長様に相談してみよう」

「そうね。大人の力を借りるしかないわ。院長様なら、きっと力になってくれる」

「うんっ」

 もっともその前に、学院を抜け出した件のことで、すっごく怒られるだろうけども。そんな些細なことは気にしない。シャナトリアは心の中で苦笑しつつ、再び夜空を見上げた。


「本当、月が綺麗よね」

 そう言ってシャナトリアがソルフィスの横顔を見ると、一瞬どきりとした。

 ソルフィスが物憂げな眼で、じっとこちらを見つめていたのである。

「あのね、シャナ。わたしからも話があるんだ」

「なに?」

 ソルフィスは指を(いじ)りながら、遠慮がちに話しはじめた。

「このままずっとね、悪霊を追って、それを退治して、全部やっつけたとするじゃない」

「うん」

「ティノの体を元に戻す方法も見つけて……、それが終わったら、最後は……?」

「最後は、いよいよ竜と決着をつけないとならないわね」


「…………そうだよね」

 ソルフィスは思いつめた顔のまま、目を伏せている。

「ソル、どうしたの?」


「……ダメ……かなぁ」

「え?」

 不思議そうに聞き返すシャナトリアの手をソルフィスが握った。

「決着つけないと、ダメかなぁ……」

「なに言ってるの、ソル?」

 握られた手に熱いものが滴り落ちてきて、シャナトリアははっとした。

 ソルフィスが泣いていた。


「わたし、やだよ……。なにもかもが終わったら、また眠るんでしょう?」

「ソル……」

「そうしたら、忘れてしまう。大切な人のこと。父様も母様も、友達も先輩も。次はきっと誰も思い出せなくなっちゃう。……ううん、次はきっと、無い」

 悲痛な叫びに胸を(うず)かせながらも、シャナトリアはじっとソルフィスの気持ちを受け止めていた。


「消えちゃうんだ。なにもかもが、ぜんぶ、全部! この世界が、泡のように」

 シャナトリアは姉の肩にそっと手を置いた。

 ドレイクの封魂を確実なものにするには、姉妹もまた眠りにつかなければならない。

 それはつまり姉妹の存在が再び現世から消えてなくなることを意味する。七百年前にそうしたように。

「あたし達はもう一度、あの竜を封印しなくちゃいけない。そのためにはあたし達の失った力と知識のすべてを取り戻さないといけないの。だから――」

「いらないよ、そんな力!」


 (むせ)び泣くソルフィスをシャナトリアはそっと抱き寄せた。

 いつも凛として力強かった姉が、今は驚くほど頼りなく繊細に感じられた。

「怖い……。シャナも、ティノとも離れたくない。ビビやカイトやアイシャさんとも。

 誰も忘れたくない。この世界で出会ったすべての人のこと。忘れたくないよ……」



 それでも、いつかはまた、そのときがやってくるのだろう。

 私達はそういう運命のもとに生まれ、そのように覚悟してきたはずだった。

 シャナトリアはどうしてよいのか答えが見つからず、夜空を見上げた。

 満天の星々は七百年前のそのときも、同じように瞬いていたのだろうか。

 硬質の冷たい光は彷徨える漂流者を導いてはくれなかった。


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