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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第二幕 熱砂の丘
24/51

5-04

   ―アゼル地方南東 草原の街グラスウェル―


 アゼル魔導学院を発った二十名ほどの魔導士達は馬を飛ばして夜の街道をひたすら南東へ、七時間ほどかけて南部の都市グラスウェルに入った。

 草原の街グラスウェルにはアゼル魔導学院の支部がある。支部といっても、旅館(イン)のような外観をした魔導士たちのための詰め所のような場所で、アゼル本城のような教育施設ではない。ここに緊急の召集を受けて集まった近隣の魔導士たちがすでに到着していた。


 本城からやってきた魔導士たちと合流した彼らはすぐに次の目的地へと向けて準備に取り掛かる。治癒に長けた専門の魔導士が到着した仲間たちの回復に走る間、支部の関係者が用意していた荷物の積み下ろし作業に掛かった。

 整備された街道とはいえ、夜の道をこうも飛ばしてこれたのは魔術の効力によるところが大きい。光明(ライト)の魔術は暗い夜道の行く先々を照らして安全な道案内をし、治癒術(ヒーリング)は馬の疲労と脚の痛みを緩和する。替えの馬なしでは困難な遠駆けにも、これでなんとか耐えることができる。


 目的地までの道のりはまだまだ長い。休憩もそこそこに魔導士たちは慌ただしく砂漠の道へと再び移動を開始した。

 州境にある軍の城砦を通り過ぎると次第に草原は荒野へと様変わりしてゆく。アゼル地方を抜け、ミレー地方へと入った証拠だ。草原の街道は石の転がる荒れた道になってゆく。

 馬が怪我をしないように速度を落とし、注意深く周囲に気を配りながら彼らは進んだ。

 幸いにも、盗賊や魔獣と遭遇することなく、グラスウェルから数時間かけて、砂漠の最初の隊商宿(サライ)クヌートに着いた。



 日付が変わっていた。

 この拠点で小休止を取り、魔導士たちは本格的な砂漠越えの準備にかかる。この頃には、各地から合流してきた魔導士と補給要員とで総勢六十名ほどの団体になっていた。

(集まったのはこれだけか。まぁ、仕方あるまい)

 ロッド魔導師長は顎ひげをさすりながら唸った。


 集まった魔導士はアゼル近隣の町や村を守護する魔導士たち。新人の初級魔導士と、それに毛が生えた程度の二級魔導士がほとんどだ。アゼル内地を護る魔導士たちは、その修行も兼ねて若手が勤める決まりになっているから、集まった人員は若者ばかりだ。

 整列した彼らの中にアイシャの姿もあった。

 異例の若さで一級魔導士となったアイシャはこの中でも最年少の世代に入るが、実力では熟練者(ベテラン)の部類にあった。

 一般にエリートといわれる一級魔導士はアイシャを含め五名しか集まらなかった。アゼルの各地で様々な任務についている彼らは本城を留守にしていることが多いのだ。

 さらに上位の官職である上級魔導士に至っては全員が遠方に出向いており、一人も集まらなかった。


 少々戦力に心許ない気がするものの、危急であるため致し方ない。

「よし。皆、任地では単独行動ばかりの日々だったかと思うが、今日は連携して働いてもらうぞ」

 ロッドは改めてこれまでの経緯と状況説明を行った。魔導士たちに情報を共有させ、任務を再確認する。

 魔導師長のバリトンの声が響き渡る。

「我々は軍隊ではない。遠方の見知らぬ地において、かかる事態に底知れぬ恐怖と不安もあろう。だが、われわれは魔導士だ。我々は持っている。いかなる困難にも立ち向かえる力を。我々は知っている。力を合わせればいかなる脅威も打破できることを。諸君らの練磨した力を存分に引き出し、最善を尽くせ。――では、一時間後に出発する。解散」



 この隊商宿で用意されていた砂漠用の装備を整え、馬をラクダに替える。ここから先は草原の空気から一気に砂漠のものへと変わる。大地も石礫(せきれき)に覆われた荒野へと様変わりし、やがて砂だらけの世界になってゆく。過酷な世界を渡って行くにはそれなりの入念な準備が要るのだ。


 一級魔導士のアイシャは困り果てていた。

「こらっ、座りやがれ。こいつ……。す、わ、れ! こんの馬鹿野郎!」

 彼女はこれまでの人生でラクダに乗ったことが無かった。

 ラクダは馬や鹿と違って、騎乗するにはまず地面に座らせる必要があるが、不慣れなアイシャはこれに手こずっていた。(くつわ)を引っ張って地べたに押し付けようと、必死に取り付いて格闘していた。


「くっそぉ、こんなんが本当に走れるのかよ」

 嘲笑うかのようにラクダが鼻から大きく息を噴き出した。

「ふぬー!」

「精が出るな、アイシャ」

「ロッド師長!」

 アイシャはラクダを手放し、胸に手をあてて礼を取った。

「申し訳ありません、お見苦しいところを」

「ふふふ。まぁ、何事も慣れだ」

 ロッドはうなずきながら返礼し、「ところでな」と、用件を切り出した。

「アゼルから至急の文がきててな。学院長からだ」

「院長さまから?」

 アイシャは怪訝(けげん)な顔をして、次の言葉を待った。


 ロッドは手袋を外し、長年の風雪に耐えてきたかのような固い手を摩りながら続けた。

「お前んとこの弟子の坊主……、ティノだったな。それから例の双子の姉妹。ソルフィスとシャナトリアだ。確かお前とも親しかったろう」

「はぁ、彼らがどうかしたんですか?」

「その三人がな、この砂漠で何やら、やらかそうとしているらしい」

「はぁ……、はぁ!?」

 しばらくぽかんとしてから、アイシャは仰天した。


「わしも驚いた。どうやら今回の一件が修練生の間に()れていたようだ」

 アイシャの目が泳いだところをロッドは見逃さなかった。

 ロッド自身に心当たりがなかったわけではない。学院長の執務室ですれ違った、黒猫を肩に乗せた少女のことはよく覚えている。

「学院長は彼らの行動と安全を鑑みて臨機応変に、との仰せだ」


 恥ずかしさやら不甲斐なさでアイシャは顔が赤くなった。

「あいつら勝手なマネを……申し訳ありません、私の指導不足です。後でキツく……」

 ロッドは手を上げてアイシャを制した。

「彼らの処遇については穏便に済ませよ、と添えられている。確かに規律上の問題はあるが、まだ子供だ。ほどほどに勘弁してやれ。それにな、少々面白いことになりそうなんだ」

 教え子が問題を起こしたにもかかわらず、この魔導師長は楽しげに顔をほころばせて髭を(いじ)っていた。


「どうも彼らは、彼らなりに作戦を立てて、蟲どもの進攻を食い止めようとしているらしい」

「食い止める? そんなことが……。でも、どうやって?」

 アイシャは思わず詰め寄った。ロッドは好々爺(こうこうや)のような面持ちで話を続けた。

「それがまた、大胆なことでな……少々笑えてくる」

 ロッドは短く刈った胡麻塩の頭をさすりながらにやりと笑った。


「砂漠に河を作ろうとしているんだ」


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