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MAGIN ―アゼルの魔導士達―  作者: カシミア
序幕 魔導士志願
11/51

2-03

 魔獣の気配が消えた廃村を、二人は歩き続けた。

 月の光が思ったより明るくて行動に差し支えなかったのがせめてもの救いだ。

 二人は一軒一軒を根気よく(まわ)って歩いた。だが、集落はひどく朽ち果てており、原形をとどめていない廃屋もいくつかあった。どれがコリンの家なのか、さっぱり判らない。

 考えてもみれば何ひとつ手掛かりが無いのだから当然だ。ティノの感知能力も霊的な方面に関しては貧弱で、ほとんど動物的(カン)のようなものだから、あまり頼りにできない。


「ううむ、これじゃ(らち)があかないな」

 ティノは前肢で顔をくしゃくしゃと掻きむしり、そのままぺたりとうつ伏せになって考え込んでしまった。

「何か手掛かりでもあればなぁ……」

 ソルフィスも途方にくれてしまった。もう少しで手の届くところまで来ているのに。

 そのとき、あっ、とティノが顔を上げた。

「なんか思い出した」

「なに、なにっ?」

「ソル、お前、こいつに林檎(リンゴ)もらったろ」

 ソルフィスはきょとんとしている。


 ティノはソルフィスの手のひらにぴょんと飛び乗って、ちょこんと座った。

「こいつってば、そのリンゴのことを〝うちの庭で取れた〟とか言ってたと思うんだ。ということはだ。こいつの家の庭にはリンゴの樹があるってわけだ」

 ティノは興奮気味に前肢パタパタ尻尾をピコピコ動かしながら説明した。

「なるほどぉ!」

 ソルフィスの顔がぱあっと明るくなった。

「つまり、リンゴの樹のある家を探せばいいんだね!」

「そのとーり!」

 手のひらの黒猫が、えっへんと得意げに胸を張った。

「ティノ、キミって最高っ! ステキ!」

 ソルフィスが会心の笑みで頬ずりするのでティノはジタバタしてあわてた。

「にゃにゃにゃっ! はうわわわ、と、と、とにかく急いで探そうぜ」



 程なくしてその家は見つかった。本当にあったのだ。

 木造の家屋は朽ちて傾き、草で覆われていた。崩れかかった粗末な土塀と雑草に囲まれ、庭の中に枯れたリンゴの樹がもの寂しく立っていた。


 ソルフィス達は裏手にまわり、庭に続く小さな扉の前に来た。

「コリン、着いたよ。キミの家だ」

 ソルフィスは錆びた取っ手をつかみ、戸板をゆっくりと開けた。


 二人はあっ、と驚いた。

 降り積もっていた落ち葉や丈高(たけだか)い雑草が消えて無くなり、よく手入れされた小奇麗な地面が現れた。花の匂いもする。庭の一画に花壇が作られ、色とりどりの花が咲いていた。

 (かたわ)らに机と二人分の椅子が置いてあり、すぐそばにあの林檎の樹が瑞々(みずみず)しい果実を実らせ、その枝をのばしていた。その奥に質素ではあるが立派な佇まいの家屋が()りし日の姿で建っていた。


 穏やかな暖かい光に包まれ、少年がうっすらと目を開けた。

「コリン、気が付いたの? 大丈夫?」

 ソルフィスが声を掛けるが、コリンの反応はない。

 心ここにあらずといったふうで、ソルフィスのつかむ手をほどいて地面に降り立った。

 戸惑うソルフィスとティノをよそに、彼はまるで二人がそこに居ないかのような面持ちで、ふらふらと家の方に向かった。

 そのとき、家の扉が開いて女性が現れた。


「母さん!」

 コリンが声をあげた。ソルフィスとティノは驚いてそちらを見た。

 女性はやさしく微笑んで、「おかえりなさい」と言った。

 少年の目にとめどもなく涙があふれ、彼は絞り出すように返事をかえした。

「ただいま、母さん」

 コリンは母親の胸に飛び込んだ。わけもわからず声を殺して泣いた。


「どうしたの、そんなに泣いて」

 母親が困ったふうに笑った。

「わからない。何だかすごく、うれしくって」

 少年はそうやって長い間、母親を抱きしめていた。

 残された二人はあっけにとられてこの事態を眺めていたが、だまって見守ることにした。


 母親は庭の椅子をひいて座った。

「母さん、今日ね、天使さまに会ったんだ」

「まあ、本当に」

「嘘じゃないよ、ほんとだよ! とても綺麗でやさしい天使さまでね、空から降りてきたんだ。お肉をごちそうしてくれたしね、いっしょに空を飛んでね、海にも連れて行ってくれたんだ。海だよ、海。僕初めて海を見たんだよ。とっても大きかった。すごかったなぁ」

 母親は相づちを打ちながら、黙って聞いていた。


「それでね、天使さまにお願いしたんだ。僕にも魔術を教えてくださいって」

「どうだったの?」

 少年はリンゴの樹からひとつ果実をもぎ取った。

「それはね、ダメだって。断られちゃった。でもね、天使さまが言ってくれたんだ。学校に行って真面目に修行したら、勉強もしたらね、いつか魔術が使えるようになれるんだって」

 母親は黙って聞いている。

 少年は母親の目を見つめて言った。

「母さん、僕ね、魔導士になりたい。魔術の勉強がしたいんだ。どうしても魔導士にならなくちゃいけない。ねぇ、母さん。いいでしょう?」


 母親は穏やかな口調で訊ねた。

「コリン、ひとつ教えてちょうだい。魔導士になって、一体何がしたいの?」

 少年は胸を張って答えた。それはソルフィスにも語った、彼の夢であった。

「それはね、天使さまのように空飛ぶ魔法を覚えてね、探すんだ。雲の上にある宮殿を」

「雲の上の宮殿?」

「そう。……天国だね。そこに行くんだ」

「天国に行って、何をするの?」

「何するのって、会いに行くんだよ、母さんに! 天国にいる母さんに……天国に」


 あれっ? と思った。

 息子は母親を見た。母親はにっこりとして穏やかにうなずいた。


「……そうか、僕は」


 コリンがすべてを理解すると、また涙が込み上げてきて、わなわなと震えた。

 母親はすっと立ち上がると、息子を抱きしめた。そして、ソルフィスとティノの方を向き、深々と頭をさげた。二人はびっくりして、思わずお辞儀(じぎ)を返した。

「息子を、コリンを導いてくださり、本当にありがとうございました。

 こうして息子に再び会うことができました。どれほどこの時を待ちわびたか分かりません。これでやっと、あの人の待つ場所へ、息子も連れて行くことができます……。

 お二方のご恩は決して忘れません――」

 少年の母親は心からの感謝の言葉をのべた。


 コリンも振り返って二人を見る。彼はもう、泣いてはいなかった。

 焚火の前で共に語らったときの、穏やかな笑顔をしていた。

「ソルフィスお姉ちゃん、ティノさん。助けてくれてありがとう。

 お姉ちゃんは本当に天使さまだね。母さんに会えて、もう思い残すことは無いよ……。

 僕、お姉ちゃんたちのこと、絶対に忘れない。絶対に――」


 母と子の体が大地を離れた。

 ソルフィスは二人を見上げ、少年の名を叫んだ。

「――わたしも忘れない!」

 込み上げてくる哀惜に張り裂けそうな胸を必死で抑え、ソルフィスは少年の旅立ちを見送った。

 母と子は光に包まれ、やがて儚く消えていった。


 ――さよなら……


 コリンは逝った。

 ソルフィスとティノは、つい先程まで少年の居た、もう闇となってしまった虚空を見つめていた。

 ほのかに果実の甘い香りがした。

 落ち葉だらけの朽ちた机の上に、瑞々しい林檎がひとつ置かれてあった。


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