露呈する変化生活
レンガ造りの門扉をくぐって大きな噴水が見えてロータリーへと降り立つ。
数ヶ月前と変わらない建物は修美院学園付属高等学校。
当然、明人さんも通ってるはずでしかも印象深いあの乙女たちの巣窟でもある学園。
昨日、登校って耳にした時からもしかしたらって思ってたけどやっぱりそうだった。
あたしはこの学校に戻ってきてしまった。
ただ、以前と違うのはおにいちゃんが一緒にいないってこと。
おにいちゃんは今年の3月で院を卒業したからどっちにしても通うことはないけども。
「あら、葵さん。お久しぶりね」
「ごきげんよう。お元気でした?」
教室に入ると早々に見覚えのある顔が並ぶ。
相変わらずクルクルとした巻き毛に毅然とした態度で微笑む二人組。
「あ、どうも、ご、ごきげんよう…」
藤堂家でメイド紛いなことをしていたって知った時は恐ろしいほどに豹変したクルクル乙女たち。
なのに何事もなかったかのように挨拶してくるなんてちょっとすごい。
「まあ、嫌だわ。葵さんったらそんなに他人行儀だなんて」
「そうですわ。ワタクシたちはとても親しい間柄でしたのに…」
お上品に笑いながらあたしを挟むようにして取り囲む。
「これからも仲良くお付き合いいたしましょうね」
「だってワタクシたちはお友達ですもの」
他の乙女たちを排他するかのようにあたしとの関係をアピールするクルクル乙女1号、2号。
勢いに圧倒されてこの二人に付きまとわれる結果となる。
そんな中、前とは明らかに違う雰囲気が漂う。
クルクル乙女たちもそうだけど、見知らぬ誰かも挨拶してくるもの。
それも藤堂さん…という形で。
あたしがもう藤堂家の一員になっているということは知れ渡ってるみたい。
以前はおにいちゃんのそばにいる謎の女として一線あったはずなのにあまりにもの変化に戸惑うばかり。
そんな風な学園の一日を過ごしたけどおかしなことに明人さんと出くわすことがなかった。
夏休み目前とはいえ、きちんと授業が行われていて教科によっては重なってたはずだもの。
きっと顔は合わせるだろうって覚悟を決めてたのにな。
あの日以来、軽蔑されてるのは判りきっているから家では見かけていない。
学校は通ってるはずだからどこかですれ違ってもおかしくない。
だけど結局、終業式を迎えても明人さんと会うことはなかったんだ。
…もしかして、故意に避けられてる、のかな?
藤堂家に来てから一週間、マリさんたち以外とは接することのない時間。
学校から帰宅してからも作法とかでスケジュールが詰まっていた。
あたしが一日でも早くこなせるようになればもっと楽になるかもしれないけど当分は厳しい状態。
一緒に住んでるはずの明人さんなのに家以外でもここまで見かけないなんて変だもの。
意識して避けられている以外、考えられない。
そう気づいた時、悲しい気持ちでいっぱいになった。
そこまでさせてるあたしの存在って一体何なんだろう…。
「葵様、本日の午後より学習の時間を設けさせていただいております」
夏休みの初日。朝食前にマリさんが今日からの予定を述べた。
長期の休みを利用して本格的にきっちりと指導するためだとか。
秋までには藤堂家の一員として相応しい存在になっていなきゃいけない。
その頃には正式に娘として披露されるからなんだって。
礼儀やマナー、仕草などはもちろんのこと、教養も大事だからとお勉強まで管理。
朝から晩までみっちりと仕切られた暑い夏が始まる。
どれもこれも経験がなくて只でさえ覚えが悪いのに苦労は目に見えてるけどね。
もちろんその辺の覚悟は半端じゃないからここにいるんだ。
今の状態じゃおにいちゃんに会うどころか別館へ向かう時間さえ作り出せないもの。
あたしがこなさないことには何も始まらない。
もう、やるしかない。ただそれだけなんだ。
「それでは葵様、こちらでございます」
午後に設けられた学習の時間は雇われた家庭教師から教わるらしい。
昼食の作法でくたくたになった後のお勉強はちょっとつらいかも。
マリさんから2階の応接室へと案内され、ドアが開けられた。
部屋への一歩を踏み出した瞬間、思わず立ちすくんだ。
中には人がいたんだ。
それも窓辺の方へ顔を向けていてこっちには背を向けていた。
でもその後ろ姿が…。
細身の身体を引き立たせている白いシャツにジーンズというカジュアルな服装。
少し長めの柔らかそうな癖のある髪の男の人。
「お、おにいちゃん!」
おにいちゃんがそこにいる、---そう思った。
声を上げた瞬間、部屋の中に飛び込んでいた。
そして窓辺の人物へと駆け寄ろうと走りだす。
だけど床に敷かれた絨毯に足を取られてバランスを失ってしまった。
「わわわ…」
転ばないようにと必死に均整を保とうと前のめり気味になっていた。
声に反応した相手は振り返っていて目前。
このままじゃぶつかっちゃう!
避けようとあたしは思いっきり尻餅をついてしまった。
「大丈夫?」
差しのべられた白い細長い手が見え、顔を上げた。
そしてすぐに違うって気づく。
「あれ? 葵ちゃんじゃないか、久しぶりだね」
「えっ?」
目が合った途端、心臓がドキドキした。
癖がある柔らかそうな髪はしっかりとした黒色で眩しそうに見える切れ長の瞳には眼鏡。
通った鼻筋にきりっとした唇、色白で華奢な感じの体型。
どこかしらおにいちゃんを思わせる雰囲気。
この人は一体?!
「もしかしたら僕のこと、忘れちゃたのかな?」
首をかしげるその人はクスリと笑うと眼鏡を外し、微笑んで見せた。
「え? あ、ああ!? せ、生徒会長さん!!!」




