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おにいちゃん☆注意報  作者: おりのめぐむ
おにいちゃん☆注意報3 ~兄妹のち恋人!?~
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覆い被さる見えないモノ

「葵ちゃん、大丈夫?」


 細い銀のフレーム越しから心配そうな眼差しが目の前に飛び込んでくる。


「あ、せい…、じゃなくて雅紀さん、だ、大丈夫です」


 危なかったもう少しで生徒会長さんって言いそうになった。

 もう生徒会長じゃないし、先生って呼ばれるのも照れるから名前で、って言われてたんだ。

 月曜日から土曜日まで午後からの学習時間。

 大きな一つの机にあたしと雅紀さんが角を境に隣同士、少し離れた入り口付近にマリさんが立っている。

 これがいつもと変わらないお勉強会のスタイル。


「毎日頑張ってるよね。…だけど頑張りすぎて倒れないか心配だな」


 優しい口調で微笑みかける雅紀さんが手術前の頃のおにいちゃんに似てるからついドキンってなる。

 色白でやせっぽっちではかなげな雰囲気だけど温かく見守ってくれている姿に。


「あ、でも、あたし、体力だけは自信があるので…」


 つい力こぶを作るポーズをしようと立ち上がったら椅子がガッタンと大きな音を立てた。

 瞬時にマリさんの睨むような視線が飛んできた。


「や、やっちゃった! す、すいませ~~ん」


 椅子をそーっと起こして座り直すと雅紀さんが申し訳なさそうに小さく笑っていた。

 夏休みを迎えてから2週間が経過し、あっという間に8月の上旬。

 体力に自信がある、といっても雅紀さんが心配しているのには訳がある。

 今の生活が本館に缶詰め状態で起きてから寝るまで全てが指導の日々。

 驚くことにあたし、雅紀さんと再会した頃より7キロは体重が落ちてしまったんだ。

 激やせとは言えないけど、やつれ気味に見えるのは確かなんだ。

 想像もしてなかったけど藤堂家ってすごく大変なんだなぁって実感。

 でも、明人さんもおにいちゃんも日々の生活で既に身に付けちゃってる習慣。

 藤堂家の一員なんだから当たり前、ってことがあたしには全然不向き。

 毎日毎日顔色一つ変えないマリさんに叱られてばかりの生活。

 いつまで経っても藤堂家に相応しい一員、とは認められないんだって。

 相変わらず抑揚もなく無表情のままはっきりと告げられちゃうんだ。

 どうしようもないけど今のあたしにできることは日々のスケジュールをこなすこと。

 …だけどあたしってば相変わらず進歩がない。

 小さな前進があっても次から次へと新しい課題が山積みになっていく。

 どうしてこう思ったように体が動いてくれないんだろう。

 礼儀、マナー、仕草、教養なんてどれをとっても苦手なものばかり。

 つい力が入ったりだとか、おおげさになったりとかで散々。

 だからマリさんから決まり文句のように言われちゃうんだよね。

 秋のお披露目には間に合わないかもしれないって。

 唯一の安堵感を覚えたこの学習時間も最近はマリさんの視線が厳しい。

 ちょっとした無駄話も遠くから咳ばらいが聞こえてくる。

 確かに10月まであと2カ月もない。

 お披露目会までの時間が迫っていてマリさんもあまりにも覚えの悪いあたしに焦ってるんだ、きっと。


「葵ちゃん、この後夕食、一緒にどうかな?」


 勉強タイムが終わり、雅紀さんが片づけながらあたしに声をかけた。


「えっ?」


 突然のお誘いに驚きと嬉しさが湧いたけども背後に駆け付けたマリさんがすぐに口を挟んだ。


「申し訳ありません。葵様にはそのような時間はございません」


「時間がないってどういう意味ですか? ただ食事するだけなのに」


「はい。お食事の時間も作法やマナーで詰まっております」


「それは食事の作法ってことですよね? だったら実践も重要だといえるかと」


「まだ実践できるような状態ではございません」


 雅紀さんはメガネに触れながらあたしの後ろにいるマリさんを見つめ直した。


「…そう。だったら、僕からの誘いでも断るってこと、ですね?」


 ちょっと銀縁が光ったような気がした。


「それは奥様にお伺いしなければ私からは何とも…」


「じゃ、すぐに聞いてください。今夜6時に迎えをよこしますので」


 そう雅紀さんは言い切るとあたしに軽く手を振って部屋を出ていく。


「そのようなご勝手な行動は困ります。高倉様」


 マリさんは慌てた様子で後を追いかけていった。


 結局は雅紀さんのお誘いが通ったみたいで無事に食事ができたんだけども。


「誘っていただいてありがとうございました。とっても美味しかったです」


「…監視付きだったけどね」


 雅紀さんは片目をつぶりながらレストランの片隅に立つマリさんをちらっと見て笑った。

 いつもならあたしの横で指導しているのにそばにいないのが嘘みたい。

 何となく可笑しくて思わず笑ってしまう。


「やっと葵ちゃんらしくなれたね」


「えっ?」


「最近、元気がないっていうか、表情がね…。確かに引きこもり状態だと暗くなっちゃうかな」  


「雅紀さん…」


 そう指摘されてあたしは夏休み以来、本館から一切出ていないことに気づかされた。

 もちろん、考えることすら忘れるぐらい詰まったスケジュールで過ごしてたんだけど。


「中学の頃はさ、大げさって思えるぐらいリアクションが大きかったっていうか、…楽しい感じだったからね」


 あの頃は雅紀さんと話すきっかけを作りたいためにおかしな行動をしてたことを思い出す。

 学年も違うし、生徒会長と一般生徒だったし、何の接点もない関係だったから必死だったもの。

 病弱なおにいちゃんの面影を追って生徒会長さんに会いたかった。

 …おにいちゃんとは違う人、なのに。


「それじゃ、また月曜日に」


 片手をあげて優しく見送る雅紀さんがおにいちゃんに見えて仕方がない。

 藤堂家に帰り着き、本館に向かっている車中から別館が見え、2階の廊下がいつもより明るく照らされていた。

 ということは、おにいちゃんが帰宅してるんだ!

 そう思うと会いたくなり、本館に入るや否や、急いで別館へと繋がる2階へと階段を駆け上がる。


「葵様、どちらへ?」


 別館へと続くフロアに身体が向きかけた時、マリさんの突き刺さるような声が背後から響く。


「本日はいつもより時間が下がっておりますのですぐにご入浴くださいますよう申しましたが」


 行動を制止するかのようにいつもよりするどい視線が向けられ、あたしは仕方なくそのままお風呂場へと向かった。

  

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