伝えたい真実、伝えられない真実《貴裕視点》
再び葵と一緒に暮らすことになるとは思いもしなかった。
少し明るくなった外からの光に照らされた葵の寝顔を見ながら一つため息をつく。
川の字で元家族と眠るようになって1週間は過ぎていた。
こうやって葵がそばに居るなんて想像もしていない。
葵の誕生日を皮切りにもう二度と会わないと決めていたのにも関わらず。
俺の行なったことに対する戒めなのかと苦笑する。
藤堂家から葵が姿を消し、早2週間が過ぎた頃、俺の元に発注しておいた品が届く。
葵が張り付くようにして魅入っていたあの娯楽施設でのガラスの靴。
昔読んだ童話のその形状だけなのに瞳を輝かせて紅潮させていた記憶がある。
王子様と出会えるといった憧れの対象。確か、いつか自分にも…と嬉しそうに。
後ろめたさを抱えながらも葵が喜ぶのならと用意した贈り物。
傷つけてしまった葵に何を今更と躊躇していたが、誕生日が近づくにつれて俺の中で何かが吹っ切れ決意を固める。
全てにおいてこのままにしておけない、と。
当日、部活帰りの葵に声を掛けると信じられないといった驚いた顔が向けられた。
当然だ、もう顔を合わせることの無かった俺がいたからだ。
伝えたいことはたくさんあったのに射るような瞳に見つめられ、無言のまま立ち尽くす葵を直視できずにいた。
とにかく謝罪しようと言葉を探しながら葵の様子を窺う。
恐らく許せない俺にもう会いたいなんて思ってなかっただろう。
その反応は顕著に現れていて顔を背け、口を聞こうとさえしなかった。
当たり前だと思っていたが、どこかで笑って受け入れてもらえたらという期待もあった。
俺は嫌がる葵を見ていられなくて早く用件を済まそうと必死になる。
触れれば咄嗟に拒否反応を示し、挙句の果てには泣かせる始末。
…完全に嫌われていると判断せざるを得なかった。
葵にもうこんな思いをさせたくないと姿を現さないことを告げる。
これでいい、ちょうどいいきっかけになる。
藤堂家を出た決意に拍車が掛かって重荷を抱えるのに相応しい。
新たなスタートを切るには持って来いの痛み。
これから本腰を入れて独自で動くには本当にいいきっかけだった。
俺には以前から捜している人がいてその行方を追っていた。
何年か自分なりに調べてはいたが情報がつかめず行き詰まったままで停滞。
こうなった今はささやかな情報でも藁をも掴む思いで欲していた。
その捜し人調査には今回どうしても前父の力を借りるしかなかった。
顔向けできない相手に罵声を浴びせられても仕方が無い。
覚悟はもう決めているからどうなってもいい。
せめて葵だけは嫌な思いはさせまいと居ない時間を見計らって家を訪ねる。
謝罪を兼ねて用件だけ済ませて早くその場から去るはずだった。
訪ねた前父は少し驚きながらも嬉しそうに出迎えた。
どう考えても顔向けできないことを起こしたのに。
それなのに気にした様子も無く、逆に受け入れようとしてくれた。
とてつもなく人が良すぎて騙されやすい。度を越えたお人よしだ。
昔からこの人はそういうところがあった。
だから10年前の離婚自体もあっさりと了承してしまったに違いない。
俺の治療のためだけに必死で働いて手術が成功してこれからって時だったのに。
確かに不仲だったとは気づいていた。それは俺の病気に原因があると思っていた。
健康な身体になり、迷惑をかけない生活に戻れば普通の暮らしが取り戻せると信じていた。
が、根底のものは違っていたのだと知った時の衝撃は今でも忘れない。
この人の苦労や葵の想いは何だったのだろう、と。
突き詰めれば突き詰めるほど自分の身体が恨めしく思えた。
俺の存在は一体、何なんだ…と。
なかなか本題に入れず、ようやく訊き出せた事は取るに足らないものだった。
そんな風に肩を落としているところに葵が帰宅してしまった。
もう会わないはずだったのにタイミングが悪すぎた。
気まずい空気が流れ、いても立ってもいられない。
用も済み、早々に立ち去ろうとする俺を前父が引き留める。
確かに行くあてのない俺だったが後ろめたさもあることから無下に断ることも出来ず宿泊することになった。
そして今の俺がいる。頃合いを見て去るつもりがしばらく居座わるはめになった。
「…ん、ううん」
突然、寝返りを打った葵に起こしてしまったかと緊張が走る。
早朝に仕事に出た前父の就寝空間を隔てて見つめていたがすぐに寝息が聞こえ、安堵する。
毎日よく眠れず眠りが浅い。朝、二人になるとこうやって改めて考える。
最近の葵は前のように接しようとしてくれるものの、どこかぎこちない。
無理もない、嫌いな俺が居るんだから本心は苦痛で堪らないだろう。
1ヶ月前、明人が姿を消した時、嫌な予感はした。
もともと相性が良くない俺らだから何かがあれば行動を起こすだろうと判っていた。
飛び出した明人を追えば予想通り母親の元に訪れていた。
しかも一足遅く、葵を引き取っていることがばれてしまった。
そして事の成り行きを調べ上げてあっという間に葵に知らされてしまった。
虚偽の事故で堀川家に迷惑をかけてしまった全てを。
だがそのリスクを承知で俺は行動を起こしてしまった。
ほんのつかの間の幸せを味わうためだけ、に。
純真無垢で俺を慕う何も変わっていなかった葵。
それを壊したのは俺自身だ。もう元に戻ることはない。
嫌われた俺を受け入れてもらえるとは思わないがきちんと謝らなければいけない。
一昨日訪ねてきた葵の友人たちも不審がっていた。
外出できないほどの俺の存在を怪しむように。
そして葵に悪いことには巻き込むなと強引に詰め寄ってきた。
その想いは本物だと判ったから成り行きに任せて久しぶりに外出した。
一瞬だけ葵との楽しい時間を味わえた気がした。
が、いつまでもこのままではいられない。
きちんと葵と向き合って話さなければ…。




