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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第一幕 アゼル魔導学院
18/51

4-02

 えらいこっちゃ!

 院長たちの話を盗み聞きしてしまったソルフィスとティノは建物を飛び出し、尻に火がついたような勢いで錬金資財準備室に駆け込んだ。

「遅くなってごめん!」

 ソルフィスが《錬金術同好会》の看板の下をくぐると、


「ぬわっ、酒くっせぇ!」


 ティノが真っ先に鼻をおさえた。

 入ってきた二人を見るなり、ヴィヴィアンが飛びついてきた。

「ソルフィスお姉さまっ、助けてっ!」

「ぬぬ?」

 抱きついてきたヴィヴィアンに戸惑いながらも、あたりを見回してみると、シャナトリアがソファにうな垂れるようにしてつぶれていた。さらにその横の床で、カイトがうつ伏せに倒れている。動かない。どうしたことか。


「これは……!?」

 ソルフィスは床に転がってた何かを蹴とばした。空の酒瓶だ。

 そして部屋の奥に目を配ると、すわり込んでモゾモゾしているナニかがいた。

「おうっ、やっと来たかぁ!」

 長い髪を振り乱して大トラが()えた。

「げえっ、師匠」

「二人ともすごく待ってたんだよぉー」

「ぬぎゅっ!?」

 よたよたと千鳥足で歩み寄ってきたアイシャは、ソルフィスの体をヴィヴィアンもろとも力いっぱい抱きしめた。さらに肩の上の黒猫にキスの嵐を見舞った。


 だいたい把握した。


「ぐえー」

「ぐえーとはなんだ、ぐえーとは!」

「アイシャさん、痛い」

 ソルフィスもヴィヴィアンも顔を真っ赤にして泣きそうだ。

 ただ、ぎゅうぎゅうにつぶれそうなヴィヴィアンの顔はなんだか嬉しそうだ。


「このバカ師匠が!」

 ティノは体をねじり、怒りの猫パンチをアイシャの二つの目玉に見舞った。

 たまりかねて苦悶の声をあげるアイシャ。

「ぐぐぐ。おのれ、このあたしにバカ……いや、一撃を与えるとは……だが、今ので完全にしらふになったわ! しかし、おのれ」

 アイシャは天を仰いで完全復活したかのように見えたが、また顔を押さえて(うな)った。

 ティノは呆れた様子だ。

「なんだ……酔っ払いは演技かよ」

「演技で僕を殴るなんて、アイシャさん、ひどいなぁ」

 死体だったカイトが顔をもちあげた。

「おめーも死んだフリかよ」

「演技ですって? この酔っ払い、本当に怖かったんだから!」

 ヴィヴィアンが胸を押さえながら息を弾ませて言った。


 ソルフィスはヴィヴィアンの手を解いて、倒れているシャナトリアに駆け寄った。

「シャナ、大丈夫? 目を覚まして、シャナっ」

 ソルフィスはシャナトリアの肩をゆすった。シャナトリアはうなされて、ややあってから、うっすらと目を開けた。彼女の瞳にソルフィスの心配した顔が映りこんだ。

「……ソル?」


 突然、シャナトリアは飛び起きてソルフィスに抱きついた。

「ソルぅ! うえぇぇえん」

 姉の名を呼びながら、なぜか泣き出した。

 あらっ?

「もしかして、この子も酔ってる?」

 シャナトリアはソルフィスの服をぎゅっとつかんだまま離そうとしない。

 ソルフィスは助けを請うような目を一同に向けるが、皆苦笑いするばかりだ。

「なんだかそいつさ、あたしが横で酒飲んでたら、どうも匂いだけで酔っ払っちゃったみたいなんだよね。てへっ」

 そう言ってアイシャは、悪い、と舌を出した。

「窓を! 開けんかい!」

 ティノが(わめ)いた。

 (かたわ)らでは、どういうわけか頬を真っ赤に染めて顔をおさえたヴィヴィアンが、指の隙間から抱き合った姉妹の様子をまじまじと見ていた。


「あ~、もう、俺だってこの匂いでアタマがどうにかなりそうだぜ」

「悪い悪い。それでティノ、さっきは慌てた様子でどうしたんだ?」

 カイトと一緒に窓を開けていたアイシャが訊ねた。

「あっ、そうだ忘れてた! なんだかさ、東の砂漠で大変なことが起きてるらしいんだ」

「東の砂漠? なにがあった?」

砂蟲(すなむし)……セキドウチュウ? ってやつの大群が現れたみたいなんだ。ダリアの方からまっすぐ西に向かってて、すごくヤバいらしい。隊商宿の街が全部潰されるかもなんだって」

「赤銅蟲? 本当か」

 驚いた様子でアイシャが振り返ると、ソルフィスがうなずいて返した。


「さっき学院長を訪ねたときに、偉い人たちが話してるのをたまたま聞いちゃったんです」

 なーにが、たまたまだよ……。ティノはぷいと横を向いて、

「盗み聞きしたんだよな」

 と、早速バラした。ソルフィスが唇をとんがらせて睨んだが、ティノは無視した。

 こんなふざけたような師匠でも、隠しごとを作りたくはないのだ。

「ふむ……そうか。伝えてくれて、二人ともありがとうな」

 少し微笑んでいるようにも見えたが、アイシャの顔はすぐに緊張で引き締まった。


「東の砂漠って、またずいぶんと遠いね。どうしてそれが大変なの?」

 カイトが不思議そうに訊ねる。

「砂漠には隊商宿(サライ)が点々としてあるだろ。商人たちが広い砂漠を渡るのに休息が必要だろ? そのための街だよ。それがぶっ壊されちまうんだって。そうなると交易品の流通が止まって、ここも砂漠みたいに干上がっちまうんだそうだ」

 ティノの答えにアイシャも首肯して、それに付け加えた。

「そういうことだ。あの交易路が断たれると、うちらもただでは済まなくなる。

 文化的生活が遠のき……、以前より暮らしが貧相になるのは確実だ。お前らお気に入りの茶も飲めなくなるんじゃねえか? そんなとこだろうな」

「紅茶が……! そ、それは困るわ」


「でも、砂漠にはダリアの大きな街があったよね。そこから討伐隊とか出ないの?」

 その問いにもアイシャが答えた。

「ムリだろうな。あそこには魔導士も軍隊も居ない。ミレー地方はずーっと砂だらけで元々からして人口も少ないからな。そもそも、あの砂漠を渡る商人たちは護衛をつけるのが昔からのお約束でさ、街側はあんまり防備を固めてないんだ。生き物が暮らすには厳しい土地だから、元から人も魔獣もそんなに数いねえしな。だから、〝大群〟ってのは、ちょっと聞いたことがない。どのくらいの数かは知らんが、天変地異のような、すごく異常なことなのかもしれないな」


 ヴィヴィアンとカイトは不安そうな面持ちでアイシャを見つめている。

「ということは、そろそろあたしにも召集が掛かりそうだな」

 いつも飄々(ひょうひょう)とした態度のアイシャだったのに、切れ長の眼をさらに鋭くさせ、その(たたず)まいからは微塵(みじん)の隙も無くなっていた。


「師匠も行くのか?」

「もちろん。赤銅蟲ときたら、でかい上に岩より硬てぇンだ。並の剣や弓じゃあ歯が立たない。大砲がどんだけ要るかって話になる。普通の人間じゃあムリだ。うちらの出番だろ」

 アイシャはそう言って、束ねた髪を頭の後ろできつく縛った。

「なんとかなりそう?」

「なんとかするさ」

 アイシャは不敵な眼差しで、カイトの頭をなでた。

 ソルフィスも心配そうにアイシャを見つめている。

 そういえば、いつの間にか静かになっていたシャナトリアは、今では姉の膝枕に頭をのせて気持ちよさそうに目を閉じていた。アイシャは一瞬だけ、穏やかに目を細めた。


 突然、館内に鐘の音が鳴り響いた。武官の緊急召集を伝える合図だ。

「来たな」

 シャナトリアが眼を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。

「んむゅ……なに? 何か起きたの?」

 状況を把握できない彼女の手をソルフィスが握った。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 アイシャは手を組んで、うんと伸びをした。

「運が良かった。発つ前に、お前たちの顔が見られてよかったよ」

「師匠、俺も……」


 俺も行く。ティノがそう言いかけたところに、アイシャは暖かい手で彼の頭をなでた。

「お前たちはちゃんと留守番してるんだぞ」

 ティノは口をつぐんだ。行ったところで自分はなにも力になれないのに。

 馬鹿なことを考える自分と、それを押し留める自分。ティノは心の中のもどかしさを抑えるのに必死だった。無意味な焦燥感だけが、心の中をどうしようもなく駆け巡るのだった。


「ソルフィス、シャナトリア」

 突然、名前を呼ばれて、姉妹は顔を上げた。

「うちの弟子を、よろしく頼むな」

 何か言いたげな顔のソルフィスと、ぽかんとした表情のシャナトリアを抱き寄せた。

 カイトとヴィヴィアンにも同じようにそうした。

「アイシャさん、どうかご無事で」

「頑張ってね、アイシャさん」

 ヴィヴィアンとカイトが声を絞り出すようにして言った。

 最後にアイシャはもう一度だけ後輩たちを見た。そして力強い足取りで部屋を出て行った。

 鐘の音はまだ鳴り響いている。

 アイシャが居なくなり、ぽっかりと空いてしまった空間を、黒猫はずっと見つめていた。



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