1DK住居占拠率32%
「ワシは風呂に入るからな」
お父ちゃんはひと仕事終えたとばかりに洗面所に向かう。
テーブルの上にはお父ちゃんが用意した食事がずらり。
昨日の残り物+今日の夕食+即席ラーメン。
おにいちゃんが加わったため、追加されたメニュー。
昼から何も食べていないあたしはお腹ペコペコ。
だけどおにいちゃんとは気まずい空気。
お父ちゃんがお風呂へと姿を消した分、もっと増幅してる。
3日前、あんなことがあったばかりだから。
何も言えず、まともに顔が見られず、動くことが出来なかったあの日。
引き止められなかったことを後悔して泣きじゃくった昨日。
進んで行こうと決めたばかりの今日。
そして今、こんな形で再びおにいちゃんと向き合ってるなんて。
突然すぎて心の準備が出来ないよ。
さっきからお互いに俯いて黙ったまま、時間だけが過ぎていく。
ちゃんと話さなきゃいけないと思ってはいるのに。
きっかけというかタイミングというのがつかめない。
おにいちゃんはひと言も口にしないから話しかけにくいっていうか。
そうなると目の前に並べられた料理の匂いだけが漂ってくる。
特にとんこつの香りが引き立つ、ラーメン。美味しそう。
そう思った瞬間、大きな音をたててお腹が鳴った。
あたしのバカ! 何でこんな時に!!
一度鳴り出すと止まらない音はけたたましく響く。
ああ、もう! 恥ずかしくて仕方が無い。
おあずけ状態でお腹ペコペコ。この解消法はこれしかない。
「…おにいちゃん、食べようよ。い、いただきます!」
そう言って箸を握る。一口食べたら止められない。
気まずい空気はどこへやら、あたしは食べることに向けて集中する。
「はい、おにいちゃん、のびてるけど」
おにいちゃんの目の前に並べたお椀や小皿。
ラーメンだってね、おにいちゃんの分をお椀によそったりした。
取り分けないとね、全部食べちゃいそうな勢いだったから。
目は合わせられなかったけど積極的に小分けしてた。
ほんの少し、別館での食事が蘇った気がした。
おにいちゃんの専属として食事のセッティングして一緒に食べた日々。
フォークもナイフも使わない代わりに何度も使ってる割り箸。
料理人が作るような豪華なものじゃないけどお父ちゃんの力の入った料理。
場所も雰囲気も違うのに二人揃っての食事がそうさせてるのかな?
何だか懐かしいなと感じ、不意に顔を上げた時、時が止まった。
さっきまで全く重ならなかったおにいちゃんとバチッと目が合う。
もう離すことの出来ない視線。見つめ合ったまま身動きが取れない。
3日ぶりのおにいちゃんは前にも増して儚げに見えた。
街頭の下で見かけた時よりも華奢で元気がなさそうな感じ。
本当に今にも消えてしまいそうな幻のような存在。
もし、お父ちゃんが引き留めなかったら二度と会えなくなるような、そんな印象。
嫌だ。そんなことは絶対に嫌だ。
見つめている顔が二度と現れないなんて絶対に。
そう思うと咄嗟に謝っていた。
「お、おにいちゃん、あの日はゴメンね」
おにいちゃんは目を見開き、驚いたような表情。
「そ、それからプレゼントありがとう。大事に持ってるよ」
あたしは慌ててカバンを掴むと中から貰った収納ケースを取り出してみせる。
「身につけるのが勿体無い気がして持ち歩いてるんだ」
エヘヘと笑って胸に抱きしめる。大事な大事な宝物。
「…葵」
おにいちゃんはやっぱり悲しそうな瞳。
藤堂家で暮らしていた時から時折見せていたその瞳は変わらない。
「何だ、まだ食い終わってないのか?」
タオルを首に巻いたお父ちゃんが声を上げる。
「早く食っちまいな、でないと片付けられないだろ」
お父ちゃんの鶴の一声にあたしは慌ててかき込む。
「貴裕もワシの料理が口に合わないかもしれないが食ってくれ」
「…いただきます」
おにいちゃんもお父ちゃんに急き立てられようやく食事を口にする。
「どうだ? 美味いか? ワシの料理は初めてだろ?」
冷蔵庫から取り出した缶ビール片手にお父ちゃんは腰を下ろす。
「葵は昔から不器用だからよ。ずっとワシが作ってやってたんだ。だから多少は自信がついちまった」
お父ちゃんはガハハと陽気に笑う。
「飯を食ったら風呂に入るといい、ワシの後ですまないがな」
ビールをグイッと飲み干すとテーブルに缶をドンと置いて一息ついた。
するとおにいちゃんは箸を置き、お父ちゃんと向き合った。
「やはり、失礼させていただきます。申し訳なくて顔向けできません」
おにいちゃんは深々と頭を下げる。
「顔を上げろ、貴裕。さっきも言っただろうがワシは何とも思ってないんだ」
「しかし…」
「お前も立派な大人だ。考えがあっての行動だと思っている。だからワシは貴裕を応援する」
お父ちゃんは真剣な顔をしておにいちゃんを励ましていた。
「そうだ、落ち着くまでここにいろ。あの調子じゃもうここにいるとは考えないだろう、和美も」
いい考えだとお父ちゃんは何度も頷く。そう決めたと言わないばかりに。
「そうしろ、な。貴裕。葵もそれでいいな?」
同意を求められ、あたしはおにいちゃんと居れるならその方がいいと反応して頷いた。
「ま、見ての通りの生活だ。狭いのは覚悟してくれよ」
お父ちゃんはおにいちゃんの肩を叩きながら笑っていた。




