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おにいちゃん☆注意報  作者: おりのめぐむ
おにいちゃん☆注意報2 ~恋愛確率80%~
42/85

18%の平常心

「…お、お母さん?」


 狭い部屋の中、圧倒される存在感。鋭い眼差しで責めるような怖い顔。

 お母さんが何故ここにいるのかより何か悪いことをしたかもということが頭を過ぎる。


「貴裕と会ったでしょ? 隠すと身のためにならないわよ」


 鬼のような形相で髪を振り乱してあたしを責め立てる。

 まるで幼い頃のあの時と似ている。おにいちゃんが死に掛けた時だ。


「葵、答えなさい」


 肩をつかまれ、激しく揺さぶられる。あたし、やっぱり何か悪いことしたんだ。


「和美、止めないか!」


 お父ちゃんが止めに入る。だけどもう泣いていた。


「お、お母さん。ごめんなさい…」


 謝っても謝っても許してもらえなかったあの事件。

 おにいちゃんが苦しそうに胸を押さえて倒れていて動かなかった時間。

 どうしていいのか分からなくてひたすら泣いてわめいていた記憶。

 いつの間にか病院に運ばれてたけど峠だって宣告された言葉。

 どうして早く気づかなかったのと激しく責め立てられた日。

 おにいちゃんが死んでしまったらあたしのせいなんだって。


「ごめんなさい。ごめんなさい…」


 その時の雰囲気を想い出すようなこの瞬間。

 おにいちゃんに何かあったんだと感じる。


「葵、謝ってないでちゃんと言いなさい。貴裕と会ったんでしょ?」


 変わらないお母さんの口調。焦ってるようにもみえる。


「…あ、会ったよ。ひくっ」


 あたしは込み上げてくる涙でひと言答えるのが精一杯だった。


「どこで? 詳しく話しなさい。早く!」


 そんなあたしを許せないらしくお母さんは目を血走らせる。


「ひくっ。ぶ、部活が終わって帰り道に…。お、おにいちゃんがいて…。そこで、ひくっ」


「それで、今どこにいるの?」


「し、知らないよ。ひくっ」


 必死で涙を堪えようとしても次から次に溢れてくる。


「嘘おっしゃい、会ったんでしょ?」


「ほ、本当に知らないよ。会ったのも金曜日、だったもん…」


 嘘なんてついてないのにどうしていつも信じてもらえないんだろう。


「き、金曜日…? 2日前じゃない。…今日は会ってないのね?」


 呆れた顔であたしを見るとそれでも疑っている視線。


「会ってないよ。本当だよ。そ、それにおにいちゃん、もうあたしの前に姿を現さないって。そう言って、急に、目の前からいなくなったもん」


 あたしは必死で説明する。嘘なんてついてないから。


「……そう」


 お母さんは少し考えた様子で納得したようだった。

 あたしには何が何だか分からなかった。おにいちゃんに何かが起こってるってこと以外は。


「お、おにいちゃん、どうかしたの?」


「…分かったわ。どうやら無駄足を運んでしまったようね」


 お母さんはあたしの言葉なんて聞いてないように髪をかき上げながらふっと笑う。


「冷静に考えれば分かってたことなのに…。もうこちらとは10年前に他人ですもの。忘れてたわ、縁もゆかりもなかったってことを」


 いつものきりっとした表情に戻るとあたしたちを見る。


「騒がせてしまい、申し訳なかったわ。葵、悪かったわね」


 そう言うと何事も無かったかのように足早に家から出て行った。


「葵、不甲斐無い父ちゃんで悪かったな」


 お父ちゃんはあたしの頭の上にポンと手を置くと寂しそうに言う。

 あたしが物心ついた頃のお父ちゃんは長距離トラックでほとんど家にいなかった。

 ずっとおにいちゃんの病気のために一生懸命働いていた。

 既にその頃からお母さんとお父ちゃんに異変が起こっていたんだと思う。

 お父ちゃんのせっかくの休日にお母さんはいつもいなかった。

 貴重な日にお出かけしたのは3人だけだったとはっきりと覚えている。

 そう、家族4人で揃うことは後にも先にもなかったんだ。


「すまないな、葵。だけど父ちゃんは貴裕のこと、他人だなんて思ってないからな」


 お父ちゃんは昔の頃とちっとも変わってない。

 ようやく落ち着きを取り戻し、気になってたことを口にする。


「おにいちゃん、どうしちゃったの?」


「突然いなくなったんだとよ。10年ぶりの再会が血相変えて貴裕はどうしたと来たものさ」


「…いなくなった?」


「もう貴裕もいい大人なんだからさ、どこに行こうが勝手だろうに。相変わらず、和美のヤツは…」


 お父ちゃんはブツブツと呟きながら台所に立つ。


「そ、それよりどうしていなくなっちゃったのかな?」


 料理を始めるお父ちゃんの背中を眺めながら事の重大さに気づく。

 お母さんがここを訪ねてくるなんてよっぽどのことじゃないのかって。


「さあな。貴裕には貴裕の考えがあってのことだろう」


 お父ちゃんは料理に集中するべく、それっきり何も言わなかった。

 突然、おにいちゃんがいなくなってしまった。

 お母さんが直接捜し回らなければいけないほど見つからないぐらいに。

 そのことがあたしの脳裏に深く刻み込まれた。

 誕生日にはすぐそばに居たのに。目の前に立っていたのに。

 あたしにもう姿を現さないと告げたことと関係があるの?

 おにいちゃんが行方不明なら、もう会えないじゃない!

 そんなこと、これっぽっちも考えてなかった。

 心のどこかでまた会えるって思い込んでるあたしがいた。

 またひょっこり現れてくれるだろうって期待してた。

 誰も行方が判らなくなるほどいなくなるなんて想像しなかった。

 どうしてあの時、引き止めなかったんだろう。

 こんなことになるんだったらあの時、きちんと。

 収まってた感情がまた揺れ動き、気づくと涙が溢れ出していた。

 どうしよう、お父ちゃんに心配掛けちゃうよ。

 だけど止まらない。悲しい気持ちが全身を覆い尽くしたまま。

 あたしはトイレに駆け込むと息を殺すように泣き出していた。


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