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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第二幕 熱砂の丘
25/51

5-05

   ―アゼル地方南東 州境の山林―


 火の粉を巻き上げながら、焚き火は静かに燃え盛っていた。

 少し前、ティノは日が昇る前に少しでも休憩を取っておこうと提案した。

 ソルフィスが「まだ飛べるよ! 全然いけるよ!」と、いつものように唇をとがらせたが、本格的な乾燥地帯に入る前に安全なところで休憩しておきたかったし、それに「睡眠不足はお肌の大敵だぞ」と付け加えてみたところ、シャナトリアも食いついてきてこれに賛成した。


 一行はアゼルの南東にある草原の街グラスウェルを越え、早くもアゼルとミレーの州境に来ていた。見晴らしの良い山肌にそびえる、厳つい外観の軍の城砦がその目印だ。

 森林がまばらになってきたところで、崖の上の林で良い感じの松の木を見つけた。

 太い枝が地面まで垂れ下がってきていて、自分達の姿や焚き火の光を外から覆い隠してくれそうだ。樹の下はがらんどうになっていて、中は見た目より広く温かかった。目の前の崖は見通しがきいていて、辺りには魔獣の気配も無く安全に思われたので、三人は喜んで転がり込んだのだった。


 シャナトリアは猫の姿のまま、焚き火の前に寝転がって気持ちよさそうに伸びをした。

 ソルフィスは彗に巻きつけて縛ってあった砂漠用のマントを取り外した。

 出発前にカイトに用意してもらったものだ。防塵用のフードと口当ての覆いが付いており、丈は長い。砂色のきめ細かい繊維は見た目より丈夫で、日光と砂の進入を防ぐ。


「二人とも明日に備えてもう寝ておけよ。日の出前には出発しよう」

「ティノは寝ないの?」

「俺は眠くない。ここで見張りしてるよ」

 シャナトリアもそれに付き合う、と申し出たがティノに断られた。

「明日、大仕事してもらうのはお前らなんだからさ。ここは俺に任せてちゃんと休んでろよ」

 それを聞いて嬉しくなったソルフィスはシャナトリアの体を抱え上げた。

「ね、ティノがああ言ってんだから、甘えちゃおうよ」

「……わかったわ。それじゃあ、何かあったら起こすのよ」

 二人が礼を言うと、ティノはうなずいて火の傍らに座った。

 ソルフィスは落ち葉の絨毯の上に着ていたケープを敷き、猫のシャナトリアを胸に抱くと、上から砂色のマントを(かぶ)って横になった。


 寝ると決めても、楽しいひとときをそうそう終わらせたくはないものだ。

 赤々と燃える火を前にすれば自然と心が躍り、人は饒舌になる。原始の時代から人間とはそういう性分なのかもしれない。

 しばらく三人は他愛のない話を続け、今日という一日をおだやかに振り返った。


「次はビビとカイトとも一緒に、こんな風に旅したいなぁ」

「そうね。そのうちできるわよ、きっと」

「カイトの奴はひきこもりだけど、ビビは喜んでついて来るんじゃね?」


 炎の熱が肌に心地よく、ソルフィスは目がとろんとしてきた。

「アイシャさんたち、今ごろどのあたりに居るのかな……」

「さあな。ものすげえペースで馬とばしてるだろうから、まぁ俺たちが休んでる間に、最初の隊商宿(サライ)には着いてるんじゃね?」

「すごいわね、あたしなら絶対に体力が持たないわ。馬より先にヘバっちゃいそう」

「師匠もそうだけど、先輩たちの根性は並大抵じゃないからなぁ。鉄人だよ、鉄人」

 ティノは誇らしげにそうつぶやいた。

「今日は……いろいろあった……。明日も……うまくいくといいな……」

「そうだな。もうお話はいいから、目つぶってさっさと寝なさい」

「うむゅ……」


 ソルフィスは指を使って無理矢理こじ開けていた目を閉じて、大きなあくびをした。

 焚き火の炎を眺めていると、次第に眠気が襲ってきた。夜の冷気が立ち昇ってきて背中が少し寒かった。自然と体が丸くなり、ソルフィスはすぐに眠りに落ちた。

 すやすやと寝息をたてながら、ソルフィスはシャナトリアの体をきゅっと抱き寄せた。



 シャナトリアはティノのことを考えていた。

 皆の前に現われた(ドレイク)の人格。あの眼光が、(まぶた)の裏に焼きついて離れないのだ。

 ティノはそのことについてまだ知らない。ティノの豹変について、ソルフィスから本人に話して聞かせることになっていたが、結局今になっても話せず仕舞いだった。

 ソルフィスは人一倍ティノのことを気遣っている。その気持ちが邪魔をして、彼に真実を伝えることができないのだ。シャナトリアはそう考えていた。


 考えてもみたら、ドレイクの言ったことが本当かどうかは一切わからない。魔獣をけしかけて襲わせるための、奴の罠かもしれないのだ。油断ならなかった。

 焚き火の炎は火種が消えない程度に小さくなっていた。ティノは器用に枝をくわえて火を絶やさぬように、くべているようだ。彼の横顔は炎に隠れて見えなかった。

 今、自分からティノに真実を伝えたほうがよいのだろうか。そう思い悩むと、シャナトリアは胸が苦しくなり、一層眠れなくなった。

 ところが、その機会は向こうの方からやってきた。


「なあ、シャナ。まだ起きてる?」

「えっ!? う、うん……」

 突然、ティノから呼びかけられてシャナトリアはびっくりした。ソルフィスの腕の中から少し頭をのばしたが、黒猫の顔は相変わらず炎の向こうで彼女の位置からはよく見えない。

「お前さぁ、あんなに反対してたのに、なんで急に〝行く〟とか言いだしたんだ?」

 ティノはそんなことを訊いてきた。ずっと気になっていたようだ。

「いつも言ってるでしょ。あたしはソルを助けたい、それだけよ」

「それは、ちょっと違うんじゃないか」

「……なんでよ?」

「お前らは、俺の……」ティノは言葉を切って首を横に振った。「いや、やっぱいいや」


 シャナトリアは何か言おうとしたが、どうしても言葉が思い浮かんでこなかった。

「明日は早いんだから、もうおやすみしてくれ」

 黒猫は炎の向こうで腹ばいになり、それっきり口を開こうとはしなかった。

 結局、シャナトリアも伝えることができなかった。


 ティノは自分の中に棲む竜についてどの程度まで自覚しているのだろうか。もし(ドレイク)のためにソルフィスたちが無理難題に振り回されていることを知れば――自分のためにソルフィスたちが危険を冒すと知れば――彼はきっと猛烈に怒り、抵抗するだろう。

 ソルフィスはすやすやと気持ち良さそうな寝息をたてている。

 シャナトリアは肢の間に顔をうずめた。


 ――どうすればいいんだろう。

 いずれにせよ、この旅で竜の思惑は明らかになる。それまでは片時も気を抜かないようにしなければ。(アイツ)の思い通りにはさせない――

 物憂げな光をたたえたまま、シャナトリアはその瞳をきゅっと(つむ)った。


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