許せない度合い7%
…信じられなかった。
あたしの目の前におにいちゃんが、いる。
会いたいと願っていたその人が!
突然、心臓がバクバクと音を立て始める。
学校から少し離れた帰り道、人通りのない下校時刻。
周りはシンと静まり返って胸の鼓動だけが響いてる感じ。
街頭の下に照らされたやわらかい癖のある髪の間からおにいちゃんの顔がはっきりと映る。
色白で茶色がかった瞳。通った鼻筋に締まった唇。
スポットライトを浴びてるかのような登場に霞んで見えてくる。
まるで夢でも見てるような突然の出来事に頭が真っ白になった。
息を呑んで呼吸さえもうまくできない。
あんなに会いたかったおにいちゃんがそばにいる!
ただそれだけなのに…。
身動き一つ取れずに目前のおにいちゃんを見つめるばかり。
「葵…」
名前を呼ぶ声がさらに胸を締め付ける。
聴きたかった声が聞こえてくる。
ただ懐かしくて胸が詰まって声も出ない。
何も言えず何も出来ず食い入るように見つめることしか出来なかった。
だけどおにいちゃんはそんなあたしの顔をあまり見ようとしなかった。
…何だか余所余所しい気がする。妙な沈黙が続く。
「…許せないのは、判ってる」
ようやく口を開いたかと思うと一瞬だけあたしを見てすぐに視線を逸らす。
予想もしてなかった言葉にうろたえてしまう。
何だか急に悲しくなり、咄嗟に俯いてしまった。
気まずい空気が流れ、再び沈黙。
おにいちゃん、あたし、許せないなんて思ってないよ?
嘘をつかれた事はショックだったけど。
今はただ、会えて嬉しいのに。
口に出せなかった想いが頭を駆け巡る。
…そう伝えなきゃいけない。あの時とは違うんだから。
下を向いたまま気持ちを切り替えようとしたその時、
「ゴメン。本当は、顔も見たくなかっただろう?」
再び、否定的な内容を耳にする。
どうしてそんなこと言うの? そうじゃないのに!!
言葉の一つ一つに重圧を感じる。
そして妙な距離感もある気がする。
おにいちゃんの発する一言一言が前とは違う。
まるで他人が話してるみたいだよ。
あたしは泣きそうになる気持ちを必死に堪える。
「だけど葵に…」
言いながらおにいちゃんはスーツの上着の中に手を入れる。
あたしは俯いたまま、前髪越しから覗くように窺っていた。
何故だか顔が上げられない。
余所余所しいような態度をちゃんと見てられないから。
「これだけは渡しておきたくて」
そこから現れたものは小さな長方形をした箱。
どこかで見たことがある包装紙は夢の国のもの。
差し出されたものに呆然となる。
おにいちゃんが、あたしに…?
「いらないなら捨ててくれ。…だけど、約束してたから」
言っておにいちゃんはあたしの右手をそっと掴む。
突然、握られた腕にびくりと反応してしまう。
おにいちゃんの動きが一瞬止まり、再度遠慮がちに触れながらそのまま持ち上げられる。
心臓が飛び出そうなぐらい鼓動が高鳴る。
触れられた感触で思わず手の力が抜けてしまう。
右手に持っていたカバンがバサバサと地面で音を立てた。
あっ、と思った時にはおにいちゃんが手を離していた。
「…触られたくもないよな? ゴメン」
おにいちゃんは落ちたカバンを拾うとその上に箱を置いた。
そしてそのまま俯いたままのあたしに差し出す。
違う、そうじゃないよと言葉にしようとしたのに。
「ハッピーバースディ、葵」
おにいちゃんの声が沁み込んでくる。
聴けるはずもなかったおにいちゃんからの言葉。
それが叶うなんて!
あたしは胸がいっぱいになっていた。
鼻の奥がつんとして目頭が熱くなるのが分かる。
「…それだけだ」
おにいちゃんはカバンを押し付けるように突き出した。
嬉しさが込み上げてきてそっと手を伸ばす。
しっかりと受け取った瞬間、おにいちゃんと目が合う。
直後に驚いたような顔が目に映る。
すぐに逸らされるとうな垂れた様子で背を向けた。
そしてはっきりと口にした。
「…もう葵の前には姿を現さないから、安心してくれ」
衝撃的な発言にあたしは立ちすくむ。
どうしておにいちゃん、そんなこと言うの?
遠くなっていく背中を引き留めたかった。
だけど金縛りにかかったようにその場から動けず声すら出てこなかった。
…ただ、頬に伝った涙が瞳から溢れるだけだった。
「あれ、葵?」
聞き慣れた声が前からした。
あれからあたしはその場に立ち尽くしたままだった。
顔を上げれば少し離れた街頭近くにジャージ姿の真琴ちゃんたち。
きっとミーティングが終わったんだ。
「どうしたの? まだ帰ってなかったの?」
驚いたように近づいてくる真琴ちゃんにあたしは後ずさりしていた。
こんな顔、見られたくない。
「何かあったの?」
心配そうな声が響く。だけど、近づいて欲しくない。
「ううん、何でもない。じゃあね」
走り寄ろうとした真琴ちゃんに背を向け、咄嗟に走り出す。
「葵?!」
真琴ちゃんの驚いた声が後ろから聞こえる。
だけど足を止めることはなく、そのまま家へと向かっていた。




