嵐の前の何とやら…
一通りの事情を聞き終え、ひと段落ついた頃、おにいちゃんは立ち上がった。
「では明日、迎えに来ますので。今日は2人でごゆっくり…」
そう言うと静かにおにいちゃんは部屋を出ていった。
「ありがとう、貴裕」
閉まったばかりの障子を前に涙ぐみながらお父ちゃんは感謝の言葉を述べていた。
それから少ししてお食事の準備を…と女将がやってきた。
お茶を置いていた座卓に多数の小鉢が並べられている。
その様子をぼんやりと眺めながら話の内容を思い出す。
何だかいっぺんにいろいろ聞いて頭の中がぐちゃぐちゃ。
おバカなあたしには細かいことは解んなかったんだけどこういうこと。
例の高価な壷の所有者はお母さんが5年前に再婚した相手。
つまり、今のおにいちゃんのお義父さんにあたる人。
お母さんと共に外国で暮らしていて年に数回しか日本に帰らないとか。
だからその期間を利用して居ない間に修復して誤魔化しておこうって。
一応、ばれた時にはおにいちゃんがフォローを引き受けるって。
とにかく壷の件に関してはどうにかなるってことかな?
もし見知らぬ相手だったら収拾がつかなかったってお父ちゃんがホッとしてたから。
だけど、だけどね。
問題はその壷の修復費用。
軽~く5百万はかかるとか…。
お父ちゃん曰く、1センチに満たない破損だって。
そんな小さなモノなのに!? って驚愕しちゃったよ。
だって5百万だよ? そんなお金見たこと無いし、払えるわけ無いじゃん!?
どうするの~~? やっぱり工事現場?…って頭をよぎったもの。
そこでやっぱりおにいちゃんが助け舟。
半分はポケットマネーで出せるって!?
何でそんなお金が出せちゃうのか疑問なんだけど、残り半分に関してはお父ちゃんが働いて支払うことになったんだって。
それもおにいちゃんの紹介で住み込みで約1年ほど。
住み込み…ってだからダンボールを組み立ててたのか、夜逃げじゃなかったと安心。
その間、あたしはっていうとおにいちゃんと住むことになった。
何も出来ないあたしを一人で残すよりそれが安心なんだって。
確かに住み込みで不便なく働くためにも心配かけないためにもそれが一番いい方法かな?
あたしは納得して迷惑掛けずに協力すると約束。
最後におにいちゃんに念押しされた。
『葵、指示に従うって誓えるな?』って。
もちろん! と指切りをしてひと呼吸。
そんな訳でお父ちゃんは明日から住み込み先へ。
一日でも早く働いて稼ぐためだって。
だから今日がお父ちゃんと過ごせる最後の夜。
しばらく会えなくなるから想い出作りにと用意したおにいちゃんからのプレゼント。
全てにおいてお父ちゃんと2人、感謝するのみ!
そして至れり尽くせりの食事にお風呂にとすっごく豪勢な処と驚きつつ、一夜が過ぎていった。
翌日の15時過ぎ、おにいちゃんがやってきた。
お父ちゃんの見送りのため空港へ。
「それじゃあ、葵、元気でな。貴裕もありがとう、元気でな」
お母さんとおにいちゃんがいなくなってから10年間、ずっと一緒に暮らしてきたお父ちゃん。
不器用なあたしに代わっていなくなったお母さん代わりも務めてくれた。
そんなお父ちゃんと離れて暮らすなんて想像してなかった。
さっきまで実感が無かった。
今、手荷物検査を受ける姿を見て本当にいなくなるんだなって。
荷物も無いくせに何度もブザーが鳴ってお父ちゃんたら…って少し笑ったけど。
姿が見えなくなってから急に寂しさが込み上げてきた。
「最後まで見送るぞ、葵」
おにいちゃんはそう言うと、展望所へと向かった。
「あの飛行機だ」
白い機体に青のマークの飛行機をおにいちゃんは指差した。
出発前の飛行機には荷物を運んだ車や点検をしている人たちがチョロチョロとしていた。
あたしは何も言えず、ただ黙って見ている。
やがて飛行機は出発のため、移動し、離陸のため滑走路へと進み出す。
エンジン音が響き渡り、すごい音だと耳をふさいだ。
だけどそれも一瞬の内で飛び立った後、静けさだけが残った。
「お父ちゃん、がんばれ~~!!」
泣きそうな気持ちを堪えるため、声を一生懸命張り上げた。
「あたしもがんばるからね~~!!」
それから空港を離れ、落ち込み気味のあたしにおにいちゃんが元気を取り戻すために美味しいものを食べようとレストランに。
ビックリするほどの豪華ディナーであっという間に時間が経ち、気がつけば19時も回ったところ。
昨日に引き続き、たらふく食べて満腹状態。
寂しさはどこ吹く風? でおにいちゃんと共に新居となる場所へ移動。
驚いたことに案内されたのは昨日訪れたホテルっぽいすごい建物。
聞けば今住んでる家なんだって!
だけど案内された部屋は同じ建物内だろうけど、廊下で繋がったもう一つの建物。
逆L字型って想像したらいいって説明されたけど、方向がちんぷんかんぷん。
別館扱いの場所なんだって。そこがおにいちゃんの生活スペース。
ともかく2階の廊下でしか繋がってないから分かるだろうって言われちゃった。
そこのひと部屋があたしの部屋。
どんな部屋だろう? って案内されてビックリ!
だあぁって、あの1DKの安アパートの部屋がすっぽり入っちゃうんだもん!!
そこにクローゼットにテーブル、ソファー、おまけに巨大なベッドも!!
ホ、ホントにあたしの部屋でいいの?! って何度も確認しちゃた。
信じられないほどの豪華さ。
よく考えるとすごい状況じゃない?
おにいちゃんって、一体何者?
ベッドに入る頃、ようやくそのことに気がついた。
あたしってばめちゃくちゃ鈍感?