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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第二幕 熱砂の丘
23/51

5-03

   ―アゼル地方 魔導学院の城砦―


 今日の《錬金術クラブ》は、めずらしく客人が多い。

 おそらく本日最後の来客者となるであろう、学院長リノーを前にして、カイトとヴィヴィアンは緊張で石像のようになっていた。

 さっきまでソルフィスたちが座っていた来客用のソファに、今はリノーがゆったりと腰を落ち着けている。


 ヴィヴィアンがおっかなびっくりに訊ねた。

「あ、あの、学院長。紅茶があるんですが……いかがですか?」

「あら。じゃあ頂きましょう」


 途切れる会話。二人にとって重苦しい空気が部屋中を支配している。

 ヴィヴィアンは機械仕掛け人形のようにたどたどしい動きで紅茶の用意に向かった。

 リノーは静かに辺りを眺めた。部屋は雑然としている。うず高く詰まれた本に転がった空き瓶、奇妙な植物、引っ張り出されてそのままになっている衣類、遊んでそのままの状態で散らかったカードゲームの類。ここで子供たちが普段何をして過ごしているのか容易に想像できる。


「少し部屋を片付けたほうが良いですね」

「ご、ごめんなさい」

 カイトは縮こまってしまった。何しろ相手は、リノー魔導学院長である。当魔導学院の最高責任者にして、アゼル地方の行政をも掌握する最高権力者なのだ。一介の修練生が声を掛けてもらうことすら稀であるのに、そんな人に名前を覚えられ、こうして面と向かって会話している。普通ならあり得ないことだ。

 本当のところ、ソルフィス達を送り出したあとで教官の魔導士に報告に行って、そこから上に取り成してもらおうと考えていた。ところが、いきなりトップのボスと対面することになろうとは。

 見方を変えればこれはチャンスなのかもしれないが、ひどい緊張で二人はそんなことに頭は回らなかった。


「ど、どうぞ」

 ヴィヴィアンがカチャカチャと不器用な音を立てながら紅茶の皿を差し出した。

「ありがとう」

 リノーはなかなかしゃべらない。沈黙が重圧となって二人にのしかかる。

「おいしいわ。とても」

 紅茶を味わったリノーは穏やかに笑った。

「ありがとうございます」

 ヴィヴィアンは胸をなでおろした。そこで少し緊張が解けたまでは良かったのだが、二人はすぐに身構えることになった。


「さて、カイト、ヴィヴィアン」

 リノーがティーカップを置いて言った。

「あなた達が、あの姉妹と、仲良くしていることは良く知っています。とても助かってるわ。あの子達は、その、大変な境遇だから。そして……ティノもね」

 二人は黙ってうなずく。

「あの三人は、どこへ行ったの?」

「それは……」

 カイトもヴィヴィアンも言葉に詰まってしまった。いざとなるとなかなか声が出てこない。

 散らかした衣服にリノーが何気なく目を留めると、その中に砂漠用の防塵マントがあった。それでリノーは直感した。


「砂漠」


 カイトとヴィヴィアンははぎくりとした。

「あの三人は砂漠に向かったのね」

 二人は沈黙を続けていたが、困惑したその目がすべてを物語っていた。

「今、あの地で危険なことが起ころうとしているのよ。教えてちょうだい、あの子達は砂漠で何をしようとしてるの?」

 二人は気まずそうに視線を交わし合い、やがてカイトが口を開いた。

「魔獣を、三人は砂蟲の魔獣を退治しに行ったんです」

 いやな予感が当たってしまった。

「やっぱり……! 話が漏れていたのね。彼らだけでどうこうできる数じゃないのに。あなた達どうして引き止めなかったの?」

 カイトとヴィヴィアンは再び口ごもってしまった。


 これ以上の説明には、先刻に起きた件について話す必要がある。

 突然(あら)われたティノの中に潜む竜の人格。そして彼の残した驚くべき事実について。

「どうしたの。何かあるの? 話してごらんなさい」

「それは……」

 窮したカイトの袖をくいくいと引っ張り、ヴィヴィアンが意味ありげな視線を送ってきた。それをサインだと受け取ったカイトはうなずいた。

「院長さまはティノのことについて、何もかもご存知ですよね」

 ヴィヴィアンが訊ねた。

「ええ、それがどうしたの」


「出たんです。竜が……、竜の本性が」

「なんですって?」リノーは驚きに身を乗り出した。「本当なの?」


 二人とも唾を飲み込むようにしてうなずく。

「あの時以来ね……。しかし何故、今になって彼が……。いえ、今はそれどころじゃないわ。彼が現われたということは、何かメッセージを残したはずよ。あの三人が飛び出していったのはそのせいなの?」

「はい」「竜がソル達に頼み事をしたんです」

「頼み事?」

 カイトとヴィヴィアンは先ほどの出来事の詳細を話しはじめた。



「本当なの? その話は」

 カイトとヴィヴィアンはおずおずとうなずいた。

 リノーは絶句した。竜の体から逃げ出た悪霊たちが世界中に飛び散り、各地の魔獣に取り憑いて悪さをはじめたという。〝悪さ〟と言う表現では足りないかもしれない。悪霊がもたらす強い怨念は各地の陰の気と結びつき、常軌を逸する負の力を呼び起こす。祟りにも似た畏怖すべき力だ。


「悪霊……。それが本当なら、ここ数年になって凶暴になっている魔獣というのも……。

 いえ、早合点するのは尚早だわね。今はそれどころじゃないわ」

 リノーは頬に手を当てて考えた。

 闇雲に暴走する蟲たちがどこでその動きを止めるのかについて懸念していた。砂漠を横断し、そのまま勢いにまかせて北上する可能性もあるが、砂蟲が砂漠を越えてまで移動することは考えにくい。

 だが、魔獣の意志がこの学院に向けて――いや、ティノを目指しているのだとしたら。


「マズいことだわ。すぐに彼らを呼び戻さないと」

 ヴィヴィアンがあわてて付け足した。

「そ、そこはきっと大丈夫ですよ。魔獣退治がうまく行くように、ティノが作戦を考えたんです! あたし達も何も考えなしに動いてるわけじゃあないですから」

「作戦? どんな?」

「ど、どんなんだったっけ?」

 ヴィヴィアンがカイトの袖を引っ張りまくる。

 カイトがしどろもどろになって答えた。

「え、ええとー、それはですね……。すべての蟲を倒すのはとても無理だけど、蟲の行動を止めることはできるんじゃないかって……」

「蟲の動きを止める? どうやって? 詳しく教えてちょうだい」

 カイトはヴィヴィアンの目をちらりと見た。ヴィヴィアンもうなずいて応じる。

 二人はその作戦の全容を話し始めた。


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