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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第三幕 黄塵の激闘
34/51

7-04

「うわー、こりゃヒッデえな」

 身を乗り出して下を眺めていたティノがうめいた。眼下はひたすら蟲、蟲、蟲の大行進だ。

 生きた黒い絨毯が不気味に波打って(うごめ)いている。気分良く眺められたものではない。

 砂煙のせいでよく見えないが、ジェチサライの集落がぽつんと(はかな)げに白く、その内部から黒い侵略者を押し返すように幾本もの光の軌跡が四方八方に飛んでいた。


「むむむ……、これはうかつに降りられない」

「はは、ヤベェな。あれに飛び込んだらすぐにハチの巣だ」

 すぐにでも集落に降りて仲間と合流したいところだが、射撃手の猛烈な砲火のため普通に降りるのは危険だ。さてどうしたものかと、ソルフィスは上空をふらふらと漂っていた。


「つうか、この砂煙だ。ほんとヒドイなこれ。くそ、また見えなくなった……。今はうかつに降りないほうがいい。これ下のほうはきっとなんも見えてないぜ」

 声は届かないし、手を振ってみたりもしたが、誰も気付いてくれない。そうこうしているうちに、また砂煙に阻まれてしまった。とうとうソルフィスは業を煮やした。

「んもーっ、この煙払ってやる!」

「え、どうやって?」

「しっかり掴まってて!」

「はっ、ハイ」

 ティノは返事するよりも先にソルフィスの肩に張りついた。

「よしっ、いくよ!」

 ソルフィスは彗を全力で飛ばし始めた。

 めいっぱいに大きく展開した大気の障壁が外の空気の層と擦れあって、カン高い鳴き声を響かせる。広大な円を描いて何周も何周も、同じ軌道をなぞるように飛び、やがてそれが風を呼んで砂煙を消し去り始めた。

 この様子に下の魔導士たちも気づきはじめた。突然、空に現れた少女に皆一様に驚き、ソルフィスが何をしようとしているのか察すると、今度は喝采しはじめた。

 光の尾が長い円周の軌跡を()き、それが重なって円環になろうかというところで、暗闇に覆われていた砂の大地に光が差し込んでいった。


 砂煙が晴れた。


「どおだっ!」

 肩で息をしながら勝ち誇ったように辺りを眺めるソルフィス。

「し、死ぬ……マジでふっ飛ばされるかと……」

「ティノ、キミは軟弱だなぁ」

「ほざいてろ。おーい、シャナ生きとるか? 生きとったら、もれなく返事せい」

 後ろのカバンがもぞもぞと動き、「にゃあ」とだけ声が聞こえた。



 風の名残を残して澄み切った青空に、弾けるような笑顔でくるくると宙を舞う少女の姿があった。驚愕の目でオクシスは彼女を見つめていた。

「あれがその……そうなのか?」

 オクシスは度肝を抜かれていた。少女のあまりにも鮮烈な登場に言葉をなくしてしまった。

 空を飛んでいる――!? あれは飛翔術――失われた古代の魔法ではなかったか。

 まさか、そんな馬鹿な。ありえな……、い!?


 オクシスは彼女の神々しい姿に目を奪われてしまっていたが、やがてそれが生易しいものではないことがわかった。天使が舞い降りる、というには程遠い猛烈さで、少女はいきなり流れ星のように凄まじい勢いで落下してきたのだ。

 轟音と共に大地に激突した少女の足元には、折り重なった数体の赤銅蟲がまさに虫の息で踏みしだかれていた。


「あぶないあぶない、ボサッとしてちゃあ。もう少しで食べられるところだよ、おじさん?」

「おじ……」

 オクシスがあんぐりと口をあけていると、槍を掲げてロッドがやってきた。

「よう来たのう、ソルフィス」

「はい! 魔導師長さまもお元気そうで」

「ハハハ、こいつめ。狭いとこだが居心地はまずまずだ。好きなだけ休んでいけ……と言いたいところだが、その前にちょっと手伝ってほしい」

「うんっ、わたしもそのつもりで来ました」

「すまんなぁ。あそこに負傷者がいる。蟲が邪魔で手を出せないのだ。救出を手伝ってくれ」

「わかりました」

 ロッドはうなずいて持ち場に走っていった。入れ替わりにアイシャがやってきた。


「おーいッ、ソルフィスぅ! こっちだ」

「アイシャさん! ほら二人とも、先に行ってて!」

 ソルフィスは肩の黒猫を降ろし、カバンから白猫をつかみ出した。するとシャナトリアは「にゃにゃにゃっ!」と驚いてソルフィスの肩の上に駆け上がった。

「? アイシャさん、二人をお願いします。ほら……シャナ、どしたの? 行っといで」

 ソルフィスは首にきゅっとしがみついて離れようとしない白猫を抱き取ってアイシャに手渡した。二匹の仔猫を胸に抱いたアイシャは三人との再会を喜んだ。

「お疲れだな、ソルフィス。ついて来い、休めるところに案内するよ」

「ううん、休んでいられない。わたしも戦う」

「……そっか。ムリはするなよ。あとで会いに来い」

 再会の挨拶もそこそこに、猫と荷物をアイシャに託して、ソルフィスは崩れた防壁から負傷者を救出すべく走っていった。アイシャはティノとシャナトリアを安全な場所へ運ぶため、一旦自分の持ち場に戻ることにした。


「お~い。シャナ、どしたん?」

 どういうわけかシャナトリアは目を瞑って今度はティノにきゅっと抱きついたままひと言もしゃべろうとしない。

「お? ティノ~、モテモテクンじゃねーか。何があった?」

「ち、ちげーよ、そんなんじゃねーし! なにもねーし!」

 まんざらでもないティノだったが、わけがわからず困ってしまった。シャナトリアの体は少し震えているようだ。雪山の一件から体調を崩してしまったのだろうか。

 アイシャの持ち場だった宿屋に着くと、ティノはこれまでの出来事を師に簡単に報告した。

「もう間もなく川の水がここまで届くはずだよ」

「よ~っし、よしよし。でかしたぞ、お前ら!」

 アイシャは左右の手で黒猫と白猫をわしわしと撫でた。二匹の猫はされるがままに左へ右へカクカクと首を曲げていた。


 さらに吉報は続く。

 ソルフィスが振り払った砂塵は一時的なものではあったが見た目以上の効果をもたらした。

 視界が開け、明るい日差しが差し込むと、魔導士たちのどんよりとした重苦しい心持ちもさっぱりと軽くなり、俄然(がぜん)士気が再燃した。そこにソルフィスの加勢である。


 崩落した箇所から続々と侵入してくる蟲が、外へと外へと追い出されはじめた。

 ソルフィスが蟲どもを豪快に殴り飛ばし始めたのだが、これが桁違いの馬鹿力なのだ。

 殴る、蹴る、ぶっ飛ばす、顎をつかんで玩具のように投げ飛ばす。という具合に大暴れなのだが、それでいて味方に巻き添えがでないように、実に器用に立ち回っていた。

 その大胆華麗でかつ繊細な動きは修練の賜物なのか、天稟(てんりん)の感性がなせる(わざ)なのか。


「いまのうちにケガ人を!」

 ソルフィス一人の加勢のおかげで魔導士たちは動けなくなっていた負傷者を救出し、防壁の修繕に力を回す余裕が生まれた。

 高所からこの様子を眺めていたアイシャもこれには感嘆の吐息をもらした。

「まさに魔獣殺しの申し子だな」

 依然として魔獣の勢いは衰えを見せないものの、魔導士たちは当初の意気と落ち着きを取り戻しつつあった。


 アンセムの宮廷魔導師オクシスは、新たに現れた可愛らしい魔導士に目が釘付けとなっていた。小さな女の子が華麗な体術でどかーんどかーんと蟲をぶっ飛ばしてゆく様は実に痛快であったが、同時に少し背筋にうすら寒いものを感じる。

 どう見てもまだあどけない少女なのだ。ロッドの話によればまだ修練生だと聞いているが、そのあたりの魔導士をはるかに凌駕する力をまざまざと感じさせられた。

 極めつけはあの空飛ぶ魔術である。飛翔術はルヴェンディ一門でさえも未だ再現できていない失われた古の魔術だ。どこでどうやって見つけたのか、アゼルの一派が発掘して再現に成功させたと考えざるを得ない。


「それにしてもあの娘、一体何者なのだ……」

 オクシスは少女から目が離せなくなっていた。


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