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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第一幕 アゼル魔導学院
16/51

3-04

 《錬金術同好会》にもう一人の客人が来ていた。一級魔導士のアイシャである。

 自分の弟子のティノを訪ねてやってきたのだが、彼が居ないと知ると、

「じゃあ待たせてもらおう」

 と、アイシャは居座りを決め込んだ。これで部屋の中がさらに騒がしくなった。


「ヴィヴィアン、これっ、これって酒か?」

 アイシャが棚から目ざとく見つけた酒瓶を振ってみせた。

「そうですけどっ、それ先生のですから、触らないでくださいっ」

「いいじゃねぇか、ちょこっとだけ」

 酒瓶を取り戻そうと飛び掛ってくるヴィヴィアンをアイシャは巧みにかわす。

「もーっ、少しだけにしてくださいよ」

「アイシャさん。こんな昼間っからお酒なんて、よくないですよ」

 シャナトリアが軽蔑するような眼差しでアイシャを見上げた。

「いいんだよ、今日は非番だしぃ、休日だし! 固いこと言いなさんな」

 そういってアイシャはシャナトリアの隣にどかっと座った。頭の後ろで束ねた髪を無造作に手で払い、長く艶やかな黒髪をソファの背もたれの後ろに垂らした。


 アイシャは学院所属の武官の魔導士だ。

 アゼル魔導学院の魔導士階級は、〝師階級(マスタークラス)〟と〝士階級(アデプトクラス)〟の二つに分類されている。アイシャのような若手の魔導士は士階級(アデプトクラス)だ。

 その中で上から二番目の〝一級魔導士(リードメイジ)〟が彼女の称号である。学院を牽引する実動部隊で、数少ない若手のエリート候補だ。さらに幼い修練生の面倒も見る頼れる先輩であり、いわば皆の師匠のような存在だった。実際にアイシャとティノは師弟の関係なのであった。


 あの弟子にしてこの師匠か……と思うとシャナトリアは頭を抱えたくなった。

 コルク栓が小気味良い音をたてて抜かれた。蒸留酒の芳醇(ほうじゅん)な香り、というかアルコールの強烈な匂いが周囲を包む。

 酒の匂いに敏感なシャナトリアがすぐに悲鳴をあげた。

「わっ、くさっ……もうっ、向こうでやってくださいっ」

「冷たいこというなよー、シャナトリア。酒は女を磨く水って、どっかの誰かが言ってたぜ」

 アイシャはグラスに酒を注いで口をつけた。

「うむっ、旨い」

 それを聞いてカイトの顔がほころんだ。

「美味しいですか、そうですか。よかった、先生も喜ぶと思います」

「お前らはこのニオイ平気なんだな」

「いつも手伝わされてますからね、それ作るの」

 もう慣れちゃいました、とでも言うかのようにカイトは笑っていた。

「うんうん、良いこっちゃ。シャナトリア、どうせお前もそのうち飲むようになるんだからさ、匂いだけでも今のうちに慣れとけ。ほれっ、あたしを気にせずそのゲームの続きしろよ」


 テーブルの上には戦略もののカードゲームが置かれていた。戻りの遅いソルフィスたちを待ってる間、こいつで遊ぼうとヴィヴィアンが誘ったのだ。

 今はカイト帝国の独走をヴィヴィアン帝国とシャナトリア帝国が結託して止めようとしているところだ。

「……カイトの酒蔵うざいなぁ」

 シャナトリアが手札を睨みながらそうこぼす。

 このコメントは、酒とかけて一杯やりはじめた先輩に向けての悪態なのだが――当のアイシャは少しも悪びれる様子はなく、一人で酒盛りをはじめた。

 今は弟子の健闘を眺める老翁(ろうおう)のような心持ちで観戦を楽しんでいる。

「お、結構強いな」

 グラスの中の琥珀(こはく)色の液体を透かして、アイシャは優雅に盤面を眺めた。


「ねぇ、シャナトリアさん。そろそろ、お姉さまといっしょに、うちの同好会に入らない?」

 カードを切り直しながらヴィヴィアンがいつものように勧誘をしだした。

「前から言ってるでしょ。錬金術はよくわかんないから、遠慮しとくって」

「むぅーっ」

 手札とにらめっこしながらシャナトリアはにべもなく答える。

 すかさずカイトがヴィヴィアンのフォローにまわった。

「わからなくても大丈夫だよ! 知ってること僕が教えるよ! 取引してる農家に行ってね、麦をわけてもらうんだ。それでね……」

「あたし、お酒には興味ないの」

 一刀両断。

 ズドンと切り札を場に叩きつけるシャナトリア。カイトの酒蔵が潰された。

「うわああぁあぁぁ」

「う、うちの同好会はね、別にお酒造りだけってわけじゃあなくってよ?」

「おぉ? 酒以外にも何か造ってんのか?」

 横からアイシャが杯を手に割り込んできた。

 収入源の酒蔵を潰されたカイト帝国は急速に衰退し、かわってシャナトリア帝国が台頭(たいとう)、諸国を席捲(せっけん)しはじめた。

「お酒造りの他は……こうやって遊んでるだけよね?」

「ふぐっ!」

 ヴィヴィアン帝国の防壁が崩される。

「え、ええーい、革新的錬金術でパワーアップした樽爆弾でお返しよっ!」

「はい、カウンター。牧羊の安らかな眠り」

「ああん」

 ヴィヴィアンの手はすべて防がれた。

「ちゃんとした目標もなく、ダラダラと遊んで過ごすのは……問題外よね!」

「ぐはっ!」「ぎゃん!」

 シャナトリアの攻城兵器の鉄槌のような言葉がヴィヴィアンの心の城を崩してゆく。

 カイト帝国の領土も蹂躙(じゅうりん)された。カイトは手札を置いて机に肘つき両手で顔を覆う。


「なんだなんだ、ヴィヴィアンもカイトもパッとしねえな!」

 ほろ酔い気分のアイシャが大声で水を差してくる。言われるがままの二人はすでに泣きが入っていた。

「シャナトリアは強いなー。そして手厳しい! んで……、お前さんは持ってんのか?」

「はい?」

「とぼけんなよー」シャナトリアの隣にアイシャがどかっと座り、肩に手をまわした。

 むわっとするような酒の匂いが鼻を突き、シャナトリアは思わず顔をしかめる。

「さっきお前言ってたじゃん、ちゃんとした目標もなく……ってやつ。お前は、あんの?」

「当然、ありますよ」

「へえ、どんなの?」

「あたしの目標は……、その、ティノの体を元に戻す方法を見つけることです」

 アイシャはけふっと小さな息をついて、

「それって、前にソルフィスが言ってたやつだろ?」

 シャナトリアは小さくうなずいた。

「つまり、シャナトリアはお姉ちゃんの願いを叶えてあげたいわけだ」

「そ、そうよ。ティノがあんな風になっちゃったのは、元はといえばあたし達のせいでもあるし。それに、ソルを助けて支えになってあげられるのはあたしだけだし。だから……」

 次第に声の小さくなるシャナトリア。


「なんだソレ、姉妹愛ってやつ? うーん、なんか違うな。この際ソルフィスは関係ねぇな。

 あたしが訊きたいのは、お前が、お前自身のために抱く目標だよ。志っていうか……将来の夢とか、そんなんだよ」

「それは……」

「なんだ、お前にはナイんか? カイト、お前はどうよ、お前の目標。将来の夢」

「んー、僕は勉強して学者さんかな」

「おお……あれな、錬金術師な! いいじゃないのー、胡散臭そうで」

 ひでぇ。カイトはしかめっ面になった。

「先輩としちゃあお前にゃもっともっと、魔術を磨いてほしいんだけどねー。ヴィヴィアン、お前はどうよ?」

「あたしは商人になってお金儲けしたい!」

「おお……あれな、あやしい薬売りな! うィ、いいじゃないのー」

 ありえないわこの人。ヴィヴィアンは心の中でつっこんだ。

「あたし的にはヴィヴィアン、お前にも武官を目指して欲しいとこなんだけどねー」

 隣でシャナトリアは黙ってうつむいている。


「それで? シャナトリア、お前は? そういうの、ないの?」

「……そんなの……、わかりません……」

 消え入りそうな声で答えるシャナトリア。

「わかんない?」

 アイシャはぐいっと杯をあおって一息ついた。「なんも思いつかないか」

 シャナトリアはゆっくりとうなずく。

 それを見てアイシャは満足そうに微笑み、シャナトリアの肩をぐいっと抱き寄せた。

「だろっ? うんうん、それでいんだよー。そんな簡単に見つかるようなもんじゃねんだよ、目標ってのは。だから、焦らずにゆっくりとじっくりと、どーんと構えてりゃいーのよ。

 お前らガキなんだからさ、気ままにやってればいいんよ。ここの同好会も同じ。そのうち本当にやりたいことが見えてくるだろうしさ。なー、ヴィヴィアン?」

「えっ!? は、はい」

 ただの酔っ払いの戯れ言なのに、珍しくいいことを言っているような気がしないでもないアイシャにヴィヴィアンはドギマギしてしまった。


「な? シャナトリア。お前、力入り過ぎてんのよ。肩の力抜いてさぁ……焦らず、自由に、気ままに、気楽にさー……」

 そのとき、おや? とアイシャは思った。

 シャナトリアの頭がふらふらと揺れている。

「……いないんらもん」

 何かつぶやいた。

「うん?」

 肩がわなないてる。

「なんだなんだ、よしよし。さぁ、言ってみ? ねえさんにホラ、全部吐き出してみ?」


「……らって、あらしにはソルしかいないんらもん!」


 両目に涙をたたえて頬を真っ赤にしたシャナトリアが、ろれつの回らないことを叫びはじめた。

「ありゃ……、どったの? シャナトリア」

「うなーっ、はらせーっ、アイらさん!」

「いてっ! こら、あたしはアイシャだ」

 もがくようにしてアイシャの腕を振りほどくと、シャナトリアはうふふっ、と幸せそうな笑みを浮かべて、勢いよく机におでこをぶちつけて倒れ伏した。

「ぎゃー!」

 三人とも飛び上がるほど驚いた。

「お、おい。シャナトリアちゃん? 大丈夫か~?」

 アイシャがおそるおそるシャナトリアの頬にかかる髪をどけてみると、彼女はすやすやと寝息を立てていた。


「寝てる……」

 驚愕の出来事に一同しばらく声も出ない。

「どういうことなの……」

 (うめ)くヴィヴィアン。

 シャナトリアのとても幸せそうな寝顔を心配そうに窺い、残った三人は顔を見合わせた。


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