プロローグ
あたしには迷っている時間なんてなかった。
募る不安が確信になっていてこのまま待つことなんてできなかった。
おにいちゃんが好き、ただそれだけ。
それがこんなに大きいものなんだって実感する。
あたし自身、おにいちゃんのことをこんなに意識するなんて思ってなかったのに。
きっかけは離れ離れになってから10年ぶりに再会した2月。
幼い頃から病弱な身体であたしのことを見守ってくれてたおにいちゃんが元気な姿を見せた時から始まってたのかもしれない。
健康の証なのか背も伸び、雰囲気も少し変わって誰だかわからないくらい素敵になっていたおにいちゃん。
一緒の生活が始まって昔の面影も感じつつ、そして何故だかドキドキし始めていた。
そんなおにいちゃんの裏切りを知って離れてしまった4月。
自分の想いに気づき、後悔してしまった取り戻したはずの日常。
幸いにも再会できたもののぎこちなかった5月。
その間にもおにいちゃんに向けての気持ちは変わらず深まるばかり。
離れたくない一心で思わず告白してしまったあの日。
おにいちゃんも同じ気持ちだと知って喜びをかみしめたのもつかの間、兄妹という現実にハッとする。
だから諦めなければいけないって思った。
おにいちゃんと気持ちが通じ合ったのに報われないものとして。
なのにあたしの知らなかった過去が存在していたんだ。
おにいちゃんはお母さんのお姉さんの子供だということ。
つまり血縁関係では従兄妹に当たるということ。
この恋が決して報われないものではないという事実。
成就した二人の関係が成立した瞬間。
ようやく手に入れたあたしの恋。
おにいちゃんとの一緒の時間。
幸せな日々が当たり前のようにあるって信じていた。
それがずっと続いていくものなんだって。
叶えるために藤堂家に戻ったおにいちゃん。
3日で戻ると唇に誓った約束。
ただ待つことで果たされるはずだったのに。
おにいちゃんを信じてないわけじゃなかった。
絶対に戻ってくるって理解はしてたんだ。
だけど音沙汰が無くなってしまった1ヶ月間。
不安で不安でしょうがなかった。
一度離れた経験があたしを締め付けたから。
10年前も健康になって戻ってくると約束した幼き日。
帰国を待ちわびて、だけど音沙汰がなくなっていたあの頃。
いつの間にか両親が離婚していたという事実。
見送った日が最後の別れになるなんて思ってなかった瞬間。
いろんな想像が過ぎって何かあったんじゃないのかって。
心配して不安になってたけど戻ってくるとは信じてはいた。
でも待ちきれなくなってしまったんだ。
居てもたってもいられなくなったんだ。
どうしようもないくらいに自分を抑えきれずに。
気が付いたら行動を起こしていたから。
勇気を出して藤堂家に訪ねてみてはっきりしたことが一つ。
お母さんからのふとしたひと言。
『このままだと葵は一生、貴裕と会えなくなるかもしれないわ』
その言葉だけがあたしを支配した。
10年前に離れ離れになった現実が今度は一生続くということ。
好きなのに理由もなく引き裂かれるなんて二度と嫌。
その気持ちだけがあたしを突き動かした。
お母さんから提案されたおにいちゃんと離れずにすむ方法。
それがこれしかなったんだ。
そう、あたしは今日から藤堂家の一員になる。
つまり、おにいちゃんと形ばかりでも妹になるってこと。
これがあたしの出した選択肢だったんだ。




