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おにいちゃん☆注意報  作者: おりのめぐむ
おにいちゃん☆注意報3 ~兄妹のち恋人!?~
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悲惨な作法指導

「失礼ですが葵様。お伺いしたところ、礼儀作法やマナーをご存じないということで…」


 お付の二人がお茶を用意し、とりあえずソファーに座る羽目になってドキドキしていると傍らに立つマリさんが言った。


「は、はあ…」


 マサさんよりは若そうなマリさんは軽く咳払いをすると、


「一日でも早く藤堂家に相応しいようにと言付かっておりますので葵様のスケジュール管理は私に一任されております」


 淡々と一本調子で変化のない口調で語りかける。


「つまり、私に従って行動をしていただくように申し上げておきます」


「えっ?」


「どうやらお見受けしたところ、かなりの努力が必要かと…」


 マリさんの一重まぶたのつり目がきらりと光った気がした。


「早速ですが、本日のご昼食からしっかりとご指導させていただきますので」


 能面のような顔がすごく怖く見える。

 休まらないティータイムの後、2階にある食事室へと移動した。

 ここはゲストルームとの並びにあってしかも別館へとつながってる階になる。


「普段のお食事は基本的にこちらでお召し上がりいただきます」


 長くて広いテーブルにセッティングされたカトラリーが並ぶ。

 そのセット数は見たところ、4つ。つまり、4人分ってこと。


「あ、あの…、ここには他に誰か来るんですか?」


 3つの空席にほんの少し、ドキドキしながら問う。


「お食事室ですので当然、藤堂家の皆様が揃われます。お客様がいらしてる時はその方たちともご一緒いたします」


 ってことは明人さんやおにいちゃんとここでも毎回会うってこと?!

 それを聞いて気持ちが高鳴る。だっておにいちゃんに会えるんだもの!

 だけど膨らんだ喜びはマリさんの続きからすぐにしぼんだ。


「ですが皆様それぞれにお忙しいので揃ったことはございません。本日もどのようなご様子かは分かりませんので」


「そ、そうですか…」


 沈んだ気持ちになりながらしばらくするとお母さんが入ってきた。


「葵、部屋は気に入った?」


 椅子に座ると微笑みながらお母さんが尋ねる。


「う、うん。でも広すぎてもったいないぐらい…」


「まあ、あなたはこの家の娘なのよ。あれくらいは当然なの。でも何か足りないものがあればマリに言いなさい。葵のことは全て任せてあるから」


 お母さんは上品に笑うとマリさんを見る。マリさんはそれに答えるように会釈した。


「そうそう、葵。明日から私はしばらく家を空けるわ」


「え?」 


「少しの間、顔を合わせなくなるけど、しっかりとがんばるのよ」


 ゾクリと幼い頃の怖い笑みが不意に蘇った気がした。

 昔もお母さんは留守がちだった。おにいちゃんの治療費のために働いていたから。

 でも決まって家を空ける前にはあたしの顔を見てこんな風に声を掛けていた。

 その頃はおにいちゃんの容態を気にかけてたから少しの変化を見逃さないようにと注意されてたんだ。

 おにいちゃんの身体に気をつけてしっかりとがんばるのよって。

 その状況とは全く違うのに緊張しちゃうんだ、つい。


「は、はい。お母さん」


 あたしは焦りながらもかしこまって答えていた。


「それでは葵様、一番外側のカトラリーをお取りください」


 食事が始まり、それと同時にマリさんの指導も始まっていた。

 お母さんはその光景を気にした様子もなく、自分のペースで食事をしていた。


「そうではありません。そんなに力を入れる必要はございません!」


 マリさんの叱咤が飛び交う中、あたしの食事は一向に進まなかった。


「葵、先に失礼するわよ」


 食事を終えたお母さんはあたしをじっと見て微笑んだ後、部屋から出て行った。


「さ、葵様。気を抜かないように」


 歩み足の食事はいつまで経っても終わりそうもなかった。

 2時間ほど掛かった昼食で疲れ切ってしまったあたしは部屋のソファーにもたれ込んでいた。

 だけどそんなひと時はあっという間で次のスケジュールとマリさんが進めていく。

 続いて行儀作法だとかで頭に本を載せて落とさないように部屋中をぐるぐる回る。

 お付のタエさんの手拍子でマリさんの注意が響き渡る。

 こんな風にして基礎的なことを終えた頃にはまた魔の食事時間が待っていた。

 変わらずセッティングはされてたけど誰も来る気配はなく、あたし一人だけ。

 今度は3時間掛かった夕食を終えてようやく今日の指導は終わったみたいだった。


「葵様、明日からご登校のスケジュールとなっておりますので」


 入浴後、あたしの髪を乾かしながらマリさんが鏡越しで伝えてきた。


「えっ、登校って学校に行くんですか?」


「夏季のお休みが始まるまでは当然、通っていただきます」


 当たり前って雰囲気で窘められた後、淡々と作業を終えて部屋から出て行った。

 もちろん、まだ夏休みじゃないことは分かってる。

 だけど藤堂家に住むことを決めて高校は辞めてしまったんだ。

 何もかもを切り捨てて身一つで来なきゃいけなかったから。

 みんなにろくに挨拶もしないまま、姿を消してきたんだもの。

 きっと咲ちゃんや真琴ちゃん、心配してるだろうと思う。

 あの日、お母さんが書類を持って家に現れて手続きを済ませた。

 お父ちゃんだって何も言わなかったけど心の中では反対してたのかもしれない。

 けど『葵が決めたことを尊重する』ってはっきりと理由も聞かないまま、送り出してくれた。

 その時のことは絶対に忘れない。大好きなお父ちゃんとも離れてきたんだもの。

 あたしの一方的な我がままな想いのために…。

 とにかく今のあたしは藤堂家の娘として馴染まなきゃいけない。

 そのためにはもう、後戻りできないんだ。


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