恋人気分99%
もう何が何だか分からなくなっていた。
いろいろありすぎて頭の中がすっかり混乱している。
好きだって伝えておにいちゃんも同じ想いだと分かって、だけど兄妹だからと踏みとどまって、なのに従兄妹同士だった。
問題もなくて喜んでいいはずなのに切ない気持ちが湧き上がる。
おにいちゃんはいつから知ってたんだろう。
あたしたちが実の兄妹じゃないってこと。
お父ちゃんもお母さんもおにいちゃんもどんな想いで生きていたんだろう。
「おにいちゃん、ごめんね」
あたしは何故だか謝らずにいられなかった。
「あたし、何も知らなくて、ごめんね」
何も知らずに一人だけのほほんと生きていた自分が恥ずかしい。
浮かれてバカで情けないあたし。
自分のことさえも満足に出来ない17年間。
振り返って自己嫌悪に陥ってしまう。
「葵が気にする必要はない」
おにいちゃんが髪を撫ぜながら呟く。
「オレだってあの頃は何も知らずに迷惑を掛けてたんだ」
「迷惑、なんて…」
あたしの方が小さくて迷惑を掛けてたよ。
いつもおにいちゃんに面倒を見てもらっていたから。
「だからこそ、恩返しをしなければいけなかったのに…」
おにいちゃんの手が肩で止まった。
「影で見守っていくはずだったんだ。葵たちのこと。だけど、会いたくなってそばに置いておきたくなって…」
2月の突然の再会から4月の別れまでいろいろあったよね?
だけど事故のこと、決して忘れてるわけじゃないんだって。
ちゃんと分かってるよ、おにいちゃん。
「だけどね、今になって思うの。おにいちゃんがきっかけを作ってくれなかったら会えなかったって」
「葵…」
「あんな形だったけど、再会して楽しい時間を過ごすことができたし、離れて気づくことができたから」
あたしはおにいちゃんをしゃんと見上げる。
「おにいちゃんを、好きだって」
いつもの悲しげな瞳が和らいで見えた。
おにいちゃんの抱えていたもの、少しは軽くなったんだよね?
「葵がオレのことを好きになってくれて良かった」
独り言のように呟くおにいちゃんの言葉で想いが通じ合えてると感じてきた。
「喜んでいいんだよね? おにいちゃんと同じ気持ちなんだって」
「ああ」
「もうあたしの前から勝手にいなくなったりしないんだよね?」
「ああ」
「これからおにいちゃんと一緒にいることが出来るんだよね?」
「そうだ」
あたしは嬉しくなっておにいちゃんに飛びついていた。
本当なんだってこの手で実感するためにあたし自らが。
「…良かった。おにいちゃんが出て行くって言った時、もう会えなくなるって感じたから」
「本当は、そのつもり、だった」
背中越しで聞こえた言葉にドキリとした。
やっぱり予感は間違ってなかった。あのどうしようもない不安は的中してたんだ。
「だからすごく嫌だって。二度と会えなくなりそうな不安が襲ってきて…」
何も考えずに気持ちを吐き出していたんだ。
ずっとずっと抱えてきたおにいちゃんへの想いを。
おにいちゃんから身を起こすと再び向かい合う。
優しく微笑む顔がそこにある。
「そのおかげで葵と気持ちを伝え合うことができた、だろ?」
おにいちゃんはかた目を閉じて少し嬉しそうに囁く。
「知らないままだったらオレは葵のこと、諦めてた」
「おにいちゃん…」
心臓がドキドキしだす。
あたしのことを想ってるんだって伝わってくる。
信じられない夢のような奇跡。
あたしとおにいちゃんとの恋が実ったんだ。
嬉しい、とっても幸せだよ。全身でそう感じて体が熱い。
おにいちゃんが好き、おにいちゃんも好きでいてくれる。
後ろめたくない堂々とした関係になれる。
そんな最高の瞬間が訪れるなんて思いもしなかった。
待ち望んでいた喜びを噛み締めているとおにいちゃんがはっきりと口にした。
「もう躊躇しない」
「えっ?」
「ようやく決着をつけられる」
おにいちゃんは遠くを見るような目つきになり、声にも腕にも力を込められる。
「葵、オレは藤堂家と話をつけなければならない」
真剣な顔つきに表情を変え、おにいちゃんはあたしの瞳に訴える。
「これからきちんとした形で葵のそばに居るために。それから堀川家に戻ってくる」
おにいちゃんの瞳がギラギラと光る。
「3日で片付けてくる」
決意に満ちた口調。きっと止めることなんてできない。
おにいちゃんにはあたしとこれから一緒にいるためにすることがあるんだ。
想いが通じ合った今、あたしはおにいちゃんの全てが信じられる。
「だから葵、待っててくれるか?」
戸惑いも不安もない。きっとすぐに戻ってくるんだから。
あたしはしっかり見つめ直すと力強く頷く。
おにいちゃんの表情がくしゃっと和らいだ。
「大丈夫。待ってるよ、おにいちゃん」
「約束する」
そう言われて思わず小指を差し出してしまったあたしにおにいちゃんは苦笑してその手を握る。
「これが約束のしるしだ」
何だろうと見つめているとそのまま引き寄せられ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
ふといつかの場面が過ぎり、自然と目を閉じていた。
そっと包み込むような幸せの証。
唇に触れた熱い誓い。
きっと壊れることのない繋がり。
あたしは充分に感じながらしっかりと受け止めていた。




