7-02
あのおっさん、なかなかやるなー。
オクシスらが防壁を強化して廻る様子をアイシャもまた高台から眺めていた。
彼女は集落のほぼ中央に位置する旅館の屋上にいる。そこの見晴らしのよいテラスに自分の装備一式を持ち込んでいた。ここから街全体を見渡すことができる。
中心街を囲むように張られた魔力障壁は、その上を人が歩いて渡るのに充分すぎるほどの厚みがある。見た目は城の防壁そのものだ。単純だが信頼できる。
くさび型結界の先端には近距離の攻勢魔術を得意とする打撃部隊が配置につき、側面には中距離での面制圧に長ける部隊が控えている。見通しの効く高所には、アイシャのような長距離攻撃を得意とする射撃手が配置についていた。そして最も人員を割いているのは後方のようだ。そこが防御陣の要、激戦区となるのだろう。
アイシャは塵を吸い込まないように布で口と鼻を覆うと頭の後ろで縛りつけた。背負っていた革鞘を脱ぐようにして体から外し、長弓を取り出して素早く点検した。それが済むと腰の後ろに差してあった山刀を抜き、近くの石壁の漆喰に突き立てた。マントの胸元から下を開くと硬革の胸当てが見え、腰のベルトに差した薬品のビンや太腿に巻きつけた投げナイフなど物騒なものが露わになった。
階段を昇り降りすること数回、苦労して持ち上げた道具袋から半ダースの矢筒を取り出して壁に立て掛ける。そのうちのひとつは腰のフックに装着した。その装いは魔導士というよりも狩人そのものだ。細身で筋肉質の引き締まった体が熟練の猟師を思わせる強情で隙の無い雰囲気を漂わせていた。
アイシャは長弓を手に取った。フードを目深にかぶって素早く立ち上がると、研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼を前線に向けた。
こうして眺めると、アゼルの魔導士は皆がそれぞれ好きなように自分の装束を身に纏っている。アイシャのようにおよそ魔導士のイメージと程遠い格好の者も少なくない。まったく同じ意匠の真っ白な制服を纏っているアンセムの魔導士とは大違いだ。
アゼルの魔導士に共通する点といえば、装束のどこかに魔導学院の紋章があることくらいだが、これもきちんとした決まりはなく、みんなバラバラだ。この統一感のなさは、自由と個性を尊重するアゼルの風土的な特色からきているが、集団として見るとどうにも荘重性に欠け悪く言えば烏合の衆といえなくもない。
事情を知らぬ者はアゼルの魔導士を指差して「田舎魔導士」と笑うこともある。しかし、当人たちは誰もそんなことは気にしない。
個人的な能力と目的にあった自分に最適な装束・装備を気ままに選べることはまことに合理的であると知っているからだ。これがアゼルの魔導士の間で古くから続く慣習なのだった。
アイシャは涸川の様子が気になった。
ソルフィスたちの計画はうまくいったのだろうか。
山の雪を融かして河を作るという大それた計画は事前に本人たちから聞かされていたので一応は把握しているが、見たところまだ水が流れている様子はない。雪山からここまで水がたどり着くにしても、それなりに時間が掛かるのだろう。
下からアイシャを呼ぶ声がした。
身を乗り出して下を覗くと、魔導師長のロッドだった。
ロッドは革衣の上に古風な鱗鎧を着込んでいた。その姿は牡牛のように重々しく岩のようで、彼もまた知的で脆弱な魔導士のイメージとはかけ離れた老練の武人であった。
このおっさんは暑くないのかねぇ。上司の姿を見てアイシャはそう思った。
「そこから河は見えるか」
ロッドが肩をいからせて声を張り上げた。
「見えます。でも水はまだ来てないようですよ。今しばらく時間が掛かるんでしょう」
それを聞いたロッドは涸川のある東の方向を、壁を透かせてじっと見ているようだったが、再び頭を上げて指示を飛ばした。
「水が来たら信号弾で合図してくれ。それと、いたずらっ子どもが来たら、お前が彼らを保護するんだ。なによりも優先的にな。その後の扱いは、ひとまずお前に任せる」
「心得ました」
「そこに居れば多少は安全だろう。よろしく頼むぞ」
アイシャはにやりと笑って手を挙げて応えた。
そのとき、にわかに地鳴りが大きくなった。
「来たな」
ロッドが目を細めて言った。
東の空はもはや目を覆うばかりの砂嵐だ。瞬く間に砂の丘の稜線が黒々と埋め尽くされていった。
ついに現われた。赤銅蟲の大群だ。
巨大なムカデのような赤黒い蟲が蛇のように身をくねらせながら丘を滑り降りてきた。それはひどく扁平な体形で、頭部には一対の長い触角と鎌のように鋭い大顎があった。体の側面から無数の肢が生えており、忙しなく動いていた。肢の付け根についた魚のエラのような空気孔が絶えず開閉を繰り返し、吸い込んだ砂煙を噴き出している。
「師長! ここでしたか」
ロッドの元にアースラドが駆けつけてきた。
「後方の結界、整いました。布陣完了です!」
「間に合ったな。では始めよう」
ただちに号令がとんだ。




