マサさんの専属育成講座~紅茶編~
初めまして、藤堂家の女中頭のマサと申します。
この度は貴裕様から紹介された葵様に専属として仕込むことになりました。
ですが、この葵様、目に余るほどの失敗ぶり…。
お恥ずかしいのですが、つい金切り声を上げてしまいます。
そもそも葵様には嫌な予感がしておりました。
それを確信したのは専属を言い渡された初日のアフタヌーン・ティーでございます。
休日の貴裕様は10時頃、朝食と昼食を兼ねた食事をお召し上がります。
それからご夕食までの時間を考えますと何も口にしない時間が長くなりますので午後2時から軽食の役割にもなるアフタヌーン・ティーをご用意しております。
藤堂家のティーといえばお紅茶と決まっております。
本館から焼きたてのマフィンやスコーンなどが運ばれてくるのでそれに合わせて紅茶をセッティングしなければなりません。
葵様にはこれから全てのお仕事を引き継いでいただかなければなりませんので手始めにティーをご享受することにいたしました。
そこでダイニングルームの隣にありますキッチンルームに移動。
ここではアルコール類以外のお飲み物は全てご用意できるようになっております。
温かいものから冷たいものまであらゆるものをお作りできます。
さて、カウンターキッチンの前に葵様と並び、ご説明することに。
茶の種類からカップの種類まで事細かにお伝えし、実際にお茶を作ることにいたしました。
「それでは葵様、ポットとカップを温めて下さい」
そう伝えると何を思ったのか、ポットとカップを持ってウロウロとなさいます。
「どうなされましたか? ケトルはそちらにございますが?」
「え? その…電子レンジを探してるんです」
「は…? レ、レンジ?」
「はい、レンジでチン! しようと思って」
にっこりと微笑まれる葵様。
少し頭が痛くなりました。何もご存じないのでしょうか?
「葵様、ポットとカップを温めるということはお湯を注いで温めるということです」
すぐにケトルに水を入れ、沸かし始めましたがこの間に茶葉を準備いたします。
「葵様、先ほど説明した紅茶をご用意ください」
「は、はいっ!」
慌てた様子で棚から紅茶の缶を取り出します。
「蓋の開閉にはご注意ください」
そうお伝えしたのにも関わらず…、力の限りに引っ張ったようでその勢いに任せて大理石の調理台に撒き散らすお始末。
その間にお湯も沸いたため慌ててケトルを掴み、そのままカウンター周りをウロウロするものですから危ないところでした。
「葵様、お茶の葉はマサが片付けますからポット類を温めてください」
「分かりましたっ!」
そうおっしゃるとケトルからポットにお湯を注ぎます。
注いでおります、注いでおります…。
「あ、葵様?」
茶葉を掻き集めながらご様子を窺っておりますが、どのぐらいの量をお入れですか?
そう思っておりましたら…やはり!
「うわぁ!熱っ」
ケトルのお湯を費やしてしまったようでポットは溢れ出る始末。
「あ、お、い、さ…まぁ?」
これでは紅茶がいつまで経ってもできないではないですか!!
ある程度の量を注いだらカップに移していただければよいものを…。
よりにもよって全部使い果たしては意味がないのがお分かりいただけないのでしょうか?
葉の量とお湯の量をお考えいただければ一目瞭然ですわねぇ…?
「葵様、もう一度お湯をお沸かしください!」
今度こそはと気を取り直して一から始めると繊細さが足りないのでしょうか?
山盛りの茶葉をすくい、やはり撒き散らします。しかもカップに直接入れようとまでして…。
マサはこめかみがズキズキしだしました。
紅茶一杯も未だに出来上がりません。ただ時間だけが過ぎます。
「あ、葵さ、まぁ…? 時間がございませんので全てマサと交代していただきます」
「は、はあ…。すいません…」
葵様は愛想笑いをお浮かべになり、すぐに身をお引きになりました。
「先が思いやられますわ…」
言葉にするつもりはなかったのですが心の叫びを思わず呟いてしまいました。
すぐに入れ直し、何とか2時には間に合いそうです。
ワゴンにティーセットを並べ、貴裕様のお部屋へとお運びいたします。
その役目をかって出た葵様に任せたのが運のつきでした。
時間が迫っていると急かしたためでしょうか? 慌てて押して行かれます。
そして廊下の方で食器類の散らばる音が響き渡ります。
ま、まさか…。
そう思って後を追ってみると見るも無残な光景…。
「葵様!!」
叫ばずには入られませんでした。
「マサさん! ごめんなさい!!」
騒ぎを聞きつけた貴裕様がお部屋から出てまいります。
「これは…、無残だねぇ…」
「も、申し訳ございません!! 貴裕様。すぐにご用意いたしますので!!」
慌てて散らばったものを回収し、キッチンへと戻ります。
スコーンなども床に落ちてしまったのでもう一度焼いてもらわなければなりません。
本館に連絡しようとすると、
「マサ、紅茶だけでいいから」
いつの間にか貴裕様がいらしてました。
「はあ、ですが…」
「オレはマサの入れた紅茶が飲みたい」
貴裕様はそうおっしゃっると落ち込む葵様の肩を叩きます。
「葵、マサの紅茶を飲ませてやるからな、驚くなよ」
マサは急いで準備いたします。しかもお運びするとお伝えしているのにこちらで召し上がりたいと。
仕方なくカップに注ぎ、ソーサーごとお渡しいたします。
「さすがだな、マサ」
貴裕様の口元に笑みがこぼれます。ホッといたしました。
それから貴裕様に促されて葵様もティーに口を付けます。
「お、美味しい~~!!」
目を見開き、驚いたような表情を見せ、それから幸せそうな笑みを浮かべます。
その様子を見た瞬間、マサはすごくドキリとしてしまいました。
心から喜んでくださっているというのが伝わったからです。
「マサさん、美味しいです!!」
葵様はそうおっしゃると一気に飲んでしまい、もう一杯と催促されました。
しかも床に落ちたスコーンをちょっとはたけば大丈夫と口にされる始末!!
「あ、葵様…?」
唖然とするマサは止めに入ることはできませんでした。
嬉しそうに召し上がる姿が印象的でそのご様子を微笑んで見つめる貴裕様が幸せそうに見えたからでございます。
どう言葉にして良いのか分かりませんが穏やかな時間が流れた気がします。
それはそうと、これから葵様にはしっかりしていただかなければなりません。
何しろ貴裕様の専属として鍛えていかねばなりませんから!!
ティータイムが終われば次がございます、覚悟してくださいませ! 葵様!




