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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第三幕 黄塵の激闘
33/51

7-03

「戦闘態勢! 全員、戦闘態勢――」

 すべての魔導士たちが一斉に構え、魔力の充填を開始した。

射撃手(シューター)!」

 高所に陣取った射撃手が接近してくる赤銅蟲に狙いを定める。

 アイシャも矢をつがえ弓を引き絞った。

「放て!」

 精鋭十名の長距離破壊魔術が轟けとばかりに火を噴いた。

 火線、氷槍、雷撃、光弾、爆裂弾。多種多様な飛翔体が雨となって降り注ぐ。

 いたるところで蟲の体が躍り上がった。だがその進撃は衰えをみせない。炎や雷撃で上からさっと舐める程度では足止め程度の効果しかなかった。想像以上にタフとみえる。


 アイシャは矢筒から一本の矢を引き抜いた。矢尻を握りしめ、静かな気合とともに念じると、矢の先端がほのかに発光した。矢に魔力を帯びさせたのだ。付呪(エンチャント)とよばれる魔術だ。

 それを弓につがえてぎりぎりと引き絞り、天に向けてひょうと射った。光る矢は独特の響きを発しながら尾を曳いて飛んでいき、黒い絨毯の中に落ちた。


 その瞬間、大爆発がおこった。数体の蟲が爆風に舞い上げられ、その巨体を宙に躍らせた。蟲は地面に叩きつけられ、体をくねらせてのたうちまわる。下っ腹を(えぐ)るような爆圧が何体かの蟲の胴体を千切り飛ばしたようだ。それでもなお、前に進もうとうごめく光景はなんともおぞましいものだ。

 アイシャは前方を静かに見据えたまま、二の矢を放つ。

 彼女の魔法の矢は、蟲の体のどこに当たっても爆風で胴体を吹き飛ばし、魔獣の行動力を確実に奪っていった。



 射撃手の攻撃がうまく注意を惹いたのか、蟲たちは街の外周部を破壊しながら、魔導士たちの拠点に殺到した。

 大群の第一波が最前線の防壁に激突した。

 もんどりうった蟲たちは蹴り上げられるようにして壁の上に上体を乗り上げた。そこへ待ち構えていた近接打撃部隊の魔導士達が迎え撃つ。魔力の込められた槍が頭部を貫き、蟲を体内から焼く。鉄鎚は爆圧で叩きつぶす。いかに耐久力があろうとも、頭部を破壊すれば仕留めることができる。


 船の舳先の形をした防壁の先端が蟲の波を左右に掻き分けてゆく。

 飛び出た蟲を叩きながらも、最前線の者は魔獣を倒すことには注力せず、(さば)いてゆくことに集中していた。

 側面に回った蟲の群れは、その勢いに任せて防壁に体をぶちあてながら後方に流れてゆく。そこに中距離制圧部隊の魔導士達が壁の上から容赦なく破壊魔術を浴びせ、蟲たちを漸減(ぜんげん)していった。

 そのような攻撃などお構いなしに蟲たちは勢いのまま前へ前へと突き進む。第一波が街の終端まで行き着くと、群れの先頭が来た方向に引き返すように回頭しはじめた。餌箱の匂いを嗅ぎ取ったようだ。


「奴らの鼻がこちらを向いたぞ」

 すさまじい砂塵で視界が霞むなか、目を凝らしていたロッドがそのように判断した。

「食いつきましたね」

「ここからが勝負だ」

 ロッドの目論見どおり、蟲たちはエサを求めて魔導士たちの陣に引き返しはじめた。

「蟲どもが返してくるぞ! この機を逃すな、撃て! ブッ飛ばせ!」

 アースラドが叫ぶ。

 アイシャをはじめとする十名の射撃手は長距離から集中砲火を浴びせた。体を吹き飛ばされながらも蟲たちは陣の後方に体を向ける。

 赤銅蟲は後ろには進めない。後ろに引き返すには長い軌跡を描いて転回しなければならないので、これを群れで行おうとするともみくちゃとなって混乱し、隙が生まれるのだ。この貴重な時間を射撃手たちは無駄にはしない。ここぞとばかりに攻撃を叩き込んだ。


 防御陣の後方はくさび形の底面にあたる。この一辺は弓なりの形をしており、鳥が翼を広げたように両端が突出していた。古来の兵法にも聞く鶴翼(かくよく)の陣と似ている。

 引き返してきた蟲たちが、ここに殺到した。これでロッドの狙いどおりとなった。

 後方の防壁は前方や側面の壁よりもわざと低くされている。そのかわり重厚に作られており、内側にもう一段、背の高い壁をこしらえていた。この構造によって、前衛の頭を飛び越して、後衛の援護射撃が通るように射線が確保されていた。

 後方の壁は低いので、蟲たちはここに取り付いて乗り越えようとしてくる。そこを分厚く配置した主力でもって叩く。突出した両端は互いの死角をカバーし、蟲たちを挟み撃ちにする。火力は充分だ。


 ロッドはそうやって魔獣たちの止められぬ勢いを利用し、おびきよせては返り討ちにした。

 知能の低い相手は型に()めてさえしまえばどうとでも料理ができる。あとは敵の数とこちらの忍耐力との勝負になるだろう。


 第二波の群れが激突した。

 蟲の一群が防壁に激突するたびに、辺りは嵐の海に投じられた小舟のように揺さぶられた。

 死骸からは鼻を覆いたくなるような臭気を放つ体液が漏れ出てくる。それが他の蟲たちを刺激するのか、後続の蟲たちは猛り狂ったかように興奮して闇雲に体当たりを仕掛けてきた。

 大群は家屋を薙ぎ倒しながら、痛みなど意に介さぬとでもいうかのように防壁に激突し、仲間の死骸を乗り越えては侵入を試みてくる。

 前方と側面の壁に立つ魔導士たちは次々と現われる蟲の対応に追われた。とにかく数が多い。絶え間なくやってくる蟲たちを前にして、彼らに休む暇はなく、神経は張り詰めっぱなしだった。


 ロッドは主力部隊の一団に混じって奮戦していた。

 魔法の火炎を纏った槍を豪快に振るい、蟲の頭部を貫き徹した。槍に宿った青い焔が蟲を内部から焼き焦がす。頭部を失った蟲は飛び上がってのた打ち回り、トグロを巻くように丸まって息絶えるのだった。

 ロッドははたと手を止め、辺りを見回した。

「まずいな、この砂煙……」

 蟲たちの巻き起こす砂塵が思った以上にひどい。完全に視界を奪っている。

「風使い、目障りな砂煙を吹き飛ばせ! 周囲に気をつけろ。防壁を突破されていないか注意を怠るな!」

 数名の魔導士が大気の魔術で突風を巻き起こすが焼け石に水だ。そうこうしているうちに、ついに側面の壁が突き崩され砂蟲が乗り越えてきた。視界不良のせいで防御線に隙ができたのだ。


「侵入されたぞ!」

 近くの射撃手がやぐらの上から叫んだ。

 早く対処しないとまずい。蟲が仲間の体を足掛かりにして次々と侵入してくるからだ。

 付近にいた魔導士がとっさに竜巻を召喚し、蟲の一群を吹き飛ばした。

 オクシスの砂の魔術によって強化された防壁は蟲の激突によく耐えていたが、それでも確実に耐久力は削がれていた。オクシスとその部下たちは別働隊となって防壁の補修に回っていたが、修理のペースが追いつかなくなっていた。


「もはや、あまり長くもちませんよ」

 ロッドのそばにやってきたオクシスが焦りの色を隠せず叫んだ。

 壁の修繕で走り回るオクシス達は疲弊しきっている。それに彼らの携えている呪文書の頁は残り少なくなっていた。そろそろ弾が尽きそうだということだ。

「なぁに、いま少しの辛抱です」

 ロッドは息を弾ませてそう叫んだ。どこか楽しそうに不敵な笑みを浮かべ、飛び出してくる蟲を斬り捨てる作業に精を出している。

 無限に沸いてくる蟲の勢いを前にして、オクシスは忍耐の限界に達しそうだった。


 そういえばロッドの話していた別働隊の件はどうなったのだろう。河を作るとか言っていたではないか。そう思い出したオクシスは、ロッドに詰め寄った。

「例の河を作る話、その後どうなってるんです?」

「さあ」

「さあって……」

 オクシスは絶句した。やはり騙されたのか。簡単に信じてのこのこついて来てしまった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。どうもアゼルの民というのは気質が楽観的に過ぎる。考え方もまったく場当たり的だ。実に軽率!

 憤慨したオクシスは文句のひとつでも叩きつけたくなったが、女の叫び声に阻まれた。


「穴だッ! あいつら穴掘ってくるぞ!」

 この見通しの悪い視界でどうやって見破ったのか、危険を察知したアイシャが高所から警告をとばしていた。これに驚いたロッドは地面に突っ伏して、耳をあてた。

「こいつは驚いた……奴ら坑道でも掘る気か」

 赤銅蟲が砂の中に潜ることは知っていたが、まさか街周辺の硬い地盤に穴を開けるとは思いもよらなかった。彼らは相当に強靭な顎を持っているようだ。顎門(あぎと)が地盤を削り取ってゆく不気味な音がたしかに聴こえた。

 これは非常にまずい。デカい穴を地下に作られてしまうと防壁が崩落する。現場の指揮をアースラドに任せ、ロッドは手近の魔導士をかき集めて走った。

 しかし、間に合わなかった。北側面の防壁が轟音とともに崩落した。それと共に上に居た何人かの魔導士が巻き込まれるのを見た。



「クソッ、なんてこった」

 直後、崩れたところから蟲がなだれ込んできた。

「食い止めるぞ!」

 ロッドは槍を振りかざし、応援の魔導士とともに魔獣を地上で迎え撃った。アイシャも建物から飛び降りて応援に走る。

 現場は既に乱戦の様相を呈してきていた。味方の巻き込みを恐れてアイシャは爆裂矢(デトネイター)から貫通矢(ペネトレイター)へと術を変更した。赤熱を帯びた鈍く光る魔法の矢が赤銅蟲の堅牢な甲殻を飴のように融かして射抜いてゆく。


「負傷者の救護を急げ!」

 ロッドがそう叫ぶが、次から次へと侵入してくる蟲たちを阻むのに誰もが手一杯で、救出の手は一向に進まない。当然ながらこのままでは防壁の修復もままならない。

 副官のアースラドは懸命に防御線の維持に努めている。崩落箇所のためにこれ以上の人員は割けない。すべてが限界の中で動いていた。


「気張れよ! 正念場だ」

 切れ目の無い魔獣の猛威に晒され、ロッドの(げき)も虚しく魔導士たちは次第に後退してゆく。

 オクシスは衝撃に打ちのめされ、どうすることもできないでいた。


 ――奇跡とやらを私も見てみたくなりました――


 そのようなことを口走った愚かな自分が呪わしく思える。いずれはここも押しやられ、蟲どもに蹂躙(じゅうりん)されるだろう。悲観したオクシスはすべてを投げ出したくなり、神にすがる思いで空を仰ぎ見た。

 光明を見たのは、そのときであった。

 黄色く濁る北の空、魔法の曳光(えいこう)が飛び交うさらに奥に、淡く穏やかな虹色の光がみえた。


 ――あれは?


 その気配に気付いたロッドも一瞬だけ攻撃の手を止め、空を見上げてニヤリと笑った。

「やつらめ、来おったか」


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