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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第二幕 熱砂の丘
22/51

5-02

   ―アゼル郊外 南方の山林地帯―


 煌々(こうこう)とした月に照らされて、たなびく雲がぼんやりと輝いている。

 手をのばせば掴めそうなほどの満天の星々の下を、ソルフィスの飛翔彗は南へと向かって飛んでいた。


「ソル……、さっきのアレはないわな。〝ダイジョーブデース〟とか。俺ら完璧に終わったな」

 ティノが先程のソルフィスの発言を真似ながら皮肉げにからかう。

「あんたの〝ゲエインチョセンセ〟あたりから完全に終わってたわよ。どうしてくれんのよ」

 反対側の肩から白猫のシャナトリアが顔を出して黒猫に文句を垂れた。そこにソルフィスが声を張り上げた。

「あー、もーっ、うるさいうるさい。過ぎたことはしょうがないよ。もとからそのつもりなんだし、気にしても仕方ないもん。あとで思いっきり怒られよう!」

 白猫と黒猫は目を丸くして驚いたが、

「ふふふ、まぁそうよね」と、シャナトリアもどこか吹っ切れたように微笑んでみせた。



 夜空の旅も慣れっこになってきていた。

 春とはいえ夜の空気は身を切るような寒さのはずだが、飛翔術(フレイア)で空を飛んでいる間は外気の寒さがほとんど気にならない。

 ソルフィスの話によると、空気による抵抗を減らすために、飛行中は前面に気流の障壁を形成しているのだそうだ。このおかげで外気は遮断され、飛行は安定する。ソルフィスの飛翔術(フレイア)は単なる飛行能力とは別に、風(空)属性魔術も組み合わせた複合魔術といえる。

 夜の街道は魔獣や盗賊の危険があるが、空を行けばそんな俗世の脅威とは無縁だ。

 空の旅は実に安全で快適なのであった。



「シャナ、ずり落ちないように気をつけろよ。こいつの肩は狭いからなぁ。ふんばりにコツがいるんだ」

 猫の体においては一日の長があるティノがさっそく先輩面でアドバイスしたが、

「大丈夫よ、あたしだって慣れてるんだから。それよりもあんたは文句言わないの。あたし達は乗せてもらってる立場なんですからね。ソルだって肩こっちゃうし大変なんだから」

「へいへい。ソル、あとで肩叩いてやるからな」

「あはっ、それは楽しみだな」


 シャナトリアはソルフィスの横顔を見つめた。ソルフィスは前方眼下の夜の大地を見据えたまま、飛行に気を配っている。(りん)とした姉の表情がとても美しく、頼もしくみえた。

 こうして昔もソルと一緒に空を飛んだのかなぁ……。


「なぁ、シャナ。お前のその魔術すげぇな。まさかお前まで猫に変身しちまうとはなぁ」

 不意にティノがシャナトリアの新しい姿をまじまじと見ながら感心していた。

 ちらりと黒猫を一瞥した白猫はすました顔で答えた。

「ありがと。でも、あなたのその姿だって同じじゃないの。一種の変身術でしょ、それ」

(ちげ)ェよ、前にも言ったろ。俺のは呪いだって」

「そうかしら? 魔法も呪いも、向き合う姿勢が違うだけで根っこは同じものよ。案外、あなた自分で(まじない)を掛けておいて、解き方忘れちゃったんじゃないの?」

「そんなの、知ってたらとっくに元に戻ってますヨ。アレッと目が覚めたらこんなんなってたんだよ、俺は。すき好んで自分から猫になる奴なんていねェよ」

 ティノは自嘲気味に愚痴をこぼした。

「あーぁ、なんでこんな姿になっちまったのかねぇ。ったく、あの野郎はよォ……」



 猫の姿に変貌させてしまった張本人の(ドレイク)に対して、ティノは事あるごとに不満を垂れまくるのだが、どうも真剣に怒っているわけでもなさそうだ。自分の中に奇異の存在が潜むとあれば、普通の人間ならば耐え切れず発狂してしまうかもしれない。それをティノは割と平然に受け入れているのだった。

 ただでさえ厄介で危険な同居人を忌避することもなく、悲観するでもなく、己の運命をまっすぐ見つめ、彼は自分なりに折り合いをつけて歩んでいるようにもみえる。(たくま)しいというか、(したた)かというか、ふてぶてしいというべきか。

 彼は強い。竜の魂を呑み込んでなお平然とした調子でいるティノの豪胆さに、ソルフィスとシャナトリアはひそかに舌を巻いているのだった。



「でもでもっ、わたしはティノの今の姿、大好きだなぁ」

「おめーは俺をなんだと思ってるんだ」

「かわいい相棒」

 カワイイときた。

「おめーのその俺を見る目は、なにかこう薄ら寒いものを感じる」

「ひどい!」

 拗ねたソルフィスが頬を膨らませた。ティノがそれをからかいながら、ぷにぷにとつつくのは見慣れた光景だ。二人の様子を見て、いつもこんな風に空を飛んでるのかなぁ、と思うとシャナトリアはちょっぴり羨ましく思った。


「ねぇ、ティノ。この姿は不便かもしれないけど、良いところもあるのよ?」

「へぇ、なんで?」

「だって、こうしてソルと一緒に旅ができるんだもん!」

 言ってしまってからシャナトリアは「あっ」と口をおさえた。

「にゃはは。なるほどねぇ」

 思わず口を突いて出てきてしまった言葉にシャナトリアは恥ずかしくて全身が火傷しそうだったが、すぐにソルフィスが笑顔で応えてくれた。

「うんっ、わたしもシャナと一緒で嬉しいよ。今度の旅はとっても楽しい!」

 そう言ってソルフィスは肩のシャナトリアをやさしく撫でた。

「コラ、俺たちは作戦中だぞ。楽しいとはナニゴトだ、けしからん」

「ハイ、ごめんなさいっ」

「まあでも、たしかにソルが居てくれりゃあ、この格好は旅するに便利だよな。なぁシャナ、お前もずーっとネコのままでいいんじゃね?」

「そういうわけにはいかないわよ」

「なんで? やっぱネコでも(ハダカ)は嫌なん?」

「ばっ……! 殴るわよ! あたしはあたしでやる事がたくさんあるんだから!」

 シャナトリアは突っぱねるようにしていったが、ぽつりと一言だけ付け加えた。


「……でも、たまにはいいわよね」

「えっへへぇ、その通りだよ!」

 突然ソルフィスは(ほうき)を手放して、両肩のティノとシャナトリアに手を寄せた。

「二人ともそれでいいんだよ。そのままがかわいいんだからぁ!」

「はうわわわ!」

「あにゃっ!?」

「今日はいつもの二倍だぁ! 両ばさみっ! 幸せぇ」

 仔猫たちを左と右から挟んで、ソルフィスは満面の笑みで頬ずりし始めた。

「おぅ、おふし。ヤメロー! というかソル、彗から手を放すな! あぶねー!」

「んにゃっ。ソル、ちゃんと前見てる!?」

「はいはい、大丈夫ですよぉ。えへへぇ」

「むぐぐ。ソル、ソル! あの山! ぶつかるぅ。東南に進路を、とれぃ!」

「はいな、船長。わかってますよぉ。わかってるんだから。んふふふふ」

「コラー、頬ずりやめれ!」

「アハハハハ!」

 充分に幸せを堪能したソルフィスは黒猫船長のリクエストに応えた。

 彗の光は輝きを増し、一行は州境へと向かって飛んでいった。


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