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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
第一幕 アゼル魔導学院
14/51

3-02

 国土の中央から北東に位置する内陸の広い一帯をアゼル地方という。

 領域の南半分を草原と丘陵(きゅうりょう)、北半分を森林と山地が覆う、広大で肥沃な土地だ。

 北方の山岳地帯に首邑(しゅゆう)のアゼルがある。この山と森に囲まれた美しい土地に、世界中で最も古い魔術流派の一つである魔導学院の本拠がある。


 (ふもと)の市街地を抜けて川沿いの山道を上流に向かって登っていくと、氷河によって弓なりに削られた雄大な展望の谷が広がる。三方は屏風(びょうぶ)のように連なる高山がどっしりと構え、谷を見下ろしている。谷間の傾斜沿いに奥へと登り続けていくと、やがて山腹に張り付くようにして築かれた魔導学院の城砦(じょうさい)が見えてくる。麓から大人の足で一時間強ほどの道のりだ。


 城壁で囲まれた構内には、学院関係者のための居住区と商業区があり、城砦の中に小さな街を形成している。一番奥の上層にそびえるのが魔導学院の本城である。

 城は山を背負うようにして東を向いて築かれている。斑岩(はんがん)の城壁には細やかな意匠が施され、星座を思わせる意味ありげに配置された尖塔は天に向かって高々と伸びている。

 夕方になると背後の山に隠れて西日はほとんど差し込まない。夜になると月の光に照らされ、冷たい石の城壁は青白く輝いて見えた。明け方になれば、夜のうちに谷に吹き溜まった雲が大海のようにうねり、雲海の中から白亜の城が忽然(こつぜん)と姿を現す。その荘厳な姿はまさに天空の城と呼ぶに相応しかった。

 アゼル魔導学院は、物語の世界から飛び出してきたような美しく幻想的な城だった。



 正午を少し過ぎた。

 学院構内の広場を一人で歩くシャナトリアの姿があった。

 修練生の象徴であるダークグレーの制服に身を包み、その上からお仕着せの漆黒(しっこく)マントを羽織っていた。

 休日の構内は人影が無く、物音ひとつしない。


 講義棟前の中央広場の噴水に近づき、シャナトリアは水面に映る自分の姿を覗き込んだ。

 制服を見回して具合の悪いところがないかチェックする。足首まで届きそうなほどに長いマントを拡げてみると、なんだかコウモリになったような気がして、げんなりする。

「ソルはあんなに黒が似合うのになぁ……なんでだろ」

 水鏡に映る自分の顔を見つめながら、さっと髪の乱れを直した。

「よしっ」


 そのまま広場を横切り、研究棟の階段を下りていく。シャナトリアは眠そうにあくびをしながら研究棟の廊下を歩いた。

 魔導学院の城砦は山肌の斜面に建てられているので、この場所は地階ではあったが片側の一辺は谷に向かって開けている。廊下には暖かい正午の陽の光が(まぶ)しく差し込んでいた。

 廊下を突き当たると、目的地の錬金資材準備室があった。

 扉をノックして開けると、薬品とアルコールを混ぜたような、何ともいえない匂いが鼻をついた。


「こんにちは、カイト」

「おっ、シャナじゃないか。おはよ」

 妙な植木鉢を持って出迎えたのは修練生カイトだ。二人は軽く挨拶を交わした。

「あの二人は一緒じゃないの?」

「ソルとティノは院長さまのところよ。昨夜の戻りが遅かった件でね……。二人が戻ってくるまで、ここで待たせてもらってもいい?」

「いいよいいよ、どうぞ入って。狭いから足元気をつけてね。二人とも無事に帰ってきたんだね。まぁ、あの二人のことだから大丈夫だろうとは思ってたけど」

「本当に心配したわ。おかげで昨日は眠れなかったんだから」

「あはは、シャナは優しいな。僕はティノの帰りなんか気にせず寝ちゃってたよ」


 迷路の壁のように配置された棚には、薬品やら何やら怪しげなものの入ったガラス瓶が所狭しと並んでいる。(かご)には乾燥した植物や薬草の類、机には用途不明な石ころだとか鉱石などがごろごろと無造作に置かれていた。床には本棚からあふれた書籍がうず高く積まれており、狭苦しいといったらこの上ない。

 通路を進むと、《錬金術同好会》と大書された看板が扉の上枠に打ち付けられていた。

 扉をくぐると、先の部屋は長方形のテーブルが置かれた少し広い空間になっている。

 そこでまた修練生が飛び出してきた。


「ソルフィスお姉さまっ!?」

「あたしよ」

「なんだ、シャナトリアさんか」

「悪かったわね、ソルじゃなくて」

「あっ、う、ううん! シャナさん、いらっしゃい!」

「うふふ。お邪魔するね、ビビ」

 こちらも同輩の修練生ヴィヴィアン。そしてこの《錬金術同好会》の主である。

「あら、あら。ちょっと待っててね、いま席作るから!」

 そう言って、ヴィヴィアンは二人掛けソファの上に散らばっていた本の塊を手際よく部屋の隅っこの本の塔に移動させ、座る場所をこしらえた。

 ヴィヴィアンは小躍りするような足取りで嬉しそうにシャナトリアを迎え入れた。

「座って座って! 今、お茶を入れるから! あのね、東方産の(あか)いお茶があるんだぁー。すっごく香りがいいのよ。あ、マントはそっち。ゆっくりしてってね」

「どうもありがとう」

 シャナトリアは部屋の隅に置かれたコート掛けにマントを預け、勧められるままソファに腰をおろした。



 修練生のカイトとヴィヴィアンは二人ともティノの昔からの友達で同級生だ。

 カイトはティノより一つ年下の男の子で十二歳。ヴィヴィアンは同い年で十三歳の女の子。ソルフィス・シャナトリアは彼らより年上だが、三年区切りで階級分けされている学業部門では彼らと同じ中等部ということになっている。

 ヴィヴィアンはシャナトリアと同じ修練生の制服を着ているが、カイトは実験教室などで着る灰色のローブに身を包んでいた。本来は錬金術などの実習で着用するものだが、いつも部屋着としてこれを使っているので彼のトレードマークのようになっている。

 ヴィヴィアンは澄んだ(みどり)の瞳に白く輝くような金髪をしていた。肩の上でぴったりと切り揃えたさらさらの髪がくりっと上品にカールしており、見た感じは真面目でおませな優等生という印象だ。

 一方のカイトはダークブラウンの瞳に神秘的な黒髪をしている。少々寝グセが混じった巻き毛がチャーミングで、将来有望そうな学者の卵といった風貌だった。



「ねぇねぇ、ソルフィスお姉さまは来てないの?」

 ヴィヴィアンが奥から首をのばして()いてきた。毎回これなのでシャナトリアは苦笑してしまう。ヴィヴィアンがソルフィスのことを呼ぶときはいつも、〝お姉さま〟なのだ。

「ソルはね、ティノと二人で院長さまのところ。昨夜の戻りが遅かった件でね。終わったらまっすぐにここに来るから」

「そっかぁ。学院長のところだなんて雲の上の話よ。さっすが、お姉さまだわ!」

 ヴィヴィアンはほがらかに笑った。



 《錬金術同好会》は、その名の通り錬金術の発展と有効利用を目指す活動を目的とした、学院公認の同好会のひとつだ。少なくとも表向きは。

 ある日、空室同然となっていた錬金資材準備室に目をつけたヴィヴィアンが、親友のティノとカイトを伴ってこの同好会を設立したのだった。

 ところが、錬金術と銘打っておきながら、何か新しい発見を求めて研究や探索をするわけでもなく、特に誇れるような活動内容はこれといって無かった。毎日、講義と修練が終わると、三人はこの錬金資材準備室にふらふらと(つど)ってだらだらと過ごし、寮に帰るまでの間の(いこ)いの場にしていたのである。


 数ヶ月前にソルフィス・シャナトリア姉妹が魔導学院に入門してからというもの、ヴィヴィアンは姉妹に対して同好会への熱烈な勧誘工作を仕掛けてきた。そのたびに「錬金術なんてよく解らないし興味ないし」、という理由で姉妹にずっと断られていたが、こうして部屋に集っては楽しく過ごすことも珍しくなかった。



 ヴィヴィアンが指をパチンと鳴らすと、アルコールランプに火が灯った。

 三脚の上には水を満たしたフラスコが置かれている。いつもこれでお茶を入れて客人をもてなすのだ。

「シャナ、ほら、これ見て」

 カイトが先程の植木鉢を持ってシャナトリアの隣に座り、真剣な顔つきで話し始めた。

「この中にね、お笑い草っていう植物の種が入ってるんだ。どうしてお笑いなのか、謎なんだけどね。これが生えてきたら、きっと面白いことが起こるに違いないんだよ」

 シャナトリアは、はぁ、と呆気にとられた顔つきで、一緒になって植木鉢を眺めた。

「よく見ててね」

 そう言ってカイトは植木鉢を両手で持ち、気合いを入れはじめた。

 奥からヴィヴィアンも興味深そうに植木鉢を覗き込む。

 カイトの両手がほのかに光り始めた。しばらくするとコケで覆われた土の中からぴょこんと芽が出た。シャナトリアは小さな歓声をあげた。

 やがて葉と(ツタ)が伸びてきて……へんてこな形をした袋がぶら下がった。

 食虫植物の間抜けな口がペコッとフタを開けた。


「ふおぉ、なんだこれ」

 カイトの微妙な反応に、後ろから笑いを噛み殺したような声が聞こえた。

「それはね、ウツボカズラって言う食虫植物だよ」

 そう言ってヴィヴィアンが涙を浮かべて笑うので、シャナトリアもつられて笑ってしまった。

「そうなんだ……てか、なんだよお笑い草って。全然笑えないなクッソー、あの行商人め」

 カイトはしょんぼりして植木鉢を置いた。


 突然、部屋の奥の方から甲高い笛のような音が鳴り響いた。

「あれぇ、ヤバイ」

 カイトは音のする方にすっ飛んでいった。

「なに? この音」

「蒸留釜ね。ウチって、そこでお酒造ってんのよ」

 それでシャナトリアはまた目を丸くした。

「誤解しないでよね、別にあたしらがお酒飲むわけじゃないんだから。先生の研究のお手伝いなの。うちの顧問の錬金術師のね。というか、ほとんどあの先生の趣味なんだけど、お酒造り手伝ってるのよ。こんな小さなとこでも何か活動実績を出さないと解体されちゃうから」


「はぁ……、お酒造りも錬金術なんだ」

「そうよ、お酒造りも立派な錬金術なのよ! 先生のこんな口グセがあってね……。

〝ヴィヴィアン君、人類史上最高の発明を二つだけ挙げるとしたら、何だと思うかにぃー〟ってのがあってね」

 ヴィヴィアンが下唇を突き出してモノマネをはじめた。

「ぷっ、あははは!」

「〝考えるまでもなく、それは貨幣と酒だにぃー〟って言うわけ」

「あはははは! ビビやめて、可笑しい。あははは」

「先生ってば、お酒の飲みすぎで手の震えが止まらないんだけどね、言ってることは確かよ。お酒はお金よ。つまりね、お酒を造ることはね、これすなわち錬金術というわけなのよ!」

 ヴィヴィアンの主張は先生の意図と微妙に違うような気がしてならないが、シャナトリアは笑いを噛み殺しながら、へぇ、とうなずいていた。


 ヴィヴィアンが()れたての紅茶を差し出した。

「はいっ、どうぞ!」

 部屋の雰囲気に似つかわしくない、上品なティーセットだった。

「ほんとだ、とてもいい香り!」

「上の庭園でお茶したいよね、この部屋クスリ臭いんだもん」

 二人は笑って、ティーカップに口をつけた。


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