すれ違った二人
明人さんに促され、車に乗り込んですぐあたしは気まずくなった原因を詫びようとした。
「あの…、どうしても気になっててつい…。この間見かけた時、ちゃんと話が出来ないような感じだったから」
「葵…?」
「それが明人さんにとって怒らせることだったなんて思ってなかったから余計なこと言ったみたい。ごめんなさい」
あたしが頭を下げると明人さんの小さく笑う声が聞こえた。
「…葵は、知り合いなわけ?」
思わぬ質問にあたしは驚きつつも答える。
「えっとね、親しいわけじゃないけど…。部活の先輩と同じクラスでお店のクーポン券を譲ってもらってるお付き合い、かな」
「ははっ、何だそれ? それは知り合いでもないだろ」
「だけど、寺内さんはあたしのことしっかりと覚えてるみたいだもん。この間だって学校で声かけてくれたもの」
あたしは昼休みの出来事を思い出していた。あの時、戸惑っていたあたしに助け舟をだしてくれた。
「寺内さんてね、しっかりとしててテキパキと行動するんだよ。あたしが何も言わないのに先輩を捜してるってすぐに察してくれてね。お店でもきちんとしててカッコいいし…」
「…知ってる」
「えっ?」
あたしの受けた印象を力説していたのに驚く答えが返ってくる。
「…里美のそういうところ、よく知ってる」
「明人さん?」
「ボクと里美は昔、付き合っていたからね」
前髪で顔を隠すようにして明人さんは呟いていた。
「あ、明人さんと、寺内さんが?! 学校違うのに?」
予想もしていなかった関係が発覚する。二人は付き合っていた。つまり恋人同士だったってこと?
「中学は公立に通ってた時期があったから。そこで」
ため息混じりの声がどこか突き放すように語っている。何となく他人事のように話して遠ざけているようにも感じる。
「ま、結局別れたから、その程度の知り合いだけど」
うな垂れて小さくか細い声。いつかの深い闇が覆っている雰囲気を思い出す。
鈍いあたしが不思議だけど何かあるって直感した。
だって別れたと話してる明人さんなのに寺内さんに会おうとしてるのは不自然だもの。
「で、でも何か用があったんでしょ? 今日だってそうだったんじゃないの?」
「別に…」
口では否定している明人さんだけど、そうではないのがよく判る。
この近くで頻繁に見かけてたのはきっと寺内さんに会うためだったんじゃないかな、って気づいたから。
でもきちんと話せる機会がないまま、こんな風に過ごしてるんじゃないのかって。
「明人さん、あたしで良ければ寺内さんに会う機会を作ってみようか?」
「はっ?」
大きく口を開けて前髪越しから目を見開いてる顔が見える。
「よく分からないけど寺内さんと話したいんでしょ?」
「アンタ、何言ってる…」
「とにかく明日、あたし、寺内さんと話してみるね」
肯定も否定もしない明人さんに有無を言わせず、あたしはそう断言すると家の近くで車を降りた。
「それじゃあ、また」
呆然とした明人さんと別れてあたしはぐっとこぶしに力を入れる。
明人さんに寺内さんと話をさせてあげたい。
何故だかそうしたい気持ちでいっぱいだった。
家に戻るとお父ちゃんが帰宅していた。
昨日家を空けたことを詫びながら青木さんのことを話してくれ、その日が過ぎていく。
気持ちを隠したままの普段の生活が待っていて少し切なかった。
翌日の昼休み、あたしは寺内さんに会うために中庭に向かう。
朝練の際、先輩に頼んでお昼を一緒にと取り持ってもらった。
5月も下旬に入ったけど、相変わらずの快晴で暖かい。
すっきりとした青空の下、待ち合わせの場所に辿り着くと寺内さんはもう居た。
「寺内さん、突然すいませんでした。来てくれて嬉しいです」
あたしは頭を下げると寺内さんの横へと座る。
「ううん、気にしないで。教室以外で食べるなんて久しぶりだから気持ちいいわ」
少し不思議そうな顔の寺内さんは気を使わせないようにしてるのが判る。
顔見知り程度の後輩がいきなり呼び出して何だろうって思うよね、普通。
お弁当を広げ、一息ついた後、あたしは切り出した。
「あの、寺内さん、藤堂明人さんを知ってますよね?」
穏やかだった寺内さんの顔がすっと青ざめる。
「いきなりでごめんなさい。だけど、どうしても伝えたくて…」
「堀川さん、悪いけど次の授業の予習をしなきゃ…」
寺内さんは焦るように立ち上がるとその場を去ろうとした。
「あ、待ってください。寺内さん、あたし、何も知りません」
そのひと言で寺内さんは立ち止り、あたしはその隙に正面へ回り込んだ。
「ただ、明人さんは寺内さんとお話がしたいみたいなんです」
「今更話すことなんてないの。もう終わってることだから」
寺内さんはうな垂れた様子でそう言い放つ。
「だけどちゃんと話せてないから、明人さんは寺内さんのところにずっと来るんだと思います。だから会ってもらいたいんです」
「…会ってはいけないの。私たちは」
「どうしてですか? 終わってたら会ってはいけないんですか?」
「そうじゃない。でも、会えないのよ、もう…」
その様子から何か事情があるように感じる。あたしはそれが気になって仕方が無かった。




